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アリアの記憶

 フユカの予知によって、リンは最終ルートへの到達条件、そして99番目の人格「アリア」の存在を知った。王の「全ての人格を一斉に喰らう」という宣言が、リンの心を焦がす。失われたセツナの記憶は、この過酷な選択の現実を突きつけるかのようだった。久留米の空は、分厚い雲に覆われたままだが、リンの心には、最後の扉を開く覚悟が芽生えていた。

 この日の朝、リンは病室のベッドで目覚めると、部屋全体が、まるで微かな歌声に満ちているかのように、穏やかな空気に包まれていることに気づいた。窓の外からは、雨上がりの湿った土の匂いと、微かに花のような甘い香りが漂ってくる。それは、久留米の静かな庭園のような、心安らぐ匂いだった。そして、心の奥底から響く、柔らかな旋律が聞こえてくる。

「……目覚めなさい……リン……」 病室のドアが、音もなく開いた。そこに立っていたのは、これまでリンが一度も見たことのない人格だった。

 彼女の髪は、夜明けの空の色のように淡い藍色をしており、その瞳は、深淵の底を映す鏡のように、全てを吸い込むような輝きを放っていた。彼女の顔には、この世の全ての悲しみと喜びを知り尽くしたかのような、穏やかな笑みが浮かんでいる。その身体からは、微かな光の粒子が放出されており、リンの皮膚を優しく撫でる。

「あなた……が……アリア……?」 リンが尋ねると、彼女はゆっくりと頷いた。 「ええ……私が……No.99……アリア……」 彼女の声は、久留米の古い歌声のように、優しく、そして心を震わせる響きを持っていた。

 アリアは、リンに近づき、その手をそっと取った。アリアの指先から、温かい光がリンの身体に流れ込んでくる。それは、他の人格たちとは異なる、深遠な温もりだった。リンの脳裏に、これまで体験したことのない「記憶」が流れ込んできた。それは、遥か昔、リンが「覚醒」した瞬間の記憶。全ての人格が一つに溶け合い、世界が変革する、途方もない力に満ちた記憶だった。

「私は……リンが一度だけ……『全ての人格を吸収して覚醒した』時の……記憶体……」 アリアの声が、リンの意識の奥底に直接響く。

 リンは、驚きに目を見開いた。自分が、かつて全ての人格を吸収し、覚醒したことがある? その時の記憶は、全くない。しかし、アリアの言葉と、脳裏に流れ込む光景が、その事実を証明していた。

「そして……私が見てきた……王の……本当の姿も……」 アリアの瞳が、深く輝いた。その輝きは、久留米の夜空に瞬く、最も明るい星のようだった。

 王の正体と最後の真実

 アリアの言葉が、リンの心臓を鷲掴みにした。これまでリンを苦しめ、人格たちを喰らってきた「王」の正体が、今、明かされる。リンは、息を呑んで、アリアの次の言葉を待った。

「王は……他ならぬ……あなた自身……リン……」 アリアの声は、静かだったが、その言葉は、リンの精神を根底から揺るがした。

「え……!? 私……が……王……?」 リンの思考が停止した。信じられない。あの冷酷で、全てを破壊しようとする存在が、自分自身だというのか?

「ええ……あなたは……過去に……『何か』を忘却した……その時……『忘れたあなた自身』が……王として顕現したの……」 アリアの言葉が、リンの失われた記憶のパズルピースを、一つずつ繋ぎ合わせていく。

 リンは、幼い頃、父に「お前がいれば、家は大丈夫だ」と言われた記憶、仲間や友人が亡くなった場面の記憶、そして、自身が静かに暮らしたいと願った理由。全てが、断片的に脳裏を駆け巡る。そして、その根底にあった「何か」を、リンは必死に掴もうとした。

「リンは……自分自身を……許すことができなかった……。その……『許せない自分』が……王となり……リンの心を……蝕んできた……」 アリアの言葉は、リンの内面的な葛藤と、過去の経験が現在の行動にどう影響しているのかを、深く掘り下げて描いた。王は、リンが忘却し、そして許すことができなかった「自分自身」の化身だったのだ。

「だから……このループは……リンが……自分を許すための……試練だった……」 アリアは、リンの手を強く握りしめた。その温もりは、久留米の太陽のように、リンの心を温めた。

「……私を……許す……?」 リンの目から、再び涙がこぼれ落ちた。それは、衝撃と、そして、深い理解の涙だった。王は敵ではなかった。自分自身が、自分を苦しめていたのだ。

 アリアは、リンの涙を優しく拭った。 「ええ……リンが……本当に……自分自身を……許すためには……」 アリアは、まっすぐリンの瞳を見つめた。その瞳には、リンがこれまで見てきた、全ての人格たちの感情が、凝縮されて輝いていた。

「99人の……全ての人格を……受け入れる必要がある……」

 その言葉が、リンの心に深く刻まれた。 「全ての人格を……受け入れる……」 それは、単に彼らを統合するということではない。彼ら一つ一つの感情、記憶、そして彼らが経験した「死」をも、全て自分自身のものとして受け入れ、許し、愛するということ。それが、この無限のループからの真の脱出条件であり、リンが自分自身を許す唯一の道だった。

 失われたセツナの記憶。それは、リンが自分を許すために、まだ乗り越えるべき「忘却」と「喪失」の象徴なのだろうか。

 リンは、深く息を吸い込んだ。久留米の空は、まだ曇っていたが、彼女の心には、これまでになく明確な道筋が見えていた。王の正体が自分自身であり、この戦いは、自分自身との和解の物語だったのだ。全ての人格たち。彼らは、リンの心を完成させるために必要な、かけがえのないピースだった。 「私……やる……」 リンの声は、震えていたが、その瞳には、確かな決意が宿っていた。



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