第1章 侵入 ― 失われた信頼 ―
夜の静寂は、ときに真実を暴く。
ほんの小さな判断が、
信頼という名のシステムを揺るがすこともある。
――AM 3:42。
ブルームトラベル本社、情報システム部。
夜のオフィスに光っているのは、モニターだけだった。
人工灯の白が、まるで冷たい月光のように床を照らしている。
その中で、成田理沙の指が震えていた。
画面に走るコード。
何度も確認したアクセスルート。
――ほんの少しの修正なら、大丈夫。
誰にも気づかれない。
完璧なシステムに、少し“都合のいい補正”をかけるだけ。
けれど、わずかなタイピングミスが、
その夜の運命を狂わせる。
――アクセス拒否。
――再試行。
――エラー。
理沙の瞳が、一瞬、光を失った。
次の瞬間、モニターの一部が赤く点滅する。
警告音が静寂を切り裂くように鳴り響いた。
「……嘘……」
呟きは、誰にも届かない。
赤い警告が連鎖していく。
データベースへの不正侵入。
セキュリティ壁突破。
全ログ自動転送――。
画面の奥で、何かが確実に“入り込んでいた”。
◇◇◇
そして、朝。
エレベーターのドアが開き、ヒールの音が静かに響く。
青葉澪。
紺色のスーツ、淡いピンクベージュの口紅。
すれ違う社員たちは自然と背筋を伸ばす。
――カルバンクラインのエタニティ。
その香りが、冷たい空気の中を切り裂くように漂う。
「報告を。」
ただそれだけで、室内の温度が下がる。
成田理沙は青ざめた顔で立ち上がり、
手にしていた報告書を震える手で差し出した。
「……青葉さん。システムが、何者かに侵入されました。」
青葉は一瞬だけ目を閉じる。
深呼吸をして、静かに口を開いた。
「……完璧な防御システムに、侵入されたというの?」
その声は、まるで氷の刃。
そして、淡い香りだけが、かすかに優しさを残していた。
崩れたのは、システムだけではなかった。
誰かの「認めてほしい」という想いも、
その夜、静かに露わになる。




