3章:第14話 根性なんて売ってない
「さて、今からどうしますか? フェナリア。あんな啖呵を切ったんだから、何か策があるんでしょう?」
「うん! あるよ!」
口角を大きく上げ、自信満々な表情だ。
まあ、狼の姿で口角を上げられると、少し迫力があり過ぎるケド。
「根性だよ! がんばって呼吸止めて! がんばって目をつむる! どう!?」
「さっき上げた評価値、下げた方がよろしいでしょうか?」
「あああ、待って! でも、見世物小屋ではこれで乗り切ってきたから!」
「ふむ」
それを言われると困るな。
確かに、根性は大事かもしれない。
が、万能ではない。
けれども、それを否定すれば、彼女が命懸けで得た成功体験を覆すことになる。
いや、そんなの否定した方が良いんだけど……!?
「フェナリア。残念ですが、ワタシの商会では根性なんて売ってないんですよ」
「しょ、しょんな……」
「ですが──」
オレは手荷物から、二人分のアイテムを取り出す。
「ゴーグルとマスクと耳栓なら有りますよ。もちろん、砂嵐なんて苦になりません」
「ふえええ!? じゃあもしかして、この砂嵐って最初から──」
「何の障害でもありませんでしたよ♪ フェナリアの反応が見たくて、ギリギリまで黙ってました。ワタシの商会はの品揃えは幅広いですからね」
「性悪男!」
オレは暴れるフェナリアにアイテムを装備させた、
無理矢理。
「ってこれ、レースの最初に使ったゴーグルだ! スッカリこの存在忘れてた」
「ともあれ、これで準備は整いましたね」
彼女は静かに頷き、砂嵐に向き直る。
さて、こっから追い上げだ。
オレたちは砂嵐の中に突き進んだ!
「わッ! すごい風だよ、カイ! 巨人の手のひらで弄ばれてるみたい!」
「何て言ってるか聞こえません! とにかく! 前に進みましょう!」
「え!? 何か言った!?」
しまった。
砂嵐を越えることは想定していたが、
相手とコミュニケーションとることまでは考えてなかった!
これじゃ、オレが方角分かってても、フェナリアに伝えられない。
当然、手綱も嵐のせいで使い物にならないし。
こうなったら──
もふ。
オレは彼女の背中に、文字を書いて伝える。
「あ……! くすぐったいってば、カイ!」
『声聞こえなさ過ぎて草枯れて砂』
「なんかしょーもないこと書いてない!!!?」
『とにかく、このまま真っすぐ進んでください。昨日の走りを思い出すんです』
「分かった!!!!」
昨日リェーズを追いかける時、フェナリアは神速だった。
それは彼女が、目をつぶっていたから。
きっと、視界に余計な情報が入らなかったからだ。
実際、フェナリアの足は優勝を狙えるレベルだ。
だが、速ければ速いほど、その瞳に映る情報量は多くなる。
つまり、
脳の処理速度が要求されるんだ。
でも、フェナリアは今まで、狭い見世物小屋で過ごしてきた。
そんな数の情報量に晒されたことなんてなかっただろう。
言わば、ビギナーの商人に何十件もの取引を捌かせるようなもの。
何が何だか分からず、一つ一つの処理速度が遅くなるのも当然だ。
本来なら段階を踏んで経験を積むものだが、フェナリアは自由を許されなかった。
肉体の成熟に、経験が追いついてないんだ。
だからこそ今、
チャンスなんだ。
ここは塩でできた砂漠。周りには何も無い。
砂嵐で何も見えなくなったことで、情報量なんて気に止めなくて良い。
ただ、何も考えず走り切る。
それだけでいいんだ。
オレはこの思いの丈全てを、彼女の背中に書き込んだ。
「ごめん長過ぎる! 読めない!」
せっかく書き込んだのに……。
ともかく、こうなったらオレは祈るだけだ。
フェナリアが一人で、昨日の感覚を掴むことを。
そう思って、
一体どれだけの時間が過ぎたろうか。
終わらない砂嵐。地の果てまで続いている感覚になる。
何十分経った?
いや、既に何時間も経っているのか?
全く読めない。
砂嵐に遭遇したことは何度もある。
だが、砂嵐の中を突っ切ろうとしたのは初めてだ。
ゴーグルとマスクは用意したが、それはあくまで念のため。
そもそも、砂嵐とかち合わない可能性だってあったからな。
だから、この強風がどれだけのものか、値踏みが甘過ぎた。
これは完全にオレのミスだ。
その時──
「どうしよう、カイ。前に進まない。このままじゃ負けちゃうよ」
フェナリアが何かを呟いた。
いや、それはオレの気のせいかもしれない。
そう思うほどの小さな声が、聞こえたような気がした。
きっとコイツは今、気持ちがうつろってるのかもしれない。
走っても走っても、報われた気持ちにならない──
そんな現状に、自分の選択を後悔してるのか?
彼女の心の支えになりたい。
だが、嵐で声は届かない。
文字で伝えようにも、一言じゃなきゃ伝わらない。
なら、何ができる?
オレは──
「勝てますよ!!!! フェナリア!!!!」
オレはゴリ押した。
思いっきりお腹に力を込めて、喉を震わせた。
「思いっきり走れば!!!! アナタ様は!!!! 誰にも負けません!!!! だから──」
刹那──
オレは思いっきりむせる。
塩っ辛……!
流石は塩の砂漠だ。
僅かな隙間から砂塵が入ったのか?
そりゃそうか、防塵マスクとは言え、こんなに喋ることは想定されていない。
でも、
例え喉に負担を掛けてでも、フェナリアを励ましたいんだ。
それにはやっぱり、自分の口で伝えるのが相応しい。
だってオレは商人だからな。
口が一番の武器だ。
もう一度大きく息を吸いこみ──
「分かったよ、カイ」
そう言って、フェナリアは大きく地を蹴った。
ぐんと加速する体。
それは、風が彼女の背中を押し始めたみたいだ。
「わたし、また弱気になってた。砂嵐の中ずっと走ってて、何も見えなくて聞こえなくて、独りぼっちの気分だった。でも、違ったよね。カイの声が届いて思い出せた」
一歩一歩、彼女は力強く進んでいく。
「昨日もそうだったね。わたしは何も考えず、ただ思いっきり走ればいい──そう言ってくれた。だから──」
大地からエネルギーを貰ってるみたいに、彼女のスピードはどんどん加速した。
これは──
「わたし、自由に走るね」
昨日と同じ感覚だ!
彼女のスピードは、もはや光の領域。
その方向に進んだかと思えば、既に到達している。
思考と仮定を置き去りにして、その先に存在する結論のような──
揺るがない自然の法則と同じだ。
瞬間──
何かが闇を切り裂いた。
それは目を覆うほどの光。
地平線から昇る、朝焼けの光だった。
オレたちは砂嵐を抜けたんだ!
「やりましたね! フェナリア!」
「うん! やったね、カイ!」
オレは思わず彼女の頭を撫でつける。
って、頭を撫でるのはダメだったか。
そういや恥ずかしがってたもんな、コイツ。
「おっと、失礼しました」
オレは慌てて手をしまう。
けれど──
「いいよ、別に……。撫でても、少しくらいなら」
小さな声で応えるフェナリア。
そうか。
なら、遠慮なく撫でさせてもらうか。
「では、お腹を。毛並みが気になってたんですよね~」
「犬扱いじゃん! ダメだよ、お腹は!」
「ジャーキーと交換でもダメですか?」
「犬扱いじゃん!」
フェナリアは楽しそうに吠える。
まあ、コイツがこんだけリラックスできてるなら良かった。
あの砂嵐を越えたっていうのに、余裕そうじゃないか。
「おや? フェナリア、あの町が第2ゴールですよ!」
視線の先、砂漠の隣にある地帯は寒地高原。
塩の砂漠は荒野を経て、ツンドラの凍原へと変わる。
未だ木々は控えめだが、砂漠と比べたら充分だ。
背の低い草が少しずつ生え、生命の気配を感じる。
「ここの毛皮は質が良く、とても高級なんですよ。ワタシも何度取引したか」
しみじみと語りながら、
オレはフェナリアの背中を撫でた。
「撫でながら毛皮の話ヤメテ!? 身の危険感じるんですけど?」
「安心してください、フェナリア。安心してください、とにかく」
「急に口下手! いつもの饒舌な励ましは!?」
「ほら、ちゃんと前見てください! ゴールですよ、ゴール!」
オレが目の前の町を示した、その時だった。
刹那──
反転する世界。
じわり。
体を襲う浮遊感。
オレたちはいつの間にか、宙に投げ出されていた。
これは──
クレバス……ッ!
氷河から足を滑らせていたんだ!
でも、本来なら交易路のルートに氷河なんて無い。
そうか。
砂嵐は越えられたが、本来のルートと少し逸れたんだ!
クソ……ッ!
オレとしたことが計算違いを。
──魔術師の荷縄!
オレはすぐさま、近くの草木に鉤爪を引っかけ──
けれど、
手ごたえは一瞬で失意に変わった。
しまったッ!
この地の植物は、背が低く根も細い!
オレとフェナリアを支えられない!
何か、他に手は──
瞬間──
オレたちの体は液体に包まれた。
「…………!?」
何だ?
河の中?
いや、それにしては感触が少しでろでろとしていて──
「まさか──」
オレたちの体は誰かに引き上げられる。
ゴーグルを取ってよく見ると、そこにいたのは──
緑のお団子頭に紫のローブ。
女盗賊リェズヴィーだった。
「リェーズありがとう~!」
助けられるや否や、フェナリアは彼女に抱きつく。
安心したことで、これまでの疲れが全部襲ってきたのだろう。
「助かりました、リェーズ」
オレも便乗して二人に抱きついた。
「ててて、テメェはどういう距離感なんだ?」
リェーズは瞬時に泥となり、オレの腕を躱す。
泥対応かよ。
「とにかく良かったです。救ってくれてありがとうございました」
「いいや、救われたのはオレの方さ」
クレバスを見つめるリェーズ。
悲しみと郷愁を湛えた表情だ。
そうだったな。
彼女の両親は……。
「オレはあの日、両親を死なせてしまった無力感と生きてきた。地の底に消えた二人を、もし潜って行って連れ戻せたら──そう思ってた。けど──」
リェーズはフェナリアとオレを抱擁する。
今度は、泥なんかにならず、生身の体で。
「今日、オレは二人を救い出せた。地の底に消えていくカイとフェナリアを、オレの力で」
そう語る彼女の肩は震えている。
きっと、とめどなく溢れる感情に、体が呼応してるんだ。
フェナリアとオレはリェーズの背中を撫でた、ゆっくりと。
親が子を慰める時のように。




