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今度はあなたと共に  作者: 荒川きな
第二章 ――公爵夫人と公爵令嬢
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3.僅かな変化

 6人の男女が向かい合って席に座っている。一方が公爵家、もう一方が皇族の面々。あまりに畏れ多い顔ぶれに、壁際で控えていた公爵家の使用人たちはそぉっと息を潜めていた。


 普段は使われていない客席。然るべき日のために常に掃除されている広々とした部屋。ナイーゼ家の中でも際立って豪華なその部屋は、リリアも前世で一度きりしか利用していなかった。



―――皇太子との婚約を取り付けた場所だ。


(どう、して‥‥‥‥?)


 リリアは頭が追い付かなかった。

 メイドにされるがままに着付けをして、身だしなみを整えて、いきなり此処(客席)へと連れられた。言われるがままに席へと着いた。


 不意打ちを食らった気分だった。この既視感を覚える光景が何なのかなど直ぐに分かった。

 リリアはこの光景を知っていた(・・・・・)のだ。


 ()()と殆ど同じ配置に、変わらぬ面々。この中で唯一違うことといえば、アルテミスがまだ生きていて、リリアの隣に座っていることくらいだ。

 本来ならば、アルテミスはその時には既に帰らぬ人となっていた。


 アバンリッシュがメイドを下げさせる。



「さて。皆揃ったところで始めるとしようか」


 メイドたちがそそくさと部屋から出ていった所で、遂に皇帝が口火を切った。どこか威厳のある声色に、自然と空気に緊張が走った。


 未だに混乱するリリアを他所に、話はどんどん進んだ。右から左へと、話が流れて行った。

 彼女の目の前で、あの時(・・・)と全く変わらない会話が繰り広げられていたのだ。



(あぁ、同じ―――)


 男たちだけで勝手に進む会話。変わらない子供の疎外感。例え王妃や公爵夫人がいようがいまいが、それだけは何ら変わらなかった。

 特に話すようなことはないのだろう。彼女らは殆ど口出しすることはなく、会話を静かに聞いている。


 リリアはちらとアルテミスの反応を見た。彼女は、時々リリアの方を見ては、直ぐに視線を反らしていた。リリアに見られていることには気が付いていないようだった。


 何処か不安げなその様子は、リリアが本当に子供であれば決して気付けなかったことだろう。きちんと見ていなかったとしても。

 それ程までに、ごく僅かな変化だった。


 けれどもそれで何かが変わる訳はない。誰が何をしようと、きっと勝手に話は進む。リリアの意志など関係なしに。


 ()が声を上げるまで、リリアはずっとそう思っていた。無力感を感じることしかできなかった。



「お父様、お母様。私からも少し申し上げたいことがあるのですが‥‥、よろしいでしょうか?」


 突然声を出したのは、皇太子(カルロ)だ。彼はおずおずと会話に割って入って、自らの意見を主張したのだ。


 予想外の出来事にリリアは思わず目を見開いた。これは、()()()ではなかったことだった。   


 一体何を言い出すのかと、リリアがカルロを見る。それは皇帝たちも同様で、暫くの間誰もが息を潜めていた。

 縁談の時期が早すぎることといい、やはり何かが可笑しい。


 今度は、皇帝に視線が集中する。続きを催促するかのようにじっと彼を見つめて、皇帝の答えを待ち続けた。


 暫くして、彼は小さく頷いた。



「ふむ、そうだな。言ってみなさい」


 皆を宥めるように、皇帝はそう言い聞かせる。いや、カルロに向けた父としての言葉だった。アバンリッシュとは違い、子のことをしっかりと考えてくれているのだろうか。


 父の返答を聞いたカルロは感謝の言葉を口にすると、躊躇うことなく言葉を続けた。



 「私は一度、そちらのご令嬢と二人でお話したいのです。何せ初対面なのですから、彼女も不安なことでしょう。先に交流を深めてからでも遅くはないでしょう?」


 そう堂々と言い放ち、カルロは冷静に周囲を見回した。


 流石は皇太子。子供といえど、やはり周りの子息たちに比べ、一段と大人びている。リリアの記憶する彼と少し違う気がするが。


 兎に角その言葉も、()には聞かなかった台詞だった。

 リリアは困惑し、カルロの様子を探ることしか出来ない。それはアバンリッシュも同様で、余計な言葉を吐く彼を凝視している。


 暫く彼らの様子を見た後、皇帝は小さく頷いた。



「成る程‥‥‥‥。では、子は子同士で話すと良いだろう。アバンリッシュ」


「は。別室に部屋を用意させます」


「よろしい。カルロにリリア嬢よ、後は子ら同士で仲を深めると良い。行きなさい」


 こう言われてしまえばどうすることも出来ない。誰にも頷く他、選択肢がないのだ。

 一抹の不安はあったものの、リリアとしてもこのまま勝手に婚約を結ばれるよりはまし(・・)である。


 正直な所、二人きりで話すことに抵抗はあった。

 けれど、もしかすると何かが変わるかもしれないと期待して、彼女は深く頷いた。



「「はい」」


 リリアとカルロの言葉が偶然にも重なる。

 パッと、思わずふたりは顔を見合わせた。リリアは目を丸くして。カルロは呆然として。


 二人の目が合うと、一瞬、カルロの表情がふにゃりと崩れた。何処か照れくさそうに、何処か申し訳なさそうに。

 そこに先程までの大人びた雰囲気はまるでない。


 リリアは呆然とした。不意に向けられた微笑みに。何処か含みのある彼の表情に。どう反応していいのか分からなかった。


 あの時の面影はまるでない。将来、大勢の貴族の前でリリアを断罪するような男とは思えない。

 だが、例え今の彼にそんな気配がなくとも、リリアは未来を知っている。それでいて、どうして気を抜くことができようか。


 彼女が警戒していると、カルロが突然手を差し出して、ハッとしたように直ぐにその手を引っ込めた。

 不思議に思い、リリアはその手を見つめる。


 リリアは彼のこと(カルロという人間)が余計に分からなかった。視線の先にいる、同い年(・・・)の子供の考えていることがこれといって分からない。

 


「………行こうか」


 程なくして、カルロがそう小さく告げる。リリアは静かに頷いて、彼の後に続いた。


 ふたりの距離はほんの少しだけ空いていて、リリアはその間すらも遠く感じた。まるで二人の間に壁が聳え立っているかのようだった。

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[今度はあなたと共に]の短編版・今度は貴女を愛さない今度は君を幸せに  ※番外編→貴方を絶対に離さない                                                       連載中作品: ヒロインの座、奪われました        ↑クリックで作品ページに飛びます。
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