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エージェント:クリスタル 06

 俺達は森の中を死に物狂いで走っていた。

 自分がどこにいるのか、どこに向かっているのかわからない。

 前を走る3人の背中を見失わないよう、俺は必死に走った。

 神様への願いの一つに『高い身体能力』を入れておいて本当に良かった。そうでなければ、俺はとっくに死んでしまっていただろう。

 森の入り口で1匹の【マッドドッグ】を見つけた俺達は、逃げ出した【マッドドッグ】を追って森の中に入ってしまった。それが罠とは知らず。気づいた時には周りを囲まれていて、逃げ出すだけで精一杯だった。

 最初は戦ったけれど、全く歯が立たなかった。【マッドドッグ】1匹なら問題なかったが、集団で襲ってくる敵に俺達は手も足も出ず、逃げることしか出来なかった。

 迫り来る気配に振り向く余裕すらない。俺達を追い立てるような鳴き声、群れを統率する遠吠えが聞こえてくる。どこまで逃げれば良いのか、いつまで逃げれば良いのかわからない。ただ、死にたくなければ逃げ続けなければならなかった。


「洞窟!こっち!」


 前を走っていたティナが叫ぶと左の方へと向きを変えた。

 ティナの進む先に洞窟がある。俺は最後の力を振り絞り、全力でティナの後を追いかけた。

 最初に洞窟に入ったティナが止まり振り返ると、追手を食い止めるべく戦闘態勢を取る。

 その横をアルフレッド、ケヴィンと続き、最後に俺が通り抜けた。

 俺達もティナ同様に迎撃態勢を取り、追手が洞窟に入ってくるのを待つ。森の中では囲まれて対応出来なかったが、洞窟(ここ)なら一方向からしか襲ってこない。俺達は武器を構え、追手が姿を見せるのを待った。


「来ないな」

「あぁ」


 少し先に見える入り口に、俺達を追いかけてきた【マッドドッグ】が時折姿を見せるが、洞窟の中には決して入ってこなかった。


「クリストファー、ここから魔法で倒せないのか?」

「難しい――な。アイツらがどこにいるかわからないと」

「何だよ。さっき火の矢で1匹やっつけたじゃねえか。逃げるのを追いかけてって。あんな感じでできねぇのか?」

「いや。『ファイアアロー』は確かに自動追尾なんだが、俺が見ているものを追いかけるんだ。つまり・・・」

「視界に入ってないと意味がないってことか」

「ああ」

「何だよ!使えねぇなぁ」

「ちょっと、アルフレッド!」

「何だよ!?

 って言うか、ティーナ。お前、何でこんなトコに逃げたんだよ。おかげで出られねぇじゃん。全部お前のせいだからなッ!」

「ここに逃げなきゃ、俺達はいずれ追いつかれて殺されてた。ティーナの判断は正しかった」

「何だよ!?ケヴィン、お前、コイツの肩持つのかよ?」

「アルフレッド、いい加減にしろ!さっきから文句ばかり。

 俺もティナが正しかったと思う。あのまま森を逃げ回ってたら、いずれへばって殺されてた」

「だからって、こんな所に逃げ込んでどうする?出られねぇじゃねぇか」

「誰のせいでこうなったのか、本当にわかってないのかッ!?お前が【マッドドッグ】を倒そうって言って追いかけて森に入ったから」

「――わかったよ!俺が悪かった!これで良いだろ?」


 反省の色が全く見えない謝罪の言葉を口にすると、アルフレッドは俺達から離れて洞窟の奥へと行ってしまった。かろうじて互いの存在が確認できる位置にいることから、完全に理性をなくしてはいないようだ。

 それにしても、『窮地に陥ると本性が現れる』とはよく言うけど、アルフレッドとの仲は考え直した方が良さそうだ。


「あの。ありがとね、クリス。ケヴィンも」

「気にしない方が良い。こんなことになって混乱してるだけさ。あの時のティナの判断は正しかった。だから、俺達はまだ生きてる。そうだろ?」

「うん。ありがと」


 そういうと、ティナ俯いてしまった。

 いつもはとても明るく元気なティナが、今はとても小さく儚げに見えた。

 自然と「守ってあげたい」と思った。

 俺はティナを元気づけたくて、努めて明るく振る舞った。


「大丈夫。俺達4人いれば何とかなるって。

 少し休んで、頭を冷やしたら作戦を考えよう。な?」

「うん」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 傷の治療と体力の回復を終えた俺達は、輪になって作戦会議を始めた。


「広範囲の魔法で入り口一帯を吹き飛ばすってのはどうだ?」

「どうだろう?ここからじゃ、ちゃんと仕留めたかわからないからな」

「うん。それに、敵の数がわからないから、残った【マッドドッグ】は警戒すると思うよ。油断して出てきたところを囲まれたら、たぶん次は逃げられない」

「それじゃ、洞窟の入り口で戦うのは?襲ってきたのをケヴィン達で抑えて、遠くのを俺の魔法で倒すってのは」

「難しい。――いや、無理だな。もし一斉に大勢の【マッドドッグ】に襲われたら対応出来ない。対応出来るのはせいぜい1人2匹まで。向こうの数がわからない以上、最悪を想定して考えるべき。だろう?」

「はぁ~。こんな状況でどうやって勝つんだよ?条件厳し過ぎだろ」

「アルフレッド、今何て言った?」

「あッ!?あぁ~悪かったよ。余計なこと言って。静かにしてれば良いんだろ?」

「そうじゃない!今「勝つ」って言ったのか?

 そうか、そうだよ。勝つ必要はないんだよ」

「どういうことだ?」

「はぁ~?アイツら倒さなきゃ、ここから出られないだろ?」

「あッ!そう言うことね。さすがクリスね」

「そう。倒せなきゃ、逃げれば良いってこと」

「だから、逃げるも何も、出口にはアイツらがいるじゃねぇか」

「成程。出口は他にもあるかもしれないということか」

「そういうこと。この洞窟がどこまで続いてるのか、どこに繋がっているのかわからないけど、奥に進む価値はあるってことだ」

「冗談だろ?行き止まりかもしれないし、もっと危険な魔獣がいるかもしれないんだぞ。何でわざわざ危険を冒す?しばらくすれば【マッドドッグ】も諦めてどこか行くかもしれないだろ?」

「それって何を根拠に言ってるの?ただの希望じゃない。ただいたずらに体力を減らして、出て行ったところを襲われたらどうするの?」

「うっせぇなッ!女の癖にムカつくんだよッ!」


 アルフレッドが怒りのままにティナに斬りかかる。

 咄嗟に杖をアルフレッドに突きつけ、先端から魔法の玉をつくり出しアルフレッドを牽制する。

 アルフレッドを何とか踏みとどませることは出来たが、剣を振り上げたままで目は怒りの火を点らせたま

 まだ。


「俺達は協力して、この状況を脱しなければいけない。人数が減れば、それだけ生き残れる確率が減るんだぞ。どういうつもりだ?」


 俺の問いに答えず、未だ剣を下ろそうとしないアルフレッドに、俺は魔法の玉を大きくして威圧する。

 さらに横から、ケヴィンもアルフレッドに槍を突きつけてきた。

 さすがに分が悪いと感じたらしい。アルフレッドは舌打ちすると剣を鞘に戻して、敵意がないことを示した。


「悪かったな。つい、カッとなっちまって。もちろん本気じゃないぜ」

「ふー。わかった。もう二度と軽はずみなことはしないでくれ」

「ああ。約束するよ。二度としないさ。

 さっ、行くんだろ」


 ヘラヘラと笑いながらそう答えると、アルフレッドは立ち上がって洞窟の奥へと歩き出した。ケヴィンが「おい、1人になるな」とアルフレッドを追いかけて行く。

 俺は杖を下ろすと、張り詰めた緊張感を霧散させるように大きく息を吐き出した。

 仲間同士で殺し合いをしなくて済んだことに、ホッとすると同時に恐怖が沸き上がってきた。冷や汗が背中をつたい、足が震える。

 咄嗟のこととは言え、良く動けたと自分でも不思議だ。考えることなく杖を突きつけていた。今でも信じられないくらいだ。

 一歩遅ければ俺が殺されていたかもしれないし、勢い余ってアルフレッドを殺してしまったかもしれなかったのだ。

 そう考えると恐怖が大きくなった。


「クリス」


 か細いティナの声に、俺は慌てて振り返った。

 ティナは俯いたまま顔を見せない。もしかして、恐怖で怯えてしまったのだろうか?

 安心させてあげたいけど、こういう時にどう言葉をかけてあげれば良いのかわからない。

『森の中、殺される寸前に刺客を倒してお姫様を助けた時』や『街の大通りで悪逆非道な扱いをする主人から奴隷少女を解放してあげた時』、『夜中部屋に忍び込み、俺を殺そうとする女殺し屋の呪いを解いてあげた時』など、様々なパターンの口説き文句は考えていたのに、今の状況は余りに普通すぎて考えていなかった。何か言わなければと思うが、何一つ言葉が浮かばない。「あのっ」「えっと」と慌てふためくばかりだった。


「ありがと。とっても格好良かったよ」


 ティナは俯いたままで声も小さかったけど、静かな洞窟の中、その言葉ははっきりと俺も耳に届いた。

 とても短く、これまで似たような言葉をティナから受けたことは何度もあった。

 しかし、今の態度はこれまでとは違うと俺でもわかった。

 鈍感主人公になるつもりはない、ハーレムを作るつもりもない。

 俺はティナの想いに応えたい。そう思った。

 しかし肝心の言葉がやっぱり出てこない。こういう時は、気の利いた言葉で返したいのに。

 やがて痺れを切らしたのか、ティナが立ち上がる。

 ティナに愛想を尽かされた?その考えが一瞬頭をよぎり、俺はさっき以上の恐怖を感じた。もう、格好つけてる場合じゃない。俺は慌ててティナを引き止めようとするも、突然手を握られた。


「行こ。置いてかれちゃうよ」


 俺の方を見ることはなかったが、ティナの言葉と手から、ティナの想いが伝わってくるのがわかった。

 シャレにならないが、「もう死んでもいい」と思ってしまった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アルフレッドとケヴィンが進む先の安全を確認し、俺とティナが後ろを警戒しながら洞窟の中を進んでいった。これまで魔獣に遭遇することなく、問題なく進んでいた。

 おかげで少し考える余裕が出て来た。もちろん緊張感は持ったまま、周囲への注意は怠らない。

 今回の事は失敗と言えるだろう。俺達は個々の能力は高い。しかし、それは1対1の対人戦闘においてだった。集団で殺そうと襲ってくる魔獣に対して、俺達は戦い方を全く知らなかった。能力が高くても、それを状況に応じて活かせるかは別物だった。知らず知らず驕っていたようだ。

 アマリアのことが思い浮かぶ。彼女は臆病ではなかった。いや、臆病くらいが丁度良いのだろう。

 無事帰ったら謝ろう。俺達のパーティーには彼女のような人が必要だ。先へ先へと進もうとする俺達を引き留めてくれるような人が。


「キィキィ」


 静かな洞窟の中、突然聞こえてきた声に、俺達は動きを止め周囲を警戒する。

 思考が中断され、緊張感が高まる。小さな声がどこからこえたのかわからない。前方をケヴィンとアルフレッドが、後方を俺とティナが向くことで襲撃に備える。

 次第に鳴き声は増えていき、俺達はようやくその声がどこから聞こえたのか理解した。

 声のする方向を見ると同時に、一斉に大量の黒い何かが俺達目がけて襲いかかってきた。

 目の前に飛んできた何かに驚き、俺は無様にも尻餅をついてしまった。しかし、そのおかげで襲撃を間一髪躱すことが出来た。見上げると、大量の黒い何かが「キィキィ」と喚きながら、俺達を囲むように飛び回っていた。


「【ジャイアントバット】!」


 ケヴィンの声で、敵の正体がやっとわかった。正体がわかると恐怖感が多少薄らぎ、身体の強ばりが溶ける。視野も広がり、他の3人が懸命に武器を振るって牽制しているのが目に入った。

 俺は急いで立ち上がると、戦いに参加すべく急いで呪文を唱え始めた。

 森の中では効果的ではなかったが、遮蔽物のない場所、動き回る敵にこそ『ファイアアロー』は有効だ。


 上空を飛び回る大量の【ジャイアントバット】目がけて無数の火の矢が飛んでいく。ほとんどの火の矢が【ジャイアントバット】に当たることなく、天井に突き刺さった。


「何やってんだッ!しっかり狙えッ!」


 アルフレッドの怒鳴り声が飛んで来るも、予想と違う結果に呆然となってそれどころではなかった。

 何故当たらない?何故追尾しない?何故?

 再度『ファイアアロー』を放つが、やはりほとんどを躱されてしまう。当たったのは2発ほどで無駄撃ちと言って良かった。

 ただ2回撃ったことで、躱されてしまう理由がなんとなくわかった。

 1つ目は『ファイアアロー』の特性。敵を見続けることで追尾するがのが特徴だが、大量の【ジャイアントバット】が飛び回っていることで的が絞れていなかった。つまり『ファイアアロー』は、素早い1匹の敵に対してこそ効果的な魔法だった。

 2つ目は【ジャイアントバット】の特徴。超音波で周囲の状況を理解し、それに対応出来る敏捷性を持っている事だった。つまり、剣や槍での攻撃や『ファイアアロー』は、簡単に躱されてしまう。


「お前も反撃しろッ!」


 再びアルフレッドの怒号が飛んできた。

 ただ闇雲に剣を振り回しても効果がない。それはこの短時間でわかった筈だ。勝つためには頭を使わなければならない。そんなこともわからず、上手くいかないことを仲間のせいにして、ただ罵倒して雰囲気を悪くするアルフレッドとはやっていけない。

 そう確信した俺は【ジャイアントバット】を一掃すべく、呪文を唱え始める。

 点や線での攻撃は効果がない。つまり面での攻撃が必要だった。

 正直気が引けるが、現状を打破するには仕方ない。

 呪文を唱え終わると、俺は「みんな隠れろ!」と叫び杖を高く掲げた。


「チェーン・ボム」


 無数の赤い光の玉が洞窟内を埋めていく。俺達に影響が出ないよう、できるだけ天井近くに飛ばす。


「行くぞ」


 仲間に合図を送ると同時に、俺は魔法の玉を爆発させた。

 魔法の玉が1つ爆発すると、それに連鎖して他の玉も爆発していく。

 どんなに素早くても、洞窟内を覆う爆発からは逃げられないはず。魔力を抑えたので、即死させることは出来ないかもしれないが、飛べなくなった【ジャイアントバット】は敵ではない。

 爆発に飲み込まれる【ジャイアントバット】を見ていた俺の身体を、大きな衝撃が襲い吹き飛ばされた。空中で数回あちこちから衝撃を与えられた俺は前後不覚になり、自分がどうなっているのかわからなくなっていた。最後に背中に大きな衝撃を受け、ようやく世界が安定した。

 天井を見上げていることから仰向けに倒れていることはわかったが、全身が軋み指1本動かせない。上空から【ジャイアントバット】の肉片が落ちてくるので、敵を倒せたことはわかったが、自分に何が起きたのかわからなかった。

 魔法は、その魔法で術者が傷つかないよう、全身は結界で包まれている。だから、何故自分が魔法の影響を受け、傷だらけになっているのか見当もつかなかった。


「あぁ、あ、ああ、あぁ」


 離れた所から呻き声が聞こえた。声から男だとはわかるが、アルフレッドなのかケヴィンなのか判断がつかない。どうやらみんな魔法の影響を受けてしまったらしい。

 ティナは無事だろうか?

 その思いが俺に力を与える。痛む身体を無理矢理起こすと傷だらけの自分の体が目に入る。自分のことよりティナが心配だ。「彼女を助けなければ」と言う想いが俺に力を与えてくれる。

 唯一のポーションをポーチから取り出して、零さないよう何とか開けて飲み込む。

 安物のポーションでは全身の痛みがなくなるほどではなかったが、立って歩けるほどは回復できた。俺は痛みを堪えて無理矢理体を立たせると、ティナを探して歩き回った。

 呻き声が男であることから、声のする方とは逆の方向にティナはいるはずだ。ティナは治癒魔法が使えると言っていた。ティナさえいればみんなで帰れる。ティナがいなければ俺は・・・。


「ティナーッ!」


 掠れる声でティナの名を叫ぶ。

 しかし返事はない。当たりは爆風で飛び散った石と爆散した【ジャイアントバット】だらけだ。もしかしてどこかに埋もれてしまっているのかも。ライトの魔法で照らしているとは言え、薄暗い洞窟の中見つけられないでいた。

 結界に守られていた俺でも、あれあれだけの重傷を負ったのだ。一刻でも早く見つけなければ、命に関わる。俺は這いつくばって、ティナの名を呼びながらを探し続けた。



 どれだけ時間が経ったのかわからない。

 ようやく見つけ出せたのは、ティナの手甲だけだった。ティナと思しき遺体すらなかった。

 これ以上1人で探すのは無理と判断した俺は、さっき呻き声が聞こえた所に向かった。2人、もしくは3人ならきっとティナを見つけられる。

 重い身体を引きずり辿り着いた先には、焼け焦げた死体があった。身体の半分は吹き飛び、それがかろうじてアルフレッドだったことがわかる。

 その無惨な姿に、俺は溜まらず嘔吐を繰り返した。胃の中のものを全て吐き出したにも関わらず、止まることはなかった。

 ようやく治まると、俺はアルフレッドの死体が目に入らないよう、涙と鼻水でグチャグチャになった顔を上げる。精根尽きかけた俺は、もう1人の仲間ケヴィンの名を呼ぶが返ってくることはなかった。

 さっきのアルフレッドの死体を見れば、生きていることを望む方がおかしい。魔力を抑えたつもりだったのに。みんななら避けてくれると思ったのに。耐えてくれると思ったのに。

 俺はその場に座り込むと、膝を抱えて顔を埋めた。これ以上仲間の、ティナの酷い死体を見たくなかった。

 真っ暗な洞窟の中、すすり泣く俺の姿を光の玉(ライトの魔法)が照らす。

「なんでこんなことに?」と同じ問いを繰り返し続ける俺の脳裏に、ふとワシントンの言葉が浮かぶ。

『状況に合わせて威力を調節しろ』

 そう言えば、アマリアもワシントンの言う通りにするよう言っていた。


「結局、俺が見下していた奴らの方が正しかったわけだ。

 俺は何もわかっていなかった。神様に与えられた能力に浮かれて、何一つ正しく理解しようとしなかった。してこなかった。その能力の大きさを誇るだけだったってわけだ」


 思い返せば、『ファイアアロー』の特性だって知らなかった。能力と戦う技術は違うことを知らなかった。

 自分がいかに無知で愚かだったかを思い知らされた。

 悔しかった。

 たった1つの判断ミスが、仲間を殺してしまった。好きな女性(ひと)を殺してしまった。

 許せなかった。

 自分の驕りと愚かさが、ティナを殺してしまったことを。

 俺は力の限り叫んだ。

 全てを壊してしまいたかった。

 全てを終わらせたかった。

 死んでしまいたかった。

 しかしそれで何かが変わるわけはなく、俺の叫び声は洞窟の中に吸い込まれ消え去った。

 その様子に、虚しさが俺の心を埋め尽くした。

 どれだけ俺が激情に駆られ、泣き叫ぼうとも世界は変わらない。終わったことは戻らない。


「帰ろう」


 何の感情も思いなく、ただそう呟いた。敢えて理由をつけるなら「終わったから家に帰ろう」といったところだ。これが最後になるのか、それとも次があるのかはわからない。ただ今回の冒険は終わったのだ。

 俺は立ち上がって来た道へと一歩踏み出そうとたが、引き留めようと誰かに肩を叩かれた気がした。

「ティナ!?」と振り返るも誰もおらず、足元を石が転がっていくのが視界の端に見えた。

 溜息と共に天井を見上げると、大きな亀裂音が響き洞窟が崩れ始める。巨大な岩が俺目がけて落ちてきた。

「危ない!」そう思った瞬間、俺の意識は途切れた。

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