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エージェント:クリスタル 02

 俺が今いる国は、メロヴィング王族が統治している。

 王国の領地は、上級の1~3級貴族に分け与えられ、それぞれの当主が治めている。

 下級の4~5級の貴族に領地はなく、上級貴族に仕えることで生計を立てている。

 俺の家ティンワース家は最下級の5級で、底辺貴族と蔑まれている。

 5級貴族の未来は暗い。特に後継ぎでない男には、仕える先がほとんどない。

 理由はいくつもあるが、一番は教養がないことだ。金がない貧乏貴族だから、後継ぎの長男以外に家庭教師を雇うことが出来ない。教育を受けさせることが出来ないから、知識も教養も礼儀もない。文字を書けない、読めないという者も中にはいる。

 そういった者達が向かう先は、市井に降りることだ。その多くが冒険者や魔道具師で、一発逆転を狙っている。

 だから、俺達が学園で学ぶことは教養や礼儀ではなく、平民の中で生きていける術だった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 入学直後の能力測定で俺が訓練場を半壊してから、5日が過ぎた。

 訓練場の整備は終わり、昨日、未測定だった者達も無事測定が終わったようだった。

 教壇に立つワシントンが忌々しそうに、テストの結果を発表している。


「総合成績3位、ケヴィン=グールド。総合成績2位、アルフレッド=シック。

 総合成績1位、クリストファー=ティンワース」


 俺の名前が読み上げられると、教室を大きな拍手や歓声が覆った。

 俺はみんなに応えるため、立ち上がって大きく礼をするとさらに歓声が大きくなる。

 騒がしい教室の中、顔を真っ赤にしたワシントンが「静かにしろ」と叫んでいるが、俺達は敢えて無視した。俺達を見下した、ちょっとした報復だ。

 さすがに切れたのか、教卓を思いっきり叩き始めた。その無様とも滑稽とも言える姿に、俺達は一斉に静まりかえった。

 肩で息を切らして、ワシントンが俺達を睨み回す。


「いいか、お前ら調子に乗るなよ。お前らが底辺だってのは変わらないんだ。ここにだって、いられるのは1年だけだ。その後は平民として生きていくんだ。

 お前らはその程度の人間なんだッ!それを忘れるなッ!」


 ワシントンの言葉に教室の空気が重くなる。

 前世では一般人だったし、冒険者志望の俺には気にすることではないが、みんなの心には大きく傷つくものだったらしい。先程までの明るい雰囲気が一転して、暗く沈んでしまった。

 そんなみんなの姿に気が晴れたのか、ワシントンが意地悪そうな笑みを浮かべた。


「そうだ、それで良い。身の程を弁えて生きていくことが大事なんだ。しっかり学ぶように

 この後、冒険者志望の者は道場に移動してパーティーを組め。1チーム5人程度だ。

 それ以外の者は、このまま教室で授業だ」


 言い終わるとワシントンは足早に教室を出て行った。

 ワシントンの言葉にショックを受けたせいか、誰一人立ち上がる気配がなかった。

 俺はその雰囲気に耐えきれず、落ち込む奴らを無視して一人教室を出て道場へと向かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺は一人腕組みをして立っていた。

 他のクラスメイト達は未だショックから立ち直れず、俯いたまま意気消沈としていた。

 気持ちはわからないでもないが、ガッカリだった。あんな奴の言葉に、いつまでも意気消沈としている奴らとパーティーを組みたくなかった。逆に、闘志を燃やすくらいの気概を見せて欲しかった。

 チート能力を持つ俺なら、間違いなく今すぐ活躍できるし引く手数多だろう。クラスメイトとは言え、無理に気の合わない奴らとパーティーを組む必要はないだろう。

 わいわい楽しく学園生活を送るのは楽しみだったが仕方ない。そう思った時だった。


「なぁ、良かったら俺達と組まないか?」


 2人の男が俺に声をかけてきた。

 確か、2位と3位の奴だったはず。身体能力測定では一番目立ってた。


「俺はケヴィン。武器は槍。コイツはアルフレッド。剣と盾を使う」

「パーティーを組むなら、実力が近い者同士組むのが良いだろ?まぁ、クリストファーには遠く及ばないんだけど。それでも他の奴らよりはマシだと思うぞ?」


 アルフレッドの言うことはもっともだ。実力差が大きければパーティーを組む利点がない。むしろ邪魔にすらなりかねない。

 その点、この2人なら及第点と言えるだろう。俺との実力差は大きいが、この中では俺に次ぐ実力を持っている。それに後衛の俺には、前衛が必要というのも事実だ。


「わかった。よろしく頼む。クリストファーだ。火属性の魔法を使う」


 俺達がパーティーを組んだのをキッカケに、他のクラスメイト達も動き始めた。それぞれ声を掛け合い、自己紹介し始める。

 ワシントンは5人程度と言っていた。それなら後2人だ。前衛2人と後衛の魔導師1人。基本通りなら回復役は必須だ。


「あと2人。なぁ、回復役は必要だと思うんだが」

「それなら、彼女はどうだ?」


 アルフレッドが指差した方を見ると、人集りが出来ていた。その中心には小柄の女の子がおり、みんなから言い寄られてあたふたしていた。

 なんとなく見覚えがある。常にオドオドした態度で癇に障った。出来れば関わりたくなかった。


「あんなのが回復魔法、使えるのか?」

「え~と。クリストファーから見れば大したことないかもしれないが、一応総合成績16位で上位に入ってるし。彼女も俺達と組むのが良いだろ」

「回復役としてはトップ。問題ないと思う」

「そうか。よく知ってるな」

「いや。情報収集は基本だろ」

「クリストファーには、目にかけるほどではないってことか?」

「あ~。そういうワケじゃないんだが・・・」


 言葉を濁して誤魔化したけど、アルフレッドの言う通り情報収集は必要だ。

 ここは漫画やゲームと違って現実の世界。都合の良い情報通のキャラが勝手に話し始めるなんてことはない。自分から動いて集めなければ手に入らないんだった。気をつけないと。

 気を取り直して、俺達は人集りに向かって歩き出す。

 彼女を勧誘していたクラスメイト達が、俺達に気づいて下がっていく。人集りが割れ、目当の彼女までの障害が綺麗になくなる。

 王様のような気分になり、ちょっと気分が上がる。


「良かったら、俺達のパーティーに入らないか?」

「えっ!?えっ?私ですかっ!?」

「ああ。優れた回復役が欲しくてね」

「で、でも、私なんかがあなたのお役に立てるとは思えませんが・・・」

「そんなことないって。総合成績16位で、回復役としては一番だろ。それなら俺達のパーティーでこそ、力を発揮できるってもんさ」

「クリストファーも感心してた」


 俺に声をかけられたことに萎縮したのか、小柄の女の子は遠慮してしまう。

 しかし、すかさずアルフレッドが女の子を持ち上げてフォローに回る。そしてケヴィンの後押し。

 何の打ち合わせもしていなかったが、見事なコンビネーションだったのでは?


「そ、そうですか?クリストファーさんに褒めてもらえるなんて・・・」


 手応えありだ。

 俺はチャンスと判断し、一気に攻める。


「自己紹介がまだだったね。俺はって、なんで俺の名前を?」

「そ、それは、知ってますよ。あれだけ凄い魔法を使えるんですから。知らない方がおかしいです」

「そっか。知っててくれて嬉しいよ。

 でも、キチッと名乗らせてもらうよ。俺はクリストファー。魔導師志望だ」

「俺はケヴィン。武器は槍」

「アルフレッドだ。剣と盾で前衛を務める。よろしく」

「ア、アマリアです。後衛で回復役です」

「よし、これで4人と。ワシントン先生は5人程度って言ってたし。どうしようか?」

「いるにこしたことはない。ただ、俺達と同レベルでないと」

「えっ、えっっと。あの・・・」


 ケヴィンの言う通り、5人いた方が戦略にも幅が出来て良いだろう。でもアルフレッドの言葉にもあったが、別に5人が絶対というワケではない。ワシントンは5人程度と言っていた。要は4人でも良いし、6人でも良いってことだ。

 現在、前衛は攻撃役のケヴィンとアルフレッドの2人。後衛が攻撃役の俺と回復役のアマリアの2人。戦闘だけを考えれば4人で十分だ。いや、俺1人で十分だった。

 でも冒険者パーティーとするなら、シーフのようなサポート役がいればベストだ。罠解除には必須だ。


「アルフレッド。シーフ志望の奴はいないか?戦闘要員だけってのもマズいだろ」


 俺の問いかけに、アルフレッドだけでなくケヴィンとアマリアも驚いた表情を見せた。

 何か変なことを言っただろうか?


「クリストファーの気持ちは、まぁわかるけど、シーフはさすがにいないだろ?

 俺達、一応貴族なんだし。シーフなんて下賤なジョブは、さすがに。なぁ」


 アルフレッドが困った顔で他の2人に同意を求めると、ケヴィンとアマリアも困り顔で同意する。

 どうやら非常識なことを言ってしまったようだ。この世界では、シーフは卑しいジョブという認識が常識らしい。前世では、シーフはとても役に立つジョブというのがゲームの常識だったのだが。

 まさか素で「俺、変なこと言いました?」をやってしまうとは。

 まぁ、考えてみれば、シーフ(盗賊)になりたいなんて貴族はいないか・・・。

 常識知らずとレッテルを貼られないように気をつけよう。


「てめぇ!今何て言った!?」

「馬鹿な奴と組む気はないって言ったの。わかったらどっか行って」


 突然、言い争う声が聞こえてきた。

 声の方に目を向けると、男が女に怒り詰め寄っている。その場の全員が2人を見ていた。

 変な空気をつくってしまい、どうしようかと内心焦っていたところだったので助かった。


「巫山戯んなッ!総合成績4位の俺様が誘ってやってるんだッ!9位のくせにイキがんなッ!馬鹿はてめぇだろ!俺様より弱えんだから、黙って言うこと聞いてろ」


 どうやら、女に軽くあしらわれたのが癇に触って、喧嘩になったようだ。

 まぁ、格下の相手に馬鹿にされてムカつくのはわかるが、『俺様』はないだろ。何様だよ?

 あっ『俺様か』

 一人ボケ・ツッコミに思わずニヤけそうになってしまう。下唇を噛んで、必死に堪えた。

 そうこうしている内に、事態は険悪な方に進んで行った。


「こうなったら、実力でわからしてやる」


 男が女の胸ぐらを摑み、脅しをかける。

 周りで傍観していた俺達にも緊張感が走る。男の目は血走っていて、明らかにキレていた。

 何より、体格はクラスの中で一番大きく、筋骨隆々としている。テストの力の強さに関しては、圧倒的な結果を出していた。

 対して女の方は普通だった。背丈は男の胸辺りまでしかない。身体は引き締まってはいるけど、腕は男の太さの半分もない。

 成績は4位と9位らしいが、その差はそれ以上に感じ、勝敗は明らかに思えた。


「覚悟しろ」


 男がそういった瞬間、男が天を向いた。

「えッ!?」と思った時には、男の身体がくの字に折れ曲がっていた。

 理解が追いつかない。

 気がつけば、男はうつ伏せに床に倒れていた。

 世界の音が止まった気がした。俺だけじゃなく、その場にいた全員が息することを忘れるほど圧倒されていた。


「テストの結果と強さは違うの。覚えておきなさい」


 静まりかえる中、女が男に向かって言い放つ。それは決して大きい声ではなかったが、俺の耳にはっきりと届いた。

 彼女が何をしたのかよくわからなかった。でも、その姿有様は美しく、気高く感じた。

 彼女から目が離せなかった。正直に言えば、見惚れていた。

 彼女が振り返り、顔がはっきりと見えた。幼さは残るが、凜々しい顔立ちに心臓が大きく跳ね上がる。こちらに向かって歩く佇まいは美しく、同じ下級貴族とは思えなかった。


「ねぇ、私、あなたと組みたいのだけど。ダメ、かしら?」


 心臓の鼓動が一瞬で早くなり、顔が真っ赤に染まり、頭が沸騰した。

 上目遣いで、軽く微笑みながら媚びるように尋ねるてくるその姿に、俺の全てがフリーズした。

 返事は「イエス」なのだが、言葉が出てこない。

 身体の全てが固まり、喉から声どころか息すら漏れないでいた。


「ねぇ」


 彼女が答えを催促してきたが、彼女の表情、一挙手一投足が美しく、可愛く、綺麗で、俺は一層かたく固まってしまう。


「もちろん歓迎するよ。君みたいな強くて可愛いコ、こっちからお願いしたいくらいさ」


 いつまでも答えない俺を見かねて、アルフレッドが応えてくれた。

 本当は、俺が格好良くとは言わないまでも、答えるべきシーンなのだろうけど。こんなに真っ直ぐ女の子から好意を向けられるのは、前世を含めて初めてだった。

 せっかく神様から、それなりの容姿をもらったのだ。こういう事態を予期して、色々シミュレーションをしておくべきだった。

 寮に帰ったら練習しよう。


「本当にいいの?」


 アルフレッドが答えたのに、彼女は俺に確認を取ってきた。

 マズい!

 好意どころじゃない!

 俺に惚れてる!?

 直ぐさま答えなくてはと口を開くが、声が出てこない。「勿論」の一言が出てこない。

 これ以上彼女を待たせてはいけないと思い、俺は必死に沸騰した頭を働かせる。しかしそんな頭で碌な解答が出るわけがない。俺は何度も首を縦に振るという、これ以上ない格好悪い、無様な姿さらしてしまった。


「本当!?ありがとう。

 私、ティーナ。ティナって呼んで」


 幻滅されたと思った。笑われるかと思った。

 でも彼女は俺の返事に、嬉しそうに微笑み返してくれた。その目は俺だけを見ている。隣にいるアルフレッドのことなんて見向きもしない。

 いきなり愛称呼びをお願いされた。

 間違いない。春が訪れた。

 天使?女神?美の化身?

 彼女のことを何と表現すれば良いのだろう?

 わからない。

 告白はどのタイミングですれば良いのだろう?

 わからない。

 初デートはどこに行こう?

 わからない。

 誕生日プレゼントは何をあげたら良いだろう?

 わからない。

 プロポーズの言葉は?場所は?タイミングは?

 わからない。

 わからない。

 わからない。

 わからない。

 誰かが俺の名を呼んでいる。

 誰だろう?どうしたんだろう?

 わからない。

 俺の意識は途切れた。

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