3.ない
総力をあげて捜索したものの、どれだけ時間と労力を費やしても髪1本、足跡ひとつ見つけられない。傷心の王は姫の手紙を毎日眺め、あるとき思いついた。
「あの子の主張は妄想だと、証明しよう」
ヒントス村のペネロペなど存在せず、この世に余の娘はたった1人おまえなのだと触れ回れば、と。
村は王宮から離れた辺境の地にあり、数々の重臣や従者たちが処罰を覚悟で反対した。川を越え、丘を越え、馬を駆り、自らの足で歩いてやっとつく場所。とても現実的とは言えなかった。それでも王は自ら出向くと宮を出たのである。
幾日もの朝日を浴び、湿る風を体に滑らせ、手綱を握りしめて祈るような心地で王は急ぎ、数週間ののちようやくその村へたどりついた。早速娘の手紙を懐から出した彼は、手近な家屋の軒先に立つ子どもに声をかけた。
「きみ、ぺネロペ・ソージュを知らぬか」
子どもが振り返る。どうかいてくれるなと唇を引き結んだ国王ヴィルヘルムが目にしたものは、肖像画と寸分たがわない柔らかな曲線だった。かの消えた王女ナターシャ・ドイクロフと瓜二つの顔をした同じ歳の少女が、籠に花を抱えていた。
「ペネロペ・ソージュはあたしですが」
貴族の礼の仕方も知らないらしい彼女は、そう言って姫と同じ顔でにこりと笑ったのだ。
王宮は消え、現れた姫の話で持ちきりだった。
ペネロペは保護者が出稼ぎのために不在だったが、王から直接話を聞いた本人の意志で村の者に言づてを残して王宮へと共に向かうこととした。
だがいない王女の証言と顔立ちのみで、即座に王女としての身分を与えるわけにもいかない。そもそも周知の事実としてナターシャは王と后の一人娘だったのだ。ナターシャの手紙との因果関係や法の上でどのような扱いをすべきかを審査する間、居室と最低限の生活を保証する運びとなっていた。
宙に浮いた立場のペネロペであったが、毎日許された範囲を歩いては后の肖像画と自分を見比べたり、訪ねてこない王を恋しく思うと話したりして過ごしていた。王族と騙ることが重罪である以上、この行為は一歩間違えればどのようになるか想像に容易い。周囲では消えた姫の手紙は事実かもしれないと考える者もいたが、現れた本人が芝居じみていると陰で揶揄する声もあった。
彼女自身「あたしはここにいるはずだったのに、どうしてあんな場所にいたんだろう」とこぼしては、理由も言わずに憐れみを見せた叔母の顔を思い浮かべていた。その言葉には、自分の座るべき椅子を誰かに奪われてきたかもしれないという、かすかに被害者めいた響きがあった。父と母がいないのはかわいそうで、貧しい暮らしもかわいそうで、だから叔母はあたしをあんな目で見ると思っていたけど──ぺネロペは一人飲み込まれていった。
そんな折である。王宮の門の前に一人、みすぼらしく擦り切れた服を着た女性が現れ跪いた。門番が駆け寄って去らぬなら斬り伏せると怒鳴りつけるも、彼女は動かない。懺悔するように手を組み頭を垂れる。
「すべてをお話しいたします。どなたとも直接お目にかかれずともようございます。どうかお聞きくださいませ、ぺネロペは王女殿下です」
耳を疑い、動きが止まる。
「ぺネロペは、いえ”ナターシャ”様は、本物の王女殿下でいらっしゃいます」
──女は語った。
自らは后の侍女であった、ペネロペを故郷へ連れ帰り叔母と偽って親代わりを務めた張本人だというのだ。