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エージェント:クリスタル 03

 今日は誰よりも早く教室に来ていた。

 始業までまだ1時間以上ある。いつもなら寮の食堂で朝食を取っている時間だが、一人静かに考えたくて、うるさい寮を出てここに来たわけだ。

 悩みはもちろん昨日のこと。

 醜態をさらしてしまった。女の子に話しかけられて真面に返せないどころか、気を失ってしまうなんて格好悪いにもほどがある。情けなさ過ぎる。恥ずかしすぎる。

 あんなに可愛い子が好意を向けてくれるなんて、もう二度とないかもしれない。

 俺は何て駄目な奴なんだろう。

 今から挽回できるだろうか?それとも呆れられてしまっただろうか?

 パーティーの件はどうなったのだろう?あの後アルフレッドもケヴィンも教えてくれなかった。気を遣われたのだろうか?

 そもそも、なんでシミュレーションをしておかなかったんだろう。容姿が良いことはわかってたはずなのに。

 挽回するにも、どうやって声をかけよう。声をかけても無視されたら?逃げられたらどうしよう?もしかして笑われる?それとも罵倒されるかも?

 どうやって昨日の失態を挽回しようかと考えるも、悪いことばかり頭に浮かび、後悔ばかり募っていた。

 堂々巡りの最中、突然誰かに肩を触られたことに驚き、思わず「ヒャッ」と情けない声を出してしまった。


「ごめんね。驚かしちゃった?」


 見るとティーナがいて、俺を心配するように見ていた。


「だ、大丈夫。俺の方こそ、驚かしちゃったよね。ゴメン」


 声が裏返ってしまった。恥ずかしくて目を逸らしてしまう。昨日と同じ失敗をしないようにと急いで返事をしたのだが、違う失敗をしてしまった。汚名返上どころか、恥の上塗りだ。泣きたくなる。


「ううん、大丈夫。それより昨日は平気だった?体調悪かったんでしょ?アルフレッドとケヴィンから聞いたよ。

 寝てなくて大丈夫なの?」


 自然にティーナが俺の隣に座ってきた。心配されてる。もしかして嫌われてない?

 というか、昨日は俺の体調が悪かったことになってる?

 先程の言葉から、あの2人が上手くフォローしてくれたのだろう。会ったばかりなのに、何て良い奴らなんだ。


「まだボーッとする?」


 気がつくと、ティーナの顔が目の前にあった。

 少し潤んだ目に意識が吸い込まれる。プニッとした唇に胸がドキドキする。甘い香りが脳を蕩けさせる。

 意識が遠ざかりそうになったところ、ティーナの手が胸に置かれ、俺は現実に戻り、慌ててティーナの手から逃れた。


「だ、大丈夫。大丈夫だから。まだ本調子じゃないけど、寝込むほどじゃないし。心配してくれてありがとう」

「そう?それなら良かった。あんまり無理しないでね。

 それじゃ、また後で」


 ティーナが手を振って行ってしまった。俺も手を振り返してティーナを見送る。

 他の女と話すのティーナを、思わず見続けてしまう。

 ティーナが隣にいるのは刺激が強すぎるのに、いないと寂しい。

 初めての感情に戸惑い、狼狽えてしまう。


「よぉ。調子はどうだ?(感謝しろよ)」


 俺の視線を塞ぐようにアルフレッドが目の前に立ち、声をかけてきた。最後の言葉は俺にだけ聞こえるように囁いたことから、俺の気持ちはバレているようだ。


「ああ。もう大丈夫だ。(ありがとう)」


 俺もアルフレッドにだけ聞こえるように返すと、俺の隣に座ってきた。同じパーティーメンバーとは言え、他の男がさっきまでティーナがいた場所に座ったことに苛立ちを覚える。


「うん?どうした?」

「いや、何でもない」


 コイツには借りがある。このくらいは我慢すべきだろう。俺は苛立つ心を押さえ込んだ。


「そうか?

 それにしても、やけに早いんだな。一緒に朝飯食おうと思って探したのにいないし。

 いつもこんな早かったっけ?」

「いや、今日は考えたいことがあって。寮じゃ、うるさいからな」

「へ~。それで、ティーナとは上手くいきそうか?」

「なッ!?バ、バカッ!」


 慌ててティーナの方に目を向けると、友人と話していて、こちらに気づいた様子はなかった。

 アルフレッドの言葉がティーナに聞こえなかったことに安堵するが、すぐに怒りがわき上がってきた。


「なッ!何てこと言うんだ!ティーナに聞こえたらどうする!」

「良いじゃねえか。ティーナも間違いなく、クリストファーのこと好きだろ。

 それより、何でティーナなんだ?ティナって呼ばないのか?」

「で、でも、いきなり愛称は、照れくさいって言うか・・・」

「プッ。まさか最強の魔導師様が、恋愛にここまで奥手とは。

 いやぁ、クリストファーにも苦手なことがあるんだな。少しホッとしたよ。

 よしッ、任せろ!俺とケヴィンが協力してやる。

 おーい、ケヴィン。ちょっとこっち来い」

「なんだ?」

「ちょっ、良いよ。そんなの」

「何言ってんだ。本当に良いのか?俺達抜きで、真面にアプローチ出来んのか?」

「そ、それは・・・」

「おい、これは一体何の話しだ?」

「クリストファーとティーナだよ」

「あぁ、そういうことか」

「で、どうする?何にもしないでグズグズしてたら、ティーナも愛想尽かすかもしれないぜ?」

「良いこと教えてやる。昨日、俺とアルフレッドが「ティナって呼んで良いか?」って聞いたら、拒否された」

「そう。クリストファーだけ特別ってことだ。

 協力はいらないって言うなら構わないけど、どうする?」

「よ、よろしくお願いします!」


 俺は深々と2人に頭を下げた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「お前ら席に着け」


 教師のシカゴが教室に現れると、皆が席に着き始める。

 前世の学校のように席が決まっているわけではない。とは言え、数日も経つと、自然と座る席や一緒にいる人は決まってくる。

 しかしそれをぶち壊す奴が現れた。


「おーい、ティーナ。パーティーで集まって座らないか?」


 大声で叫んだアルフレッドに注目が集まる。

 一瞬の沈黙の後、ティーナが微笑んだ。


「そうだね。今行く。

 ほら、アマリアも」


 ティーナの返事を機に、他のクラスメイト達もパーティーで集まり始めた。

 俺は突然のことに困惑するばかりだった。ただ呆然と、こっちに歩いてくるティーナの姿を見つめていた。

 ティーナはアマリアと一緒に俺の前の席に座る。また隣に座ってくれるかと勝手に期待してしまったが、そう思い通りに行くわけもない。ちょっとだけ、ホンのちょっとだけガッカリしたけど、気にすることはない。後ろ姿のティーナも美しい。たまに見える横顔も綺麗だ。

 ティーナの新たな魅力を堪能していると、突然肩をガッと摑まれた。

 驚いて見ると、アルフレッドが俺の肩を摑んでいた。そして俺と目が合うとウインクしてサムズアップしてきやがった。正直鬱陶しい。ムカつきすら感じた。コイツがいなければ、ティーナは俺の隣に座ってくれたかもしれないと思うと怒りすら沸いてくる。

 とは言え、コイツがいなければ、ティーナが目の前に座ることもなかったのも事実。俺は寛大な心でアルフレッドを赦し、サムズアップして笑い返した。


「よし、全員席に着いたな。

 それでは今日から本格的に授業を始める。

 入学式でも言ったが、お前らは卒業後、貴族の社会ではなく、平民の社会で生きることになる。そのための知識やマナーを、たった1年で身につけなければならない。仮に身につけられなかったとしても、お前ら自身の問題だ。

 ここは、あくまで学ぶ場を提供しているだけ。そのことを理解しておくように」


 教室の空気が張り詰める。

 貴族としての生活を捨て去り、平民として生きていく。誰しも耐え難いほど悔しいことなのだろう。

 まぁ俺の場合、前世では一般人だったし、冒険者になれることが嬉しかった。

 それよりもまず、ティーナと青春の学園生活を送れるのかと思うと胸が高鳴る。

 ふとシカゴが俺を見ていることに気づく。何だろうと見返すと、目を逸らしてしまった。


「それと注意しておくことがある。

 クリストファーが訓練場を半壊させたので、授業の開始が数日遅くなった。今後同じようなことを起こす度、授業の時間は減っていく。

 1年という短い時間を有意義に使えるか、無駄に過ごすかはお前達次第だ」


 シカゴは誰でもない、俺に向かって言葉を発していた。この前、俺が訓練場の半分を焼き尽くしたことへの当てつけだろう。自分たちの態度の悪さを棚に上げて、人を見下すことしか出来ない。教師という人種は、どこの世界でも傲慢で愚かなようだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 午前の授業は一般教養で、文字の読み書きや平民社会での常識などを学ぶ。

 4級5級の貴族では、後継ぎに関係なかったり、裕福でもない限り、子供達に教育を施したりしない。だから、読み書きが出来ない者も多い。その者達にとっては、学園が学べる唯一の場であった。しかし、授業を受けるか否かは、各自の自由である。

 パーティーメンバーでは、アルフレッドだけが読み書き出来なかった。本人は嫌がっていたが、アルフレッドに授業を受けさせ、俺達残りのメンバーは訓練場に来ていた。


「役割を決めておこうと思うんだ」


 午後の授業は各コースに分かれて行われる。

 冒険者志望の俺達は実戦コースで、戦闘の授業を受ける。

 授業と言っても、戦闘理論や魔法の種類を教わったりはしない。とにかく実戦を行うだけ。強くなりたければ自分たちで知り、考えろというわけだ。

 俺達パーティーは、バランスがかなり歪と言えた。俺の魔法が強すぎるのと、物理の攻撃役が3人もいる。役割をどうするのがベストなのか、考えておくべきだろう。


「フォーメーションってことか?」

「そうだね。それぞれが自分の役割を決めておけば、戦いの最中、混乱することもないだろうし」

「そ、それが良いと思います」


 ここにいないアルフレッドを除く皆の賛同が得られたところで、話し合いを始める。


「まず、前衛をどうする?ティッ、ティナとケヴィン、アルフレッドの3人もいるわけだけど。全員、前衛にするか?」

「いや、さすがにそれは多すぎないか?」

「うん、私も3人は多いと思う。2人いれば十分かと」


 思い切ってティナと愛称で呼んでしまった。素知らぬ振りをするが、心臓はバクバクだ。どもってしまったが、大丈夫だったろうか?横目でティーナを窺う。

 バッチリ目が合ってしまった。

 嬉しそうに満面の笑みを俺に向けて来た。

 恥ずかしさの余り、思いっきり顔を背けてしまう。

 ヤバい。恥ずかしい。でも嬉しすぎる。「ティナ」って呼んだら喜んでくれた。「嬉しさが込み上げて」って、ラノベでよく書かれていたけど、本当だった。ちょっとでも油断すると顔がニヤけてしまうし、叫びたい気持ちだった。

 土にケヴィンが図を描いて話しているが、まったく頭に入ってこない。

 このままではマズいと、無理矢理さっきのティナとのやり取りを追い出して話し合いに集中する。


「俺達の軸はクリストファーになる。それをどう活かせるかが重要。

 そう言えば、ティーナの武器は何?」

「一応、剣をメインにしてる。でも得意なのは格闘術」

「そうなると、楯役としては不安があるか・・・」

「まぁ、ケヴィンやアルフレッドに比べればね。あっ、でも、さすがに魔獣相手に素手で立ち向かうなんてことはしないよ」

「わかった」

「ケヴィンは槍だっけ?長いの?」

「あぁ、俺の背丈より少し長いくらいだ」

「槍だけ?近づかれたらどうするの?」

「備えとしてナイフは身につけてる。あくまで、非常時や仕留める時用だが」


 ティナとケヴィンの2人で話し合いが進んでいく。後衛の俺とアマリアは蚊帳の外だ。

 だからといって、聞かなくて良いわけではない。俺達パーティーのことだし、命に関わることだ。必要なら、俺だって口出しするつもりだ。ゲームで知識はそれなりにある。


「それなら俺とアルフレッドが前衛で、ティーナには後衛の守りと、後ろからの奇襲を防いでもらうのはどうだろう?」

「うん。私はそれで良いよ」

「わかった」

「わ、わかりました」

「決まりだな。取りあえずは、それでやってみよう。問題があれば検討するってことで。

 まだ時間があるな。ティーナ、少し組み手でもどうだ?」

「いいよ。それじゃあ、武器を持ってこないと」


 話し合いが終わり、ティナとケヴィンが立ち上がる。

 結局、俺は何の役にも立てなかった。ゲームで培った知識で、ティナにちょっとでも良い所を見せたかったのだが。


「あ、あのぉ。私達はどうしましょう?」


 アマリアが尋ねてきたが、気落ちしていた俺には対応してやれるほどの余裕はなかった。ついつい適当にあしらってしまう。


「はぁ~。自由行動で良いでしょ」


 重い腰を上げて俺も立ち上がる。

 それにしても、この後どうしよう?ティナを見ていたいけど、何もせず見ていたら、キモがられてしまうかもしれない。それだけは避けたい。

 1人で何かする気にもなれない。

 視界の端にアマリアが入る。俺を窺うようにチラチラと見ているが、彼女と行動を共にする気にもなれない。何より、ティナに変な誤解をされたくない。

 確か、名ばかりの図書室があったはず。適当に本でも読んで時間を潰そう。

 そうしてゆっくりと校舎に向かって歩き出した時だった。先を歩いていたティナが小走りに戻って来た。


「クリスのことは私が守ってあげるね。頼りにしてるから」


 突然の愛称呼び。さらに間近で、上目遣いでイタズラっぽく囁くティナに胸が締め付けられ、俺の心と頭は一瞬でオーバーヒートしてしまった。

 さらにトドメとばかりにウインクしてティナは去って行く。

 俺は為す術もなく、その場に崩れ落ちた。

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