エージェント:ロードクロサイト 01
初任務を終えて、本格的にシャーリーン様の側近に就いて3日が過ぎた。
任務で下級貴族が通う下級部に行っていたため、入学式から約1ヶ月、私は怪我の療養という理由で休んでいた。初めは王女様の側近ということでクラスメイトから敬遠されていたけれど、シャーリーン様が仲立ちをしてくださったおかげで、すぐにクラスに馴染むことが出来た。
同じ側近でファームで同期だったリラは武官コースを選択しているため、文官コースの私とシャーリーン様とは、授業中行動を共にすることはない。ただ私が不在の間は、リラが授業以外の時間にシャーリーン様の護衛を務めていた。そのため、文官コースでもリラの存在は知られており、中にはファンすらいた。
どうやら、武官コースでとある男子学生のグループが、1人の女子学生を愚弄したことがキッカケで喧嘩になってしまい、そこにリラが参加して彼らを倒してしまったらしい。武官コースは男の数が圧倒的に多いこと、腕力で男性の方が強いこと、そして基本的に男性の方が社会的地位が高いことから武官コースの女性はこれまで他のコースよりも弱い立場にあった。
それをリラはたった1人で男子数名を打ちのめしてしまった。話はその日の内に校内に知れ渡り、リラは一躍有名人となってしまった。これまで男性という立場だけで高圧的な態度をとられ、虐げられてきた女性達はリラの武勇伝に歓喜したらしい。
またリラが人見知りで、多くの女性達に囲まれた際に、照れて顔を真っ赤にしてしまったことが、特に上級生の女性に「可愛い」と受けたらしい。
事件が起きてから数日が経ち、当初の騒々しさは静まりつつあったけれど、上品な貴族達の生活では刺激的な出来事は少なく、リラはまだまだ注目を浴びていた。
いつものように、放課後にシャーリーン様がクラスメイト達と話をしていると、ざわめきが起こった。とは言っても、私にとっては学校に来てから毎日の当然のことであった。むしろ、ざわめきのおかげでリラが来たことがすぐわかるくらいだった。
リラ=ベローズ
私と同じ養成所出身の同期。剣術を得意とし、シャーリーン様の護衛に任命された。
コードネームは『ロードクロサイト』。私と同じく、髪色と同じ色の宝石がコードネームとなっている。
局長といい、王子様といい、どうして男は見た目で物事を決めるのだろう?
「シャーリーン様、リラが迎えに来ました」
「そのようですね。申し訳ありません皆様、迎えが来たようですので失礼致しますね」
クラスメイト達がシャーリーン様に別れの挨拶をする中、幾人かのクラスメイトは「リラ様によろしく」と口にしている。これも毎日のことで、最近、シャーリーン様がリラをからかうネタとなっている。恥ずかしがり屋の本人にとっては困りごとなのだろうけど、狼狽えたり、照れるリラは可愛いので仕方ない。
「リラ、今日も人気ですね」
「何とかなりませんでしょうか、シャーリーン様?行く先々で注目を浴びたり、声をかけられてしまいます。護衛としての役目に支障が出てしまいます」
「そうでしょうか?リラが強いことが学校中に広まりましたから、私を狙う者も減ったと思いますよ。
リラは、護衛として十分な役目を果たしていますよ」
「しかし・・・。このような形でお役に立ちたいわけではないのですが」
「リラが目立つことで、シャーリーン様が平穏な生活を送れるのですよ。最近落ち着いてきたようですから、もう一度暴れてみたらどうです?」
「ちょっと、ティナ!私は真面目に相談してるのッ」
「あらっ、良いですね。その時は私にも教えてくださいね。リラが活躍するところを見てみたいですから」
「シャーリーン様ぁ。あの、私、本当に困ってまして」
「ご免なさいね。そうですね。それでしたらこの後、みんなでリラの悩みをどうすれば解決出来るか考えてみましょうか。これ以上リラが人気者になってしまったら、私は影の薄い王女として、貴族派の者達から笑いものにされてしまうでしょうし・・・」
「そ、そのようなことは決してありませんから!私ごときがシャーリーン様に影を差すなんてこと、絶対にありませんから!」
「リラ、落ち着いて。冗談ですよ、冗談。シャーリーン様もそろそろこれくらいに。これ以上からかわれると、リラが本当に落ち込んでしまいます」
「そうですか?それでは仕方ありませんね。今日はこれくらいにしておきましょうか」
「うっ」
どうやら、シャーリーン様のお遊びはまだまだ続くらしい。それを知ったリラがとても困った顔をしている。気の知れた私達といる時のリラは、表情がコロコロと変わって本当に可愛い。だから、ついついからかったりしたくなる。シャーリーン様もきっとそう思われているのでしょう。
話が一区切りついたところで、丁度シャーリーン様の館に到着した。
かつては王族も寮で暮らしてはいたけれど、現在は個人ごとに館で暮らしている。
これは、マリア王妃の件で王家と離反した貴族達が、面と向かって王子や王女を軽んじたり、蔑ろにしたためである。負い目のある王族は威厳を示すことが出来ず、そういった姿は中立派に対して少なからず影響を与えてしまった。酷い時は、周辺国の暗躍により、王族が直接危害を加えられることもあった。
そのような状況から、王族は自らの安全と、これ以上の王族派の縮小と貴族派の増長を防ぐために、寮を出て王族専用の館にすむようになった。
ちなみに私達側近も身の安全を考慮して、館で一緒に暮らしている。現在シャーリーン様の側近は、皆諜報部所属で剣術や格闘術に覚えはあるので問題はないけれど、これから側近に取り立てられる者もいる。自衛できない文官や礼官コースの者を貴族派の攻撃から守るため、側近も一緒に暮らすことになっている。これも実際あったことで、昔ほど過激な者は多くはないだろうけど、未だ王家の威信は回復しておらず、まだまだ安心とは言い難い。
「ただ今戻りました」
リラが館に入って声をかけると、使用人達がロビーに集まる。まだ使用人達が残っていたということは、オードリーとアリスはまだ戻って来ていないのでしょう。授業の間は、使用人達が館を管理していて、側近の誰かが戻ってきた時点で引き継ぎが行われ、彼らは館を出て行く。
そして引き継ぎを行うのは私かオードーリーの役目である。もっとも、武官見習いのリラとアリスが苦手だからという理由なのだけど。
シャーリーン様が制服から私服に着替える間、私は使用人達からの引き継ぎを終わらせる。引き継ぎと言っても内容は大したことはない。夕飯は何々とか、衣服に汚れや破れがあったとか、他愛のないことばかりである。もちろんこれは彼らが管理しているおかげであり、貴族派からの攻撃や嫌がらせを防げているためである。
引き継ぎの最中、オードリーとアリスが戻って来た。2人が一緒なのは、礼官見習いであるオードリーを武官見習いのアリスが護衛してという体裁のため。実際はオードリーも十分強いのだけど。
「お帰りなさい、オードリー、アリス。
もうすぐシャーリーン様の着替えが終わると思います」
「それなら、私はお茶の用意をしますね」
オードリーはバッグを持ったまま台所に行ってしまう。
取り残されたアリスと目が合う。
アリス=イーグルトン。私の1歳年上で16歳。ファーム出身ではあるけど、私やリラとは別の場所で訓練を受けていたので、初めて会ったのは着任した時だった。ちなみにオードリーも違うファーム出身であり、面識はなかった。
剣術と魔法共に長けていて、戦い方の幅が広く、リラ曰く「とても戦いにくい」とのこと。リラは剣術に特化している分、上手くあしらわれている気がする。まぁ、リラの場合問題は別で、優しすぎて本気が出せないことが問題なのだけど。
口数が少なく、考えていることがまだよくわからないけれど、一緒にいると安心感がある。話しかけると応えてくれるし、リラはよく剣術を教えてもらっている。面倒見の良い人なのだろう。
「今日は何かあった?」
「いえ、今日も何事もなく。
あっ、この後、シャーリーン様がリラの困りごとを皆で考えましょうと言ってました」
「困りごと?」
「学校で目立っていることです」
「そう。わかったわ。
それじゃ、私も着替えてくるわね」
そう言うと、アリスは2階へと階段を上っていった。
本来、館と呼ばれる2階建ての家での部屋の配置は、2階の右側が主人とその家族、階段を挟んで左側がゲストフロア、使用人は1階となる。側近である私達は使用人と同等であるため、普通なら部屋は1階となる。しかし、それでは万が一主人の身に危険が及んだ際、即座に守ることが出来ないため、オードリーとアリスはシャーリーン様と同じ2階に部屋を与えられている。私とリラは1階に部屋を与えられている。オードリーとアリスが2階なのは、護衛としての能力と経験の高さから。最優先はシャーリーン様の命を守ること。私とリラは襲撃者の足止め役である。
階段を上っていくアリスの背を見て、自分の力不足を不甲斐なく思う。いつまでもシャーリーン様のお側で仕えるためには、もっと研鑽しないといけない。あの方の側にいることが私の望みなのだから。
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応接室で私達はテーブルを囲い寛いでいた。
館の中では、他者の目を気にする必要がないため、主人との同席が私達側近にも認められている。帰宅後は、オードリーが淹れてくれた紅茶を飲むのが日課になっている。今日の紅茶はチャビン産の物らしく、コクのある甘さが特徴でミルクを入れても美味しいと言っていた。多分そうなのでしょう。
「さて、今日は皆とリラの悩み事を話し合いたいと思います」
何もないいつもなら、学校であった他愛のない話をするのだけど、今日はやはりリラの事を話し合うらしい。まさかとは思っていたけど、本当にするなんて。当人のリラも驚きのあまり咽せていた。
「シャーリーン様?あの、このように大事にしなくても」
「何を言ってるのです。私達はチームです。リラが困っているのでしたら、チームで解決すべきでしょう。それに、1人では良い解決案が浮かばなかったのでしょう?それなら、皆で考えましょう。これだけいれば、きっと良い案もたくさん出るでしょう」
「どうしたのです?リラ、何を悩んでいるの?」
オードリーが心配するように尋ねてきた。アリスは無言だけど、カップを皿に戻して聞く態勢になっている。もう話さざるを得ない、逃げ場のない状況が出来上がってしまった。
リラが私に助けを求めるような目を向けてきたけど、こうなってしまってはどうしようもない。何より、シャーリーン様がとても楽しそうにしている。仮にこの場を逃れる事が出来ても、明日に伸びるだけでしょう。私は、心の中でリラに詫びることしか出来なかった。
「リラ、みんな真剣に話を聞くから。さっきみたいにからかったりしないから。シャーリーン様もリナのためにと、この場を設けてくださったはず。そうですよね?」
「ふふ」
私の問いかけに、シャーリーン様は微笑んでみせるだけではっきりと肯定の言葉を口にしなかったことが気にかかったけど、リナは納得したらしく話し始めた。
「――それで、どうすれば注目を浴びなくて済むでしょうか?」
「それは、――難しいのではないかしら?貴女達の学年はともかく、私の友人は「強いのに、真っ赤に照れてるところが可愛い」と言ってましたから。その恥ずかしがりなところを直さないと、いけないのではなくて?」
「そんなぁ。
アリスは何か良い案はないですか?アリスは私よりも強いではないですか?私みたいに注目されたりしなかったのですか?」
「多少は注目されたわ。でも、リラみたいに照れたりしないし。むしろ、周りから声をかけてくれたおかげで友人ができた。
そもそも、私は男達を叩きのめすなんて事してないし」
「そ、そうですよね。普通しないですよね。
ティナは?ティナは何か良い案ないの?」
「え~と、しばらくすれば落ち着くのでは?日に日に声をかけられたりすることは減っているのよね?もうしばらく我慢したら、誰もいなくなるのでは?」
「それまで耐えろってこと?解決になってないじゃない」
「そう言われても・・・。リラはシャーリーン様の護衛として十分役目を果たしたのだから、むしろ誇っても良いと思うけど」
「そうよ。王女様の護衛が弱いなんて思われたら、シャーリーン様を狙う不届き者が増えてしまうわ」
「リラのしたことは、抑止力としてシャーリーン様を危険から遠ざけている。クリスティーナの言う通り、誇って良い。注目を浴びるのも護衛の役目と思って、受け入れる他ない」
自分の望む答えが返ってこなかったことに、リラが不満そうに「う~」と呻り声を上げる。
リラの性格を考えれば気持ちはわかるし、何とかしてあげたいとも思うけど、王女様の側近という役割を担った時点で注目を浴びるのは当然のこと。アリスの言う通り、受け入れるしかない。
まぁ、全校生徒の注目を浴びているのは気の毒だと思うけど、自業自得と言わざるを得ない。
「結論が出たようですね。
リラ、クリスティーナの言う通り、もうしばらくしたら落ち着くでしょう。それまで我慢なさい。
それよりも、アリスみたいに、これを機に友人を作ってはどう?」
「それは良い考えですね。その友人が、シャーリーン様の見方になってくださるかもしれませんし。
是非そうしなさい。武官だからと、社交的でなくても良いというわけではないのですよ」
「話は以上ですね。頑張ってくださいね、リラ」
シャーリーン様が手を軽く叩いて場を締めてしまう。
合図と共に、オードリーはテーブルの上を片付け始める。アリスは足早に部屋を出て行く。去り際にリラに「頑張って」と言っていたけど、聞こえていただろうか?
悩みが解決するどころか、新たな悩みが増えてしまったことにリラは頭を抱えていた。
反論したくとも、シャーリーン様が話を終わらせてしまったし、オードリーとアリスもすでに動き始めている。解決どころか悪化してしまった状況に、リラは立ち上がることが出来ず萎れてしまった。
項垂れるリラを、私はただ見下ろすことしか出来なかった
シャーリーン様とオードリーの言葉は正しく、苦手なことからいつまでも目を背けず、克服する良い機会かもしれない。出来れば近くで手助けしてあげたいけど、コースが違うので一緒にいることが難しいし、下手に手助けすると言ったら「1人で頑張りなさいと」却下されそうな雰囲気だった。
余計な悩みが増えて深刻そうなリラを、シャーリーン様が愉しそうに見ている。
この場では、これ以上何も言わない方が良さそう。
寝る前にリラの部屋に行くことにしよう。