第14話 俺のもの
土曜、3時半になる前に駅に着いていた。なぜか、緊張している俺がいる。緊張って言うか、なんていうか、恥ずかしいって言うか…。
電車がホームに入ってきた。あの電車に乗ってるんだろうか。
乗客が降りてくる。一人、また一人。そして、ああ、遠くにいるのになんで、桃子ちゃんだってわかっちゃうんだか…。
今日は、ワンピースなんだ。ああ、母さんが去年買ってあげた白のワンピース。すげ、俺、覚えてるあたりが、すごくね?
そのうえに、ジャケットを羽織り、ブーツを履いて、ワンピースの裾をひらひらさせながらやってくる、桃子ちゃんがめっちゃ可愛い。
あの、めっちゃ可愛い女の子は、俺のものなんだよ、もう。なんて、心の中で叫んでる俺。相当バカかも。
改札口の向こうで俺に気がついた。にこって桃子ちゃんが微笑む。うわ!可愛い。
「待った?」
「ううん、俺も今さっき着いたところ」
桃子ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに目をふせた。もしや、桃子ちゃんも恥ずかしがってる?
桃子ちゃんに手袋を貸した。俺はジャケットのポケットに手を突っ込んで、腕組んでくれないかなって、期待をしていた。
でも、まったく桃子ちゃんは気づくそぶりも見せない。
わざと桃子ちゃんの腕に、俺の腕をぶつけた。
「ごめん」
と桃子ちゃんは、謝ってきた。いや、そうじゃなくって…。しょうがないな。
「腕、組んでてもいいよ」
しかたなくそう言ってみた。すると、桃子ちゃんは、俺の腕に手を回し、ぎゅって握ってきた。
うわ。なんか照れる!自分で腕組んでいいとか言っておいて、俺ってば。
桃子ちゃんは黙って歩いていた。俺も、なんか恥ずかしくって、黙っていた。
桃子ちゃんを見ると、俺の視線に気づくのか、俺の方を向く。上目遣いが可愛くて、思わず嬉しくて笑うと、桃子ちゃんもちょっと恥ずかしそうに笑う。
く~~~。可愛い!その可愛さで、でれでれににやけそうになるのをこらえながら、俺はまっすぐ前を向いて歩いていた。
店に着くと、桃子ちゃんはぱっと俺の腕から、手を離した。
店に入ると、父さんも母さんも、桃子ちゃんを歓迎して、スコーン食べない?とかあれこれ聞いてきた。
俺は、さっさと俺の部屋に行きたい。店、これから混むでしょ?部屋に行くよ、なんて言って、桃子ちゃんを連れて、2階にあがった。
部屋に入り、机の上に母さんが淹れてくれた、カフェオレを置き、椅子に腰掛けた。
桃子ちゃんはなぜだか、入り口付近で突っ立っている。
どうしたんだろう。
「桃子ちゃん?」
「……」
あれ?返事がない。どっか一点を見つめたまま、固まってる。
「どうしたの?立ってないで、座ったら?」
し~~~~ん。
あ、あれ?まじで、どうしちゃったの?
「ね、桃子ちゃん」
ちょっと大きな声で、話しかけた。するとようやく、はっと気がつき、こっちを見た。まじで、どっかに意識飛んでいってたよな、今。
「また、どっか行ってた?」
「ごめんね。考え事してた」
「あ、そう~」
なんなんだ。何を考え込んでいたんだか。
なんて思いながら、俺は、桃子ちゃんを見ながらカフェオレを飲んだ。まだ、桃子ちゃんは突っ立ったままだ。
「な、何?」
桃子ちゃんは、緊張した顔で聞いてきた。
「だから、なんでそこで突っ立ってるのかなって。さっきから、座れば?って言ってるのにさ」
「あ」
桃子ちゃんは、慌ててベッドに座った。
俺は、桃子ちゃんを見ていた。なんだか、ちょっと今日は雰囲気が違う。どこが違うのかな。どこも変わっていないようで、でも、どこかが違う。
「な、何?」
桃子ちゃんは、俺がじっと見ていたことに気がつき、聞いてきた。
「うん?」
桃子ちゃんは、真っ赤になって、ちょこっと困った顔をしている。ああ、その顔も可愛いじゃん。
「なんでもない…」
俺は視線を外した。本当はずっと、見ていたかったんだけど。
桃子ちゃんにカフェオレを飲む?って聞いて、マグカップを渡した。桃子ちゃんは両手でマグカップを持って、飲んでいた。
白のワンピースの上には、薄いピンクのカーディガンを着ている。その袖口が長くて、半分手が隠れている。その状態のまま、マグカップを持って、ふうふうってしながら、飲んでる姿は、めっちゃめっちゃ、可愛い。
「聖君、何か私、今日変?」
「え?別に。なんで?」
「だって、さっきから、ずっと見てるから」
「ごめん。なんかつい…」
やべ~。じっと見てたから、変に思われたか。
「つい?」
「桃子ちゃんのこと、見ていたくなっちゃって」
「え?」
桃子ちゃんが、また真っ赤になった。
「えっと、横にいってもいい?」
「うん」
俺は桃子ちゃんのマグカップを、桃子ちゃんから受け取り、机に置くと、桃子ちゃんの横に座った。
ふわ…。桃子ちゃんの髪から、甘い香りがした。
俺はドキドキしながら、桃子ちゃんの手を握った。
桃子ちゃんは赤くなりながら、下を向いていた。なんか、その横顔は、やけに大人びて見えて、すごく綺麗で…。
俺は、そっと桃子ちゃんの顔に顔を近づけて、キスをした。そして、少しだけ、顔を離して、じっと桃子ちゃんの顔を見た。目をつむっていた桃子ちゃんはそれに気がつき、そっと目を開けた。
「何?」
「2日間会わないうちに、変わった?」
「ううん」
「そうかな、すごく綺麗になったけど」
そう言うと、桃子ちゃんは目をまんまるくさせて、驚いていた。
「ええ?か、変わらないよ」
あ、真っ赤だ。頬がピンク色に染まり、ますます桃子ちゃんは色っぽく見える。
「そうかな?めっちゃ綺麗だけど」
そう言って、俺はまた、桃子ちゃんにキスをした。桃子ちゃんに触れられるのがすげえ、嬉しい。
桃子ちゃんの頬はあったかいし、柔らかい。それに、唇も…。桃子ちゃんにキスをしてる幸せを思い切り、味わっていると、桃子ちゃんが俺の両腕に、がしってしがみついてきた。
これ、確かこの前も、桃子ちゃんの家から帰るとき、玄関でキスしたら、桃子ちゃん、しがみついてきたよな。
なんで?それもかなり、両腕に力入ってるけど…。
桃子ちゃんの唇から離れ、そっと目を開けた。桃子ちゃんも目を開けると、俺の目を見た。
「この前もそうだった」
「え?」
「俺の腕にしがみついてくるけど、なんで?」
「なんでって…」
桃子ちゃんが目を伏せた。
「えっと…。嫌がってて…とかじゃないよね?」
「え?!」
「なんか我慢してて、嫌で力が入っちゃうとか?」
そう聞くと、桃子ちゃんは首をぐるぐるって横に振った。
「その逆だから」
「逆?」
逆ってなんだ?
「だから、その…。ち、力が抜けて、そのまま倒れそうになって、それで、腕にしがみついていたの」
「え?」
「だ、だって、聖君のキス…」
「うん」
「力が抜ける」
「え?」
力が抜けるから、必死でしがみついてたとか?
あ!そういえば、さっきの桃子ちゃんの目、やたら色気があると思ってたけど、
「目、色っぽいもんね」
「え?誰の?」
「桃子ちゃんの」
「うそ」
「うそじゃないよ。すごい色っぽい目するんだ」
「で、でも、聖君だって」
「俺?」
「すごく熱い目になるよ、今だって」
「熱い目って何?」
「ステージの上でもそうだった。すごく熱い目。色っぽいの。それで、射抜かれちゃうの」
はい~~?射抜かれるって?!そんなこと聞いて、俺、絶対に真っ赤になったよ。今、顔が熱い。
「射抜かれる?」
「うん、ハートをズドンって射抜かれちゃう」
「な、何それ?」
「それで、お手上げってなっちゃうの」
「お手上げって?」
「だから、その…。ノックアウトされちゃうみたいな、降参しますってなっちゃうの」
降参?ノックアウト?あれ?じゃ、この前の…。
「もしかして、この前もそれで、何にも抵抗しなくなった?」
「え?うん」
「それで、体の力も一気に抜けた?」
「うん。わかった?」
「うん。なんかいきなり、桃子ちゃん、体預けたって言うか、まったく抵抗しなくなったから、俺、とうとう観念してくれちゃったのかって、思ったんだよね」
「そうじゃなくって、聖君の熱い目に、まいっちゃったんだ、私」
熱い目?まいっちゃった?!
「どんな目してんの?俺。なんか、物欲しそうな、そんな目?」
「違うよ」
「じゃ、相当すけべな目?」
「違う違う」
桃子ちゃんは首を横に振った。そして、桃子ちゃんの方がよっぽど色っぽいんじゃないかって目で俺を見た。
「そうじゃなくて、だからね、すんごい色っぽい目で、どんな女の人も、いちころで聖君に体預けちゃうかもっていう目」
「げ!何それ。どんな目だよ~~」
俺、そんな目してんの?そんな目で桃子ちゃんのこと見てるの?!
やべ~~~~!
「だからね、聖君」
「え?」
「他の人には、そんな目しないでね。そんな目で見つめたら、絶対に女の人、いちころだからね」
他の人にってこと?桃子ちゃん以外に?
「ええ?!」
まさか!
「当たり前じゃん。桃子ちゃんのことしか、そんな目で見ないって」
焦ってそう言ってから、はっと気がつき、
「どんな目なのかわかんないけど、あれかな?桃子ちゃんも色っぽい目するけど、そんな目かな。あ、その目も、他のやつには絶対に見せないでね」
と、俺も桃子ちゃんに注意をした。
「俺だけだよ。その目、見ていいのは」
俺はそう付け加えた。まじで、その目で他のやつなんて見てほしくない。俺のことだけを見ていてほしい。
俺はまた、桃子ちゃんにキスをした。他のやつになんて、渡してたまるかよ、そんな思いも込めて。