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3章:第9話 第2ステージ‐涙の跡形

「こんな景色初めて見た!」

 フェナリアはオレを背に乗せて、楽しそうに駆ける。

 彼女は視界を埋め尽くす満天の星空と、『真っ白な砂漠』に夢中のようだ。


 今や、オレたちの視界を覆うのは、砂漠の白と夜の藍──その二色だけだ。

 遠く遠くまで続く、真っ白な地平。

 砂は白波のように弧を描き、風の輪郭を描き出す。

 落ちてきた星屑が積み重なったみたいだ。

 そしてそれは、地平線で夜の色と混ざり合っている。


 コイツ、数日前の夜から楽しみにしてたっけ。

 第1ゴールに到着したあの夜、オレたちは民宿に泊まった。

 その時、『第2区画の見どころ』ってことで、話したんだったな。

 商人のオレにとっちゃ、見慣れた景色だ。

 けど、


 コイツはずっと、閉じ込められてきたもんな。

 この旅で、その年月が取り返せたら幸いだ。


「ねえ、カイ! この景色にも名前があるの?」

「ここは『涙の跡形』──塩でできた砂漠です♪ 楽しげな場所でしょう?」

「じゃあ、これ全部あの、舐めたらしょっぱいヤツ!?」


「まあ、この国の人々はあんまり舐めたがりませんケドね」

「そっか。なんか『ばっちそう』だもんね」

 近からず遠からずって感じだな。

 ここの塩はあまりキレイな印象じゃあないからな、

 少なくとも、この国の人にとっちゃ。


「ともあれ、注意して進みましょうか、フェナリア。砂漠において、交易路を外れることは死を意味しますから」

「でも良かったの? これまでは夜の移動は危険って言ってたのに」

 そう言えば、数日前にそんな話もしたな。

 けど──


「砂漠だと逆なんですよ。陽のある時間だと干からびてしまいますし、それに──」

 オレは空の星々を示して見せる。

「夜だと目印があるんです。砂漠の商人は、この星や砂丘の形を暗記してますから」

「え!? こんな粒々の、よく分からない光を?」


「もちろんです。あ──」

 手綱でフェナリアの方向を微調整する。

「この辺りを曲がりましょう」

「うわ。それマジなんだ。商人って大変だね」


 賢者に比べたらずっと気楽ですよ──


 そんな言葉を飲み込む。

 別にこの感情を誰かに聞かせる必要なんて無い。

 それが口をついて出そうになるだなんて、気が緩んでる証拠だ。

 他人に弱みを見せたって仕方がないんだから。


 するとその時、

「カイ。何だろう、アレ」

 視界の片隅で何かが動いた。

 あれは──


 交易路を行くキャラバン隊。

 同業者か?

 にしては通常のキャラバン隊が百人単位なのに対し、数が少な過ぎる。

 十数人程度……、

 レース参加者が急ごしらえで徒党を組んだか?

 まあ、オレたちには関係無い話だ。


「気にせず追い抜きましょうか」

「追い抜く? 何言ってるの? だってアレ、おかしいよ」

「おかしい?」


 フェナリアは何を不安がってるんだ?

「確かに、あの人数で数十頭のラクダを連れているのは異様かもしれませんね。けど、安心してください。そんなに怯えるほどじゃ──」


 瞬間、

 オレすらも目を疑った。

 何故なら──


「砂嵐にでも巻き込まれたのか?」


 そのキャラバンは、砂に埋もれていたのだから。

 人も馬もラクダも、時が止まったかのよう。

 みんな虚ろな顔で停止していた。


 十数人もの人が、石膏像のように白くかたどられ、置き去りにされている。

 さながら、砂浜に打ち上げられた貝殻や流木。

 生気の無い彼らは、夜の砂漠にさらされ意識を失っている。


 フェナリアの走行ペースはおそらく上位。

 つまりこのキャラバンも、ここに来て数十分から数時間しか経っていないハズだ。

 なのにまるで、砂嵐の中で数日さらされたような状態。

 かろうじて上半身は外に出てるが、命に別条が無いとは言い切れない。


 数日前のカスと似た症状か?

 いや、それだけじゃあ、こうも砂に埋もれない。

 オレはフェナリアの背から降り、近くの男の体を調べる。

 息は、あるみたいだな。


「……どうやら、この人たちもレースの参加者ですね。とにかく、助けましょう」

 オレは巻物を展開し、その一団に転移魔法をかけた。

 城下町に転送できる、一方通行の魔法陣だ。

 もちろん、レースのイカサマには使えないようになってる。


 テキトーな大通りに送り付ければ、誰かが事態に気付くか。

 展開した巻物は、輪を描き彼らキャラバンの周りを舞う。

 そしてそれは大きく収縮すると、彼らを飲み込んで虚空に消えた。


 すると、その場に残された一本の短剣。

 キャラバン隊の荷物からこぼれ落ちた?

 まあ、気にするほどのことでもないか。


「怖いね、カイ。涙の跡形って、こんなにも過酷な場所なんだ」

「いや、違いますね」

 オレはカスの言葉を思い出しながら、フェナリアの顔を見つめる。


「探したましたが、『ありません』でした」

「えっと……、無かったって何が?」

「石ですよ」

「え?」


「参加資格の結晶を、彼らは誰一人『持っていなかった』んです」

「それって……!」


 そう。

 カス賢者が受けた妨害と同様だ。

 だが、何だ? この違和感は。


「とにかく、この場に留まるのは危険です」

 オレは彼女の背にまたがり、手綱で進路を示す。

「走りながら説明しますよ、一連の不可解な謎を」


「謎って? ライバルを蹴落とすために、参加資格を奪ってたってことだよね?」

 フェナリアは軽やかに駆けながら、オレに問いかける。

 確かにオレも、最初はその線で考えていた。

 けど、


「さっきのキャラバンから石を奪うなんて、不必要なんですよ」

「でも、参加資格の石なんでしょ? それを奪っちゃえば、ライバルは減るよね?」

「ええ。ですが思い出してください、さっきの人たちを」

「それは、みんな気絶して砂に埋もれて──って、アレ?」

「気づきましたか?」


「うん、確かにおかしいね。だって、みんな気絶してるんなら、参加資格を奪うまでもない。だって既に、リタイアが見込めるワケだもん」

「その通りです。加えて今はレース中で、参加者は数百人。わざわざ参加資格を回収しても、ライバルは他にもたくさんいますからね。完全な時間のムダです」


 だからこそ、不可解なのだ。

 時間をロスしてまで、結晶を奪い去る必然性が無い。

 一体このレースの裏で、何が起きている?


「ちなみにだけどさ、カイ」

「何ですか、フェナリア。お手洗いなら、その辺のテキトーな陰で──」

「違くて!」


 すると、

 彼女は少しトーンを落とし、ゆっくりと囁いた。


「目の前に誰かいるんだけど、追い抜いちゃっていいのかな?」


「──ッ!」

 彼女の言う通り、オレたちの行く先には一人分の影が見えた。

 馬に乗った、レース参加者らしき誰かの影が。

 だが──


「待ってください。少し観察しましょう」

「そうだね、わたしも怪しいと思った」


 フェナリアの判断は正しい。

 この状況で出合うヤツが、完全な善人だとは思えないからな。


「とにかく、一定の間隔で跡をつけましょう。交戦するにしても、砂漠がフィールドじゃあ不毛ですからね」

 こくり。

 フェナリアはわたしの言葉に頷き、静かな追跡を始めた。


 ヤツを追い抜くとしたら次のオアシス。

 流石に周りに人がいれば、下手な行動にも出れないハズだ。

 いや、待てよ?

 犯人はあの、十数人のキャラバンを壊滅させたんだよな?

 それほどの手練れだとしたら、どこにいたって──

 その時だった。


「さっきから『臭う』よなァ? 人間じゃねェヤツのニオイがよォ」


 聞こえたのは、かわいげのある甲高い声。

 だが、セリフの内容は一切かわいげが無い。


 オイオイ、また亜人差別発言か?

 あのカス賢者といいコイツといい、過激派が多過ぎるだろ。

 国が掲げた『種族融和』のテーマはどこへ行ったんだよ。


「さっきからチョロチョロ鬱陶しいんだよな。腐肉を漁るハイエナみてェによォ」


 瞬間──

 煌めく紫の眼光。

 人影はその双眸でこちらを睨みつけた。


 獰猛な肉食獣の眼光だ。

 ハイエナはどっちだっての。


 オレは目の前の人影──煽りカスの少女を観察する。

 緑のお団子頭。首と口を覆う紫のスカーフ。

 体には、ローブ状の衣服を身にまとっていた。


 研ぎ澄まされたカトラスのような女だ。

 小柄で、荒々しい。

 だが、その切っ先は鋭く、こちらに狙いをすましている。


「チョロチョロ鬱陶しい? ならば先に行くとしましょうか♪ さて、フェナリア。さっさと追い抜いちゃって良いですよ」

「分かった。けど、いいのかな?」

 おそるおそるスピードを上げるフェナリア。

 すると──


「何か、勘違いしてるんじゃねェか?」

 くるくると、

 カトラス女は得意げに短剣を弄ぶ。

 そして──


「失せろって言ってんだよ、おれは」


 視界で何かが煌めく。

 これは──


 短剣!

 彼女の手から投げられた短剣が、螺旋を描き飛んできたッ!

 オレの胸を貫く位置に、だ!

 魔法みたいな軌道だが、躱すのは容易い。

 けど、


 オレが躱しても、フェナリアに当たる。

 なら、

 真っ向から対処してやるか。

 オレはマントを盾に、その短剣を振り払った!


 ナイフ投げるとか、殺す気かよコイツ。

 だが、これくらいの攻撃、どうってこと──


「うッ……!」


 ぐじゅぐじゅと、

 何かの音がオレの骨に響く。

 沼地の中を泳ぐ、魚のような汚い音だ。


 オレの胸には、

 一本の短剣が突き刺さっていた……!


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