7.策
あれから三日が経過した。時間が経つのは早いもので、刻一刻と運命の日が迫りつつあった。
アルテミスはここ数日様子が可笑しかった。三日前の晩は夜食を摂らずに部屋に閉じ籠もっていたし、以降は食事の場に顔を出してもずっと上の空で、事務的な会話すらまともに成立していない。
おまけに、一切リリアとは顔も合わせてくれなくなった。話し掛けようにも部屋には入れてくれないし、食事以外で中々姿を見かけない。だから、この三日間リリアは母と話す機会すら殆ど無かったのだ。いや、一度たりとも話すことが出来なかった。
あからさまに避けられている。そうリリアが気が付くのに時間は掛からなかった。
アルテミスがどういう考えでいるのかリリアには分からない。けれどもその原因は明白だ。だって赤の他人ではなく娘から、"命が狙われている"なんて告げられたのだから。
だからといってこの数日間、リリアが何もしていなかった訳では無い。むしろ、皮肉なことにアルテミスが部屋に引き籠もってくれたから、彼是と動き回りやすかった。
流石に気軽に外に出ることは出来なかったけれども、お陰様で数多くの使用人の様子を観察することが出来た。
その中でも最も大きかった収穫は、過去、ラミアに追い出されることなく残り続けていたメイドが数人見つかったことだった。
他の者と混じって彼女を虐めていた者と、それを静観していた者。大まかに2つだ。
義母妹がやって来てから、多くの使用人がナイーゼ家を去った。苛烈な苛めを見過ごせず、リリアに味方した者から順に消えて行ったのだ。
ラミアは外部に苛めが広まることを嫌った。だからか、リリアも最後まで残っていたメイドたちの顔はよく把握している。
その中に、経済的に不安定でお金に異様な執着のある者がいた。最後まで欲に忠実で、積極的にリリアを虐めていた者の中でも異質だった存在。
『私は何も悪くない』。『お金が必要だから仕方ない』。そう言い訳をしながらリリアを虐めていたメイド。
彼女が、この屋敷にいたのだ。
でもまさか、この頃からナイーゼ家に勤めているなど、リリアは知らなかったし、思ってもみなかった。そもそも公爵家の使用人が多すぎる上に、当時の彼女は親に見てもらおうと必死だった。
だから、何時からいたかなんて把握している筈がなかったのである。
リリアは、そのメイドを直ぐに呼び出した。復讐してやろうと思った訳ではないし、虐めっ子の顔を一度拝もうとした訳でもない。
そうではなくて、リリアには彼女を味方に付けられる確信があった。リリアの前提が間違っていなければ、であるが。
呼び出しを受け、慌てて飛んで来たメイド。彼女の姿はリリアの記憶とは少しばかり異なっていたけれども、それでも確りと面影は残っている。
当時の彼女は痩せていたし、常に表情が暗かった。決して笑うことはなく、リリアを苛める時でさえ何を考えているのか分からなかった。
だが今はどうだ。当時に比べてふっくらとしていて、まだ精神的にも余裕を感じる。心なしか表情は固いが、突然呼び出されたのだから不安に思っているのだろう。
しかしメイドの視線はやはり装飾品に釘付けで、所々落ち着きがないのも、部屋に置かれた宝石に目がいっているからに違いない。
幼いから気付かれていないとでも思っているのか、何度も何度もそれを繰り返していた。
これを確認する為だけに、リリアは敢えて見える所にアクセサリーを置いていたのだ。部屋に仕舞ってあるものを態々取り出して、メイドの様子を窺う為に。
結果、そのメイドは見事に引っ掛かった訳である。余りに舐めきった態度に良い気はしなかったけれども、リリアは確証を得たのだ。
このメイドは必ずしも役に立つ、と。
だからリリアはメイドに話を持ち掛けた。至極単純な話、リリアの所持する宝石や装飾品――これを与える代わりにリリアの指示に従ってもらう。ただ、それだけだ。
間もなく、メイドは首を縦に振った。リンダと名乗ったメイドは、自身の身の上をペラペラと話してくれた。
やけに健康的に見えるのは公爵家の食事のお陰で、屋敷で寝泊まりさせて貰っているのだと。家ではこんな暮らしは出来ないのだと。
それが真かは定かではないが、リンダが痩せていたのはラミアが屋敷に来たことが原因なのかもしれなかった。そう思わせるほど、あの頃とは掛け離れていたのだ。
リンダがお金の為なら何でもすることは前世で痛いほど知っていた。定期的な収入がある以上は絶対に裏切らないと。
だからリリアはリンダに幾つかの頼み事をしたのだ。主に2つ、メイドたちから情報を探ることと、ラミアの暮らすクレマチス家周辺を探ることだ。
これに案外時間が掛かってしまって、今日にまで調査が持ち越された。
けれどもリリアは後悔していない。メイドたちから得る情報や、ラミアの動きを知れたことは大きく、おまけに裏切らない味方まで手に入ったのだから。