3章:第13話 感傷なんて一銭にもならない
「いいですか、二人とも。目的地は第2ゴール。この縄が地面に落ちたら合図です」
「うん! 分かった!」
「今度こそ勝つぜ」
赤く染まる砂原。
オレたち三人は、オアシスの前で一列に並ぶ。
リェーズは馬に乗り準備万全。
絶対に勝つという気迫を感じる。
対するフェナリアもオレを背に、負けないといった気概だ。
昼間までは真っ白だった塩の砂も、その全てに夕陽の赤が滲んでいた。
貴族が身にまとう衣服のように、キレイな染まり方だ。
落ちゆく最中だというのに、そんなことを感じさせない。
その強い日差しは、威圧感となって肌を突き刺す。
「では、行きますよ? ヨーイ──」
魔法で作った縄を、オレは目の前に投げ飛ばした。
放物線を描き落下する荷縄。
地面に着く瞬間を見守る三人。
そして今、
縄が落ち。
勝負の火蓋が切って落とされた!
グンと、一気に加速するフェナリア。
それはすぐさまリェーズの乗る馬を突き放し、彼女の独壇場になった。
「不思議だね、砂漠って。昼と夜とじゃ別の世界みたい」
フェナリアは走りながら、楽しげに語る。
オイオイ。
コイツ、こんなトップスピードで走りながら、お喋りする余裕もあるのかよ!
リェーズと勝負って形式だったけど、これじゃ圧勝だ。
このペースで行くとオレたちは、数分でリェーズの視界から消えるだろう。
流石は狼の亜人と言ったところか。
亜人は数多く存在するが、ここまで圧倒的なスタミナを持つ種族は多くない。
「フェナリアの言う通りです。陽の光の有無で、ここまで印象が違うなんて……」
彼女に言われて、初めて噛みしめる。
オレは今まで、気づいて無かった。
落ち着いて眺めれば、すぐに気づくことなのに。
ここを訪れるのは、いつだって商人として。
ずっと金を稼ごうと躍起になって、ゆっくりすることなんて無かった。
オレ、生き急いでたのかもな。
賢者を諦めて、無駄にした今までの人生を取り返そうとしてた。
でも、
取りこぼした何かを拾おうとしても、また別の何かを取りこぼした。
オレはずっと、周回遅れの人生だったんだ。
けど──
コイツに出会って、何かが変わった。
オレはフェナリアの背にまたがりながら、改めて彼女を観察する。
夕焼けに染まった、小さなかわいい狼の女の子。
彼女のピンク色の毛並みも、あかね色の空に照らされ輝いていた。
陽の光と夜の闇とが混ざり合ったような、寂し気な色合いだ。
でも、
寂しいだけじゃない。
その奥からは何か、力強い可能性を感じられる──いや、
可能性を信じたくなる。
そんな、見る人を勇気づけてくれるような気がした。
「良かった。カイがわたしを連れ出してくれて」
楽しげに語るフェナリア。
オレの気持ちを知ってか知らずか、その言葉は胸に染み渡る。
「あなたと出会えなかったら、きっとわたし人生ムダにしちゃってたと思う。ずっとあの狭い場所で」
そっか。
フェナリアも近い苦しみを抱えてたんだもんな。
そう考えれば、オレの人生に無駄なんて無かったのかもしれない。
だって今、ここにいるのは『賢者として生きれなかった自分』と『商人として生きてきた自分』──その、二つとものお陰だ。
オレが苦しんだ分だけ、フェナリアの苦しみが軽くなる。
それで充分、利益を感じられる。
ゴミが宝石に変わるようなものだ。
「ワタシもアナタ様と出会えて良かったですよ、フェナリア」
「え、おんなじ気持ちだ! めちゃくちゃうれしい! 今ここで小躍りしようかな!」
「アナタ様と一緒なら、利益出そうですからね」
「最低な理由!」
オレがコイツと初めて会ったのも、夕暮れだったっけ。
あの日から何日も経った。
このレースも、もうすぐ折り返し地点だ。
だからこそ、リェーズとの勝負に勝って後半──ニルとの戦いに備えなきゃな。
自由を勝ち取るために。
「ともあれ、このままぶっちぎって、リェーズを悔しがらせてやりましょう」
第2ゴールは、この砂漠を越えた先。
当然、夜が明ければ、暑さで進行不可になる。
つまり、
「『この一夜で砂漠を抜けられるか』がカギですよ、フェナリア。もちろん、アナタ様なら可能でしょうが」
「当たり前だよ! カイ! 観ててね! 地平線まで駆けるわたしを……!」
すると、
気づけば巨大な砂嵐が視界を覆っていた。
「地平線見えなくなってるーッ!」
「『観て』ますからね、フェナリア」
「期待が重過ぎる!」
困ったような声を上げ、彼女はスピードを緩める。
無理も無い。
ここまで巨大な砂嵐ともなれば、それは世界のフチが迫ってきているのに等しい。
もはやこの先には何も存在しないと感じさせるような、絶望的な無力の壁。
それは、失敗と停滞の暗示のように思えた。
とはいえ、困ったな。
砂嵐には何度も遭遇してきた。
が、ここまでのサイズは見たことがない。
高さは優に数百──いや、千メートルを超えるだろう。
直径は数十キロメートルはあると想定した方が良さそうだ。
今はまだ、空に夕焼けが残っている。
けど、砂塵の中に入れば太陽光は遮断。
視界がゼロのまま、進み続けなくちゃならない。
ただ前に進むだけならまだしも、オレたちには目的地がある。
数十キロにも及ぶ距離を、目をつぶったままで寸分違わず駆けなければいけないワケだ。
「カイは言ってたよね? 砂嵐の中は息もできないし、先も見えないって」
「そうですね。目を開けられないどころか、光も入りませんから」
「こんなのを進むなんてムリだよ……。どうにか迂回する道はないのかな?」
「確かに、手が無いわけでは──」
商人として砂嵐に遭遇した時は、収まるのを待つのが当然だった。
けど、砂嵐の移動速度によっては数日間もオアシスで足止めを喰うことがある。
かといって、迂回すれば今夜中に砂漠を越えられるか保証もできない。
つまり、第三の解決策を見つけなければ一日以上のロスが確定する。
ニルの速さを考えれば、一日のロスは致命的だ。
それこそ優勝が夢物語になってしまう。
さて、どんな手を取るべきか。
刹那──
一匹の馬が背後から飛び出した!
そしてそれは、一切の躊躇いも無く、砂嵐に向かって進んでいく。
「リェーズ!? 危ないよ! そっちは!」
「危ないからって立ち止まれるかよ! オレはお前らに勝ちてェンだ!」
リェーズは振り返ることも無く、
取り出した短剣を自分の胸に突き立てた!
まさかアイツ──
ぐにゃり。
歪むリェーズの輪郭。
泥の魔法か。
確かに、あの魔法を食らっている時、呼吸や発汗に類する生理現象は無かった。
生物には走行不能の状況でも、泥になってしまえば問題は無いということか。
リェーズのヤツは、この砂嵐を無理矢理にでも突破する気だ!
オレたちに勝ちたい──出会いをやり直したいって純粋な気持ちで!
「テメェらもどうだ?」
自分の馬を同じように切り付けるリェーズ。
すると彼女は、そこでようやくオレたちの方を振り返った。
「砂嵐にオレたちの勝負を奪われるなんてイヤだからな。けど、オレの魔法なら、こんな砂嵐越えさせてやれる」
「…………!」
それは願ったり叶ったりだ。
第1ステージで、ニルとついた五分の差。
だが、この嵐を難なく越えれば、それを大きく縮められるかもしれない。
「お願いしましょう、フェナリア!」
そう、言いかけた時だった。
「ありがとうね、リェーズ!」
「おう、分かったぜ」
「でも──」
フェナリアは鋭い眼光で砂嵐を見つめる。
いや、違う。
砂嵐の、その先を見つめる目だ。
彼女は、どこか遠いところを見つめた後、改めてリェーズに目線を向けた。
「その好意は受け取れない」
何ッ!?
コイツ、目の前に転がってきたチャンスをみすみす逃すだと?
頷きさえすれば、優勝への近道になるっていうのに!
「だってリェーズは言ってくれた。わたしたちと『真剣勝負がしたい』って。だからこの砂嵐も、わたしたちは二人の力だけで越えなくちゃいけないんだ……!」
「…………!」
「この砂嵐を攻略して見せる! リェーズ、あなたの気持ちに応えるためにも!」
フェナリアは言い放つ。
その言葉と態度には少しのウソも無い。
真っ直ぐな彼女の気持ちだった。
コイツ、さっきは『こんなのムリ』って弱気になってたクセにな。
リェーズの根性を見て、感化されたワケか。
「せっかくの誘いを断るんですね、フェナリア。感傷なんて一銭にもならないんですけどね。どころか、損をするかもしれない。それでもいいんですか?」
「いいよ。悪いけどわたし、けっこう負けず嫌いみたい」
コイツの言い分は理解した。
商人にとって時間とは金よりも大切だ。
しかし、彼女には時間よりもっと大事なモノがあるらしい。
だからこそ面白い。
「良い決断ですね、フェナリア。商人にとって時間は貴重です。しかし、それよりも大事なのは『信頼』。故に、アナタ様の『リェーズの信頼に報いたい』という選択をワタシは評価します」
「ありがとう、カイ!」
「分かったぜ、二人とも。ショージキ、断られて驚いた。けどよ、それでこそオレが真剣勝負するに相応しい相手だ」
リェーズは短剣をしまい、こちらに微笑んだ。
昨日浴びせられた軽蔑の視線とは全く違う。
賢者を諦めて以来、あまり人付き合いはしてこなかった。
けど、たまにはこういう交流の仕方も悪くないな。
「じゃあ、また会おうぜ! 砂嵐の向こう側で!」
「またね!」
「ご武運をお祈り申し上げます」
オレたちは彼女を見送った。




