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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season6 ― 氷の輪郭 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜Season6 ― 氷の輪郭 ―
3/14

第3章 氷の会議室 ― 二つの理想 ―

同じ“信頼”という言葉でも、

その形は、人によって違う。


ブルームトラベル本社、特別会議室。

壁一面のガラス窓の向こうでは、

午前の陽光が街をまぶしく照らしていた。

だが室内の空気は、陽光とは裏腹に冷たい。


青葉澪あおばみおがテーブルの中央に座り、

その隣には成田理沙なりたりさが資料を抱えて立っていた。

向かい側には、アークシステムズの三人――

如月柊きさらぎしゅう凪陽翔なぎはると、そしてたまき


「はじめまして、アークシステムズの如月きさらぎです。」

しゅうが穏やかな声で頭を下げる。

なぎも軽く会釈し、たまきは緊張した面持ちで席に着いた。


みおは短くうなずき、すぐに資料に視線を落とした。

「あなた方の再設計案、拝見しました。

 ……“柔軟性”という言葉が何度も出てきますね。」


「ええ。」

柊は微笑んだまま答える。

「完璧さよりも、人が使う現場で動けるシステムを目指しています。」


「現場? そんな曖昧な言葉で説明されても困るわ。」

澪の声は硬質だった。

「私たちは“信頼”を売っている会社です。

 曖昧な設計では、顧客の信用を守れません。」


「たしかに。」

柊は静かに頷いた。

「でも、想定外のことが起きたとき、

 “完璧な仕組み”は逆に人を追い詰めることがあります。」


「……どういう意味かしら?」


凪がすっと前に出た。

「人は間違えます。だから、間違いに気づける道を作る。

僕らの“柔軟性”は、失敗を許す仕組みです。」


澪の眉がわずかに動く。

「失敗を“許す”? そんな理想論で企業は動かないわ。」


その瞬間、会議室の空気が凍りついた。

環は息をのむ。

心臓の鼓動が、やけに大きく響いていた。


柊が静かに口を開く。

「青葉さん。

完璧を求めるのは美しいことです。

でも、人が作る以上、そこには“感情”があります。

だから、私たちは“完全に守る”より、“立ち直れる”設計を選びます。」


「……立ち直れる?」


「はい。壊れない仕組みよりも、壊れても再生できる仕組み。

それが、アークシステムズの考える“信頼”です。」


澪は何も言わず、資料を閉じた。

ヒールの音が、静まり返った室内に響く。

「……面白い発想ね。」

短く言って、ガラスの外を見つめる。

「けれど、理想は現実を守ってはくれないわ。」


そう言い残して、会議室を出ていった。


静寂。

誰も言葉を発せなかった。


凪が小さく息を吐く。

「氷の人、ですね……」

柊は苦笑しながら首を振った。

「いや、あの人は氷じゃない。……自分を凍らせてるだけだ。」


環は膝の上で手を握りしめながら、

澪の残り香を感じていた。

カルバンクライン〈エタニティ〉。

冷たいのに、どこか切ない香り。


――この人も、きっと誰かを守るために、

完璧でいようとしている。



◇◇◇



会議が終わると、

環は立ち上がったまま動けなかった。

背中の奥に、まだ青葉澪の声が残っている。

「感情で動く者に、システムは守れない。」


それは、ずっと昔――母・ゆりの叱責と同じ響きをしていた。

息が詰まり、指先が冷たくなる。


「環。」

低くやさしい声。

柊が近づき、そっと肩に手を置いた。

その掌の温度が、氷のような震えをゆっくり溶かしていく。


「大丈夫だ。もう終わった。」

環はかすかに頷く。

「……はい。少しだけ、昔を思い出してしまって。」


柊は何も言わず、静かに環の肩を抱き寄せた。

凪が少し離れた場所で、気をつかうように言う。

「今日の会議、ほんと緊張しましたね……あの人、怖いです。」


柊が小さく笑う。

「そうだな。でも、怖い人ほど、心の奥に何か抱えてる。」


環はまだ震える手を胸の前で合わせ、

青葉の残り香――〈エタニティ〉を思い出していた。

冷たいのに、どこか哀しい香り。

その香りの向こうに、青葉の孤独が見える気がした。

氷のように冷たい理想と、

人の温度を信じる理想。

交わらないはずの二つが、

すでに同じ場所を見つめていた。

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