第19話 桃子ちゃんの本音
俺の家族は、俺だけ残して、年末伊豆に行った。俺は塾や勉強があるから、2日に伊豆に一人で行くことにした。
ってことで、大晦日は桃子ちゃんを家に呼び、一緒に初日の出を見ることにした。
家には誰もいないということを告げて、桃子ちゃんに家に来る?って聞いてみた。内心ドキドキだった。桃子ちゃん、それは無理だって言ってくるんじゃないかって。
でも、桃子ちゃんの返事はただ、「うん」それだけだった。
伊豆に行く前の日の夜、母さんが部屋に来た。
「ちょっといい?聖」
「うん」
俺は机の椅子に腰掛けていた。母さんはベッドに腰掛けて、部屋を見回してから、
「爽太から聞いたんだけど、沖縄に行くのを悩んでるの?」
と聞いてきた。
ああ、父さん、母さんに話しちゃったか。内緒にしておいてって言っておけばよかったな。実は母さんに聞かれたくないことは、父さんにちゃんと口止めするようにしている。そうしたら、父さんはちゃんとそれを守ってくれるんだけど、今回は内緒にしておいてって、お願いしなかったんだよな。
「悩んでるって言うか、うん。まあ…」
「店のことなら、大丈夫だから。あなたはそんな心配しないでいいからね」
「え?」
「そんなことであなたの夢を、あきらめるようなことしないでね」
そんなことって…。俺にとっちゃ重要なことだよ。
俺が黙っていると、母さんは、
「母さん、あなたの負担にはなりたくないのよ」
と、ぼそってつぶやいた。
負担?負担って何?
「あなたには、やりたいことをしてほしいし、好きなことをしてほしいし」
「……うん。それはわかってるよ」
俺がそう言うと、母さんは、
「ほんとね?わかってるのね?」
と、聞いてきた。
「わかってるよ。俺が1番したいことを、ちゃんと選ぶからさ」
「そう」
母さんは安心したようにため息をつき、それから部屋を出て行った。
俺のしたいことか。それ、そこなんだよ。それがイコール沖縄の大学に行くことじゃないって、その辺に最近気がついちゃったんだ。
俺の夢。もう一回ちゃんと、考えたほうがよさそうだ。
家族が伊豆に行き、大晦日の日がやってきた。
朝早くから起きて、掃除をした。家や店の大掃除は終わってたけど、俺の部屋はまだだった。なんやかんやと勉強に追われ、机の上も床も、ノートや参考書が山積みになり、そのままになっていた。
桃子ちゃんが来るし、もしかして今日は、俺の部屋に泊るかもしれないから、俺は部屋を綺麗に片付けた。
それから、夕飯も一緒に食べるつもりだから、ハンバーグを作った。
ああ。俺、めっちゃ張り切ってるよな。
昼、駅で待ち合わせをして、桃子ちゃんと駅の近くのファミレスに行った。
海の見えるファミレスだ。初めてのデートでも、行ったっけな。
昼を食べ終え、家に二人で向かった。
俺はすっかり有頂天になっていた。なにしろ、誰もいないのに桃子ちゃんが来てくれたってことは、もう、あれだよね?そういう気があるってことだよねって、勝手にそう思い込んで。
だけど、俺の部屋に入って、上着を桃子ちゃんが脱ぐと、あれれ?もしかして俺の、勘違いだったかなって、そこで気がついた。
桃子ちゃんの今日の服、セーターにジーンズ。思い切り防寒着。そりゃ、初日の出見に行くなら、あったかくしてこないとならないだろうけど、それで、この服を選んだのか、それとも、もしかして、今日はNOなんだって、合図なのか、俺は悩んでしまった。
何か、昔読んだ雑誌に書いてあったんだよ。女の子がスカートならOKで、ジーンズじゃ、NOの合図とかなんとか。
まだ、中学の頃だ。彼女もいなくって、ただただ、へ~~、そんなもんなんだって思いながら、流して読んでたと思う。
でも、いきなりそれを思い出してしまった。桃子ちゃんの格好は、まさにNO?
「……」
それまで、その気になって、部屋をあっためたり、服脱いでも寒くないかなんて気にしてたのが、一気に恥ずかしくなった。
俺一人で舞いあがってる?もしや…。桃子ちゃん、今思い切り、困ってる?
「……。もしかして、駄目なの?」
「え?」
「いや、その。だからさ。今日は桃子ちゃん、そんな気まったくなかったりする?」
桃子ちゃんは、顔を赤くしてうつむいた。
うわ。やっぱり?俺の早合点だった?すげえ、ばかじゃん、俺。
「いや、いいんだ。それでも。俺、勝手に家に誰もいないし、ちょっとチャンスかなって思ってただけで、その…。桃子ちゃんも、家に誰もいないのに、来てくれて、そういうのオッケーしてくれるのかななんて、勝手に思い込んでただけで…。駄目ならいいんだ。うん」
桃子ちゃんはまだ黙っていた。
「ごめん、ほんと、いいんだ。ほんと、そんな気がないならないで。こうやって、二人でいるだけで、それでいいからさ」
やばい。呆れてたりして?それとも、どうしようかって今、桃子ちゃん考えに考えてる?
困らせたかな。
「あ、そうだ。なんかDVD観る?3本くらい、映画借りたんだよ」
俺は慌てて、そう言って、一階のリビングに行こうとした。でも、桃子ちゃんに話があると引き止められた。
話?話って何?
もしかして今日来たのは、話が目的…とか?っていうか、何?改まった話ってのは…。
ドキドキしながら、また俺の椅子に座りなおした。桃子ちゃんもベッドに、深く腰掛けなおしていた。
「話って何?」
俺が聞くと、
「うん。昨日、桐太君に、聖君は大学沖縄に行こうとしてるの、知ってるかって聞かれて」
と桃子ちゃんは、真顔でそう言った。ああ、沖縄の大学のことか。
「今、聖君がどうしようか悩んでるって、そんな話も桐太がしてきた」
「…うん。あいつにそんなようなこと、この前電話で話したけど…。それで?」
「それでね…。桃子は聖君が沖縄に行ってもいいのかって」
「え?」
「大学には女の人もいるし、離れてていいのかって」
「…それ、俺が浮気するかもしれないとか、そういうこと?」
「それもあるけど、あと、1年会えなくってもいいのかとか、きっと、そういうこと」
「……」
桐太がそんなことを桃子ちゃんに?
「なんであいつ、そんなこと桃子ちゃんに?」
「わからないけど…。いきなり聞かれて」
「ふうん」
なんだって、桃子ちゃんにそんなこと聞くんだ?
「桃子は本当はどう思ってるのかって聞かれて」
「桐太から?」
「うん」
って、何?呼び捨てにしてるの?あいつ。
「桐太って、桃子ちゃんのこと呼び捨てにしてんの?」
「あ、そういえば、呼び捨てになってた」
「なんで?俺だってちゃんづけなのに、なんであいつが!」
ほんと、仲良くなりすぎじゃない?
「聖君はなぜ、ずっとちゃんづけなの?」
「え?」
「私を呼ぶ時に」
「桃子ちゃんって?」
「うん」
「だって、そっちの方が可愛いから」
桃子ちゃんが、首をかしげた。
「桃子ちゃんって、桃子ちゃんって感じでしょ?」
そう言うとさらに、首をかしげ、わからないって顔をした。
「あれ?話がずれてるね。えっと…。俺が沖縄に行く話だよね」
「うん」
「桃子ちゃんの気持ちって…、本音ってこと?」
「うん」
「それは俺もちゃんと聞きたいよ」
「え?」
「もしかして、本当は行って欲しくないのに我慢してるんじゃないかって、それは思ってた」
「……」
「俺の夢を壊したくないからって、我慢してるんだろうなって」
桃子ちゃんの顔色が変わった。うつむいて、黙り込んでしまった。
「不安?俺が浮気するかもとか?」
「ううん。そういうことよりも、ずっと会えなくって、寂しくって、私耐えられるかなって…」
耐えられるか…か。俺とおんなじなんだな。
「でも、そんなの私のわがままだし」
わがまま?それが?
「……ごめんね…」
「何が?」
「わがままばかりだし、甘えてばかりだし」
「誰が?」
「私が…」
「桃子ちゃん、甘えないし、わがまま言わないじゃん」
ほんと、もう少しわがまま言ったり甘えてほしいくらいなのに。
「え?」
「全然言ってないよ。俺ばっかりが言ってるよ」
「そんなことない。私ずっと聖君に甘えてばっかりだもん。海でも、プールでもそうだったし、それにずっと聖君に我慢させてたし…」
「それは、別に俺に桃子ちゃんが甘えてたとか、そういうことじゃないじゃん。海やプールでも俺の方が好き勝手してたしさ」
「……。私、いつも足手まといになってたよ」
「足手まとい?そんなこと俺、思ったこと一回もないけど」
「だけど…。聖君のこと困らせてばかりだったよね。きっと、去年の夏から」
「俺が困った?」
「花火大会ではぐれた時とか、それにカラオケボックスで、葉君と聖君の話を聞いちゃった時とか」
それは、桃子ちゃんのせいじゃなくって、どっちかっていうと、俺の不注意…。なのに、桃子ちゃんは、自分のせいだって思ってたの?
「この前も、聖君勉強で大変なのに、お店に果林さん連れてきたり…」
それも、桃子ちゃんのせいじゃないのにな。
「他には?」
「聖君の家に来ると、お父さんに送ってもらったりして、みんな大変なのに、申し訳ないことしてるなって…」
「他は?」
「ひまわり、泊まりに来て、迷惑かけた」
「他は?」
「えっと。うちのお父さんが釣りにさそったりして、聖君、勉強あったのに…」
なんだ。全部迷惑だなんて思ってないことだし、俺、困ってもいないのに。
「それから?」
「えっと…。えっとね…」
「もうおしまい?」
「うん」
「そっか。わかった」
桃子ちゃんは、なんだか全部、自分でしょいこんでいたんだな。自分が困らせてるとか、迷惑かけてるとか、そう思い込んで…。もしかしてそうやって、自分の思いをしまいこんで、俺に黙ってたこといっぱいあったんじゃないのかな…。
じゃあ、沖縄行きのことだって、かなり悩んだり、一人で悲しんだりしてたんじゃ…?
「じゃ、沖縄にもし俺が春から行くってことになったら、桃子ちゃんどうする?」
「え?」
「今、どう思う?俺、沖縄に行くよって言ったら」
「…どうって…」
「本音ね、本音」
桃子ちゃんは、小さく深呼吸をして話し出した。
「離れるの、嫌だって思う」
「なんで嫌?」
「会えなくなるから」
「寂しい?」
「うん」
「他には?」
「……やっぱり、不安」
「何が?」
「大学にも女の人いるだろうし、他の人に興味ないって言われても、もし、素敵な人が聖君にいい寄ってきたらって思ったら、すごく不安」
だから、まじで桃子ちゃん以外なんて俺…。いや、桃子ちゃんの気持ちをちゃんと聞くのが、先決だよな。
「他には?」
「えっと。他…」
桃子ちゃんは黙った。黙って、自分の気持ちと向き合ってるようだ。
「…あのね」
「うん」
意を決したのか、桃子ちゃんは前を向いたまま、話し出した。
「私、すごくすごく会えなくなるのが寂しいの。会いたい時、今ならこうやって会えるけど、沖縄に行ったらそうはいかないでしょ。どうやって耐えようかって、今から思うことがある」
「うん」
「聖君は、寂しいとかって思わないのかなって、そんなことも思ってた」
俺?んなの、寂しいに決まってる。ああ、でも俺、そういうことちゃんと、桃子ちゃんに言ってなかったかな。
「他にもなんかある?」
「ううん」
「行って欲しくない…って言いたくても、我慢してた?」
「うん。ごめんね。それが本音。私きれいごとばかり言ってたかもしれない」
「きれいごと?」
「きっと、聖君にできた彼女って思われたかったのかもしれない。それに、そんなこと言うと、聖君を困らせるだろうしとか、聖君に重たく感じて欲しくないとか、そんなことも思ってた」
……。それ、思い切り、桃子ちゃんの本音なんだ。そっか。ちゃんとそれを俺に、話してくれたんだ。
「そうか~。今のが桃子ちゃんの本音だよね?」
「うん」
「わかった」
「……」
じゃ、俺もちゃんとその本音に応えなくっちゃ。桃子ちゃんがちゃんと心のままを、伝えてくれたんだから。