表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/22

1章:第1話 がんばれば七聖魔導にもなれる

「──だから、それは儲からないと思うんだよね。ま、賢者だからさ。そういう商売においても目が利くっていうかァ~?」

「はい! おっしゃる通りで!」


 ──なんて、

 思ってるワケないだろ。


 オレは心の中で嘆息する。

 目の前の賢者に笑みを見せながら、オレは反論を心の中に押し込めた。


「これからは転売が来ると思うんだよね、賢者的に。ほら、売る側も儲かるし本当に欲しい人たちにも届くでしょ?」

「いやあ、取引のことなのに、商人である『ワタシ』の方が学ばせてもらってばかりですよ!(大嘘)」


 とある都の裏路地、

 オレは算盤アバカスで計算する傍ら、賢者を観察する。

 ひらひらとしたローブを纏った細身の青年。

 歳はオレと変わらないだろう。

 風体は小奇麗に着飾って賢者としての雰囲気を纏わせている。

 が、さっきから話す商売についての論理は浅はかな点が多い。


 例えるなら、見栄えは良いがご利益の無いお守り。

 その見てくれで観光客程度なら騙せるかもしれないが、その本質は薄っぺらいだけの布切れだ。


「計算完了です! これで取引成立ですね!」

 オレは商材を渡し、賢者から料金をいただく。

「いやあ、見どころあるよね、キミ」

 すると賢者は──


「『亜人』なのに」

 オレの赤土のような肌を顎で指した。


「がんばれば賢者にもなれるんじゃないかな? 今だって僕の知恵を少し学ぶ機会があったワケだしィ?」

 ニコリ。

 賢者は少しの悪気も感じず、作り笑顔でこちらに笑いかける。

 オレは──


 喉元まで出かかった言葉を飲み込み、彼と同じように笑顔で返した。


「『賢者』ですか~! いやあ、その発想は無かったです! 確かにワタシも、賢者様のように学術の道を選べば良かったですね! 亜人のワタシも、また違った生き方になったかもしれません!」

 オレは受け取った金貨の袋を固く握りしめ、賢者へお辞儀をした。


「では、ワタシはこの辺で失礼しますね! またどこかで取引できましたら幸いです!」


 がんばれば賢者にもなれる?


 面白いね。

 去り行く賢者の背中を見つめ、ワタシは自嘲した。


 そんなワケないだろ……。


 学術の道を選べば?

 『選んだ』さ!

 違う生き方になった?

 『ならなかった』んだよ!


 ワタシは作り笑顔を捨て、

 オレは路地裏の石壁を殴った。

 けど、それはオレの拳なんかじゃビクともしない。

 オレの抵抗なんて無かったみたいに立ちはだかる。

 何かを求めても自分の拳が痛いだけだ。

 オレは、


 子どもの頃、七聖魔導に憧れていた。

 賢者の中でも最上位──世界の全てを超越した存在。

 オレはそんな存在に憧れていた。

 なんてことないありふれた話だ。

 病気で苦しむ親を、通りすがりの七聖魔導様が助けてくれた。

 だからオレも、同じように誰かを助けられる大賢者になりたかった。

 けど、


 そうはならなかった。

 何故ならオレは、人間ではない何かだから。

 それがバレたオレは、七聖魔導となる試練の直前に学術院を追い出されたんだ。

 賢者は公明正大な職で、人間や一部の位が高い種族じゃないと就かせてもらえない。

 亜人には辿り着けない地位だ。

 能力は足りていた。そう思いたい。

 けど、オレは人間じゃなかった。


 ただ、それだけの話。


 でも、ヒドいよな。

 せっかく夢を諦めたのに、あんな賢者見るとさ。


 どうしてオレはその道を歩めなかったんだ?


 そんなドロドロとした、恥ずべき感情が溢れてくる。

 せっかく大金稼いでさ、その心の空洞が紛れるとこだったのに。

 どれだけ金貨を積み上げて隠しても、

 感情は、その隙間から蛆のように這い出て来る。


 救いを求め顔を上げるも、ここは路地裏。

 それに日も沈む頃合いだ。

 誰もいない、角張った石造りの街並み。

 それは、他者を拒絶させる冷たさを湛えていた。


 でも、それはオレにとって救いなのかもな。

 オレがどんな無様な人生でも、今のこの場所なら誰からも揶揄されない。

 まあ、どんだけドン底でも、金ならあるからな!


 とにかく酒でも飲んで、切り替えていくか!

 がはは!

 オレは金貨の入った袋を手に、意気揚々と表通りに飛び出した!

 すると、


「悪いが金はいただくど、商人様!」

 男がオレの財布をブン盗った。


「金すらワタシを見放した!?」

 オイオイ、嘘だろ?

 この流れで金も盗られることある?

 現実が非情過ぎるだろ。

 世界、もっとオレに優しくあれよ!


「商人様の境遇には同情するど。亜人差別のせいで夢を諦めただなんて──」

「心を勝手に読まないでください!」


 オレは男の後を追いかけ、路地裏に入っていく。

 マズいな。

 この盗人、入り組んだ路地を熟知してやがる。

 表通りに出て人ごみに紛れられたら終わり。追跡できなくなる。


 なら仕方ない。

 使うか、魔法を。


 ──魔術師の荷縄アンコルス・マレフィクス──


 左手の腕輪が光を放つと、

 一本の赤い縄が手のひらから伸びる。

 そして、それは盗人の体に巻き付き、動きを封じ込めた。


「困るんですよね、ワタシってあくまでも『商人』をやってるんですよ。魔法を使ってるのがバレたら、面倒なことになる」

 オレは男の手から財布を取り戻し、懐に入れた。

 けれど──


「『泥棒』はいけないよ」

 その時、ピンク色の影がオレの隣を駆け抜けた。


 獣……の亜人?

 全力で走るオレの数倍の速さ。

 いや、そんなことより──


 取り返したハズの財布が無い!


 あの女、さっきの口ぶりからすると、

 『オレの方が泥棒側だ』って勘違いしてないか?

 だが、


 値踏みは終わった。計算完了だ。

 オレは再び魔法の鉤縄を伸ばし、彼女を追跡する。

 薬屋の突き当りで右に追い込めば、それで詰みだ!


 路地裏を駆け抜けていく影の獣。

 それは落ちゆく夕日よりも素早い。

 拘束しようと何本もの鉤縄をけしかけるが、それらは全て躱された。


 コイツ、どんな反射神経してるんだ!?

 オレは確かに賢者にはなれなかったが、魔法の練度だけなら誰にも負けない。

 そんなオレの技を全て躱し切れるなんて、亜人の中でも上位の種族なんじゃ?


 曲がり角の向こう、

 オレが追いついた時、ピンクの影は月明かりを反射してキラキラと輝いていた。

 佇んでいたのは撫子のような少女。

 オレが張り巡らせた縄の上に、器用に立っていた。


 歳は十三とか十四くらい。

 粗末な羊毛の外套を身にまとい、手足には木製の枷。

 靴にいたっては履いてすらいない。


 こんな寒い国で靴も無しだなんてな。

 貧民街の出身だろう。

 まさかこのガキが、オレの拘束を全て躱したっていうのか?

 確かさっき獣の姿をして……、

 それにあの耳──


 オレは少女の頭の上、

 ツンと立った獣の耳を注視する。


 狼の亜人か。

 だとしたらその強さも納得できる。

 この世に数多いる亜人の中でも、恵まれた身体能力を持った種族。

 そしてその野蛮さから、


 最も忌避され、虐げられた種族だ。


 けど、目の前の少女からはそんな暴力性は感じられない。

 とにかく、

 目の前の彼女は、少し特別だった。


 それは小国で見かけた精巧な民芸品。

 素朴で日常に溶け込んでいるけど、本質的には大きな価値を孕んだ原石。

 世界がまだ気付いてないだけの、未来の具現化だ。


 少女から、そう思わせるほど強い生命力を感じる。

 貴婦人が宝石に目を奪われるように、オレは少女のしなやかな力強さに見蕩れていた。


「ごめん! この財布、わたしのじゃなかったや!」

 打楽器みたいに胸に響く、明るくて安心させる声だ。

 少女はピンクの髪を揺らし、財布を投げて寄こす。

 さっきオレが盗人に奪われた、金貨の入った財布だ。


 けど今の発言──もしかしてこの子も、あの盗人から財布を奪われたのか?

 つまり、コイツは、自分の財布を取り返すつもりでオレの財布を持ってったのか。

 オレは苦笑いで応える。

 すると、


「さっきの泥棒のこと、怒らないで上げてね。盗みをしないと生きていけない亜人もいるから……」

 少女はオレたちが来た路地の方を見つめた。

 言われてみれば確かに、さっきの男も亜人っぽい見た目だったな。

 でも──


「お言葉ですがお嬢さん、ここは大国レーヴベルテ──差別に異を唱える融和の国ですよね?」

 オレは商人らしく、いつもの丁寧な言葉遣いで問いかける。


「うん、そうだよ。でも、王様の一言で全てが変わるわけじゃない」

 狼少女は視線を横に逸らし、感情を殺して呟いた。

 彼女自身、自分の生活に思うところがあるのか?

 ともかく、


 この国はオレが聞いてた評判と少し違うみたいだ。

 融和の国レーヴベルテ、もしここがホントに種族の差別が無い国なら、個人商店を開くのに打ってつけだったんだがな。

 っていうか、そのために遥々出向いたっていうのに。

 とんだ大損じゃないか。

 テキトーに吟味して、利益が無さそうなら街を出た方が良いかもな。

 もうこれ以上、オレは無駄な時間を費やしたくないから。

 でも──


「ともあれ、非礼を詫びますよ、お嬢さん。理由はどうあれ、ワタシはアナタ様に攻撃を浴びせてしまった。良ければ、保護者の方にお詫びさせてもらえませんか?」

 詫びを入れるのは無駄な時間じゃない。

 商人の原則は等価交換。

 他人に与えた損害は、きちんと賠償する。

 それが商会のイメージアップにも繋がるからな。

 オレは少女に笑いかける。

 けれど──


「要らない、そんなの」

 ぽつり。

 彼女は短い言葉で拒絶を表した。

 どころか、オレに背を向けて駆け出した。

 押し売りを見るなり扉を閉めるような、確固たる意志!

 だが、


 そんな修羅場を幾度も潜り抜けてきたのがこのオレだ!

 商人として、一方が損するだけなのは美学に反するからな。

 彼女がどんな理由で礼を拒絶するかは知らない。

 でも少なくともオレなら、裸足の彼女に靴を履かせてやれる。

 彼女が望むなら、両親の分だって用意してみせるさ。

 だから、


 させてもらうぜ、お節介の押し売り。

 オレは自分の信条を掲げ、狼少女の後を追いかけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ