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第9章 朝の余韻 ― 涙のグラス ―
朝は、昨日の涙を責めない。
夜明けの光が、静かにガラス越しに差し込んでいた。
オフィスの空気はまだ冷たく、
コーヒーの香りだけが、そこにぬくもりを運んでくる。
青葉澪は、昨夜の雨の名残を感じながら、
ゆっくりとモニターを立ち上げた。
まぶたが少しだけ重い。
鏡を見れば、泣いたあとの名残がうっすらと残っている。
――でも、もう隠さなくてもいい。
そう思える朝だった。
「おはようございます。」
静かな声に顔を上げると、不破がコーヒーを二つ手にして立っていた。
「眠れませんでしたか?」
「……ええ、少しね。」
澪の前に置かれたカップから、薄く湯気が立ちのぼる。
その表面に、淡い光が反射して揺れた。
まるで、昨夜の涙がまだそこに浮かんでいるみたいだった。
不破は何も言わず、ただその揺れを見つめていた。
そして、静かに微笑む。
「……いい朝ですね。」
「そうね。昨日よりは、少しだけ。」
ほんの一瞬、澪の頬がゆるんだ。
それは強がりでも演技でもない、
誰かに見せてもいい“本当の顔”だった。
オフィスの窓の外では、
夜の雨を吸い込んだ街が、光を返すように輝いていた。
昨日までの涙の跡が、
いまは“生きている証”のようにきらめいていた。
涙の余韻は、
未来へ進むための静かな力になる。




