王女:シャーリーン
今日はいつもと違い、放課後に館に戻らないで食堂の2階にある個室に来ていた。食堂の2階には個室がいくつかあり、学生達が談話するのによく使っている。そしてその中の1室で、シャーリーン様とご友人のマーガレット様が向かい合って座っていた。
王族派であるヤング家の御令嬢で、シャーリーン様の昔からのご友人である。代々礼官の一家で、お父様や3人のお兄様も皆礼官になっている。当然マーガレット様も礼官コースである。小さい頃にお母様を亡くされており、家族からとても大事にされているらしい。同じ1年生であるけど、幼く見えるのはそのせいでしょうか?
「あの・・・。その・・・」
館に戻る途中、マーガレット様が相談したいことがあると声をかけられたことで私達はここに来たわけですけど、ずっと口ごもっていて肝心の相談が聞けないでいた。余程話しづらいことなのでしょうか?ただ深刻そうな感じはしますけど、マーガレット様の顔から悲愴さのようなものは見受けられません。
シャーリーン様はマーガレット様が話し始めるのを静かに気長に待っている。これがお二人の関係性なのでしょうけど、給仕が紅茶を届けてから結構時間が経っている。シャーリーン様は、2杯目も飲み終わりそうになっている。いつまで待てば良いのでしょうか?
「私、気になる方がいまして・・・」
「どなたですの?」
ようやくマーガレット様が話し始められました。それにしても、まさか恋愛事とは。シャーリーン様がとても楽しそうです。
「その、――4年生のエドベルド様です」
「マーガレット、どういう方なのです?どこで知り合ったのですか?いつから?」
「その、――騎士の名門であるジェギンズ家のご長男です。まだお知り合いになってはいなくて、――たまたま見かけただけです」
「え~と、お話はもうされたのですか?」
「ま、まだです。遠くから見ているだけで・・・。
それで、どうしたら良いかシャーリーン様にご相談したくて」
「それは、そのエドベルド様とお付き合いしたいとしたいということですね?」
「そ、それは・・・。そうなって欲しいとは思いますけど、――まずはお知り合いになりたくて」
「ダメですよ、マーガレット。そこはもっと強気でいきませんと。そのように弱気では、他の方に取られてしまいます」
「は、はい」
「それで、一体どういう方なのですか?マーガレットはどこに惹かれたのですか?」
「それは、その・・・。ある日、木に登って降りられなくなっていた子猫をエドベルド様が助けられているのを偶然見て。何と言いますか、胸がときめいてしまいまして。とても身体が大きくて強い方なのに、見た目に反してとてもお優しいところが・・・その素敵で」
「まぁ!意外性ですね。」
「意外性――ですか?」
「はい。“強面なのにとても優しい”とか“冷たそうなのに柔らかく微笑む”という風に、見た目と実際の姿が大きく違うことです」
「それですッ!あの様に大きな身体の男の人が、とても小さな子猫を愛しそうに抱いている姿にときめきましたのッ。助けたときに子猫に微笑んだお顔が、とても可愛らしくて」
「まぁ!まぁ!まぁ!それで私に相談したいこととは何ですの?」
「はい。先程申しましたように、どうしたらエドベルド様とお近づきになれるかと。
実は、エイドベルド様は“強い女性”が好みのようなのです。それでお兄様達に強くなるためにどうしたら良いか聞いたのですけれど。「マーガレットはそのままで良いよ」ですとか「マーガレットは今のままで十分魅力的だよ」「マーガレットの可愛さは皆が知ってるよ」と教えてくれませんでした。
そこで、シャーリーン様の護衛を努めるリラ様に、どうすれば強くなれるのか教えていただきたいのです」
「リラに――ですか?」
「はい。リラ様は学校内で一番、男の方よりも強いかたですから。どうすれば強くなれるのかご存知なのではと思いまして」
「え~と、リラ。マーガレットに良い助言はありますか?」
「はい。強くなるには日々の欠かさない鍛錬が必要です」
「そのぉ~、具体的にどうすれば?」
「はい。走り込み、筋トレ、素振りが主なところでしょうか。初めは無理をせず、出来る範囲内で十分です。続けることが大事ですので」
「そ、そうですか・・・。毎日ですか・・・」
「リラ。手軽に短期で効果がでるものはないのかしら?エドベルド様は4年生ですから、それほど時間をかける余裕はないでしょうし。違いますか、マーガレット?」
「はい。シャーリーン様の仰る通り、あまり時間がないものですから・・・」
「手軽に短期で強くなれる方法ですか?」
あまりに無理な質問に、リラも返答に窮してしまった。もしそのような方法があるのならば、すでに皆が実践しているでしょう。
そもそもエドベルド様の好みである“強い女性”が、本当にそのままの意味とは私には思えなかった?
「シャーリーン様、発言してもよろしいでしょうか?」
「どうしました?クリスティーナは良い方法を知っているのですか?」
「いえ。そもそもエドベルド様が仰った“強い女性”は、本当にそのままの意味なのでしょうか?もしそうなら、エドベルド様はリラのことを気に懸けていると思います。しかし、リラを見に来た方の中に、エドベルド様はいなかったと記憶しています。
ですから、エドベルド様の仰る“強い女性”は腕力ではなく、内面的な強さのことを仰っているのではないでしょうか?」
「そう――ですね。一理ありますね」
「もう一つ。仮にエドベルド様の好みが腕力的に強い女性としても、マーガレット様が身体を鍛えて強くなるのは時間的にとても難しいと思われます。エドベルド様の好みに合わせるよりも、まずは知り合うことを優先させてはいかがでしょうか?」
「確かにクリスティーナの言う通りですね。まずは知り合わなければ、何も始まりませんものね」
「そうでした。どうしましょう?何か良い案はありませんか、シャーリーン様?」
「それでしたら任せてください。私、良い方法を知っています」
こうしてシャーリーン様とマーガレット様の作戦会議が始まった。話し合いは熱を帯び、気がつけば陽は沈み夜になっていた。
お二人はとても楽しそうにされていたけど、本当にうまく行くのでしょうか?
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前の話し合いから5日後。シャーリーン様とマーガレット様が再び集まっていた。
それにしても、まさかこのような展開になるとは・・・。
「あぁ。思い返す度、胸が高まります」
「わかります。陰から見ていた私ですらそうでしたから」
「最初の『出会い頭にぶつかる作戦』は本当に怖かったですわ。シャーリーン様が応援してくださらなかったら、私あの時踏み出すことができませんでした」
「でも、マーガレットが勇気を振り絞ったからこそ、あの様なことになったのではないですか」
「えぇ。偶然とは言え、エドベルド様に抱きしめていただけたのです。私、幸せすぎて、その夜は眠れませんでした」
「ふふ。だってマーガレットったら、ずっと顔を真っ赤にして、恍惚の表情を浮かべてましたもの。私が何を言っても、耳に届いていませんでしたよ」
「もう!その話は止めてください。次の日シャーリーン様に言われて、とても恥ずかしかったのですよ」
「ごめんなさい。そして次の『重い物を持ってもらう作戦』も上手くいきましたね。マーガレットから聞いていただけですけど、本当に紳士な方でしたね」
「はい、そうなんですの!両手一杯に本を抱えた私から本を奪うと「ご迷惑でなければお手伝いしますよ」って。あぁ、あの時のエドベルド様は本当に素敵でしたわ。恩に着せるでもなく、当然のように私を
助けてくださったのです。騙すような真似をしてしまい、少し心苦しかったですけど。
そして先程の。シャーリーン様お聞きになりました?」
「はい。しっかりと」
「落としたハンカチを拾って渡してくださった時「あぁ、君か。縁があるな」と私のことを覚えて下っていたのですよ。もう、私嬉しくて嬉しくて」
「見ていて息が詰まりましたわ。本当に舞台を見ているようでした」
「でも、嬉しさのあまり、私変ではなかったですか?せっかくシャーリーン様が色々と台詞を考えてくださったのに、上手く話すことが出来ませんでした。
もしかしたら、変な人思われていないでしょうか?ハンカチを拾ってくださったお礼ですけど、ちゃんと言えてましたでしょうか?誘えていましたでしょうか?よく覚えていなくて。私、変なことを口走っていませんでした?もしかしてそのせいで断られたのでは?」
「そのようなことはありませんでしたよ。おそらくエドベルド様にとっては、あの程度の善行は取るに足らないことなのでしょう。当然の行為に礼は不要と思われたのではないですか?」
「そう――でしょうか?」
「はい。私はそう思いましたよ」
「そう――ですよね。あぁ、シャーリーン様にそう言っていただけると安心します。
シャーリーン様に相談して、本当に良かったです。ありがとうございました」
「何を言っているのですか。まだ終わってませんよ」
「はい。5日後の『給仕披露会』ですね」
「そうです。今までのことは仕込みにすぎません。本番はこれからです」
「私、頑張ります!」
「応援しています。組み合わせのことは任せておいてください。先生にお願いしておきますから」
「ありがとうございます」
「その程度のこと大したことありません。お礼は上手くいった後に聞かせてください」
「はい」
「それでは最後の特訓といきましょうか。オードリー、後はお願いします」
「かしこまりました。マーガレット様、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いしますね」
こうして、本番の『給仕披露会』まで、オードリーによるマーガレット様の特訓が始まりました。
まさか「立っているだけでは退屈でしょう。貴女も一緒に教えてあげます」と私まで一緒に特訓させられる羽目になるなんて。
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『給仕披露会』は、学年関係なく礼官見習いが給仕を行い、その技術を披露して学校から勤め先を紹介してもらう名目で行われ始めた。けれど、優秀な者は早々に自ら勤め先を決めてしまっている。それ故、現在その実体は全く違っていて、武官見習いと文官見習いが給仕を受け、礼官見習いの者と交流するという出会いの場となっている。恋愛に消極的な者達はこの会で相手を探しているらしい。恋人のいない者や結婚願望の強い女性は、この会に懸ける意気込みが相当なものとオードリーが言っていた。
恋人のいない男性は強制参加なので、エドベルド様も受ける側として参加する。給仕する人と受ける人は、本来先生達によるくじ引きで決められているのだけど、今回はシャーリーン様の計らいでマーガレット様の相手がエドベルド様になるようになっている。
ダンスホールの内側には小さなテーブルがいくつも並べられていて、その1つにエドベルド様が座られている。会はそれぞれ交代で進められるけど、予想外の事で組み合わせがズレないよう、マーガレット様には最初の組になってもらっていた。
シャーリーン様と私達護衛は、他の観覧者同様にダンスホールの外側で会が始まるのを待っています。
進行役の挨拶と説明が終わると、扉が開きいて最初の組の礼官見習い達が入って来た。
会の参加者は3年生と4年生が多いので、1年生のマーガレット様は目立っていた。いえ、目をつけられていると言った方が良いでしょうか?特に勤め先も嫁ぎ先も当てがない崖っぷちの4年生にとって、余裕のある1年生のマーガレット様は場違いな邪魔者でしかないのでしょう。陰口があちこちから聞こえてきます。控え室にオードリーを向かわせたシャーリーン様の配慮は正しかったようです。もしマーガレット様が控え室に1人でいらしたら、どのような嫌がらせを受けていたかわかりません。
カートを運んで、礼官見習いがそれぞれ担当のテーブルにつきました。マーガレット様は予定通りエドベルド様の席にいます。遠目でも緊張しているのがわかるくらい固まっています。5日間のオードリーの特訓で、動きが非常に洗練されていましたけど大丈夫でしょうか?あの時の動きが出来るのでしょうか?見ているこちらも緊張してきます。
「それでは始めてください」
進行役の合図で礼官見習い達が一斉に動き出す。
他の方達が手早く滑らかに紅茶を淹れていくのに対して、マーガレット様にぎこちなさが見られた。昨日はもっと動きが滑らかでしたのに。見る限り、焦りを感じているようです。初めての大舞台に飲まれてしまったのでしょう。焦る気持ちがさらに緊張を高めてしまっているように見えます。
周囲からマーガレット様を失笑する声が聞こえてきました。おそらくマーガレット様の耳にも入っているでしょう。
ふとシャーリーン様を見ると、辛そうな表情をしています。これまで一緒に頑張ってこられたご友人が、最後の最後で思うようにいかない様にもどかしく感じていられるのでしょう。
再びマーガレット様に目を戻した時、大変なことが起きてしましました。手が震えたせいで、カップに注いだ紅茶が勢い余って跳ねてしまいます。1滴だけですがエドベルド様の腕にかかってしましました。
上手くいかないだけでなく、失敗をしてしまったことに、マーガレット様が完全に固まってしまいました。今にも泣きそうなほどです。周りからも嘲笑う声が遠慮なく聞こえてきます。
完全に失敗した。そう思った時でした。
「何かあったのかい?緊張しなくて良い。落ち着いて。美味しい紅茶を淹れてくれるのだろう?」
先程の失敗などなかったかのように、エドベルド様がマーガレット様に話しかけられました。その強面とは全く違う優しい微笑みと口調に、会場が静まりかえります。
エドベルド様の言葉に勇気をもらったのか、マーガレット様の顔に笑みが浮かびます。これまでの焦りや緊張感は消えてしまったようです。手の震えもなく、綺麗に紅茶を注いでいきます。
今や、会場の皆が2人に注目していました。そんな中、エドベルド様が紅茶を一口飲みました。
味わい、ゆっくりとカップをお皿に戻します。そして隣に立つマーガレット様を見上げると「また私のために紅茶を淹れてくれると嬉しいのだけど」と申されました。
静まりかえっていた会場が大いに沸き上がります。周囲の者だけでなく、他の参加者も2人の行く末を気にしていました。会場中を歓声が飛び交いますが、マーガレット様とエドベルド様は2人だけの世界にいるようです。お互い、相手のことしか見ていません。見ている私が恥ずかしくなってしまいます。シャーリーン様が恋愛に夢中になる気持ちが、少しだけわかるような気がします。
マーガレット様がエドベルド様に何か語りかけていましたけど、周囲の声で聞こえなかったのが残念です。
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『給仕披露会』から数日が経ちました。
今日はマーガレット様が報告をしたいということで、いつものように食堂2階の個室に集まっています。
すでに幸せそうな顔をしているので、わざわざ聞くまでもありません。
ですが、シャーリーン様は詳しい話を聞きたいらしく、興味津々です。ここ数日、マーガレット様から声がかかるのを今か今かと待っていました。
オードリーがシャーリーン様とマーガレット様の前に紅茶を置くと、2人とも素早く一口つけます。話し始める前に一口飲んで喉を潤すのがマナーですけど、今のはギリギリ許されるところでしょうか?
「それで、あの後どうなったのですか?」
「そのぉ、実は、婚約することになりました」
「えっ!?もう、――ですか?マーガレット、一体何があったのですか!?詳しく教えてくださいッ」
「はい。実はあの後、エドベルド様から交際の申し出がありました」
「えっ!?あの日の内にですか?」
「はい。私も驚きました。夢ではないかと疑って、思わずエドベルド様に尋ねてしまいました。そうしたら「夢ではありません、マーガレット様。私は貴女とお付き合いをしたいと願っています。どうか私の願いを叶えてくださいませんか」と仰ったのです」
「それで?それで、マーガレットは何と答えたのです?」
「はい、喜んで。と」
「はぁ~~。そうですか。おめでとうございます、マーガレット」
「ありがとうございます、シャーリーン様」
「それで、どういった経緯で婚約まで話が進んだのですか?」
「え~と、それがですね。両親に紹介したいという話になりまして」
「いきなりですか?早すぎませんか?告白したばかりですよね?」
「やっぱり早かったでしょうか?私、ご家族に紹介してくれることが、とても嬉しかったのですけど。後で、お父様とお兄様達からも「早すぎる」と言われてしまいました」
「いえ。マーガレットが良いなら、私は良いと思いますよ」
「そう言ってくださると助かります」
「それで行ったのですよね?ジェギンズ家に。どうだったのですか?婚約されたということは歓迎されたのですよね?」
「はい。それはもう。正直、あれ程歓迎してくださるとは思っていませんでした。
最初はエドベルド様のお宅に伺うことを喜んでいたのです。でも、近づくにつれ、少しずつ不安になってきまして。歓迎されなかったらどうしましょうとか。粗相をしてしまわないかと。お付き合いを許さないのではとか。
もちろんエドベルド様は励ましてくださいました。「そのようなことはない。父も母も姉達も、皆マーガレットを好きになってくれるさ」と。エドベルド様の言葉に私の不安は薄まりましたけど、それでも消えることはありませんでした。そして当日、不安を抱えたままエドベルド様のお宅にお伺いしたのです。馬車を降りて家を前にした時は、足が震えてしましました。どうしても1歩が踏み出せませんでした。そしたら、エドベルド様が私の手を握ってくださったのです。私驚いてしまって。それでエドベルド様を見たら、優しく微笑んでくださり「大丈夫。私がついているから」と仰ってくださったのです。
もう、私緊張なんて吹き飛んでしまって、恥ずかしくて嬉しくて」
「そんなことを言われたのですか?はぁ~」
この後も延々とマーガレット様の話は続いていく。概要だけなら然程かからないのでしょうけど、一つ一つ細かく話され、隙あらば惚気話を差し込んでくるため話が先に進まない。シャーリーン様も興味深く色々と尋ねるので、話が本筋から逸れることも度々。初めの頃は私も興味深く聞いていたけど、似たような内容に今では食傷気味である。
後のことをまとめると、マーガレット様はジェギンズ夫妻に歓待され、結婚前提で話を進められたとのこと。何でも娘3人は凜々しく、逞しく、勇ましく育ってしまい、秘かに可愛らしい娘を望んでいたらしい。夢見た娘を息子が連れて来たということで、その歓待ぶりは驚くほどだったそうです。
そしてマーガレット様の父上の次の休みの日に、ジェギンズ夫妻が挨拶に向かわれるようです。
ようやく話が一段落ついた頃にはすでに夜で、寮の夕食の時間も過ぎていました。
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「今日は素敵な話を聞かせてくれてありがとう。改めて、婚約おめでとう」
「ありがとうございます、シャーリーン様。でも、まだ早いですわ。
お父様には早く休みを取っていただかないと」
「ふふ。その話もまた聞かせてね。あっ、最後に1つ。気になっていたことがあるのですけど」
「なんでしょうか?」
「エドベルド様は“強い女性”が好みなのですよね。マーガレット様とはかけ離れていますけど・・・」
「あぁ、そのことですか。実は私もそのことが不思議で、エドベルド様にお聞きしたのです。そうしたら、お姉様達から「女性の魅力は強さよ」「私達と戦えるくらい強い女性とつき合いなさい」などと言われ続けて、それがご自身の好みと思われていたそうです。
それが、あの『給仕披露会』で私が失敗して落ち込んでしまった姿を見て「この女性を守ってあげたい。側にいたい」と思われたそうです」
「そうでしたの。では、全てが縁の精霊のお導きでしたのね」
「ふふ。実は、私もそう考えていました」
「まぁ、マーガレットったら。まさか最後に、こんな素敵な話が聞けるとは思いませんでした。今日は楽しかったわ。
リラ、マーガレットをしっかり送り届けてね」
「かしこまりました」
「シャーリーン様、お夕飯分けていただきありがとうございます」
「気になさらないで。素敵な恋物語のお礼です。それではごきげんよう」
「ごきげんよう」
マーガレット様が寮に向かわれるのを見送ると、私達は館に入った。
オードリーは急いで入浴の支度に取りかかる。シャーリーン様は一度自室に戻られるようで、2階へ続く階段に向かわれた。
今日はやけに1日が長く感じられた。特にと言うか、何もせず、ただシャーリーン様とマーガレット様のお話を聞いていただけなのに・・・。
「クリスティーナ」
私も部屋に戻ろうとした時、シャーリーン様に呼び止められた。
「はい。何でしょうか?」
「今日の件の報告書を、明日中に提出してください。きっと、お兄様も喜んでくださるでしょう」
今日の件とシャーリーン様が仰ったけど、今日はマーガレット様と恋愛話をした以外何もなかったはず。何のことでしょうか?ただ、シャーリーン様はこのような冗談や嘘を言ったことがありません。
「報告書ですか?申し訳ありません、何の件でしょうか?」
「マーガレットとエドベルドの婚約とジェギンズ家の王族派への加入についてです」
そう言われても、まだ私が理解出来ていないことを悟ったのでしょう。シャーリーン様が私の側まで戻って来られた。
「ジェギンズ家について調べてもらったのでわかっていると思いますが、ジェギンズ家はマリア王妃の件で、王族派から脱退して中立派になりました。それ自体は王家に問題があったので構いません。ただ現在も中立派でいることは、ジェギンズ家には利ではなかったと思います。むしろ中立派でいることが心苦しかったのではないでしょうか。
ジェギンズ家は騎士として名門であり、当主と娘2人も王宮で働いていますが、中立派でいることで出世の機会を逃してきたでしょう。あれから時間も経っています。王族への嫌悪感は薄れているでしょう。
そんな折、息子のエドベルドが王族派のヤング家の娘であるマーガレットを連れてきたのです。是が非でも関係を結びたかったでしょう。もちろん、マーガレット自身のことを気に入ったという話も本当でしょう。
ジェギンズ夫妻がすぐに婚約させたかったのは、そう言う理由があってのことです。エドベルドが4年生で卒業間近ですから、婚約させることが不自然でもありませんし。ジェギンズ家にとっては、これ以上ない縁談とタイミングだったと思いますよ。
そういうわけですので、ジェギンズ家を王族派にするために私も画策したのです。もちろん、マーガレットが友人であったからというのも大きな理由ですけど」
「申し訳ありません。今回の件、そこまで理解が及ばなかったです」
「もしかして、私が恋愛ごとで動いていると思っていましたか?」
「あッ、え~・・・。申し訳ありません」
「あのですね。確かに恋愛ごとは私の興味を引くところです。でも、それだけで私が積極的に動くということはありませんから。
まぁ、人脈を構築するのは主に私の仕事でしょうから。今回の件に気づかなかったとしても仕方ないでしょう。ただ、私の側近として働いてもらうには、こういったことを念頭に動いてもらう必要があります。
理解しておいてください」
「かしこまりました」
見習いとは言え、文官の身でありながらシャーリーン様の意図を全く理解出来ていない自分が情けなくなる。
これまで私は、王家の、シャーリーン様の障害を排除することこそ自分の役目と思っていた。それ自体は間違っていないけど、それだけでは足りなかった。これからもシャーリーン様の側でお仕えするには、文官の役目を理解し、能力を高めていかなければなりません。
今回の失敗を糧に、より一層頑張っていきましょう。
「あっ、そうでした。クリスティーナ、報告書ですけど、私のことは控えめに書いておいてくださいね。お兄様に余計な心配をかけたくありませんから。よろしくお願いしますね」
シャーリーン様の恋愛好きが『恋狂いのマリア王妃』を想像させると、以前王子様に注意されたことを気にされているようです。早速、失態を挽回する機会が訪れました。シャーリーン様にご満足いただけるよう、できるだけ簡素に且つ的確に報告書を書いてみせましょう。
私は気合いを入れて自室へと向かいました。




