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4章:第16話 冥府の大災害

 こんなにも虚しいゴールなんてない。

 わたしは、第3ステージの全てを費やした、

 ニルとオーズの後を追いかけるために。

 でも、


 中間地点に着くまでの間、その背中に手が届くことは無かった。

 一度だって無かったんだ。


「一人で立てますか?」

 傍らで優しく声をかけるカイ。


 ああ、そっか。

 わたし、この町に着いてすぐ、倒れて動けなくなっちゃったんだ。

 いきなり倒れたから、カイを心配させちゃったんだっけ。

 でも──


「心配される資格なんて無いッ……!」


 わたしは震える手に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。

 この震えは、悲しみや恐れから来るものじゃない。

 怒りだ。

 自分自身への怒りが、わたしの体を震わせていた。


「わたしは、リェーズと約束した……! なのにッ……、何も成し遂げられなかった! あの場所に置き去りにしたまま! 最終ゴールで会おうって彼女と約束したのに……ッ!」

「リェーズを信じましょう」

 カイはわたしに肩を貸し、ゆっくりと補助してくれる。


 優しい声色だ。

 幼子を慰めるような、とてもとても柔らかい声。

 わたしにはそれが、少しむずがゆかった。

 そんなにも、無力な存在に見えるのかな、わたしって。


「リェーズには帰還用の巻物を渡しておきました。それを使えば、都へ帰れます。だから、きっと無事ですよ。彼女だって、修羅場を潜り抜けた盗賊なワケですからね」

「……うん」


 それを聞いて、わたしはまた寂しい気持ちになった。


 何で?

 リェーズに帰還用の巻物を渡したって……、

 まるでわたしが失敗することを予見してたみたいだ。

 結果的に、わたしはニルに追いつけなかった。

 でも、もっとわたしのことを信じてくれたって良かったのに。

 すると──


「とにかく! 少し休みましょうか!」

 カイは、無理矢理わたしを抱き上げた。

「え!? ちょっと──」

 わたしは手足をばたつかせたけど、カイはわたしを放そうとしない。

 尻尾や耳をばたつかせてみたけど、やっぱり無意味だった。


「オアシスの宿で休んだ後、ずっと走りっぱなしだったでしょう? つまり、三日前の夕方から今日の朝まで、ほとんど休まず走ってきました。アナタ様の足が誰よりも早いことを、ワタシは知っています。けど、実力を発揮するには、休息が大切だ」

 カイはそのまま近くの宿屋に入り、適当な部屋にわたしを押し込めた。

 わたしの意見なんてお構いなく。


「それに、第3ステージでは、リェーズのことで精神も消耗してました。前半部分は脳内物質で疲れも誤魔化せたかもしれません。けど、それは疲れが消えたワケじゃありません。だから、せめて今日と明日はこの宿で休息を──」

「今日と明日って二日も!? そんな時間無いよ! それは、カイも分かるでしょ? だって、わたしはニルとオーズに追いついて、リェーズに謝ってもらわなきゃいけないんだ! 二日もムダ使いしてらんない! もう今にだって差はドンドン広がってるかもしれないのに!」

「いえ、最終ステージ前半は、第3ステージと同じく雪原地帯。夜間の走行は相手だって避けて──」

「そんなの分からない!」

 刹那──


 どこからともなく伸びた手が、わたしの言葉を静止した。


「おやおやおや、ノックをしても気付かないなんてね。随分と楽しそうじゃないか」

 紫のとんがり帽子を被った、ローブ姿の女の人だ。

 クラゲのようにどこか儚げで、謎めいた雰囲気をまとったお姉さん。

 うーんと、

 どこかで見たような気がするんだけど。


「これはこれは、七聖魔導ロプト様ですね?」

 仰々しく会釈をするカイ。

 そっか。

 あの日の見世物小屋で、支配人から賢者の称号をはく奪した人だ……!

 でも、その人がどうして?


「ぼくは全部『識って』いるよ。きみたちが何をやってきたか。その上で、力になれると思って訪ねたんだ。ちなみに、きみが心配していたリェズヴィーという参加者も、ぼくが既に治した」

 お姉さんは意味深に微笑む。

「リェーズを!? 良かった……。ありがとう、七聖魔導さま!」

「時間と回復のどっちを取るかで揉めてるんだろう? でも、ぼくの魔法なら、両方手に入る」


「両方……?!」

 いきなり現れてめちゃくちゃ怪しい。

 でも、わたしたちに、それ以外の選択肢は無いように感じた。

 どうせこのままじゃ、カイとわたしは平行線だったんだ。

 都合の良い話だけど、手が借りれるに越したことはないよね?


「なるほど。面白い提案ですね、七聖魔導様。それで、その代償は何でしょうか? 金銭で解決できるなら、この商人カイは喜んでお支払いいたしますが……?」

「良い洞察力だね。でも、きみが理解している通り、ぼくが求めるのは金銭ではないんだ。ただ一つ、昔話を聞いてくれれば、それでいい」

「それだけでいいの?! 聞くよ! それで全部解決! 安いものじゃん!」

 即断即決。

 カイはまだ釈然としてないけど、断る理由なんて無いよね?!

 だって今は、迷ってる時間すらもったいないんだもん。


「じゃあ、そうだね。きみはその寝台で横になろうか。そしてぼくがきみを治している間、聞かせてあげるよ、とある昔話を」

 わたしは言われるがまま、ベッドで横になる。

 すると、ロプトさんはわたしの傍らに立ち、杖を振るった。

 青と緑の光がわたしの体を包むと、全身の疲れや痛みは次第に和らいでいく。

 大きな手で、体を揉みほぐされてるみたいだ。


「すごい! ぐっすり寝て起きた時みたいに、体が軽くなってくよ!」

「ふふ、それは良かった。じゃあ、語らせてもらうね? かつての竜騎士オーズ──いや、魔勇者オーズについて」

「…………!」


 オーズって、あのニルと一緒にいたヤツ──

 リェーズを殺そうとした男だ!

 でも──


「どうしてそんな話を?」

「だってぼくは、きみたちに彼を倒してもらいたいからね。このレースをぶち壊そうとする彼は、ぼくの手にも余る」


「なるほど。確かアナタ様は、このレースの運営に携わってましたね」

 カイは窓辺に腰を掛け、こちらを見下ろしている。

 その表情はいつもより真剣で、別の人を見ているみたいだ。

 彼は何を考えてるんだろう?

 少し頭をひねっても、わたしにはよく分からなかった。


「そうさ。ぼくたち運営はね、調和の象徴としてレースを開催したんだ。全ての種族が手を取り合えるように、ね。けど、オーズは参加者から資格の水晶を奪い、リタイアに追い込んだ。これじゃ、催しは台無しだ」

 わざとらしくため息を吐くロプトさん。

 その過剰な身振り手振りは、カイにだって引けを取らない。


「これにはぼくも手を焼いていた。けど、きみたちがオーズと敵対してると識ってね。補助するべく、ここを尋ねたってワケさ」

「でも、どうしてあの男は、ロプトさんの邪魔を? そんなに優勝したいのかな?」

「昔はこんなヤツじゃなかったんだけどね。あの事件以来、オーズは人が変わってしまったんだ。十年前のあの日──冥府の大災害が起きて以来、ね」


 冥府の大災害……!

 またそのワードだ。

 リェーズも、その時に家族を失ったって言ってた。

 そしてそれは、わたしも同じ。

 あの日、わたしの親は異界から来た魔族に殺されたんだから。


「ぼくは元々、オーズと共に各地の魔族を倒していた。けど、気ままなぼくとは違って、オーズは正義感が強過ぎる。当時から、ぼくと彼の仲はそれほど良くなかったよ。けど──」

 ロプトさんは、悲しいような困ったような表情で語る。


「別の仲間がぼくたちの仲を取り持ってくれていた。彼女─フリッカは、オーズの恋人でもあり、ぼくの唯一の友人でもあった。とても優しい子だったよ」

「そっか。素敵な仲間だったんですね」

「ああ、ぼくたちはみんな、フリッカを愛していたよ。でも、この世界は、そういった善人が報われるようにはできていなかった」

「そ、それはどういう……」


「冥府の大災害の日、異界から溢れた魔族が人々を傷つけた。そんな中、困窮した人々は、残された物資を奪い合い始めたんだ。それどころか、魔族に傷つけられた純血種は、『亜人も魔族と同類だ』と敵視し始めた。愚かだろう? どっちも同じ、ヒトなのにね。でも、そんな馬鹿馬鹿しい争いのため、フリッカは命懸けで平和を説いた。けど、ムダだった」

 瞬間──


 ピシリ。

 ロプトから漏れ出す魔力。その波動は、宿屋の窓枠を歪める。


「おっと失礼。感情が昂って魔力のコントロールがおろそかになってしまったよ。大賢者ともあろうぼくが、恥ずかしい限りだ」

 ロプトは冗談でも言うように笑った。

 けど、その笑いの影に、隠し切れないほどの怒りを感じる。

 

 きっと、大切な人が蔑ろにされたんだ。

 イヤだよね。

 怒りでどうにかなっちゃいそうだよね。

 わたしも、そうだったから。

 リェーズが傷つけられて、何が何だか分からなくなった。

 たぶん、このロプトさんもそうだったんだ。


「フリッカは、竜の亜人でね。亜人の中でも少し特別だった。けど、その特別が災いを招いたんだ。魔族と亜人を憎む人々の感情は、全てフリッカに向けられた。その顛末が彼女の死さ。人々のために生きたフリッカは、人々の手によって殺されたんだ」

「そんなの狂ってる……! 冥府の大災害だなんて言って、悪いのを全部災害に押し付けてるだけ。人が人を虐げて、その罪を知らないふりして生きてるなんてさ」

「ああ、ぼくもきみと同意見だ。この世界は愚かで、救いようがない。オーズの人が変わったのは、その時だ」


「それって、恋人を喪っちゃったから……」

「どうだろうね? ぼくの解釈は違う」

「解釈が違う……?」


 でも、どういうことだろう。

 恋人を喪う以外で、性格が大きく変わるキッカケ?

 わたしには思いつかない。 


「オーズは自分がフリッカを殺したと考えている。だって、冥府の大災害を引き起こしたのは彼なんだから」

「え……!?」


 つまりあの人は、リェーズを殺そうとしただけじゃない。

 わたしの両親を殺した元凶でもあるってこと?

 でも──


「どうして人間の彼が、魔族が得するようなことを……?」

「まあ、厳密に言うと、あれは事故だった。そういう意味でも、災害に近しい」


「ワタシも少し聞きかじったことがあります。確かあの災害は、邪神を倒したことで引き起こされた──と」

「よく知ってるね。並みの賢者でも、この出来事に詳しい人はなかなかいないというのに。ともあれ、ぼくたちはあの日、罠に嵌められたんだ。ぼくたちはオーズと協力して、人々を苦しめる邪神を倒した。けど、それが原因で、この世界は異界と繋がってしまった。だから、悪いのは全部ぼくたちなんだ」


「そんなの……誰も悪くないのに」


 だってそうだ。

 ロプトさんたちは大災害を起こし、

 大災害は人々が憎み合うキッカケを生み出した。

 でも、そもそもロプトさんたちは、みんなのために邪神を倒したんだ。

 なら、悪いのはその邪神だ。


 けど、邪神を憎もうにも、既に倒されている。

 これじゃあみんなは、振り上げた拳をどこに下ろせばいいか分からないよね。


 わたしたちが憎むべきは、魔族だ。

 でも──


「どうしてオーズはレースを邪魔するの? そんなことしても意味無いのに」

「どうしてだろうね? ぼくも困ってるよ。だって、このレースは種族を越えた調和の象徴。つまり、フリッカが成し遂げようとした『和平の道』に向かうためのものなんだ。それなのに彼は、ぼくの計画を邪魔する」

 ロプトは大きくため息を吐く。

 もはや表情なんて取り繕わず、オーズへの不快感を露わにしていた。


「きっと、仲良くする気は無いんだろうね、恋人を殺した人間となんて」


 そっか。

 でも、だとしたら、オーズはとっても悲しい。

 みんなのために戦って、そのせいで恋人を喪った。

 だからって、他の人と仲良くするのを拒んだら、本当に独りきりだよ……。


「じゃあ、どうしてニルちゃんは一緒なの?」

「さあね? 全知なぼくでも、理由までは分からない。けど一つ言えるのは『フリッカがオーズの恋人で、ニルはフリッカの妹だ』ということかな」

「それって……!」


 つまり、ニルちゃんは家族を喪い、それをオーズが引き取った……?

 だとしたら、わたしと同じだ。

 だってわたしも、冥府の大災害で親を喪って、見世物小屋で働くことになった。

 もし、ニルちゃんがオーズに無理矢理従わされてたなら──

 わたしは彼女に手を差し伸べたい。

 カイが、わたしにしてくれたように。


「さて、これで治療は終わりだ。ぼくが治せるのは肉体の消耗だけ。精神の消耗は治せないケド──」

 ロプトさんはわたしを見ると、どうしてか微笑んだ。

 おもちゃを見つけた子どものように、イタズラっぽく。


「どうやらやる気充分って感じだね。その様子じゃあ大丈夫そうだ。期待してるよ」

 くるり。

 彼女はこちらに背を向けると、わたしたちの部屋を後にした。


 これで体力は完全回復だ!

 今度こそ、オーズに追いついて、リェーズに謝らせる!

 そして、

 ニルちゃんが苦しんでるなら、それを助けてあげるんだ!


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