3章:第12話 恩を着せた方が得しますから
「昨日は悪かった!」
いきなりリェズヴィーはオレに詰め寄った。
目覚めるや否や、だ。
いやいや、勘弁してくれ。
こっちは寝起きだぞ。
オレは藁の上で目をこする。
えっと……確かあの後、オアシスで個室を取ったんだったな。
部屋代をケチった結果が、この『目覚まし』か。
まあ、幸いここは個室。他の客に迷惑を掛けず済んだと思おう。
「ワタシたちよりも、気絶させて放置したキャラバン隊に謝った方が良いですよ。参加資格の結晶も奪ったワケですし」
「そ、そりゃあそうだが……って、結晶? 何の話だ、それ。確かにあの連中をリタイアさせたのはオレだが、結晶ってのは知らねェぞ。金になるのか? その結晶は」
ほう?
結晶を盗んだか否かはともかく、キャラバン隊を襲ったのはコイツで確定か。
もし、犯人が別だとすれば、事態はもう少し複雑みたいだ。
別に、オレは役人じゃあない。
けど、
もし真犯人の目的がレース優勝なら、いずれオレたちも狙われるからな。
情報を集めるに越したことはない。
「それを聞ければとりあえず充分です。とにかくワタシはもう少し寝ますね♪ 重要事項はフェナリアにお伝えください。では──」
「謝罪キャンセルして寝るな! オイ!」
泥女は眠るオレの胸元に掴みかかる。
元気かよ。
鉄の格子窓から外を窺った感じ、まだ昼じゃん。
二・三時間しか寝れてねぇよ。
フェナリアだって隣でスヤスヤ寝てるし……。
その寝姿は獣そのもの。
薄手のワンピースこそ着てるが、尻尾を丸めて藁の上に転がっている。
犬というより猫みたいな寝方だな、狼なのに。
ともかく、フェナリアとオレが疲れてるのは当然なワケだ。
だって、深夜の内に砂漠を渡り、気絶した泥女の介抱もしたんだから。
ってか、気絶する直前まであんなデッドヒート繰り広げたよな?
何でこの泥女は、くたびれてないんだよ……!
オレはもう少し寝てたいんだが。
「オイ、いいのか? オレは盗賊だぞ? 寝てる間に、何か盗むかもしれないぜ?」
「では、これで解決ですね」
魔法でリェズヴィーを縛り上げる。
この間1秒。
面倒だし、起きるまで横に転がしとくか。
オレは大きなあくびをした後、もう一度目を閉じた。
刹那──
「オラッ!」
のしかかってくる泥女。
陸に打ち上がった魚の如く、思いっきり跳ね飛んできやがったッ!
コイツ、縛ったのにどんだけ抗うんだ!
流石に少しは話を聞いてやるか……。
って、
謝る気なら睡眠妨害すんな!
何だこの女。
「謝りたいなら粗相を繰り返さないでください。そもそもワタシたちは友人でも何でもない、ただの敵同士です。謝罪なんて不要ですよ」
「でも──」
リェズヴィーは少し俯き、困ったような顔をする。
ふてくされた幼子みたいな、抗議の表情だ。
やれやれ。
盗賊らしく大雑把な性格かと思えば、幼い側面も持つらしいな。
「でも、ちゃんと謝りたかったんだ。だって、オレを助けてくれたから」
「……ワタシは商人ですよ? 死なせても金は稼げません。むしろ、助けて恩を着せた方が得しますからね、こちらは♪」
「そうやって取り繕っても、オレには分かるぜ。色んなヤツのウソを見てきたから」
「別にそんなことは──」
「だってそうだろ? 本当に恩を着せたいなら、もっと聞こえの良い言葉を使うハズだぜ? けど、テメェはむしろ、わざとカスな言葉を選んでるよなァ?」
「どうやらアナタ様は、ワタシに対する評価が高いようですね」
「そりゃあそうだぜ。オレはテメェらと、殺す気で戦った。だから、見殺しにされたって仕方なかった。なのに……」
何だ、この女は。
調子狂うようなこと言ったかと思えば、生娘みたいな表情をする。
少なくとも、昨日の女とは別人。
違和感がすごいな……。
何が目的だ?
仮に、これを真剣に言ってるなら、どういう心境の変化だ?
もう少し揺さぶりをかけてみるか。
「昨日まで敵対していたアナタ様が、そこまで心変わりするなんて……。亜人を憎んでいたんじゃないのですか? 特にここは個室です。昨日アナタ様は、『亜人は汚物だ』って言ってたじゃないですか」
「悪ィ! 悪かったって!」
リェズヴィーはビチビチと跳ねながら懇願する。
「そんな楽しそうに跳ねて……謝る態度には見えませんねえ」
「テメェが縛ったんだろが!」
「そうでしたね」
もうそろそろいいか。
オレは飽きたので縄をほどいた。
「どこで間違ったんだろうな、オレは……」
リェズヴィーは藁の上に座り、壁にもたれかかる。
その様子はさっきの暴れようとは真逆。
どこか物憂げな雰囲気だ。
「どうしたんですか? 急に」
「いやいや、気にすんなよ。何でもねェからさ」
そんなこと言われても、意味ありげに呟かれたらなあ。
まあいいか。
改めて眠ろう。
オレは藁に寝転がり、目を閉じる。
すると──
「誰かを憎んだりなんて、しなかったンだがな。あの日までは……」
「…………」
オレは全身から脱力し、ゆっくりと深呼吸をする。
そして、頭の中で雄大な大自然を思い浮かべ、気持ちまでリラックスさせた。
あとは、眠りの波が来れば──
「もし、あの時オレがあんなこと言わなけりゃァ……」
「…………」
あー、今めちゃくちゃ眠れそう。
こりゃ良い夢見れるわ。
すや。
「オレの夢、もう叶わねェのかな……」
「うッせェな! 構ってほしいならそう言え!」
──って、言いて~!
「お前の人生のあらすじ聞かされてんのかい!」
──って、言いてえよ、すごく。
だが、オレは理性ある亜人だ。
気持ちを落ち着けて、寝床から起き上がる。
「分かりました。何でも聞きますよ。気の済むまで語ってください」
オレはため息を飲み込み、彼女の隣に座る。
まあ、『人生間違った』だとか『夢が叶わない』だとか聞かされたら、ね。
励ましてやってもいいかな──って思える、少しくらいなら。
「いやいや、気にすんなよ。オレのことなら心配要らな──」
「さっさと話さないと縛って吊るしますから。もういいです、そのやり取りは」
「う……」
オレはキレた。
「と、ともかく──オレは別に、亜人を許したワケじゃないぜ?」
頬を膨らませながら、藁の上に座るリェズヴィー。
足を投げ出して、何の警戒も感じられない。
それはもう豪快や大胆とかじゃなく、油断と形容した方がいいな。
自由過ぎるだろ。
「テメェらは、なんて言うか『違うな』って思った。だから、話を聞きたくなった──いや、逆かもな。オレは、話をしたくなったンだ。だから、聞いてくれねェか? オレが、子どもの頃の話を」
彼女が語るのは十年前──冥府の大災害が起きた当時のことだった。
「大災害が起きた直後、オレは避難してたんだ。親と一緒にな。けど、避難所はどこもいっぱい。不安がるオレを、両親は励ましてくれたな」
「素敵な両親だったのですね」
「ああ、オレにはもったいない親だぜ。うれしい時は一緒に喜んでくれた。悲しい時は一緒に悲しんでくれた。その優しさは、オレに対してだけじゃない。目の前に困っている人がいれば手を差し伸べる人だった。それは種族なんて関係無く」
種族関係無く?
でも、リェズヴィーの価値観とは真逆だ。
そんな親を尊ぶなら、どうしてこの女は亜人差別なんて……。
「あの日もそうだった。両親とオレは、ようやく席を確保した避難所に、移動するところだったんだ。けど、目の前にはもう一組の家族。オレたちよりも被害の酷い地域から、遥々避難してきた三人家族だった」
リェズヴィーは、悲しいような怒ったような、複雑な表情で語る。
きっと彼女自身も、自分のその感情がどういう色合いなのか、解釈しきれてない──そんな、惑いの顔つきだ。
「そいつらは、狼の亜人だった」
彼女は感情を殺しながら呟く。
その視線は、フェナリアと真逆の方向──格子窓の外を見つめていた。
フェナリアの前でこの話をすることに、バツの悪さを感じているんだろうな。
でも、
こんな差別主義者が、『気まずさ』を感じてくれてるなんて……。
昨日受けた印象とは大きく違う。
ただ命を助けてもらった程度で、どうしてここまで変わったんだ?
「オレは少し怖かった。だって、狼の亜人と言えば、世間一般では凶暴な種族。災害で不安な時に、そんな種族を目にしたんだからな。けど──」
リェズヴィーは寝転がるフェナリアへ視線を向ける。
その表情には、さっきみたいな悲しみも怒りも何も無い。
ただ、遠い何かを懐かしむような、少し寂し気な顔だった。
「どうやらそいつらは避難所に入れなかったみてェでよ。どうやら、狼の亜人だから席が無ェって。けど、両親はそいつらを助けたんだ。『私たちの代わりに、避難所の席を使ってください』ってさ。人を気遣える余裕も無い境遇でさ。笑えるだろ?」
おどけるような言葉を選ぶリェズヴィー。
けれど、その声は少しも笑っていなかった。
「親はさ、遠くから避難してたそいつらを心配したんだ。『自分たちは避難所が無くても、近くに家があるから』とか言ってよ。オレも親の優しさが誇らしかった。避難所に入れなくったって、両親がいれば不安なんて消えて無くなった。大災害が起きても、あの瞬間のオレは確かに『幸福』だったンだ」
リェズヴィーは笑みをこぼす。
けれど、オレは逆に、ネガティブな感情を抱いていた。
彼女がその『幸福』を語れば語るほど、オレは不安を抱く。
何故なら、
彼女がずっと幸福だったなら、亜人を憎む理由なんて無いのだから。
だからオレは、彼女の笑顔を見る度、胸が苦しくなった。
何の苦労も覚悟も無く、莫大な利益を得てしまった時のような──
『落とし穴があるかもしれない』という不安感。
彼女の話を聞くほど、オレは心臓に爪を立てられるような感覚を味わった。
「けど、両親は死んだ。家に帰る途中、大災害の余波で地割れが起きたんだ」
リェズヴィーは自分の膝に顔を埋め、黙り込む。
彼女になんて声をかければいいか、オレは分からなかった。
もしかすると、
震えるその肩を抱きしめたり、背中を撫でたりするべきなのかもしれない。
でも、オレはそうしなかった。
リェズヴィーは別に、同情されたいワケじゃない。
ただ、気持ちを吐き出す相手が欲しかったんだろう。
そう思ったから。
彼女が今求めてるのはきっと──
「ゆっくりでいいですよ。自分のペースで話してください、リェズヴィー。相手のプレゼンは最後まで聞く主義ですからね、商人として」
「ちゃんと、話せるから……」
リェズヴィーは顔を上げ、虚空を見つめる。
きらり。
彼女の頬には、視覚化された悲しみが一筋伝っていた。
「あの時、亜人に避難所を譲らなけりゃあ──避難所で家族三人じっとしていたら、両親は死ななかったのかな? そう思っちまったんだよ、オレは」
「リェズヴィー……」
「リェーズでいいよ。愛称。昔、オレの両親も、そう呼んでくれてた」
愛称、か。
やれやれ。
オレはあまり、他人の懐に入り過ぎない主義だ。
だが、ここで拒否するのも申し訳ないよな……。
「いえ、呼びませんよ」
まあ、拒否するんだが。
「この流れで拒否すんのかよ!? デレツン?」
「なら、そうですね。ワタシがいずれアナタを許したら、その時に呼んであげます」
「謝る前に許されないの確定してるーッ!?」
驚きと悲しみ入り混じった声を上げるリェーズ。
何だかんだ元気だなコイツ。
「ま、許されないのも当然か。オレ、お前殺そうとしてたし」
もはや一人で腕を組み、納得し始めた。
ヤケクソか?
「ともあれ、アナタ様の半生は伺い知れました。ずっと背負ってきたんですね、一人で抱えきれないほどの悲しみを。そしてその感情は、亜人を憎むことでしか発散できなかった」
「ああ、そうだ。でも──」
リェーズは部屋のスミ、眠るフェナリアを見つめる。
「あの夜、思い出した。オレが気絶する寸前、アイツは言ったよな? 『助けてあげようよ』って」
「言ったかもしれませんね」
「それは『オレも』だったんだ。十年前、避難所に入れず困る亜人の家族を見てさ。オレが言ったんだ、『助けてあげようよ』って。だから──」
リェーズは呟いた。
外の小鳥の鳴き声にだってかき消されるような、小さな声で。
「両親を死なせたのは、オレだ……。オレなんだ」
思わず言葉に詰まる。
一体何が救いになるのか──
彼女の気持ちを考えたのに、どうにも答えが出せなかった。
「オレが亜人に与えたから、施したから、両親は死んだ。それがいつの間にか、『亜人はオレの大事なモノを奪うんだ』ってすり替わって……、こんな生き方になっちまってた。オレも両親みたいにさ、困ってる誰かを助けたかっただけなのにな」
「奇遇ですね。ワタシたちも『そう』なんですよ」
「はァ? どういう意味だ? それ」
オレの言葉が予想外だったのか、リェーズは目を丸くする。
とりあえず、意表をついて気を逸らすことには成功したみたいだな。
「それはですね。説明すると長くなるんですが──」
オレは説明した、フェナリアの境遇とレースの目的を。
「一人は見世物小屋で自由を奪われ、もう一人は権威者の嫌がらせで商会から追放──というワケで、ワタシたち二人とも、人生を間違った集まりなんですよ♪」
「そ、それは分かったけどよォ……」
「つまり、ワタシたちは困ってるんです。だから、助けてくださいませんか?」
「ン? オレに手を差し伸べる感じだったよな? どうしてオレが頼られてンだ?」
「だってアナタ様は、困ってる誰かを助けたかったんですよね? ぴったりじゃないですか~♪ ワタシたち、きっと仲良くできると思いますよ」
「……そういうことか。案外優しいよな、テメェ」
リェーズは笑みを浮かべ、一人納得する。
どうやらこの女は、人の言葉の裏を読み取るのが好きなようだな。
商人としては、少しやりにくい相手だ。
「空っぽなオレに、役割を与えたかったんだろ? 『空っぽの心が、憎しみで埋まらないように』って。しかも、気を遣ってることを悟られないよう、おどけたような言い回しでよォ」
「……面白い解釈ですね♪ アナタ様は盗賊だけじゃなく、吟遊詩人の才もある」
「まあ、テメェの意図はともかく……だ。オレは今、テメェら二人のことがスゲー気に入った。だから──」
リェーズは、無理矢理オレの手を取った。
「オレと改めて勝負してほしい」
「ほう」
「それは殺し合いなんかじゃなく、純粋なレース勝負だ。昨日は、乱暴なことしちまったからな。オレは、テメェらとの出会いをもう一度やり直してェンだよ。それに──」
にやり。
意地悪な笑みを浮かべると、彼女はオレの手を力強く握った。
──って、
力強ッ!
それはもはや、握るというよりも潰すと形容した方が相応しい。
何なんだコイツ。
怒ったり泣いたりしたと思えば、今度は宣戦布告か。
賑やかなヤツだ。
でもまあ、
そういうノリもたまには悪くない。
「望むところです。でも、ウチのフェナリアは手強いですよ」
オレはリェーズに微笑み、彼女の手を握り返した。




