8.人を利用するということ。
「………報告は以上になります」
リンダが告げる。
リリアは、彼女が味方につくや否や、アバンリッシュに依頼して彼女を侍女に任命した。とは言っても、期間限定の侍女ではあるが。
元いた侍女には息抜きと称して手当を出し、暫くの間休んでもらっている。だから、あくまで元いた侍女が戻って来るまでの期間である。
「ありがとう、リンダ。報酬は後ほど」
リリアがそう告げて話を終えようとする。これ以上話すことは何もない、と。
しかし、リンダはその場に立ち尽くしていた。
「今では、ないのですか?」
程なくして暗い声で言い放つ。今すぐに報酬を貰えるものだと思っていたリンダは、眉を顰めて不服そうにリリアをじっと見つめた。
「ええ。侍女の期間が終わってから纏めて」
にっこりと微笑んで返すリリア。リンダにしてみれば、騙された気にもなるし苛立ちもしたことだろう。直ぐに貰えると思っていたものが貰えなかったのだから。
リンダは、その場に立ち尽くしてぷるぷると唇を震わせていた。我慢するだけの能はあるようだが、やはり感情の振れ幅が大きい。
リンダを観察していて、そんな感想をリリアは抱いた。
こういう人間は分かりやすく扱いやすい。リリアは真正面に座っていたリンダの目の前で、ある物を机の上に置いた。
「でも、これだけは先に渡しておきますね」
「これは………?」
「報酬の一部です」
又しても微笑むリリア。
彼女が机の上に置いたのは宝石の結晶だった。装飾品用に加工されていて、小さくて輝きのあるそれは、誰が見ても分かるほど美しい輝きがあった。
リンダが目の色を変えた。宝石を渡された事実よりも此れがその一部に過ぎないということが大きく、先程まで不機嫌だった彼女の姿は既にもう見当たらなくなっていた。
程なくして、リンダは上機嫌にリリアの部屋を出て行った。いくら侍女といえども、四六時中リリアの側にいる訳では無い。世話をしに行っただけでそんなに時間は掛からないし、何時までも出て来なければ不自然なのだ。
何より、話が済んだことが大きい。
確かにリンダは役に立つ。それは彼女の報告を聞いて確信した。彼女は、リリアの想像する以上のことをたった数日でやって退けてくれたのである。
だが、味方になっても尚信用はできない。今はリリアに金があるからこそ従ってくれている。けれども、いざとなれば直ぐにリリアと手を切る。彼女はそんな人間だ。
兎に角、そんな危険因子をみすみす側に置き続けるつもりはない。下手に何かを嗅ぎつけられても困るのだ。
報酬を後払いにしたのも、嘘をつけなくなるようにする為だ。万が一嘘の情報を掴まされたら大変なので、敢えて対策しておいたのだ。
これならば持ち逃げすることも出来ない。
(それにしても、本当に凄いわね)
リリアは、一人きりとなった空間でリンダから貰った情報を頭の中で整理していた。公爵家で働くメイドの噂話からラミアの動きまで。
メイドたちの噂は然程大した話ではなかったが、ラミアのことを知れたことは大きかった。
何という執念深さだろうか。態々身体を張って調べに行く必要はなかったのだが、リンダはクレマチス家の近くまで行って来て、遠くから様子を窺ってきたという。
だが結果、良い情報を得た。ラミアと思しき人物が夜中に屋敷を抜け出し、酒場に行っていたと。おまけに、深々とフードを被って見知らぬ男たちと話していたというのだ。
これが怪しいと言わず何というのだろうか。改めてリンダの行動ぶりには脱帽させられるが、少なくともラミアが何か企んでいるということだけは確かだった。
それがアルテミスの事故に関わっているのなら尚更許せる訳がないし、知ってしまった以上は調べない訳にはいかなかった。
(リンダには悪いけれど、今度は男たちに接触してもらわないと)
夜中にはリリアは動けないし、そもそもアルテミスから目を離せぬ以上外に出ることが出来ない。
だが、リリアはそんな風に考えてしまった自身を虚しく感じてしまった。
(虫のいい話よね。
結局は私も人を利用しているんだから)
自身で動けぬもどかしさに、リリアは溜息をついて虚空を見上げた。