第11話 理性と本能
後ろを向いてただ立っている自分が、間抜けな気がしてきた。
「あ、そっか。俺も今、脱いじゃえばいいのか」
そう独り言を言って、服を脱ぎだした。ぱぱぱっと脱いで、床にぽいぽいと投げ、桃子ちゃんが呼ぶのを待っていたんだけど、なかなか桃子ちゃんがいいよと言ってくれない。
「いいかな?もう」
そう聞いてみた。ちょっと間をおいてから、
「まだ…」
と、返事が来た。そのあと、もそもそって布団が音を立てた。女の子っいうのは、服を脱ぐのに時間がかかるものなのか。それとも、布団の中だからなのか。
「ま、待って」
どうやら、桃子ちゃんは焦っているようだ。でもそのうち、もそもそいう音が消えた。だけど、まだ桃子ちゃんはいいって言ってくれない。あ、あれ?
「桃子ちゃん、寒いんだけど」
そう言うと、ようやく桃子ちゃんは、
「ごめんね、もう大丈夫」
と言うのと同時に、どうやら、布団の中でもそもそと移動をしてるような音がした。
ぐるりと後ろを向くと、桃子ちゃんは背中を向け、ベッドの端っこまで行き、頭が半分隠れるくらい、布団にもぐりこんでいた。
もしや、桃子ちゃん、まだ服着てたりして?なんて思いながら、布団の中に入ろうと、布団を半分くらい持ち上げると、桃子ちゃんの背中が見えた。いや、えっと、正確には、お尻まで。
うわ!!!!!裸だ!!!!桃子ちゃんの白い肌が見えた。
ドキン!鼓動が早くなる。
そのまま、俺も布団に入り、桃子ちゃんの背中を抱きしめた。桃子ちゃんがビクンってかすかに動いたのがわかった。
桃子ちゃんのうなじが見えた。真っ白だ。わ!もっとドキドキしてきた。それから肩にそっと、キスをした。桃子ちゃんが、肩をすぼめた。
桃子ちゃんの肌だ。白くてあったかい。ぎゅう。後ろから抱きしめた手に力が思わず入る。
桃子ちゃんが、固まってる。腕を胸の前に持ってきて、かたくなに胸を隠している。肩もすぼめて、かすかに震えている。
「ひ、聖君」
桃子ちゃんが小さな声で、俺を呼んだ。でも、俺はそのまま抱きしめていた。
今、相当やばい状況だ、俺。
理性と本能が戦ってる。やや、本能がリードしつつある。
桃子ちゃんの小さな肩も、震える背中も、すげえ可愛い。ぬくもりも、肌も、すげえ愛しい。今すぐ、俺のものにしたいって、ガンガンに頭の中で、本能の俺が叫んでる。
だけど、理性の部分が残ってて、
「桃子ちゃんが固まってるよ。緊張してるんじゃないの?」
とか、
「ここまでにしてあげたら?桃子ちゃんきっと、いっぱいいっぱいだよ」
なんて、そんなことを俺に言うんだ。
「聖君」
さっきより、大きな声で桃子ちゃんが呼んだ。俺は、桃子ちゃんを俺の方に向かせた。
桃子ちゃんの顔は、緊張していた。その顔を見て、理性の方が本能の声を打ち消していった。
俺は、そっとキスをして、
「桃子ちゃん、いいよ、無理しないでも」
と髪をなでながらそう言った。
「え?」
「いいよ」
そう言うと、桃子ちゃんの表情が一気に和らいだ。あ、やっぱり無理してたんだ。
また、そっとキスをして、
「腕枕してもいい?」
と聞くと、桃子ちゃんはそっと頭をあげた。
俺の腕を桃子ちゃんの首の下に回して、
「もうちょっと、おあずけでも俺、大丈夫だから」
と、相当のやせ我慢の台詞を言った。本能の俺が、おい!何言ってる!今もぎりぎりの癖にって言ってる。
「ごめんね」
桃子ちゃんが謝った。
「いいよ」
「でも、私からあんなこと言ったのに…」
「いいよ、大丈夫」
俺がそう言っても、桃子ちゃんはまだ、申し訳なさそうな目で俺を見ている。
「ごめんね」
「謝らなくてもいいってば」
桃子ちゃんは、目線を下げて、ほっとした顔をした。それから、俺の胸に頬をくっつけて、
「聖君、大好きだからね」
と、小さくささやいた。
「うん、わかってる」
そんなことを言う、桃子ちゃんがものすごく可愛く思えて、俺は桃子ちゃんの髪を、そっとなでていた。
「聖君」
「ん?」
桃子ちゃんが、俺の胸に頬をくっつけたまま、声をかけてきた。
「なんで?」
「え?何が?」
「聖君、すごく優しい」
「俺が?」
「うん」
桃子ちゃんの顔をあげて、そっとキスをした。
「俺、今日何回キスしたかな?」
「え?」
「何十回としてたりして?」
「うん。そうかも」
「じゃあもう、俺のキスしか思い出せないくらいになった?」
「え?」
もう、桐太のキスは、忘れてくれたかな。
でも、桃子ちゃんは黙ったままだ。
「あれ?まだ?」
俺はまた桃子ちゃんにキスをした。今度は長いキス。
キスを終えて、桃子ちゃんが目を開けた。俺をまた、色っぽい目でじっと見る。
「もう完全に消えたかな」
と聞くと、
「桐太君のことだよね?」
と桃子ちゃんがようやく、口を開いた。
「うん」
「消えた。忘れてたもの」
「本当に?」
「うん…。本当に。もう聖君のことしか、考えられない」
「俺のことだけ?」
「うん。聖君のことしか、思い出せないよ。きっと…」
「俺のキスだけってこと?」
「うん」
桃子ちゃんが、色っぽい目で見つめながらそう言った。
俺はまた、桃子ちゃんにキスをした。
桃子ちゃんは、目を閉じた。
やばい。なんだか、その表情が、やけに色っぽい。あ、俺の本能がまた、顔を出す。
抑えろ。ここで、いきなり襲ったらやばいだろ。それこそ、狼だろ。
ガバ~~~って行きたくなるのを、必死で抑え、
「……。もう、俺ベッドから出て、服着た方がいいかも」
って。桃子ちゃんにそう言った。
「え?」
「さっきから、我慢の限界は来てたんだけど…」
「……」
「で、桃子ちゃん、離れてた方がいいかも」
「なんで?」
「狼にいつ、俺、変わるかわからないよ」
桃子ちゃんはきょとんとした顔をした。
「実は、襲いかかりたくなるのを、必死でセーブしてた」
「え?!」
桃子ちゃんが驚いていた。
「今までずっと?」
「うん」
「こらえてたの?」
「うん」
「それなのに、優しくしていてくれたの?」
「うん…」
俺は桃子ちゃんの頭の下から、そっと腕を抜いた。それから、ぐぐっと、桃子ちゃんにおおいかぶさりたい気持ちを抑え、後ろを向いて布団から出ようとした。
でも、その時、桃子ちゃんが俺の後ろから、抱きついてきた。
「え?」
なななな、なんで?!なんで抱きついてるの?
「ど、どうしたの?こういうのされられると、まじで、俺やばいよ?」
「うん」
「うんじゃないよ、桃子ちゃん。もうまじで限界。押し倒したら、止まらないよ?俺、絶対に」
今も、ギリギリ。必死で理性を保ってる。
「だって」
「え?」
「だって、聖君のこと、今、苦しめてたんだよね?私」
「苦しんではいないって」
「だけど、我慢させてるんだよね?」
「そ、それはそうだけど」
駄目だ。やばい。そう、今まさに我慢して、必死で本能と戦って…。
桃子ちゃんはそんな俺の胸のうちを知ってか、知らないのか、もっとギュッて抱きしめてきた。
うわ!俺の背中に当たってる柔らかいのって、桃子ちゃんの胸?!
「も、桃子ちゃん!思い切り、胸、当たってる」
ブチン。俺の理性の何かが、切れた音がした。
「駄目だ。限界」
ドスン!
桃子ちゃんの両腕を掴んで、俺は押し倒した。俺、もう止まらないかもしれない、まじで…。