第22話 決意
2日、伊豆に俺は一人で行った。もう、沖縄に行くのもやめると決めていたし、すっきりとした気分だった。
父さんはそんな俺のことに、いち早く気づいたらしく、
「なんか、すっきりしていない?お前」
と聞いてきた。
そんな父さんと連れだって、伊豆の海を見ながら二人で話をした。
「沖縄行くのやめるって決めたんだ」
父さんは一回、動きが止まっていたけど、すぐに俺を優しく見つめ、
「決意したのか。それで、すっきりできたのか」
と聞いてきた。
「うん」
「そうか。お前の心のうちを聞いて、決められたんだ」
「…うん。どうしたいか、聞いたよ」
「そうしたら、聖自身はなんて言ってた?」
「大事な人のそばにいたいってさ」
「え?」
「大事な人のことをこれからも、すぐそばで、支えていきたいって思ってる」
「……」
父さんは、にっこりと黙って微笑んだ。
「何よりも大事なのは、家族や桃子ちゃんだ。そんな大事な人をほっておいたり、傷つけたりしてまで、叶えたい夢なんてないよ」
「そっか」
伊豆の海は綺麗だった。青く澄みわたった空も、風もとても気持ちよかった。
「聖には、桃子ちゃんは相当特別な存在なんだな」
「うん」
「そばにいてあげたいのか」
「うん。いや、どっちかって言うと、そばにいたいって感じかな。桃子ちゃんのそばにいると、癒されるし、元気になる」
「ふうん」
「俺が俺らしくいられる場所なんだよね」
「そっか~。そりゃ、すごい存在だね、桃子ちゃんは」
「うん」
「すがすがしい顔してるな~、お前」
父さんはそう言って、高らかに笑うと、
「そんなにすっきりしたいい顔をしているから、きっと、母さんももう何も言わないさ」
と言ってくれた。
母さんに沖縄に行くのをやめたと告げると、一瞬驚いた表情をしたけど、
「そう、決めたの」
と、すぐに冷静に答えてきた。
「うん、決めたよ」
俺がそうきっぱりと言うと、
「後悔しないなら、それでいいのよ」
と、母さんは優しい目でそう言った。
「うん」
ああ、なんだかんだ言って、父さんも母さんも、やっぱり俺のこと、1番に考えてくれてる。そんなことをすごく感じた。
伊豆のじいちゃんとばあちゃんの家は、楽しかった。毎年そうだけど、みんな本当に明るい。
何年かしたら、ここに桃子ちゃんもいることになるのかもしれないな。そんなことを思いながら、みんなと過ごしていた。
家に帰った。俺には、あとは受験の勉強だけが残っていた。
桃子ちゃんは、風邪を引いてしまい、れいんどろっぷすに顔も出さなくなった。
俺にうつしたら、大変だって思ってるようだけど、俺にとっては会えないほうが痛手。
それもまた、桃子ちゃんは俺に気をつかってか、メールすらなかなかくれない。時々思うよ。やっぱり俺のほうが、桃子ちゃんのこと好きなんじゃないの?なんてさ。
>桃子ちゃんに会いたいよ~~~(;;)
寂しさのあまり、そんなメールを送った。でも、桃子ちゃんからのメールは、
>私も会いたいけど、風邪うつしたら大変だから。勉強頑張ってね。
って、これだけ。
ガック~~。いや、俺のことを思ってのことだと思うけどさ、会いたいんだってば。やっぱり、思う。桃子ちゃんの方が強い。断然、俺の方が情けない。
センター試験前、夜、あまりコーヒーを飲まない俺が、眠気を覚ますためにいっぱい飲んじゃったからか、それともストレスか、プレッシャーか、胃腸の調子を悪くした。
青い顔してトイレから出てきたところを父さんに見られ、
「おい、聖、大丈夫か?」
と聞かれてしまった。
「う~~~ん、お腹壊した」
「整腸剤飲めよ。今、持ってきてやるから」
父さんは俺の部屋に、整腸剤と水を持ってきてくれた。
「サンキュー」
「お前って、いつも強いけど、たまに弱くなるな」
「そう?」
「高校入試も、ほとんど寝れなくなって、試験終わったら、まるまる1日寝てたじゃん。あ、そのあと熱も出したか」
「そういえば、そうだったかな。試験終わるまでは気を張ってたから、風邪も引かなかったけど」
「桃子ちゃん、そういえば、最近来ないね」
「風邪引いたから、俺にうつさないよう気をつかってくれてさ」
「なるほどね。それでさらに、弱ってるわけだ」
「え?」
「桃子ちゃんってお前の、元気の源じゃん」
「……何、それ」
「あれ?お前自分で、気づいてないの?」
「……。気づいてるけど」
「なんだ!気づいてたか!あははは」
なんだよ。笑うところ?そこ…。
父さんは笑いながら部屋を出て行った。
あ~~~。そうだよ!気づいてるさ、とっくに。最近会えていないから、俺まいってるよ。会って癒されたいだの、桃子ちゃんのぬくもりを感じたいだの、そんなことばかり思ってるからか、桃子ちゃんを抱く夢ばっかり見てるし。
俺って欲求不満?とか思ったけど、そうじゃなくって、桃子ちゃんのぬくもりが恋しくてしかたがないんだ。
やべ~~。なんなんだ。俺、情けない。
桃子ちゃんは、弱そうに見える。一見ね。でも実は強い。俺は強そうに見えると思う。でも実は弱いかもしれない。そんなことを思う今日この頃。ああ、情けない。
センター試験が終わって、夜、桃子ちゃんに電話をした。実はここ3日間くらい、電話も我慢していた。本当は声が聞きたくって仕方なかった。だけど、一回聞いたら、今度は会いたくなって、いてもたってもいられなくなっても困るしって思って、我慢してたんだ。
「なんかどうにか、終わったよ…」
「お疲れ様」
ああ、桃子ちゃんの声だ。すげえひさしぶりに聞いた気がする。
「まじ、疲れた。桃子ちゃん、風邪もう治った?」
「うん」
そっか。じゃ、もう会えるのかな。
「あ、会いたいんだけど」
「うん」
「じゃ、来週会える?」
「うん」
やった!会えるんだ!!!俺は一気に元気になった。
それから、土曜日が来るのを楽しみにしながら、勉強に励んだ。たったそれだけのことなのに、なんだか力が湧いてくる。桃子ちゃんパワー、どんだけだよって自分でも驚いた。
そして土曜が来た。
朝からうきうきわくわくだ。まじで会いたくてしょうがなかった。わくわくしながら、支度をして時計を見て、めちゃ焦った。待ち合わせの時間にもうなってるじゃんか!
すげえ慌てて、家を飛び出した。全速力で走っていって、駅に着いたけど、桃子ちゃんはいなかった。 あれ?遅れてる?
息を整え、わくわくしながら待っていた。でも、次の電車でも桃子ちゃんは現れない。
あれ?
俺は携帯で昨日のメールのやりとりを見直した。
げ!待ち合わせの時間、違うじゃん。俺、30分早くに来てるじゃんか!
仕方なく、コンビニに行き、雑誌を読んだりして時間をつぶした。だけど、読んでいてもまったく、頭に入ってこない。早く桃子ちゃんが来ないかって、待ち遠しくてたまらない。
5分前になり、改札口の前に行った。電車がホームに入ってきた。あれに乗ってるのかな。
あ、来た!
「桃子ちゃん!」
俺がクロなら、尻尾を振って思い切り抱きついて、べろべろに桃子ちゃんの顔、なめてるよ。
「お疲れ様。元気?」
桃子ちゃんが聞いてきた。
「元気。なにせ、桃子ちゃんに会えてるし」
「?」
「あ、そうじゃなくって、桃子ちゃんに会えたから元気」
なんか何言ってるのかもわかんなくなってきた。
「なんか、すげえ久しぶりに会った気がする~~」
俺は桃子ちゃんと手をつないだ。ああ、桃子ちゃんのぬくもりだ。あったけ~~!!
「あれ?今日、手袋は?」
「忘れた。慌てて出てきたから」
「慌てて?」
「桃子ちゃん、手あったかいね」
「聖君は冷たいね。もしかしてずっと待ってた?」
「うん。時間、間違えて出てきたから」
桃子ちゃんは不思議そうな顔で俺を見た。
「30分、早くに慌てて出てきた」
「間違えて?」
「うん」
「30分も待ってたの?」
「駅ついて、しばらく待ってて、来ないからメール見直して、時間間違えてたのに気づいた」
「それから、ずっと待ってたの?」
「あ、コンビニで時間つぶしてたよ」
また、桃子ちゃんは俺の顔を覗き込んだ。
「桃子ちゃんに会えると思ったら、浮かれちゃって、時間間違えちゃった。きっと早く会いたかったのかな、俺」
そう言ってから、早く会いたかったのかな、俺…じゃないだろ。めっちゃ会いたくてしょうががなかっただろ、て突っ込みを自分でいれていた。