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4章:第18話 もう一度、信じてみたい

「『目を開けないで』と、お願いしたんですけどね」


 真っ黒な化け物は、そんな音を発した。

 聞き覚えのある口調で。

 けれど、その声はまるで違う。


 煮えたぎる窯のあぶくのように、

 地の底から響くような声だった。


 血のような赤黒い瞳が、こちらを見つめる。

 わたしはその瞳を、よく覚えていた。

 両親を殺した化け物と同じ、捕食者の瞳。


 悪夢の続きを見てるみたいだ。


 わたしは目の前の状況が理解できない。

 カイは、どうなっちゃったの?

 分からないことばかり。何から考えたらいいか判然としない。


 わたしの親を殺したのはカイだったの?

 いや、ただあの時の魔族と姿が同じなだけだ。

 でも、どうしてカイは魔族の姿をしてるの?


 わたしも、食べられちゃうのかな?

 まあ、カイに食べられるなら、それもいいか。

 カイが助けてくれなかったら、きっと自由を知らずに死んでたんだから。


 朦朧とした意識のまま、わたしは目をつむった。


「いやいや、フェナリア。今更目を閉じても遅いですよ?」

 いつもの調子で、カイは話しかけた。


「こんな姿、恥ずかしくて見せたくなかったんですけどね」

 そう言って、再びわたしを抱き上げるカイ。

 体を包み込んだのは、わたしたちと同じ『二本の腕』だった。

 化け物の腕じゃない。


「さっきのは、夢だったの?」

「いいえ。夢じゃありません」

「じゃあ、さっきの姿って……? カイは亜人じゃなかったの?」

「獣の形を成す人を『亜人』と呼ぶなら──」

 ぎらり。

 カイは赤黒い瞳でわたしを見つめる。


「ヒトの姿を成す龍は『亜龍』と呼ぶのが相応しい」


 亜龍?

 じゃあ、あれはカイの『本来の姿』ってこと?

 わたしたち狼の亜人が、狼の形を成すのと同じ。

 カイの魂は、魔族の輪郭をしてたんだ。


 今思い返せば、カイは一言も『自分が亜人だ』なんて言ってない。

 体の特徴から、周りの人がカイのことを指して『亜人だ』と差別していただけだ。

 昨日『狸の亜人』ってうそぶいたのも、わたしの質問に合わせただけ。

 カイはずっと、みんなに嘘をついてたんだ。


「じゃあカイは、龍の姿でわたしを運んでくれたの?」

「ワタシのことなんかはどうでもいいんですよ。フェナリアの足のが重要ですから」

 カイはにこやかに返し、わたしをどこかの家に連れて行った。


 また、だ。

 カイはそうやって、わたしをあしらう。

 いつもそうだ。

 『わたしのためだ』っていつも言うけど、わたしの言葉なんて聞いてない。

 カイのその笑顔が、少し怖くなった。



 宿屋の一室で、わたしは寝台に寝転ぶ。

 薬師さんに治療を受け、数十分でわたしの足は治った。

 でも──


「フェナリア、お疲れ様です。もう少し休んだら、出発しましょうか」

 扉の向こう、

 カイはいつもと変わらない調子で話しかける。

 わたしは、何も答えなかった。


「寝てしまいましたか?」

 その言葉とともに聞こえる、ドアのノブを回す音。

 ダメだ。

 わたし分からない、カイとどう接したらいいか。


「入ってこないで!」

 声を上げると、彼はドアを開くのを止めた。

 その代わりに、


「何か気を悪くさせてしまいましたか。では、少し時間を潰してきます。フェナリアの気が向いたら、話しかけてください。ワタシは町の中にいますので」

 という言葉が返ってきた。

 すると──


「まだ一緒に旅する気だったんだ」


 わたしの口から、わたしじゃないみたいな言葉が飛び出した。

 どうして?

 わたしは別に、カイを傷つけたいワケじゃないのに……!


 どうにか取り繕うと頭を回す。

 でも──


「わたしなんて必要無い。だってカイは亜龍なんだもんね? 昨日の夜だって、わたしをこの町まで運んでみせた。なら、わたしって必要かな?」

 わたしの口から出る言葉は、どれも彼を非難するような言葉だった。


「このレースも、カイ一人で出れば良かったんだよ。黒衣の森も、涙の跡形も、結局すごかったのはカイ一人だけ。『カイを乗せて走るのがわたしの役割なんだ』って思ってた。一緒に協力してるんだと思ってた。でも、カイは龍の姿になれるんでしょ? わたしが『がんばる』必要なんて無かったよね?」


 もうヤメテ。

 これ以上、何も言わないで。

 わたしは、わたしにこい願う。

 けれど、止まってはくれなかった。


 わたしの憤怒は、雪崩のように他の感情を覆い隠す。

 そしてそれは、どんどん大きくなって、一人ではどうにもならなかった。


「わたしは外に出て自由を知った。けど、意味なんて無かったんだよ! 結局わたしは、リェーズを救えなかった! ニルちゃんに勝てなかった! オーズに謝らせることもできなかった! そして──」


 わたしは、自分で自分の首を絞めた。

 見せたくない感情が、もう、漏れ出ないように。

 でも、

 何もかも遅かった。


「わたしは、カイに裏切られた! 隠し事されてた! 信頼してもらえてなかった! 相棒だって言われたけど、一蓮托生だって思ってたけど、全部ウソ! 結局わたしは、カイにとって道具でしかなかった! もしかすると、道具未満かもしれないよね? だって、わたしにできることは、カイにだってできるんだから……! わたしにはカイが必要だったけど、カイは別にわたしなんて必要無かったんだ」


「それは──」

 扉の向こうで、カイは口を開く。

 でも、今は何も聞きたくないよ。


 もういいや。

 わたしのイヤなところ、全部吐き出しちゃったから。

 たぶん、カイに嫌われちゃったと思う。

 こんなこと、望んでなかったのにな。


「カイと出会わなきゃよかった」 


 わたしの言葉に、カイはそれ以上何も返さなかった。

 そうだよね。

 嫌気がさしたよね。

 でも、きっと、それでいい。


 わたしはもう、立ち上がれないから。

 くたびれた体でがんばって走ってきた。

 けど、もうゴールを目指す気力なんて無いや。

 何でこんながんばってたんだっけ。


 わたしは自由が欲しかった。

 けど、これ以上走り続けた先に、自由なんてあるのかな?


 もう、分からないよ。

 今まではカイの言葉に励まされてがんばってきた。

 でも、もう信じられないから。


 別にわたしは、カイが人間だろうと魔族だろうと、ちゃんと受け入れたよ?

 でも昨日、カイはわたしに噓をついた。

 その事実を受け入れるって、信じてもらえなかった。

 あんなに近くで一緒に過ごしてきたのに、心の距離はとっても遠かったんだね。

 バカバカしい。


 ずっとわたしを子ども扱いして、

 一つの『個』として見てもらえなかった。

 全部イヤになっちゃったな。


 これが悪い夢なら、覚めてくれればいいのに。

 もしこれが現実だと言うなら、二度と目覚めたくない。

 わたしは、目をつむった。


 刹那──


「ワタシは! 一緒に旅する気ですよ! アナタ様と!」

 大声を上げ、カイはドアをブチ破る。

 そして、寝台の上のわたしの手を取った。


「──いや、違うな。『オレ』は『お前』と旅をするつもりだ、フェナリア。これ以上、お前に何かを隠すつもりも無い。全部、本音で話す。今まで悪かったな。命懸けで一緒にレース走る相棒に、腹の内隠して接するなんてさ」

 彼は真っすぐな瞳でこちらを見つめる。

 見る人を射抜くような、純真な眼差しだった。


 その言葉を信じたい。

 けど、分からない。

 そもそも、カイは一人で優勝を狙えるんだ。

 だから、彼の言葉をそのまま受け取ることができなかった。


「背中を預けるのは不安か? 親の仇である種族に」

「そ、それは……」

 確かに、不安が無いと言えばウソになる。

 でも──


「親を殺した魔族は、魔法使いの人がやっつけてくれた。だから、わたしの過去とカイは関係ないよ。それよりも──」

 わたしはツバを飲み込み、少し逡巡する。

 いや、もう何かを躊躇ってても仕方ない。

 ちゃんとカイと話し合わなきゃ。


「わたしが走るより、カイが走った方がいいでしょ? だって龍なんだし。なのに、どうしてわたしにこだわるの?」

「オレは確かに龍の姿になれる。けど、それには代償が必要なんだ」

 カイはそう言って、左の手袋を取る。

 そこから覗いたのは、黒々とした鱗を纏う、ヒトならざる手だった。


「オレは、この世界と異界とのエネルギーが混ざり合った変異体。十年前、冥府の大災害によって変異した異形だ。あの時、オレ以外にもたくさんの人が犠牲になったよ。そしてこの龍の力を使えば、その分だけ命を消費する。だから、あの姿は滅多に使わないんだよ」

「…………!」


 そんなにリスクのある力だったんだ。

 ってことはつまり、カイはわたしの足を治すために、命まで削って……。

 それなのにわたしは、カイのことを責めちゃったんだ。

 でも、だからと言って──


「わたしは今更、あなたの全てを信じられないと思う」

 彼から目を逸らし、わたしは俯く。

 そして、大きく息を吸った後、彼の瞳を改めて見つめ直した。


「けど、カイになら裏切られてもいいよ。あなたの言葉が例えウソでも、わたしはもう一度、信じてみたいって思ったから。だから──」

 わたしは起き上がり、彼の手を握る。


「もう一度、一緒に走って! このレースをハッピーエンドで終えるために!」

「分かったよ、フェナリア。オレはお前と、改めて契約を結ぶ。損はさせない」

 カイはわたしを抱き上げると、悪そうに微笑んだ。


「へえ、そっちがホントの笑顔だったんだ」

「さて、どうでしょうね?」

「やっぱり、商人より詐欺師のが向いてるよ。でも、今までのウソっぽい笑顔よりも、ずっと素敵だね」

 するとカイは愉快そうに鼻を鳴らすと、もう一度だけ笑顔をくれた。


 良かったなあ。

 カイと仲直りできたんだ。

 そう思うと涙が溢れる。

 カイの腕の中で、わたしはコッソリと泣いた。


 こうしてわたしたちは、再出発したんだ。

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