4章:第15話 最終ゴールで会おう
「やったー! 第2ステージもクリアだね、カイ!」
わたしたちはクレバスから生還した後、改めてリェーズと競争した。
ほんの少しの距離だったけどね。
「でも、良かったんですか、リェーズ。真剣勝負ってことなら、クレバスに落ちた我々よりアナタ様の方が勝者に相応しいのに」
「いいンだよ、別に。オレだってテメェらに命を救われた。だからこれでおあいこだ。それに、オレだって優勝を諦めたワケじゃねェからな」
「そうだね! わたしもまた最後のステージでリェーズと戦いたい!」
すると、わたしの言葉にリェーズは明るくはにかんだ。
数日前はずっと怖い表情で、何かに怒ってるみたいだった。
でも、今はとってもかわいらしく思える。
参加者から結晶を奪う犯人はまだ分からないけど、きっとリェーズではないと思うな。
だって、亜人を憎んでたかもしれないけど、それと結晶のことは関係無いと思うし。
なんて考えてると──
「そこの人、よろしいです? この町に、他の参加者は既にゴールしましたか?」
カイは道行く人にそう尋ねた。
「確か、黒い竜が一匹来ただけだな。そいつが一着で、あんたたちが二着三着だよ」
「それは、どれくらい前の話でしたか?」
「一分とか二分前くらいだったか? とにかく、あんたたちとそう変わらないよ」
「ありがとうございます♪」
カイは村人にそう返した後、今度はわたしの耳元で囁いた。
「やりましたね、フェナリア。このペースなら、彼らに追いつけます」
「ホント!?」
「ええ。ワタシたちはあれだけのアクシデントに見舞われました。しかし今回、第1ステージでの差を縮められた。それはアナタの走りが成長したお陰です」
そっか!
確かにカイの言う通りだ。
だってわたしたち、あの砂嵐も越えたし足も少し速くなった。
もしかすると、今のわたしならニルちゃんとも良い勝負ができるかもしれない!
「ともかく、補給が終わり次第、また第3ステージ踏破を目指しましょうか。リェーズも一緒にどうです?」
「わたしも、リェーズと一緒に走れたら楽しいかも!」
それに、リェーズと力を合わせれば、どんな困難にだって太刀打ちできそう!
楽しそうな上に心強い!
けれど──
「いや、遠慮しとくぜ」
リェーズは迷いの無い顔で断った。
「もちろん、テメェらと一緒に走れたら心強いって思うぜ、オレも」
「だったら──」
「けど、オレはこれまでのステージで他の参加者を妨害した。オレに恨みを持った相手が襲ってくるかもしれねェ。そんなのにテメェらを巻き込みたくねェンだ」
「リェーズ……」
そっか。
彼女はわたしたちを巻き込みたくなくて、優しさで断ったんだ。
自分の罪を、一人で背負うために。
でも──
「リェーズに何かあったら、わたし助けたいよ? だって、さっきリェーズもわたしたちを助けてくれたでしょ? リェーズはそれを、『恩返ししただけ』って言うかもしれない。けど、わたしだって、『恩返しの恩返し』したいよ」
「その気持ちはありがてェ。けど、オレたちは友だちである以前に、ライバルなんだ。だから、やっぱり一緒には行けねェよ。だから──」
リェーズはわたしに手を差し出した。
きっと、握手しようってことだと思う。
それを察したカイは、背中から降りてくれた。
わたしも、リェーズの礼儀に応えるため、人の姿で彼女の手を取った。
「最終ゴールで会おうぜ」
「うん!」
わたしたちは強く強く握手を交わした。
「そういや、言い忘れたことがあったな。テメェらと別れる前に言っておく」
「?」
「それは、このレースの危険性だ」
「確かに、過酷なレースだとは思います。けど、それを改めて言及するなんて、どういう意図ですか?」
「このレースでは、参加者の安全を保証していない。つまり、何が起こっても国は責任を取らないんだ」
「そうでしたね。ワタシたちもアナタ様に殺されかけましたから。恐ろしいですねえ」
「そのことは謝る! 信じてくれねェかもだけどよ、ちょっと脅かしてリタイアさせるだけのつもりだったんだ!」
「いいよ、リェーズ。わたしはもう、気にしてないから! カイも、リェーズをからかわないで!」
「仕方ありませんね。ここはフェナリアの顔を立てます」
「とにかく、このレースは裏がある。オレが去年に参加した時より……何かこう、ヤバい感じなんだよ!」
「確かに、アナタ様の忠告は、信ぴょう性を感じます。無碍にできませんね」
「そうだね! むげにできないと思う! お互い気をつけようね!」
わたしはもう一度リェーズの手を取ると、縦にブンブン振った。
『リェーズが無事でありますように』って。
そうしてわたしたちは別れ、この町での補給を終えた。
「ワタシたちも準備万端です──が、本当にいいんです? オアシスを出て、眠らないままですケド」
「うん! いいよ! だって、今から寝たら一日もったいない! ニルちゃんやリェーズに、いち早く追いつきたいし!」
「まあ、オアシスでたくさん寝てましたもんね。多少の無理は効くと思いますが、ツラくなったら教えてください」
「分かってる! 大丈夫だから!」
わたしたちは防寒のための装備を見に纏い、目の前に続く雪原へ駆け出す。
それは、桃色の雪が積もった、かわいらしい道だった。
ピンクの雪は山や木々を覆う。
ゴツゴツとした山岳地帯って聞いてたけど、思ったよりかわいらしい景色だ。
まるでお花畑だ。
ピンクの花がたくさん咲いてるみたい!
それに、わたしの毛の色と同じで、親近感もある。
なんて言うか、わたしが目指す優勝を、世界が祝福してくれてるように思える!
もしかすると、これまでで一番簡単なステージなのかも!
「ねえ、カイ! この雪はどうしてピンク色なの?」
「それは、フェナリアがピンクだから、合わせてくれてるんですよ」
「わたしのために!?」
世界って、そんなにも愛らしいんだ。
知らないことばかりだ!
カイって博識だなあ。
と思えば──
「商人の言葉を簡単に信じない方が良いですよ、フェナリア」
カイはわたしの背で、イタズラっぽく笑った。
「カッチーン」
「怒らせてしまいましたか? でも、許してください。説明が難しいんです」
「いいよ、難しくても! 神速で理解するから!」
難しいから誤魔化すって、子ども扱いされてるみたいじゃん。
別に、わたしは全然大人だし。
少なくとも、精神的には大人だし。
もっとちゃんと、わたしのこと対等に扱ってほしいのに……!
「この雪には火山灰が含まれてるんですよ」
「ふえ?」
知らない単語が出てきた。
「とにかく、色が付く感じの雪ってわけだね!」
「神速で理解を諦めましたね」
だって、知らないんだもん。
「じゃあ、そうですね……。この山は、たまに『くしゃみ』をするんですけど、その飛沫がピンク色なんですよ。それが雪と合体して、ピンク色になってるんです」
「え、なんか汚いね、そう考えると」
「まあ、あくまで例えですから」
よく分からない。
けど、この場所だからこその色なんだって理解できた。
その時、
視線の先に何かの影が見えてきた!
ニルちゃん?
それとも、リェーズかな?
どちらにしろ、会えるのが楽しみだ!
わたしは思いっきり大地を蹴り、加速する。
「流石フェナリアですね。砂漠で見せたあの走りがモノになってます」
「とーぜんだよ! だって、カイがいっぱい応援してくれたし! その分わたしだってがんばったからね!」
「ええ、いつだって応援しますよ。ワタシはアナタ様の、契約相手兼保護者ですからね」
やったね!
カイが褒めてくれた!
でも、保護者って何!?
そもそも、契約した覚えもないですけど!
まあ、とにかく彼がわたしのことを認めてくれてるなら、それで充分だ。
わたしはカイの相棒なんだもんね。
ちゃんと彼に見合うよう、いっぱい活躍したいから。
「ほら! もう追いついたよ!」
わたしはワクワクしながら、カイの返答を待つ。
この速さに驚いてくれるかな?
喜んでくれるかな?
そう思ったのも束の間、
わたしの背中から上がったのは、驚くカイの声だった。
けれど──
「どういう……ことです……?」
その言葉は、決してわたしに向けて放たれたものではなかった。
何か別のものに関心を奪われたような、そんな驚嘆。
わたしはすぐさま雪道の先へ目を凝らす。
この交易路で、わたしたちが目にしたのは──
片手でリェーズの首を絞める、男の姿だった。
彼女は既に馬から引きずり下ろされ、宙吊りの状態。
リェーズの体を支えるのは、首を掴む男の片手だけ。
彼女の全体重が、気管を少しずつ押しつぶしていく。
「リェーズ!」
わたしが叫び声を上げると、男はこちらを振り向いた。
その男は、重そうな鎧を見に纏い、黒竜の背に跨っている。
嘘でしょ?
そんなことって……。
わたしは何度も瞬きをした。
けれど、その現実は形を変えず、無情にもわたしの前から消えてくれなかった。
「ニルちゃん……? どうしてそんな男に手を貸してるの?」
刹那──
カイの手から荷縄が放たれ、リェーズの体は男の手から奪い返される。
カイはそのままわたしの背から飛び降り、彼女の体を抱き止めた。
良かった!
ありがとうカイ!
リェーズを助けてくれて!
でも、
ニルちゃんとあの男は、どうしてリェーズを?
もしかしたら、何か勘違いがあるかもしれない。
とにかく、ニルちゃんの返事を──
「あの時会った、狼の女の子だね? 久しぶり〜」
黒竜は楽しげな声色を投げかける。
たまたま会った友人と世間話でもするような語り方で。
わたしは、それを聞いて狼の姿を保っていられなかった。
胸のとこから何か重たい感情が湧き上がってきて、それをどこかにぶつけたくて仕方がなかったから。
「どうしてそんな平然としてられるの!? だって今、そこの男の人はリェーズの首を絞めてたんだよ!?」
「そうだね。でも、貴方たちこそ、どうして邪魔するの? 別に、その子なんて関係無いでしょ?」
「関係あるよ! だってリェーズは、わたしのライバルで……! 最終ゴールだって、一緒に競い合おうって……!」
わたしは、ワケが分からないまま言葉を絞り出す。
どういうことなの?
どうしてリェーズは殺されかけたの?
どうしてニルちゃんは何の罪悪感も無いの?
わたしはただ、自由を求めてこのレースに出場しただけ。
こんな、命を奪い合うようなことなんて、望んじゃいなかったのに。
何が起きてるの?
けれど、
わたしが求めるような答えは、何も返ってこなかった。
それどころか──
「くだらない。無価値だ」
履き捨てる、ニルの背に乗る男。
そして掌から、何かを浮かび上がらせた。
あれは、参加者に配られた結晶!
彼はそれを見つめ、
ため息を吐く。
その瞳はどこか虚ろ。
目に映る全てに何の感情も抱いてないような、そんな冷たさを感じる。
青黒い髪。藍色の鎧。
そして、全てを俯瞰したような冷ややかな顔つき。
ニルが夜の海だとしたら、彼は星の無い夜空だ。
深くて暗くて、何も照らすことは無い。
その黒は不安を掻き立て、闇の中で何かが蠢いてるような焦燥感を抱かせる。
それが、ニルの相棒であるオーズに抱いた印象だった。
「まあいい。既に『終わった』のだからな」
オーズの手から浮かび上がる結晶。
するとそれは、彼の胸に取り込まれるように消えた。
一体、何をしてるの?
それに、あの男が結晶を奪ってたってことは、つまり──
レースの裏で暗躍してたのは、コイツだったんだ……!
けれど、
オーズとニルはこちらに背を向け、交易路を進んで行く。
わたしたちなんて意にも介さない。
敵だとすら思ってないんだ。
悔しい……!
わたしはこんなに怒ってるのに!
許せないのに!
すると──
「とにかく、応急処置は終わりました」
傍らから、カイが優しく語りかける。
そっか!
カイはこの間、リェーズを助けようとがんばってくれてたんだ!
それなのに、わたしは目の前の怒りに振り回されちゃってた……。
何やってんだろ、わたし。
「リェーズは大丈夫なの!?」
「難しい質問ですね。最善を尽くしましたが、彼女はかなり消耗してます。それに、体には闇の魔術の痕跡……。自然治癒にも限界があると思います」
「そんな……ッ!」
わたし、リェーズに死んでほしくないよ。
せっかく友だちになれたのに……!
「なら……ッ! 早く彼女を助けてくれる人のとこまで連れてこうよ! じゃないと命が──」
「それには及ばねェよ」
答えたのはリェーズだった。
地に寝かされたまま、息も絶え絶えに。
「オレなんかに構うな。フェナリア、テメェは優勝すンだろ? オレなら大丈夫だからよ。早く、あのオーズの野郎に追いついて、優勝かっさらっちまえ」
大丈夫──その言葉がウソだって分かるくらいに、彼女は限界だ。
なのに、リェーズはわたしの背中を押してくれる。
彼女を放ってはおけないのと同じくらい、あのオーズとかいう男に謝らせなきゃ気が済まない。
わたしはどうすればいい?
どっちを選べばいい?
わたしはカイを見つめ、助けを求めた。
けど、彼は何も答えない。
そうだよね。
これは自分で考えなきゃ、きっと後悔する。
「わたしは、どっちも選ぶ! すぐあの男に追いついて、リェーズのところまで引きずり戻す! それで、ちゃんと謝らせるんだ! リェーズのことは、その後でちゃんと助けるから──」
わたしが指切りをすると、横たわるリェーズは静かに微笑みを返してくれた。
彼女の期待に応えるんだ!
「行くよ、カイ!」
わたしは彼を背に乗せ、全力で雪原を駆った。
それは雪崩よりも素早く山肌を撫で、数分もしないうちに黒竜の背中を捉える。
「見つけたよ! わたし、絶対にあなたたちに追いついて、リェーズに『ごめんなさい』させるから!」
「何故、争おうとする? 無価値でしかないのに」
わたしとニルとの戦いが今、始まった。
そして──
すぐに終わりを告げた。
わたしは、
ニルちゃんに負けたんだ。




