第13話 にやついてる俺
ふわふわした気持ちで、まだまだいたかった。でも、もう帰らないとな…。着替えをして、一階に下りた。
桃子ちゃんは俺に、お腹空いてないかって、聞いてきたけど、胸がいっぱいで、全然空いていなかった。
玄関に行き、桃子ちゃんにまたキスをした。桃子ちゃんは俺の両手にしがみついていた。それから、俺は家を出た。
外は北風が吹いていたのに、まったく寒さを感じなかった。
駅に向かって歩き出した。やばい。俺、にやけてる。
桃子ちゃんのぬくもりを思い出したり、桃子ちゃんの俺を見る目を思い出したり、そのたび、顔がにやける。
駅に近づき、人が行きかう場所へ行く前に、一回ほっぺたをパンパンとたたいた。それからきりっとした気持ちになって、切符を買い、電車に乗り込んだ。
電車ではずっと外を眺めていた。すると窓ガラスに俺の顔が映り、その顔がにやけている。
やばい!俺は慌てて、下を向いた。
なんでこうも、頭の中で、桃子ちゃんの顔が再現されちゃうんだろうか。
桃子ちゃん、色っぽかったな。って、何回も思ってるし!
下を向いて、寝たふりをしながら片瀬江ノ島まで、帰ってきた。
それから、改札口で定期を探した。
あ!あれ?ない!
しかたなく、乗り越しの代金を支払い、改札口を出た。
俺、もしかして、桃子ちゃんの部屋に定期入れ忘れたかな。きっと脱いだ時にジーンズのポケットから、落としたんだろうな。
でも、そんなのもどうでもいいって感じだ。
家に着いた。店のドアを開くと、お客がひと組だけいた。
俺は母さんに何も言わずに、さっさとリビングにあがった。
リビングには誰もいなかった。父さんは仕事で部屋かな。杏樹は今、風呂に入ってるみたいだ。
良かった。にやけた顔を見られずにすんだ。俺はとっとと自分の部屋に上がった。
それから、すぐに桃子ちゃんにメールをした。
>今、家についたよ。で、どうやら忘れ物をしたみたいで。定期入れ、どっかに落ちてない?
少しして返事が来た。
>あったよ。黒のでしょ?
>良かった。ごめん、今度会う時でいいから、持ってきてくれる?
>週末にでも、お店に届けるね。
>いいよ。悪いから。
>でも早めの方がいいでしょ?聖君にも会いたいし、届けるね。
そうか。また週末、桃子ちゃんに会えちゃうのか。
週末か。塾が終わって、3時半ごろ会えるかな。そうしたら、俺の部屋に上がってもらおうかな。
わ。二人っきりになれるのかな?もしかしたら…。
>じゃあ、待ってるね。3時半ごろなら、塾終わって江ノ島にいる。改札口で待ってるよ。
>うん。3時半に行くね。
そのメールを見てまた、俺はにやついていた。く~~!またすぐに会えるんじゃん!って喜びながら。
しばらくしてまた、桃子ちゃんからメールがあった。
>聖君、こんな間抜け面した写真を、入れておかないで~~!
あ、写真見られたか…。
>あ、写真入れてたの、ばれた?そのまま入れといてね。出しちゃ駄目だよ。それ、気に入ってるから。
そう送ったけど、返事が返ってこなかった。
「聖!夕飯は食べたの?」
リビングから母さんの声がした。
「まだ!」
「じゃあ、用意するから食べにきてちょうだい」
「わかった」
店に行くと、母さんが俺の夕飯をカウンターに並べていた。
「母さんのは?」
「さっき、爽太と、杏樹と一緒に食べちゃったわよ」
「そう」
俺は、いただきますと言って、食べだした。食べだしたらけっこうお腹が空いていたようで、ぱくぱくと食べていたけど、たまに、ふっと桃子ちゃんを思い出し、にやけそうになるのをこらえていた。
すると横で、俺のお茶を淹れていた母さんが、
「爽太が言ってたけど、なんか急用だったの?いきなり、塾サボるって言って、飛び出して行ったって」
と聞いてきた。
「え?ああ。うん、まあ」
俺はしどろもどろになった。
「ちょっと、ややこしいことに桃子ちゃんがまきこまれて、桃子ちゃんの家まで行ってた」
「ややこしいって?大丈夫なの?」
「う、うん。まあ…」
あ、そうだ。桐太のことすっかり、忘れてたな、俺。
「大丈夫だから、母さんは後片付けしたら?あ、俺も食べたら手伝うから」
「いいわよ。パートさんいるし、大丈夫」
母さんはそう言って、キッチンに戻っていった。
大丈夫だったかな?俺、にやついてなかっただろうか。
夕飯をさっさと食べた。でもたまに、顔がにやけそうになり、必死に顔を戻した。
食べ終わり、皿をキッチンに運ぶと、俺はさっさと2階に上がった。そして、ベッドに座り、しばらくまた思い出していた。
あ~~~~~。まじで、夢じゃないよな。現実だよな。ついさっきまで、俺のすぐ横に桃子ちゃんがいた。
可愛かった。すげえ、可愛かった。あ、駄目だ。また、俺にやついてる。でもいっか。誰が見てるわけじゃないんだし…。
俺は、桃子ちゃんにメールをした。
>桃子ちゃん、もう寝た?
すぐに桃子ちゃんからメールが来た。
>まだ寝てないよ。今さっき、お母さんとひまわりが帰ってきた。
>そうなんだ。ご飯は食べた?
>うん。今食べた。聖君は?
>俺も、店で軽く食べたよ。
>そろそろ寝るよね?
>うん。もう寝る。
>おやすみ。
>おやすみなさい。
ああ、桃子ちゃんのメールだ。なんだか、それだけでも嬉しいし愛しい。桃子ちゃんのぬくもりを思い出し、また俺はにやけてしまい、ベッドにごろんと横になった。
イルカのぬいぐるみをぎゅうって抱きしめ、
「桃子ちゃん!」
なんて馬鹿なことをやってみる。
また携帯を手に取り、
>桃子ちゃん、愛してるよ。
と、送ってみた。
ちょっとして、桃子ちゃんから返信が来た。
>私も。
それだけ?
それだけか~~。私も、愛してる…じゃないのか~~。と思いながらその文字を眺めていた。それから目をつむった。
私もって言って、真っ赤になってる桃子ちゃんの顔が浮かんだ。そうだよな。桃子ちゃんなら、私もって言っただけで、真っ赤になっていそうだ。
だけど、今日は、大好きって言ってきたり、ぎゅって抱きしめてきたり、俺の髪をなでたりしてたんだよな。
あれ、いつもの桃子ちゃんだったら、できない行動だよな。
でも、今日はそんなことを、桃子ちゃんしてくれたんだ。
髪、なでる手が優しかったな。それから俺を見つめる目、あんな桃子ちゃんの目は、初めてだな。あの目も、あの表情も、絶対他のやつには、見せたくないよな。
見ていいのは、俺だけだし、俺だけしか知らない桃子ちゃんだ。
だ、駄目だ。桃子ちゃんの家を出たときから、ずっと俺の頭の中、桃子ちゃんだ。
そこにメールが来た。桃子ちゃん?慌てて見ると、菜摘だった。
なんだ…。菜摘か…。
>兄貴、蘭から聞いたんだけど、あの桐太ってやつ、今日桃子に会いに来たんだって?とんでもないことになったんだって?
あ~~。なんか、返事したくないな。そう思いながら、携帯を放り出し、ベッドにまた、横になった。それから、浮かぶのはまた、桃子ちゃんだ。
するとまたメールが来た。桃子ちゃん?って思って見てみると、また菜摘だ。
>桐太、桃子に手を出したって蘭が言ってたけど、兄貴、桃子に会いに行った?それとも桐太のところ?
申し訳ないけど、今、桐太のこともどうでもいい。っていうか、すっかり忘れてたし。そうか。桐太、桐太だよ。
そう、桐太のことがきっけかで、今日、桃子ちゃんと…。
桃子ちゃん、まじで抵抗してこなかったな。あれって、観念しちゃったってことかな。
桃子ちゃん、あったかかったな…。あ~~!駄目だ!!!!桃子ちゃんでいっぱいだ!!!
>やばい。桃子ちゃんのことが、頭から離れない!(><)
思わず、桃子ちゃんにそうメールをした。桃子ちゃんは?俺のこと考えてんの?
>私も。今、ベッドに横になったら、シーツから微かに聖君の匂いがして、ベッドにしがみついてたところなの。
やっぱり、俺のこと…。って、俺の匂いって何?
>え?俺の匂い?臭い?汗の匂いかな?
>違う。髪かな。なんだろう?何かつけてる?香水。
>つけてないよ。そんなもん。
どんなだよ、俺の匂いって…。まあ、いいや。それよりもさ…。
>桃子ちゃん、可愛かった。
俺は、そうメールした。
>聖君、突然、それだけのメール送ってこないで。びっくりする!
あれ?そんな反応?
>だって、まじで可愛かったし。色っぽかったし。綺麗だったし。やべえ。寝れそうにない。
そう送ってみた。そうしたら、止まらなくなった。
>やべ~~。帰りの電車でも、何度もにやけそうになるのをこらえてたし、店でも、にやけそうになるのをこらえて、食べてたんだ。でも、母さん勘がいいから、俺がにやついてたの、わかったかも。
>さっきのメールがあっさりとしていたから、聖君、全然普段と変わらないのかと思った。
え?あっさり?ああ、定期入れ忘れたってメール?
>まさか!にやけすぎて、メールがうてなかっただけ。
って、ほんとのことを書いて送った。
>やばいよ、俺。ずっと回想してて。それでにやけてるって、かなりやばいよね?
>私も思い返して、ため息ついてるよ。
え?た、ため息?
>ため息?!なんで?
>あ。暗いため息じゃなくって、幸せ~~っていうため息。幸せすぎて、溶けちゃいそうなの。
何それ!幸せすぎて、溶けちゃいそう?く~~~!嬉しすぎるし、可愛すぎるっしょ!
>もう、桃子ちゃんってば!
そうメールをしたら、桃子ちゃんが、
>変なことを聞いてもいい?
って聞いてきた。何?なんだろうか。
>うん、何?
>幼児体型で、がっかりしなかった?
ええ?!!!!
がっかり?とんでもない!それに幼児体型だなんて、とんでもない!!!
すげえ綺麗だった。やばいことに、目に焼き付いちゃってる。桃子ちゃんの色の白さも。それにぬくもりと同時に、柔らかさも。
桃子ちゃん、まだ、そんなこと気にしてたの?っていうか、もしかして今日もずっと、気にしてた?
俺ががっかりしたなんて思ってた?俺、そんなそぶり見せたのかな。そりゃ、綺麗だとか、そういうことは言わなかったけど…。
ってことはちゃんと、桃子ちゃんにそういうこと伝えるべきなのかな。でないと、桃子ちゃんはまた、不安になっちゃうのかな。
>桃子ちゃん。全然幼児体型じゃないよ。すごく綺麗だったよ。
そう送ってから、またメールを打った。
>透き通るくらい色白いね。それにあったかくって、柔らかくって。ごめん。今、思い出してて、また、メール打てなくなってた。
桃子ちゃんからしばらく、メールが来なかった。
>そろそろ、風呂入ってくるね。おやすみ。
>おやすみなさい。
俺は、携帯を閉じて、風呂に入りに行った。
ああ、俺、しばらく勉強手につかないかな。きっと。