4.后のそば
血と汗と、燃える匂い。
ある雪の日、后ゾフィアは子を産んだ。
暖炉の中で煌々と上る炎、壁に掛けられた蠟燭の火が薄暗い室内をなんとか照らしている。もう少し、あと少しでございますと侍女たちが手を握り汗を拭き、后に懸命に声をかけていた。そんな中、産婆が顔を蒼白にしてこぼす。
「ふたりめ……」
この国において、王家に双子が生まれるのは不吉とされていた。
母体のためにすぐもう一人もとりあげたが、次の子をこのまま泣かせれば外にいる王に伝わると産婆は躊躇う。
「陛下に、どのようにお話しすれば」
王の寵愛を一身に受けていた后は、夫が悲しむことをなにより恐れた。自らが廃されることを恐れた。ゆら、と揺れる光。ゾフィアは決意し、まだ産声をあげていない片方を処分せよと、呼吸荒く震える声で言いつけた。
血に濡れる赤子の片方を手渡され慌てて頷いた年若い侍女は、無事出産が終わったと入室する国王と入れ替わりに部屋から逃げ出して水場へひた走った。
沈める前にと身を清めてやれば、かは、と息をして、赤子はそこで破裂するかのごとく泣き叫んだ。雪が音を食い静まり返る空気を震わせた。腕の中で重みと温度が命を訴える。
女はどうしても、殺めることができなかった。
結果としては、翌日から暇をいただくと言って故郷へ連れ帰っていたのだ。
追手がなかったのは、最終的には后の独断であったことや一度は指示を受け入れていたこと、母体の安定が長らく保証されず他に構う余裕がなかったことが理由だった。
后は回復を待つ中で崩御し、産婆や数少ない現場にいた侍女たちも口を閉ざし、王女が二人いた事実は国王を含む誰もが”あることすら知らない秘密”と化した。もちろん王女たちも自らが双子の片割れだとはつゆ知らず、それぞれが生きていくこととなる。