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フユカの予知と99番目の扉

 ライカの爆発によってループ構造が破壊され、リンが現実世界に帰還した。しかし、その代償としてNo.05セツナの記憶が失われ、王は「全ての人格を一斉に喰らう」と宣言した。リンの心は、安堵と喪失感、そして新たな戦いへの緊張感がない交ぜになっていた。久留米の街の雨は、止むことなく降り続き、リンの心を重く押し潰すかのようだった。病室の窓から見える灰色の空は、まるで未来の不透明さを映し出しているようだった。

 この日の朝、リンは病室のベッドで目覚めると、部屋全体が、これまでになく「冷たい」ことに気づいた。窓の外から聞こえる雨音は、どこか悲しげで、遠くで鳴り響く雷鳴が、不吉な予感を煽る。そして、微かに、未来の匂いのような、予測できない香りが、鼻腔をくすぐる。それは、冷たく、しかしどこか甘い、曖昧な匂いだった。

「……リン……」 病室のドアが控えめに開くと、そこに立っていたのは、No.66フユカだった。彼女は、予知人格。リンの心の中の「未来」と「可能性」を司る存在だった。しかし、その顔は、深い苦悩に歪んでおり、その瞳は、まるで遠い未来を見つめているかのように、一点を見つめていた。その身体からは、微かな時間の波動が放出されており、リンの皮膚をピリピリと刺激する。

「フユカ! どうしたの!? そんなに苦しそうな顔をして……」 リンが駆け寄ると、フユカは、苦しそうにうめいた。 「見えたの……リン……最後の道が……」 その声は、久留米の雷鳴に掻き消されそうなくらい、か細く、そして悲痛に響いた。

 フユカは、王の精神干渉によって歪められた時間軸の中で、微かな「未来の光」を見続けていた。彼女の「未来視」の能力は、リンの精神を支配しようとする王に対する、唯一の抵抗だった。しかし、彼女が見る未来は、常に悲劇を伴っていた。彼女にとって、この無限ループは、終わりのない悲劇の予知だった。その「未来視」は、彼女の精神を蝕み、完全に消耗させていた。その未来は、久留米の雷雲のように、全てを覆い隠し、深く重く垂れ込めていた。

「フユカ、何を言ってるの!? 最後の道って!?」 リンは、フユカの震える手を強く握った。リンの指先から、温かい光が、フユカの身体に流れ込んでいく。それは、リン自身の、そして統合された全ての人格たちの「希望」の光だった。

 リンの光がフユカに触れると、フユカの身体から、さらに強い光が放出された。それは、王の瘴気を押し返すほどの、まばゆい光だった。フユカの瞳に、微かな「覚悟」が宿る。 「リン……最後の……ルートに……到達するには……」 フユカの声が、わずかに、しかし確かに力強くなった。

 フユカは、王の瘴気に侵食されながらも、必死に未来のビジョンをリンに伝えようとした。彼女の視界に映る未来の断片が、リンの意識に直接流れ込んでくる。

「最後に……人格を……選ばねばならない……」

 その言葉が、リンの心を、鋭く貫いた。人格を選ぶ? どういうことだ? リンが戸惑う間にも、フユカの苦しそうな声が続いた。

「ただし……選ばなかった……人格は……消滅する……」

 その瞬間、リンの心臓が、締め付けられるような痛みを感じた。選ばなかった人格は消滅する……? これまで、王に喰らわれて消滅してきた人格たちと同じように、自分の手で、人格たちを選び、そして、それ以外を失うということなのか。セツナの失われた記憶が、リンの脳裏に蘇る。この予言は、セツナの記憶消失と、何か関係があるのだろうか。久留米の雨音が、激しさを増し、リンの心に、絶望の雨を降らせるかのようだった。

 王の幻影が、フユカの苦しみに満ちた空間に現れる。王の触手が、フユカに向かって猛然と襲いかかる。 「未来を覗く者よ……我が支配に、抗うか……ならば……その眼を……潰してくれよう……!」 王の声が、精神世界全体を揺るがす。

「フユカ! やめて! もう見なくていい!」 リンが叫んだ。だが、フユカは、王の触手に捕らえられながらも、最後の力を振り絞って、リンに語りかけた。

「リン……まだ……一人……」 フユカの瞳が、一点を指し示した。それは、リンの精神世界の、最も深い、そして、最も閉ざされた場所。

「……99番目の……扉……その奥に……最後の……人格が……」 その言葉と共に、フユカの身体から、未来の光が激しく噴き出し、まるでガラスが砕け散るように、無数の破片となって飛び散った。彼女の全身から、焦げ付くような硫黄の匂いが充満する。

「フユカ……!?」 リンの心に、深い悲しみが押し寄せた。また、人格が消えていく。自分の選択によって、他の人格を消滅させる。そんな未来を、リンは受け入れられるのだろうか。

 王の幻影が、消滅したフユカの残滓に向かって、冷たく呟いた。 「……無駄な足掻きを……その未来は……貴様を……絶望させるだけだ……」

 王の言葉は、リンの心に、重くのしかかった。しかし、フユカが最後に示した「99番目の扉」という言葉が、リンの心に微かな希望を灯した。まだ、眠っている人格がいる。99番目。それは、リン自身が知覚していなかった、最後のピースなのかもしれない。久留米の空は、雨が小康状態になったものの、厚い雲は依然として覆いかぶさっていた。リンは、心の中で誓った。この戦いを終わらせるために、最後の扉を開き、99番目の人格と向き合うことを。



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