第2話 これは悪夢?
なんだ?何が起きてるんだ?
「何してんの」
俺の声で桃子ちゃんが振り返った。
「何してるんだよ?」
声が震えた。手も震えてる。
なんで?俺が抱きしめたら、手で押してはねのけるのに、なんで、そいつには黙って抱かれてるの?
なんで、何も抵抗していないんだよ。
それになんで、桃子ちゃんのこと抱きしめてるんだよ?!
「あれ?なんでここにいるの?」
幹男がいけしゃあしゃあと、そんなことを聞いてくる。ムカ!!それはこっちの台詞だ。
「桃子ちゃんから離れろよ!」
思い切り幹男の腕を掴んだ。
「いて!」
幹男が痛がった。
「桃ちゃんはお前のものなわけ?」
桃子ちゃんからやっと離れた幹男が、そんなことを聞いてきた。いちいちむかつく。
「そうだよ!」
「ふん、そう思っているのも今のうちだな」
「え?」
何が言いたいんだよ、こいつ。
「君が沖縄に行って、桃ちゃんが寂しい思いをしている時、そばにいるのは俺だよ。遠くにいるやつより、すぐそばにいるやつの方に、傾いていくに決まってるじゃん」
……。なんだよ。なんでそういうことを言うんだよ。
「桃ちゃんに彼氏が出来て、その彼氏が遠くに行くって聞いて、桃ちゃんが傷ついたり泣いたりするのを見てられないって思った。だから、君が沖縄に行かないように、桃ちゃんから、君が沖縄に行くのをやめるよう、説得させようかとも思った」
え?
「でも、二人すごく仲いいし、うまくやっていくかなとも思ったよ。この前はね。でも、今は違う」
「何が違うんだよ」
「さっさと沖縄にでも、どこにでも行けばいいさ。そうしたら、桃ちゃんのそばにいるのは、この俺だ。また、桃ちゃんは、俺のもとに帰ってくる」
「また?」
「そうだよ。ずっと、桃ちゃんを守っていたのは、俺なんだ。あとからのこのこ出てきたのは、君の方だ」
なんなんだよ、こいつ。何が言いたいんだよ。俺から桃子ちゃんが離れるとか、そういうことを言いたいのかよ。
「なんで、そんなこと今更言ってんだよ?妹みたいな存在だって、言ってただろ?」
「……。妹みたいだって、思い込んではいたさ」
「どういうことだよ」
「……。いつまでも自分のもんだって、思い込んでるなよ。離れても、桃ちゃんが自分のことを好いているなんて、自惚れるな」
「え?」
自惚れてる?俺が?
「離れて寂しい思いをしたら、そばにいるやつの方がよくなるんだよ。そんとき後悔したり、後戻りしようとしても、もう遅いんだよ」
んだよ、それ。そんなこと俺だってわかってる。それが怖くて、勉強も手につかなくて、こうやって会いに来てる!なのに、なんでもわかってるみたいな顔しやがって。
「うっせ~よ。これは桃子ちゃんと俺のことだ。部外者に言われたかね~よ!」
「部外者~?」
「そうだろ!」
「もうやめて!これ以上言い合うんなら、部屋を出てってよ!」
…桃子ちゃん?まじ、怒ってる?
「悪かったね、桃ちゃん。そんな辛そうな顔しないで。そろそろ俺は、引き上げるから」
幹男は出て行った。くそ!なんでそんなに冷静になってるんだよ。
しばらく気持ちがおさまらなかった。
「くそっ」
なんであいつにあんなことを言われなくちゃならないのか。こぶしを握り締めた。その手が震えた。
ドカッ。そのまま、ベッドに座った。桃子ちゃんは黙っていた。
「ちきしょう」
幹男のやつがにくたらしかった。桃子ちゃんを抱きしめていたっていうのも腹が立つし、あんなに冷静に、俺が思い切り不安に思っていることを言ってのけていったのも、全部がにくらしかった。
「聖君…?」
桃子ちゃんが声をかけてきた。俺のことを怖がってるのか、おそるおそる俺の顔を見ている。
俺は思わず、桃子ちゃんを抱きしめた。ぎゅって強く抱きしめていた。
「ひ、聖君」
桃子ちゃんの体が固まっていくのがわかる。
「聖君、苦しい」
そう言って、桃子ちゃんは手で俺を押しのけようとする。
なんで?あいつには抵抗してなかったじゃないか。なんで俺にはそうなんだよ。
「桃子ちゃんは、俺のことが嫌なの?」
「え?」
「心臓が持たないからとか、苦しいからとか言うけど、本当は嫌がってるんじゃないの?嫌って言えないでいて、そんな言い訳してるんじゃないの?」
俺は桃子ちゃんに、思わずそんなことを言っていた。
「幹男ってやつにはさ、抱かれてても平気だったじゃん。俺のことはそうやって、いつも手で押しのけて、嫌がるけど」
「嫌がってない」
「嫌がってるよ!いつもキスしても、抱きしめても、体硬くして、本当は嫌がってるんじゃないの?そうじゃないの?!」
駄目だ。止まらない。ずっとずっと思っていたことだ。
桃子ちゃんは、驚いていた。目を丸くして固まっている。
「私、嫌がったことなんてないよ」
「嘘だ」
「本当だよ。今だって、嫌がってないよ」
「じゃ、なんで俺から逃げようとするんだよ」
「逃げてない」
「手で押して、離れようとするじゃんか!」
駄目だ。まじで駄目だ。感情を抑えきれない。俺、今にも泣きそうだ。やばい。
「それは…」
桃子ちゃんの言葉が詰まった。なんで?なんで答えられないの?
「ちきしょう」
なんでだよ。なんでなんだよ。
「あいつは?なんで桃子ちゃんのこと抱きしめてたんだよ」
情けない。まじで今、泣きそうだ。それを必死にこらえてる。でも、こんなこと聞いてる。
「元カノが結婚するって友達から聞いて、すごく幹男君落ち込んでて」
「だからって、なんで桃子ちゃんのこと」
「そばにいると落ち着くって…」
「桃子ちゃんは、なんで、他のやつに抱きしめられてても、逃げないんだよ!なんで、やめてって言わないんだよ!」
「ご、ごめん。でも、幹男君は私にとって、お兄ちゃんみたいなもので」
「でも、本当の兄でもなんでもないじゃんか」
「そうだよね」
桃子ちゃんの声が、小さくなった。そしてうつむいた。
「ごめん、もうしない」
もっと小さな声でそう、桃子ちゃんは言った。
俺は今まで、何をしていたんだろう。桃子ちゃんがすげえ大事で、壊したくなくて、大事に、本当に大事にしてきたんだ。
でも、それだけじゃない。無理強いして嫌がられて、去っていかれたらと思うと、それがすげえ怖かった。失うのが、すげえ怖いんだ。
他の誰かに取られるのも、俺から離れていくのも、そういうこと考えるだけでも怖い。
なのに、俺、沖縄に行こうとしてる。1年も離れようとしてる。
今、こんな状況なのに?こんなで、離れてても大丈夫なのか?
情けない。でも、これが今のありのままの俺だ。こんな俺を見せて、桃子ちゃんは嫌わないのか。嫌がらないのか。
ああ、でも苦しい。全部をぶちまけたい。