第15話 桐太の告白
ドスン。キスをしてると、桃子ちゃんがまた、俺の両腕を掴もうと手を伸ばしてきた。だけどその前に、後ろに倒れてしまった。
俺はそのまま、桃子ちゃんの上に乗っかってしまった。
やばいことに、止められそうにない。
そのまま、首筋にキスをした。桃子ちゃんの首って、甘い香りがするんだ。なんでかな。すげえ、愛しくって、可愛くてしょうがなくなる。
「聖君」
桃子ちゃんが俺を呼んだ。でも、そのままキスをしていた。
「聖君。誰かがもし入ってきたら…」
「大丈夫。鍵閉めたし」
「でも、一階にお父さんもお母さんも…」
桃子ちゃんは、小さな声でそう言ってくる。
「大丈夫。店には聞こえないよ」
と、俺も桃子ちゃんの耳元で、小声で言って、耳にキスをした。
「だけど」
桃子ちゃんは、ビクンッてなりながら、まだ話を続けようとした。
「今日は、子どもっぽい下着?」
言われる前に、聞いてみた。
「え?違うけど」
「違うんだ。じゃ、大丈夫?」
そう言うと、桃子ちゃんは黙り込んだ。
「電気消す?」
これまた、言われる前に聞いてみた。
「え?」
あれ?桃子ちゃんが思い切り、びっくりしてる。もしや今日、まったくその気はなかったとか?白のワンピースで、俺、期待を勝手にしちゃってた?
ドン!
「え、何?」
桃子ちゃんがドアの方を見て、驚いてそう言った。
「クロだ」
鍵閉めて、自分でドアが開けられないと、ああやって、体当たりしてくるんだよな~~。
あ~~~~~、まったくもう!なんで、邪魔して来るんだよ!
そのうえ、カリカリ、ドアをひっかくし、しまいには、
「く~~~ん」
ってないてるし。あれ、ほっとくと、ずっとやってるんだよな~~。
「しょうがねえな」
俺は、ベッドから立ち上がり、ドアを開けにいった。
「ワン!」
クロが尻尾を振って、喜んでいる。このやろ~~~~。邪魔しやがって~~~~!と、頭をぐりぐりしてやりたいのを必死に我慢していると、俺のズボンの裾をかんでひっぱった。
「何?下で俺のこと呼んでた?」
「ワン!」
あ~あ。誰?俺と桃子ちゃんを邪魔しようとしているやつは。
「クロ、俺のこと呼びにきたみたい。ちょっと待ってて、行ってくる」
「うん」
桃子ちゃんは、ベッドに座って、こくんとうなづいた。
クロに続いて、俺は一階に下りた。クロはそのまま、店の方まで行った。俺もクロのあとをついていくと、店に、なんと桐太がいた。
「あ、聖、お友達よ」
母さんはにこにこ顔でそう言った。俺は、思い切り、顔が引きつった。
「な、なんでここにいるんだよ、桐太」
「話があるんだよ」
「話?何?わざわざぼこぼこにされに来た?」
それを聞いてた母さんが、横で驚いていて、俺は焦って、
「じゃ、ちょっとまって。外行って話そう。桃子ちゃんが来てるから、今、断ってくる」
と、また家にあがろうとすると、桐太に呼び止められた。
「待てよ、あいつもいるのか。じゃ、呼べよ。あいつにも話がある」
「なんの?」
「そんなに怖い顔するなよ。別に、仕返しに来たわけじゃないから」
「……」
桐太の顔は、真顔だ。こんな真顔を見ることは、そうそうない。
「わかった」
俺はまた、2階にあがり、桃子ちゃんに桐太が来たことを告げ、桃子ちゃんと一緒に店に行った。
それから、3人で外に出て、海に向かって歩き出した。
なんでだかしんないけど、勝手にクロも尻尾を振って、ついてきた。まあ、いいか。
俺は、桃子ちゃんにぴたりとくっついていた。もう、2度と桃子ちゃんを傷つけるような真似は、させない。いつでも、桃子ちゃんを守れる位置にいる。そう心に誓いながら歩いていた。
浜辺に着き、桃子ちゃんを俺の後ろに隠し、桐太の真正面に向かって立った。
「お前、何しにきたの?」
「……」
桐太は黙っていた。しばらくしてから、俺の後ろにいる桃子ちゃんの方を見ながら、
「その女、俺の歯を折った」
って、ぼそって言った。
なんだよ、やっぱりそのいちゃもんでもつけにきたのかよ。
「だから?お前がそれだけのことしたんだろ?なんなら、もう2、3本へし折ってやろうか?」
「もういいよ。一本で十分だ」
桐太の表情が変わった。いきなり、声も変わった。
「じゃ、何しに来たんだよ。俺にぼこぼこにされるのを覚悟して来たんじゃないのかよ」
「その女が、ちゃんと聖と真正面から向き合って話せって言うから、来てやったんだよ」
「はあ?何それ…。え?桃子ちゃん、そんなこと言ったの?」
桃子ちゃんの方を向くと、桃子ちゃんは黙ってうなづいた。
「なんで、そんなこと?」
「だって、なんだか、いろいろと桐太君は思いを抱えてるみたいだったから、一回、聖君にそれをぶつけた方がいいんじゃないかなって思って」
はあ?ちょっと待った。俺、そんな器用じゃないって。
「……。俺、そんなに何人もの人の思い、受け取ってられないって。まじ、自分のことだけで精一杯だよ」
でも、桃子ちゃん、そんなことこいつに言っちゃったのか。あ~~あ。面倒くさい。だけど、桃子ちゃんが言っちゃったんなら、しょうがない。
「しょうがねえな。なんだよ?俺に何が言いたいんだよ?」
桐太はしばらく俺を黙って、睨んでいた。なんだ?うらみつらみでもあるのか?
クロがやたらと喜んで、走り回っている。この暗い重たい雰囲気をわかれよ。って無理か。
「中学の時、お前、いきなり俺のこと見放したよな」
「え?」
クロが落ち着き、俺の足元に寝転がると、ようやく桐太が口を開いた。
「それまで、説教したりしてたのに、いきなり手のひら返したみたいに、俺にかまってこなくなった」
「それは、お前が俺の話を聞かなかったからだろ?うるさいの一点張りで、なんか、もう、何を言っても無駄なんだなって、そう思ったんだよ」
「お前、だいたいなんで俺に、説教なんかしてきたんだよ」
「は?お前、自分が何をしたかわかってないの?」
「お前の彼女にちょっかいだした」
「そうだよ。そのうえ、俺と別れたら、その子のこと見向きもしなくなった」
「そりゃそうだ。お前と別れさせるのが目的だったんだから」
「だから、なんでそんなことするんだよ。それがわかんねえ」
桐太は、顔をゆがませた。俺の後ろで話を聞いていた桃子ちゃんが、俺のジャケットの袖口をぎゅってつまんだ。俺と桐太が喧嘩にでもなると思ったのかな。
「あんなやつ、お前の彼女になんか、認められない」
「は?俺の彼女だよ?お前の許可がなんで必要なんだよ」
「聖は知らないんだよ。あの女、聖のこと、ただ自慢したくて、付き合ってたんだ」
「ああ。そう。でも、それだからって、なんでお前が別れさせなくっちゃならないんだよ?」
「あんな女、聖にふさわしくない」
「なんだよ?ふさわしいとか、ふさわしくないとか、なんでそれをお前が決めるんだよ?俺が好きになるかどうかだろ?お前には関係ないじゃん」
「関係大ありだよ」
「関係ないだろ?!」
桃子ちゃんの手が、もっと力を入れたのがわかった。
桐太は一瞬、黙り込んだ。そしてうつむくと、
「聖に何がわかるんだよ」
と、低い声でそう言った。
「何もわかんないね!なんでお前がふさわしいとか、ふさわしくないとか決めるのか、まったく理解できないよ」
本当にさっぱり、わけがわからない。それなのに、なんで桐太は泣きそうになってるんだよ。なんなんだよ。
「ク~~ン」
クロが、俺の怒りを感じて足元を歩きながら鳴いた。
「ああ、クロ。お前に怒ってるわけじゃないから、安心して」
頭をなでると、クロが安心してまた、寝転がった。
「聖って、心を許したり、自分が受け入れたやつには、すげえ優しいんだ。昔からそうだ」
「え?」
「そのクロとかいう、犬みたいに」
何が言いたいわけ?
「聖の周りにいるやつは、お前が気を許したやつだ。一回そうなると、お前はとことん、仲よくなるし、心を開く」
「そう見える?」
「ああ。羨ましかったよ。だから、同じクラスになって俺も、聖と仲良くなれて、すげえ嬉しかった」
羨ましかった?
「聖の周りのやつって、けっこう気のいいやつが多かったし、やっぱり、聖の友達してるんだから、それだけのやつなんだなって思ってた」
「ふうん」
「だけど、あの女は違う」
「何が?」
「聖のことが本気で好きなんじゃなくて、他の女に自慢したかっただけだ」
「なんでそんなのわかるんだよ?」
「聞いたんだよ。放課後教室で、そんな話をしてたのを」
「じゃ、それをそのまま、俺に伝えたら良かったじゃん」
「……、そんなこと言って、聖のこと傷つけたくないってのもあったから」
「はあ?何だよ、それ…」
俺を傷つけたくない?でも、結果的には悪者になったのは、桐太…。え?あれ?
「あ!まさか、自分がわざと悪者になって、俺から彼女を引き離そうとしたのかよ?」
桐太は下を向いた。
「なんだよ、それ」
まだ、桐太は黙っている。
「なんで、俺に言わないんだよ」
ああ、なんだかものすごくむかついてきた。
「いんだよ、別に、俺はどう思われても。だけど、そんなことをしたとしても、聖にだけは、嫌われないですむだろうって、たかをくくってた」
「え?」
「俺のこと、そのまま受け止めててくれる、理解してくれるってそう思い込んでたから」
「…そうじゃなかったから、頭にきてるのか?」
「お前のこと理解するどころか、俺は、責めたり、怒ったりしてた。だから、傷ついてトラウマになったのか?」
「トラウマって、なんでそれ?」
「桃子ちゃんから聞いた」
「…よけいなこと、しゃべるなよ」
「お前のこと桃子ちゃんも、心配してたんだよ」
「うざい!そういうことする女、大嫌いだ」
「桐太!お前ひねくれ過ぎだよ!」
「うっせ~よ。俺はな、その女みたいに、さも私はわかっているのみたいな顔をするやつが、大っ嫌いなんだよ!そういうやつに限って、何もわかっちゃいねえんだ」
桐太はそう言って、思い切り桃子ちゃんを睨んだ。俺は、桃子ちゃんをまた俺の後ろに隠した。
「そんなにその女は大事?」
「大事だよ。だから、手出すなって言ってただろ?」
「はは!でも、手出しちゃったよ、俺」
こいつ!
「聖君」
後ろから桃子ちゃんが、握り拳をあげそうになった俺の腕をつかんだ。
「殴りたければ、殴れば」
桐太は、悲しそうな顔でそう言った。
「それで気がすむなら、殴ればいいだろ」
「気がすまねえよ」
その顔で、一気に怒りが消えた。
「桐太君、ちゃんと言えばいいのに」
桃子ちゃんが俺の後ろから、桐太にそう言った。桐太は、
「何を!」
と、怒鳴りつけた。
「聖君のことが好きだってこと」
桃子ちゃんは、俺の背中にぴたりとくっつき、そう言った。
「うっせ~よ」
「……。俺のこと兄貴と重ねてるのか?」
「え?」
「そうなのか?」
「違え~よ」
俺の質問に、桐太は、そっぽを向きながら、口を尖らせて答えた。
それから桐太は下を向き、頭を抱えてから、
「わかった。言うよ」
と、俺の方を向いた。
「聖には、こんなこと言うつもりはなかった。こんなこと言ってもしょうがないし、それどころか、お前、絶対に引くからさ」
引く?俺が?って、まさか?
「そ。俺はお前のことが好きだったよ」
ああ、やっぱり?
「多分、小学生の頃から、好きだったよ。中学入って、あの女が聖と付き合いだして、それで自分でも確信した。あんな女に取られたくないってさ。それは、友情じゃなくって、恋愛感情だってこと、気がついた」
あ~~。やっぱり…。やっぱり、そうきたか。そうかと思ったけど、そうか。
俺の顔を桃子ちゃんが、目を丸くして覗き込んだ。桃子ちゃんの方が俺よりも、驚いているみたいだった。