第17話 新たな悩み事
その日は、父さんと杏樹が車で桃子ちゃんを送っていった。俺は、店の手伝いに入った。
最近、気づいた。母さん、かなり無理してる。俺が店のバイトをしていた時には、俺のことこきつかってたから、母さんはそんなに大変じゃなかった。
でも、パートさんだとそうもいかないし、風邪で休まれたり、体調が悪くって、しばらく来れなかったりってこともあり、その時には母さんが倍、働かなくちゃならないから、相当無理をするみたいで。
父さんが仕事がひと段落着いてる時には、手伝ったりしてるけど、それでも、母さん、頑張っちゃってるんだよね。
大変だとか、辛いとかそういうことも母さんは言わないからわからなかったけど、最近は顔色が悪い時もあるくらいだ。
なのに、俺には、勉強があるからいいわよって言って、手伝わせようとしない。
こんなでさ、俺が沖縄行っちゃったらどうすんの?今は、どうしても大変そうな時、店に出るようにしてる。いいわよって言われても、勝手に手伝っちゃってる。
だけど、沖縄にいたら、母さんが具合が悪くても、飛んでくることもできない。
俺、マザコンかな?いや、母さんだけじゃないんだ。父さんのことも杏樹のことも、すげえ大事だ。
これって、変かな?
沖縄に行きたかった。だけど、最近は沖縄の大学に行かなくっても、俺の夢は叶えられるよな…とか、そんなふうに思えてきている。
なんで、俺、沖縄に行かなくっちゃ叶わないとかって、執着してたのかな。それすら、今はわからないくらいだ。
桃子ちゃんのこともある。絶対に桃子ちゃんが高校卒業したら、沖縄に来てもらって、一緒に暮らすんだ!なんて意気込んでた。でも、沖縄に俺、行く必要あるのかな。
家族や桃子ちゃんから離れて、一人で行く価値ってあるのかな。
そんなことを考えたら、わけがわからなくなってきた。俺が本当にやりたいことって何?
その日、父さんは、桃子ちゃんを送った後、一緒に車に乗っていった杏樹と、ドライブをしたらしい。だけど、帰り道はほとんど、杏樹は寝ちゃったみたいだ。
俺は、帰ってきた父さんに、
「あのさ、ちょっと話があるんだけど」
と言って、誘って家を出て、2時まであいてるファミレスに行った。
父さんは、ビールを注文した。俺はもちろん、未成年だし、コーラを頼んだ。
「く~~。旨い」
父さんは、ビールをぐびって飲んでそう言った。
「いいね。俺も早く20歳になって、飲みたいよ」
そう言うと、父さんはにっこりと笑って、
「そうだな。俺も早くお前と飲み交わしたいよ」
と嬉しそうに言った。
「で、何?話って」
父さんはつまみに頼んだ枝豆をつまみながら、聞いてきた。
「うん。実は、沖縄行きのこと」
「ああ、大学?」
「うん」
「桃子ちゃんのことで、決心が揺らいだ?」
「あ~。うん、それもあるけど」
「他にもあるのか?」
「…母さんさ、最近疲れてない?」
「ああ。そうだな。だから明日は店、休むことにさせたよ」
「店を?」
「臨時休業」
「そっか」
やっぱり、疲れちゃってるんだ。
「俺が沖縄に行くのをやめるって言ったら、もしかして母さん、店やめちゃうかな」
「え?」
「母さんが大変そうだから、俺は沖縄に行くのをやめて、こっちの大学に行って、店のバイトするって言ったら」
「う~~ん。そうだな。もしかしたら、店しめるって言い出すかもね」
「は~~~~~。それはしてほしくない」
「なんで?」
「れいんどろっぷす好きなんだ、俺」
「そうだな。俺も好きだよ」
「だよね」
父さんがれいんどろっぷすに、思い入れがあるのを俺も知ってる。母さんだって、ものすごく大事にしてるんだ。だから、ずっと今まで、店を続けてきた。
「でも、ほっといて沖縄行く気分じゃ、なくなってきた」
「母さんのためにやめるの?」
「母さんだけじゃない。桃子ちゃんのこともあるし」
「お前がしたいことって何?」
「え?」
「本当にしたいこととか、お前が望むもの」
「……」
「自分自身にもう一回、聞いてみたら?俺は別に沖縄に行けとも、やめろとも言わないよ。お前が決めることだから」
「うん、そうだよね」
「母さんは、もしかすると、沖縄行きをやめるなって言うかもしれないけど」
「なんで?」
「自分のせいで、お前の夢をあきらめさせたくないから、って思うだろうね」
「……」
そうなんだ。俺も母さんだったら、そう言うだろうなって思ったから、母さんには相談ができないんだ。
桃子ちゃんもそうなんだろうな。俺の夢をあきらめさせたくないとか、邪魔したくないとか、そんな気持ちがあって、沖縄に行くのをやめてって言えないでいるんじゃないのかな。
それ、もしかして、すごく我慢させてたり、苦しめてないのかな、俺。
大好きな、大事な人を苦しめてまで、行く価値のあることなんだろうか…。
って、またそこに行き着く。
父さんは、黙っている俺を見て、黙っていた。
「もし、父さんだったら、どうする?」
「俺?そうだな…」
父さんは、しばらく黙り込んだ。
「そうだな。大好きな人も、連れて行くかな」
「え?」
「くるみってことになるけどさ。俺、一時も離れていたくないもん」
「あ、そう」
なんだよ。思いっきり、のろけてくるとはね。
それにしても、一時も離れていたくない…か。
じいちゃんはばあちゃんと、伊豆と江ノ島で離れた時があるって言ってたっけ。ずっと一緒だったから新鮮だったよって。
でも俺らはまだ、ずっと一緒ってわけじゃない。結婚もまだだし、離れたらどうなるのかっていう不安もある。
やばい。今日は多分、寝れないな。頭の中がぐるぐるだ。
案の定、寝れなかった。
もうすぐ、クリスマスだ。俺は、桃子ちゃんに指輪をあげようと思っていて、今日、父さんと一緒に見に行く予定だ。
なんで父さんとかって言うと、一人じゃまず、そんな店に入る勇気がない。母さんとじゃ、こっぱずかしくって、指輪をプレゼントするんだなんてことすら、言えそうもない。
父さんは去年も、一緒に買い物付き合ってくれたし、父さんも母さんにプレゼントを買うから、一緒に行こうってまた、誘ってくれた。
桃子ちゃんの指、細いけど、いったいどんなサイズのものを買ったらいいんだろう。
父さんと、アクセサリーショップに行った。父さんは母さんに、ネックレスをあげるらしい。プラチナで、ちょっとダイヤの入ってるのを買うんだとか。
俺はまず、プラチナだの、シルバーだのの差すらわからない。えっと?去年は確か、シルバーのネックレスをあげたんだっけ。
「どのような、指輪をお探しですか?」
店員に聞かれた。うわ!まったくどれがいいかなんて、わかんない。
「えっと…」
すごい困ってると、父さんが、
「17歳の女の子っていったら、どんなのを好みますか?」
と聞いてくれた。ああ、やっぱり一緒に来てもらってよかった。
「あ、彼女にプレゼントですか?」
俺に店員が聞いてきた。
「え?いえ!妹です」
あれ?なんで俺、嘘言ってるんだろう。やばい。顔がほてる。隣で父さんは、ちょっとうつむいて微笑み、それから、
「そうなんです。兄と父からプレゼントをしようって思って」
と、一緒に嘘をついてくれた。
「そうですね。可愛いのがいいと思いますよ。誕生石はなんですか?」
「た、誕生石?」
俺は、なんじゃそりゃって、声が裏返ってしまった。
「誕生日はいつだっけ?」
父さんは、冷静にそう俺に聞いてきた。
「3月」
「では、アクアマリンですね。こちらですよ」
店員がガラスケースの中にある指輪をいくつか、見せてくれた。
可愛い薄いブルーの石だ。その中でも、これ、似合いそうってのを見つけて、それにすることにした。
金の指輪に、ちょこっとブルーの石が乗っている。
「サイズはいくつですか?」
「へ?」
「指のサイズ」
「あ、あ~~。いくつかな」
「細そうだよな。くるみは薬指で、8号だよ」
父さんが言った。
「細いですね」
店員が驚いていた。
「8号?じゃ、そのくらいかも。何しろ細いから」
「では、こちらになりますね」
店員が、出してくれた指輪を見た。わ~~!本当に細い。いや、でもこれくらいかもしれない。
「じゃ、これで」
「はい。わかりました。クリスマスプレゼントですか?」
「はい」
「では、お待ちくださいね」
「はい」
店員は、プレゼント用に、指輪を箱に入れ、リボンをかけた。
ドキドキ。俺はなぜだか、ドキドキしてきてしまった。あの指輪を桃子ちゃんにあげたとき、どうするかな。
父さんは母さんのネックレスを買い、二人で店を出た。
「は~~~~~」
出たとたんに、ため息が出た。
「なんだ?聖、どうしたんだ?」
父さんに聞かれた。
「緊張して…」
「あはは!指輪買うのに、緊張してたのか」
「うん、まあ」
「じゃ、結婚指輪だの、エンゲージリングを買う時には、いったいどうするの、お前」
「け、結婚?!」
「そうだよ。いつかは買うだろ?相手は誰になるかは、まだわからないとしても」
結婚指輪、エンゲージリング?相手は桃子ちゃんに決まってるじゃんか!と思いながら、それをいつか、二人で買いに来るのかって、想像した。
それから、結婚式。桃子ちゃんの真っ白なウエディングドレス。わ~~~~。わ~~~。絶対に綺麗だ。
あ、待てよ。白無垢ってのもいいな。そうしたら、俺は羽織袴?
しばらく、道を歩きながらぼ~っと妄想していると、
「聖!どこに行くんだよ!駅はこっち!」
と、父さんに声をかけられた。
「あ、ああ、わりい」
「何にやついてたんだよ?あ、そこにちょうど、カフェがあるね。コーヒーでも飲んでから帰るか」
「え?ああ、うん」
俺たちは、俺の目の前にあった、カフェに入った。
「父さん、母さんと付き合ってた頃、母さんと結婚とかって考えた?」
コーヒーを飲みながら、そう聞くと、
「いいや。考えるも何も、赤ちゃんすでにいたし、即結婚だったけど」
「あ!ああ、そっか。だよね、俺がもうお腹の中にいたんだもんね」
「そういうことだな」
「父さんって、やっぱ、すげえ」
「なんで?」
「だって、その頃、21歳だっけ?そんな年齢で、父親になることも、結婚することも決意できるなんてさ」
「年齢じゃないさ。30になったって、決意できないやつもいるだろうし」
「そっか」
「俺は、くるみを愛してた。だから、結婚した。それだけだよ」
「……」
すごいよ、やっぱ、そう言い切れるところがさ。
「まあ、父さんも同じくらいの年齢で結婚してたし、俺が生まれてたし、だから、あまり抵抗はなかったかもね」
父さんは、そう続けた。
「だったら、俺も、そのくらいの年齢になったら、結婚考えるかな?」
「どうだろうね。ま、タイミングじゃないの?きっと1番いい時に結婚するようになってるさ」
「すべてが、必然?」
「そう、それ」
結婚か。今はまだ、妄想だ。でも、妄想するのは、もちろん桃子ちゃんとの結婚だ。桃子ちゃんがれいんどろっぷすで、ケーキ焼いたりしてて、俺の家に一緒に暮らしてるんだ。で、可愛い子どももいたりして。
く~~~~~。それ、いいよな、絶対にいいよな。女の子なら、桃子ちゃん似!絶対に可愛いだろうな。
「だから、聖。そうにやついた顔で、ぼけっとするなよな。それ、かなり怖いぞ」
父さんにまた、言われた。
「まあ、どんな妄想してるんだかは、予想つくけどね」
父さんはそう言うと、にやって笑ってコーヒーを飲んだ。
ああ、俺ってば、桃子ちゃんのこと言えないじゃん。妄想しててどっかに行ってたよ。
でも、いつか実現するだろう未来。俺はそれを妄想するだけでも、胸を躍らせていた。