3章:第11話 何の契約違反もございませんが?
「もう充分ですよ、フェナリア。助かりました」
目の前には馬の上で静止するリェズヴィー。
辺りは一面の砂原。隠れる場所なんて無い。
オレたちは遂に、コイツを追い詰めたってワケだ。
「ああ、そうだなァ亜人ども。テメェらは充分生きた」
余裕たっぷりに笑うリェズヴィー。
敗北するだなんて微塵も思ってない表情だ。
「何を言ってるんですか? もう隠れる場所も無い。アナタはワタシたちに追いつかれ、逃げ切れないことを悟った。そうでしょう?」
「そーだそーだ!」
便乗するフェナリア。
「ワタシはアナタに暴力を振るわない。ワタシたちはアナタから何も奪わない。たった二つ要求するだけ。『体を治す』『いくつか質問に答える』いかがですか?」
「いかがだ!?」
ともあれ、この女はこれで詰みだ。
さっきのキャラバン隊の惨状から、犯人はコイツで間違いない。
『カスの参加資格を奪ったこと』を認めさせれば、裏で起きていた事件は解決。
あとは安心して優勝を狙うだけ。
そのハズだ。
「いつもそうだよなァ? 亜人」
短剣を愉しそうに弄ぶリェズヴィー。
だが、その表情は少しも愉しそうじゃない。
こちらを真っすぐ睨み、憎悪の感情を露わにしていた。
いや、睨んでいるのはオレじゃなく、フェナリアの方か?
しかしその焦点は僅かに定まっていない。
彼女を通して『別の何か』を見ているみたいだ。
「どうしてそこまで亜人を憎悪するんです? 別に、好きに憎悪してくれて構いません。ですが、そこまで敵意をむき出しにされると、気になってしまいます」
「あァ? そんなこと答えるワケねェだろ。オレはお前らに何も与えない。金も土地も何もかも。当然、答えだってくれてやらない」
「それは残念ですね」
答えないとは意外だな。
この女は追い詰められている。
だから、どうにか時間を稼いで次の一手を狙うべきだ。
なのにそれをしないとは、自分の置かれている状況が分かってないのか?
「オイ、亜人。お前今、オレを『品定め』してるだろ? お前の視線は、そういった下卑たモノだ。ムカつくんだよなァ。オレたち純血種の国に紛れ込んで、『当たり前です』って顔で生きるお前らがよォ」
乱暴に短剣を投げつけるリェズヴィー。
それは、オレたちの足元に突き刺さった。
「テメェのその余裕、奪い返してやるよ。余裕の笑みを浮かべるのは、オレの方だ」
刹那──
砂地は軟化し、オレたちの体は沈み込む!
だが、
オレには切り札がある。
──魔術師の荷縄!
オレは伸ばしていた縄をフェナリアの体に巻き付け──
「そんな場所は無ェンだよ!」
リェズヴィーは諸手を挙げ、沈んでいくオレたちを見下ろす。
「『隠れる場所は無い』って言ったのはテメェの方だったよなァ? 商人さんよォ。それはつまり、テメェが鉤縄を引っかける場所も『無い』ってことだぜ!」
「どうしよう、カイ! どれだけもがいても、わたしの足じゃ抜け出せないよ!」
「じゃあ、抜け出すのは諦めましょうか」
「そんな……!」
「オイオイ? 観念したか? 命乞いでもするかァ? それとも『その鉤縄でオレを制圧しよう』とでも考えてンのかァ?」
マントをはだけるリェズヴィー。
きらり。
星の光に照らされ、何かが煌めいた。
それは、
鎧に付いたトゲ……ッ!
「オレは斬りつけた全てを泥にする。当然、魔法で形作られたモノだってなァ」
確かに、彼女の言う通りだ。
魔法は基本的に、後出しが有利。
オレの鉤縄だって、彼女に斬りつけられれば泥になってしまうだろう。
もちろん、棘鎧に触れない方法で縛り上げる手だってある。
だが、あの女が抵抗し、棘が縄に少しでも触れれば終わりだ。
「追い詰めたと勘違いしたか? 勝ったとでも思ったか? だが、その驕りは奪い去ってやるよ。有り金全部出すってンなら、話聞いてやるケドよォ」
「ハハ、それは困りますね。商人にとって、金は命にも等しいですから」
「ちょちょちょ、ちょっと! カイ、何冗談言ってるの!? ピンチなんだよ?」
フェナリアは思わず人型に戻り、オレに憤慨する。
今、狼の姿を保つほどの余裕は無いってワケだ。
「ご期待には沿えませんが、ワタシとしてはもう、手を尽くしました」
「ウソでしょ!? わたしたち、ドロドロの底に埋まって死んじゃうんだ! レースももう、優勝できないんだぁーッ!」
「いいえ、フェナリア。安心してください」
「でも今、『もう手を尽くした』って──」
「ええ。既に、値踏みは終わりました。ワタシたちの勝ちです」
「なッ、何を言っている? 現にテメェらはオレの前で無様に沈んでいくだけだッ! 仲良く地の底でくたばるんだよッ!」
リェズヴィーはこちらに短剣を向ける。
だが、
オレには分かっていた。
それは、不安を紛らわせるための行動だ。
今、オレが、どんな手で詰ませたのかが分からない。
だからこそ、安心感を覚えるため、苦し紛れにナイフを構えた。
理性的と言うよりは、本能的な行動だ。
「リェズヴィー、アナタ様は知っていますか? この塩砂漠が生まれた理由を」
「何だ? 時間稼ぎか? それとも観光案内かァ? あいにくオレは──」
その時だった。
振動する地面の砂。
そしてその揺れは、次第に大きくなっていく。
「元来、この場所は海でした。だが十年前──冥府の大災害の日、一瞬にして蒸発。そして塩だけが残った。場所によっては、緻密なバランスで均衡が保たれています」
「まさかッ──」
「例えば、ここ──かつての海溝の上だとかね」
瞬間──
地面は大きく窪み、流れ落ちていく。
「オレの魔法を逆手にとって、流砂を作り出しただと!?」
「交易路上、鉤縄で掴める場所が無い場所。十中八九この辺りだと思っていました。辺りに岩場や朽ちたサンゴ礁が無いってことは、『本来の海底はもっと下だった』ワケですからね」
「バカな! だがこれじゃあ、テメェも道づれだッ!」
「いいえ、違います。商人はね、商談の前に全ての準備を終えるものですよ?」
オレはリェズヴィーに示した、
手のひらから伸びる鉤縄の先を。
それは遥か後方、ここからは見えない遠くの岩場に固定されている。
「テメェ、さっき『何も奪わない』って──」
「はい、言いましたよ。ワタシは暴力を振るわないし奪わない。アナタ様が『一人』で魔法を使い、『一人』で失うんです。何の契約違反もございませんが?」
「このッ、詐欺ヤロー!」
流砂は、術者諸共オレたちを飲み込んでいく。
そしてこの流砂(いや、流塩か?)は、魔術を解除しても止まらない。
何故なら、泥の魔法はトリガーに過ぎないから。
積もった塩のバランスを、一度さえ崩せば作戦は完了する。
「良かったですね、差別主義者さん♪ 地面の底なら、亜人のニオイなんて気になりませんよ? それにきっと、アナタ様から何かを奪う敵も存在しません。あるのは、自我と閉じた世界だけ。望みが叶いましたね♪」
「ッ……!」
オレたちに何か吐き捨ているようだが、彼女は流砂の中。
上手く聞き取れない。
まあ、そろそろ引き上げてやるか。
商人ってもんは、金は取っても命は取らないからな。
「この子、かわいそうだよ。助けてあげようよ、カイ」
「いえ、少しからかっただけです。安心してください。すぐに引き上げますよ」
オレは魔術師の荷縄を伸ばし、彼女の体を引き上げる。
しかし、その意識は既に無い。
「もしかして、死んじゃった!? どうしよう、カイ!」
「どうやら、気絶したみたいですね。まあ、気絶するまで待ってたんですけど」
「ふえ!? どうして?」
「だって、もがいてたら縄が、棘鎧に触れちゃいますからね」
「それもそうだけど……!」
その後に出かかった言葉を飲み込むと、フェナリアは大きく肩の力を抜いた。
どうせ、作戦が穏便じゃなかったことに対する苦言とかだろうな。
「とにかく、みんな無事で良かった~」
へにょへにょな声を上げ、大きく伸びをするフェナリア。
どうやら、さっきまで緊張しっぱなしだったみたいだな。
「くたびれてるとこ恐れ入ります。が、さっさと次の目的地──オアシスまで向かいましょう。そろそろ夜が明けてしまいますから」
「ええ!? わたし、こんな疲れてるのに!」
「夜が明ければ日差しが強くなりますからね。まあ、フェナリアが干物になりたいなら別ですよ? この砂漠なら、美味しい味付けになりそうですし♪」
「わたし保存食じゃないが!?」
ともあれ、
オレたちは近くのオアシスまで向かった。
もちろん、気絶したリェズヴィーと彼女の馬も連れて。
「オアシスの次は第2のゴールですね」
「でも、心配だな、わたし。ニルちゃんに勝てるのか……とか」
「確かにライバルたちは手強いでしょうね。しかし──」
オレはさっきのことを思い出す。
彼女が目をつぶった時に見せた、最強の走りを。
「アナタには切り札がある。第2ゴールではそれを、完全にモノにしましょう」
「ふえ!?」
「問答無用です。ほら、辺りも明るくなってきましたよ」
驚くフェナリアの手綱を引き、オレは前へ前へと導いた。




