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エージェント:クリスタル 05

 今日の戦闘訓練が終わり、俺達はいつものように空き教室に集まっていた。

 しかし今日はこれまでとは違う雰囲気を纏っている。

 俺達は口を閉ざし、不満を露わにただ向き合っていた。


「なぁ、いつまでこんなこと続くんだ?毎日毎日、下らないことの繰り返し。

 それにワシントンの奴、俺達をあからさまに無視しやがってッ!」


 沈黙に耐えかねたアルフレッドが、溜め込んでいた鬱憤を晴らすかのように、強い語気で話し始める。

 その荒れた言葉と態度にアマリアが怯えた反応を示した。


「あッ!?何だよ?文句でもあんのか!?」

「おい、落ち着け。アマリアに当たるな」


 ケヴィンに制されたアルフレッドは、露骨にふて腐れた態度を見せつける。アマリアはアルフレッドの態度に萎縮してしまい、いつも以上に居づらそうだ

 パーティーの雰囲気は最悪だった。

 何とかしたいと思いながらも、原因はワシントンにあるため、俺達だけでは何とも出来ないでいた。

 2回目の戦闘訓練以降、ワシントンは俺達にだけ必要最低限の事務的な態度を取るようになった。さらに訓練内容にも嫌がらせをしてきた。他のパーティー達には実力に応じた魔獣を召喚しているのに、俺達には【スライム】だ。物理攻撃の効かない【スライム】を倒す方法は、俺の魔法だけ。毎回鈍間な【スライム】を魔法で焼き払うだけ。他のみんなは見てるだけ。はっきり言って何の訓練にもならない。

 そんな状況が今日で3日目だ。

 再び沈黙が訪れる。

 今度は俺が沈黙に耐えられなかった。


「ふ~~。不満を押し殺して黙っていても、不満を口にしても何も変わらないと思うんだ。

 視点を変えるべきだと思う」

「はぁ~!?。意味わかんねぞ!」

「どういうことかな?」

「つまり、目的は俺達が成長することであり、必ずしもワシントンから教わることじゃないってことさ」

「成程。一理あるな」

「あっ、で、でも、どうするんですか?」

「そうだ。俺達だけでどうやって魔獣と戦うんだよ!?ワシントンの他に誰が召喚すんだよ?まさか、他の先生に頼むとか言うんじゃないだろな!?」

「まさか。頼んだところで他の先生は協力しないだろう。そんなことしたら、ワシントンと揉めるしな」

「じゃあ、どうすんだよ?召喚魔法を身につけるなんて馬鹿げたこと言うなよ。いくらお前が凄くても、そう簡単に習得できるもんじゃねえだろ。

 そもそも、召喚獣は捕縛して契約しなきゃいけないもんだろ?理論を学んだところで使えねえんだよ」

「そう。今アルフレッドが言った通りさ。

 召喚獣と戦えないなら、魔獣を倒しに行けば良いってこと」


 俺の言葉に全員が虚を突かれ、目を丸くしていた。

 そんなみんなを納得させるべく、俺は説明を続けていく。


「この周辺に生息する魔獣は決して強くない。俺達が経験を積むには適当だと思う。

 先生達が言ってる通り、この学校は俺達が平民として暮らせる術を学ぶ場を提供している所だ。言い換えれば、必要なければ授業を受けなくても良い。自由にして良いってこと。

 実際、初日の訓練で挫折して逃げ出した奴がいただろ?でも、学校側は探そうともしなかった。それどころか、あっさり退校として処理した。

 これは、この学校で何を学びどうやって過ごすかは俺達次第で、好きなようにして良いってことだとも解釈出来るってわけ。

 この学校で学べないんなら、実戦で強くなろうってこと」


「そ、それって、とっても危険じゃないですか!回復の魔法陣がないんですよ!」

「確かに危険だ。でも、俺達はいずれこの学校を卒業して、外の世界で冒険者として生きていく。そこにはもう回復の魔法陣はないんだ。外の世界に出るのが、早いか遅いかの問題でしかない」

「良いじゃねえか。俺はクリストファーに賛成だ」

「待ってくれ。提案はしたけど、アマリアの言う通り危険なのも事実。一晩しっかり考えて結論を出して欲しい。命に関わることだからな」

「うん。クリスの言う通りだね。みんなちゃんと考えた方が良い」

「それじゃ、今日は解散ってことで良いかな?返事は明日の朝ってことで。

 ただあくまで俺の考えってだけだから、もし他にも良い案があったら教えて欲しい」

「うん、そうだね。私も考えてみるよ」

「わかった」

「俺の答えはもう決まってるけどな」

「わ、わかりました」


 俺達は夕日が差し込み始めた教室を静かに立ち去った。それぞれの顔には喜びや不安など、様々な感情が浮かんでいた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 午前の授業が始まる前、俺達はいつもの空き教室に集まっていた。

 みんな真剣な表情をしている。それぞれが答えを出したことがわかる。


「それじゃ、昨日の提案について、みんなの答えを聞かせてくれ」

「俺はクリストファーに賛成だ」

「俺もだ」

「私も賛成よ」


 アルフレッド、ケヴィン、ティナが答えていく中、アマリアだけが答えることなく俯いていた。


「おいッ、さっさと答えろよ。考えてきたんだろッ!」

「アルフレッド!」

「おい」


 アマリアに苛立ちをみせるアルフレッドをティナとケヴィンが制する。

 昨日のやり取りを見ているようだった。短気なアルフレッドと気弱なアマリアの相性は最悪らしい。日に日にアルフレッドのアマリアへの当たりが厳しくなっていた。


「アマリア。ゆっくりで良いから、君の考えを聞かせて欲しい」


 俺の言葉を受け、アマリアは深呼吸を2回繰り返す。落ち着きを取り戻したのか、真っ直ぐと俺を見て話し始める。


「わ、私は反対です」

「はぁ~ッ!?巫山戯んなよッ!何考えてんだよッ!」

「アルフレッド、静かにしてくれ」

「いや、でもよぉ」

「俺はアマリアの意見を聞いてるんだ。彼女に自分の意見を押しつけるべきではない。だろ?」

「くッ!わかったよ」


 アルフレッドを引き下がらせると、俺は再びアマリアに向き合った。


「アマリアが反対なのはわかった。それは何か別の案があるってことで良いのかな?」

「は、はい。

 そのぉ~、やっぱり外はまだ、私、達には危険、だと、思うんです。もう少し安全な学校で、経験を、積んでから、でも、遅くはない、かと」


 拙いながらも、アマリアが自分の意見を口にする。

 彼女の考えは真っ当なものだ。傷つくのは怖い。安全な場所にいるのはとても楽だ。

 しかしそれでは何も変わらない。進むことが出来ない。


「確かにアマリアの言うことはもっともだと思う。

 でも、ワシントンがいる限り、俺達に成長の機会は訪れない。それはわかってるよね?」

「で、ですから、先生に謝って・・・。先生の、言う通り、魔力のコントロールを、できる、ように」

「それって、俺が魔法を弱くするようにってこと?」

「は、はい。そうです」

「え~と。ちょっと聞きたいんだけど、魔法を弱くすることに意味ってあるのかな?」

「そ、それは、わかりません。でも、先生は、何か意図があって言ってると、思うんです。だから」

「それって、目的もわからないのに、ワシントンを信用しろってこと?」

「そ、それは・・・」

「確かにワシントンがどういう意図を持ってあの発言をしたか、俺は知らない。でも、正しい目的があるなら、ワシントンは言えるはずだよね。

 それなのに、アイツは怒鳴って言い聞かせようとするだけだった。それって、自分の思い通りにならないから、俺に対する僻みから、だったからじゃないかな?少なくとも、俺はそう感じた」


 俺の言葉にアマリアは口を閉ざし、俯いてしまった。

 しばらくアマリアの反論を待つが、顔を上げる様子はなかった。

 どうやら危険を冒したくないことに対して、無理矢理理由をこじつけてきたようだ。前世では俺も似たようなことをした経験がある。彼女の考えは十分わかる。

 でも、俺はそんな自分が好きになれなかった。生まれ変わったこの世界で、同じ轍は踏みたくなかった。

 だから言って、嫌がるアマリアを無理矢理従えるのは違う。

 どうするべきか?俺は振り返って、他のみんなの顔を見回していく。その表情から、なんとなく考えがわかった。

 いや、元々俺も同じ考えだった。ただ決心がつかなかった。


「クリス・・・。独りで背負い込まないで。私達パーティーなんだから」


 逡巡している俺を見かねたのか、ティナが側に来て励ましてくれた。

 苦しいときに寄り添ってくれる女性(ひと)、仲間がいる。それは俺の心に力を与えてくれた。揺らいでいた心が、怖じ気づいていた心が固く強くなっていくように感じた。

 答えは出た。いや、すでに出ていた。俺も一晩パーティーのことについて考えていたのだから。


「わかった。アマリア、君の意見は尊重する。

 君は別のパーティーに入った方が良い。俺達とは考えが違いすぎる。このまま俺達といても、意見が衝突し合うだろうし、関係も悪化する一方だろう。

 ここで別れた方が、お互いの為だと思うんだが」

「あ、あの、でも、回復魔法は?」

「確かに。せっかく貴重な回復役が仲間に入ったのに手放すのか?」


 ケヴィンの言葉に、俺は振り返ってみんなと向き合う。


「そうだな。ケヴィンの言うことは俺も考えた。回復役がいるのといないのでは生存確率が大きく変わってくる。正直、アマリアと一緒にやっていきたい。

 でも、それって俺達の我が儘だとも言える。彼女の考えを受け入れないのに、俺達に都合が良いからとパーティーでいることを強要する。俺は、それは正しくないと思う。

 お互い意見が衝突することは、これからもあると思う。そう言うときは、話し合ってお互い納得した上で選択していくものだろう。

 でも、今回は違うと思う。

 どちらの意見をとるにしても、通らなかった方は必ず禍根を残す。考え方が違う。と言うか、真逆だ。

 それに、アマリアは引っ込み思案で、俺達とは相性が合わないと思う」

「でもよぉ、ケヴィンもお前も言った通り、回復役はどうすんだよ?」

「それなんだけど、要は怪我しなければ良いってことにならないか?

 俺の魔法の威力、知ってるだろ?みんなが怪我する前に倒してやるよ。この辺の魔獣なら問題ない」

「ねぇ。基本の回復魔法くらいなら、私使えるよ。もちろんアマリアには全然及ばないけど」

「それじゃあ、コイツいなくても大丈夫じゃん」

「アルフレッド!」


 アルフレッドを叱責するも、傷ついたアマリアは黙って教室を出て行ってしまった。

 俺だけじゃなく、ティナとケヴィンもアルフレッドに非難の目を向ける。さすがに全員から厳しい目を向けられたアルフレッドは、慌てふためいたように言い訳を始めた。


「な、何だよ。こういう時ははっきり言った方が良いだろ?変に引き留めたり、希望を持たせないようにさぁ。

 わ、わかったよ。言い方がキツかったのは認めるよ。でもよぉ、アイツ苛つくんだよ。クリストファーも言ってただろ。相性が悪いって。しょうがないだろ」

「コイツの言い方や態度は問題だけど、もう良いだろ?話しを進めよう。

 ただ、アルフレッド。お前はしっかり反省しろよな」

「あぁ。気をつけるよ」

「よし。それじゃあ、俺達4人は実戦で経験値を上げていく。それで良いか?」


 見回すと全員が賛同の意を示した。


「それじゃ、次の話しなんだが、今日の午後、早速外に出てみないか?」

「良いねぇ」

「急だな」

「――大丈夫かな?」

「大丈夫さ。この辺の魔獣は、みんなも知ってる通り低級だけ。【ワーグ】より劣るモノばかりだろ?」

「まぁ、そうだな」

「それなら、問題ないだろう。【ワーグ】と対峙した時は、初めての戦闘ってことで、みんな緊張してたと思う。けど、それはあの時だけだった。今の俺達は違う。だろ?」

「クリストファーの意見には賛成だが、油断は死を招くぞ」

「わかってる。油断はしないさ。ただ、この辺の魔獣なら、俺達でも十分倒せる実力はあるって言いたかっただけ。それに俺達はパーティーを組んでるんだ。お互い助け合えば、何も問題ないよ」

「うん。クリスのこと、信頼してる。私も頑張るね」

「決まりだな。それじゃ、午前は準備ってとこか?」

「ああ。午前中に準備を終えて、昼飯を食べて出発でどうかな?」

「それで良いぜ」

「了解」

「うん。わかった」


 俺達は立ち上がると、いつものように拳を合わせた。

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