第16話 桃子ちゃん好きの俺
「別に、引いたりしないけど、俺」
俺はとっさにそう言った。
「驚かなねえの?聖」
桐太の方が、目を丸くした。
「ああ…。うん、まあ…。お前で3人目。俺、男から告られるの」
そう言うと、俺の肩にドンと、桃子ちゃんの頭がぶつかった。どうやらよろけたらしい。かなりのショックを受けてる?もしかして…。
「そっか。他にも聖に告ったやついるんだ」
桐太は冷静にそう聞いてきた。
「…。付き合ってる子いるからって、断ったけど」
「そっか」
「そいつらって、同じ高校?」
「ああ、うん。後輩だけど」
「今も顔合わせる?」
「え?うん。挨拶程度はする」
「…。嫌がったり、気持ち悪がったりしないの?お前」
「しねえよ、別に」
多少は驚いたけど。
「すげえな、お前」
「そうか?だけど、付き合ったりはできないよ。俺、女の子が好きだし」
「……」
「あ、違った。女の子がじゃなくって、俺の場合どうやら、桃子ちゃんが好きだしって言った方がいいかも」
俺がそう言うと、桐太は、はあ?って顔をしてた。桃子ちゃんは、隣で真っ赤になって俺を見ていた。
「多分、桃子ちゃんの場合は、女の子だからとか関係なく、好きかも」
そう言うと、桐太はさらに呆れた顔をした。
「なんだよ、それ?じゃ、もし男だったとしても、好きになってるかもってこと?」
「もしなんてないけど、でも、そうかもな」
「あははは。すげえな、それ。こいつは本当に聖にとって、特別なんじゃん」
桐太は、突然笑い出した。
「そうだよ」
俺はちょっとむっとした。
「……わかったよ。俺もこいつだけは、認める。こんな弱々しくって、男がついていないと駄目なんですってのを絵に描いたような女、絶対に聖の彼女なんかつとまらねえって思ったけど、こいつ、すげえ強いもんな」
強い?
「こいつは本気で聖に惚れてるってわかったし、その想いはもしかすると、俺、太刀打ちできないかもってそう思ったからさ」
「太刀打ちできない?」
俺がそう聞くと、桐太は、
「すげえ、聖のこと大事にしてるだろ?」
と、桃子ちゃんに聞いた。
「うん」
桃子ちゃんが真っ赤になりながらうなづいた。わ。なんか、嬉しいぞ。
「それがわかったから、俺も認める。それに、こいつの親友ってやつも、こいつのこと本気で大事に思ってるし、そんなふうにダチに思われてるってことは、それだけの人間ってことだろうしさ」
桐太は、穏やかな顔をしてそう言った。
「お前、あの果林さんって人のことは、まったく本気じゃなかったのかよ」
「あいつは、俺と同じだよ。俺のこと本気だったわけじゃない。それに、俺も」
「もしかして、女の子は好きになれない…とか?」
「いや、そういうわけじゃない。それに俺、男が好きなわけでもないよ。聖だけが多分、特別。他のやろう見ても、なんとも思わないからさ」
「そっか」
「聖は、こんな俺でも、友達としてそばにおいておく余裕ある?」
桐太は、言いにくそうにそう言ってきた。う~~ん、そうだな。
「……。どうかな。けっこう自分のことで、俺もいっぱいいっぱいだから、わかんねえけど、でもま、普通にふざけたりするダチだったら、いいかもな」
「そっか。それじゃ、その程度の友達でもいいからさ、さわぎたくなったら呼んで」
桐太の顔が明るくなったのがわかった。
「桃子ちゃんには、絶対にもう、手出さないよな」
「もちろん。これ以上、殴られたくないし。こいつ、強えんだもん」
桐太の中じゃ、すっかり桃子ちゃんは強い存在になっちゃったのか。ま、いっか。それでも別に。
「あ、でも他のやつがいつ手を出すかわかんないし、お前、いい加減大事にするのもやめて、さっさとものにしとけば?」
げ!何言い出すんだよ。こいつ!うわ。顔がほてる。
「お前には関係ないだろ?」
俺はそう言って、後ろを向いた。
ああ、もう手は出しちゃってるし、桃子ちゃんは俺のものになっちゃったんだってば。っていうのを、悟られないように。
それから、俺と桃子ちゃんは桐太と別れて、店に向かって歩き出した。クロは俺の横を、超ご機嫌で歩いている。散歩ができて嬉しいと、そう言ってるみたいに尻尾を振っている。
桃子ちゃんは、後ろを振り返った。桐太のことが気になるらしい。
「桃子ちゃん、いいの。桐太のことは気にしなくっても」
桃子ちゃんは俺の方を向いた。
「俺、友達としては接していけるけど、それ以上は無理だから。変に優しくしたり、同情したり、そんなのもしたくないから」
「え?」
「やっぱりね、俺には桃子ちゃんが1番なんだよ」
そう言って、俺は桃子ちゃんの手をぎゅって握った。桃子ちゃんはちょっと赤くなって、俺の顔を見ていた。俺らはまた、ゆっくりと歩き出した。
「初めて、男から告られた時には、さすがに俺、びびっちゃって、俺には、付き合ってる子がいるし、期待しても無理だからって、かなり、顔をこわばらせて断ったと思うんだよね」
「うん」
桃子ちゃんは、前を向いて、うなづいた。
「そいつ、1年生で、思いを告げたかっただけですからとか言ってたけど、それからも、学校で会うと、にっこりと微笑んできたりするんだよね。でも、俺にはどうすることも出来ないから、ほんと、挨拶する程度。それ以上もそれ以下もないって感じなんだけどさ」
「うん」
「その次に、告られたのは、夏休み中。同じ塾に通ってる、2年生から」
「え?そうだったの」
桃子ちゃんは驚いて、俺を見た。
「即、断ったよ。でも、高校で会っても、無視しないで、話をしてくださいって言われて、挨拶くらいしかしないよって言ったんだ。それでもいいって言われたけどさ」
「ちょうど、それ、桃子ちゃんがうちに来て、俺が胸触っちゃって、桃子ちゃんが嫌がった日あったじゃん。あのあとすぐだったんだ」
桃子ちゃんはじっと、俺の顔を見ながら歩いていた。
「俺、夢見たんだよね。告られた日にさ」
「どんな?」
「桃子ちゃんが、実は私男なんですって、俺に、言ってるの」
「ええ?」
あ、やっぱり桃子ちゃん、驚いた。
「で、俺、驚くんだけど、だから、桃子ちゃん、胸触って、嫌がったんだなって、変に納得してて」
「え?」
「男だってばれたら困るから、嫌がったんだなって俺、夢の中で思ってるんだ」
「な、何それ?」
「でさ、夢の中でさ、俺、男でも桃子ちゃんのことやっぱり好きだって、桃子ちゃんに抱きついてんの」
俺は、桃子ちゃんの反応をちらちら見ながらそう言った。桃子ちゃんは赤くなって、呆けた顔で俺を見た。
「起きてから、その夢思い出して、俺、なんつう夢見てるんだよって思ったんだけど、だけど、まじで、桃子ちゃんが男だったとしても、やっぱり惚れちゃってるだろうなって、そう思ったんだよね」
そう俺が続けると、桃子ちゃんは、うつむきながら聞いてきた。
「それ、私の胸があまりにもぺったんこで、それでそんな夢見たんじゃないよね?」
「ええっ?違うって!」
な、何?その発想…。第一、桃子ちゃん胸、ぺちゃんこじゃないじゃん。
「桃子ちゃん、胸あるじゃん。すげ、やわらかいじゃん」
俺はちょっと照れながら、そうぼそって言うと、桃子ちゃんはいきなり、俺のことを横から押した。
「うわ!」
いきなりだったんで、俺は思い切りよろけてしまった。
「桃子ちゃん、びっくりした。いきなり押さないで。すっころぶかと思ったよ、俺」
そう言うと、桃子ちゃんは顔を真っ赤にさせて、両手で顔を隠した。あはは、なんで顔を隠すんだか…。
やっぱさ、俺、男だろうがなんだろうが、桃子ちゃんには絶対に惚れてると思うよ。そんなことを思いながら、桃子ちゃんの手を取って、また歩き出した。桃子ちゃんの方を向くと、まだ真っ赤だった。ああ、可愛いよね。本当に。