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エージェント:アズライト 02

 張り込みを開始して数日後、これからの活動を相談するため、私達は応接室に集まっていた。


「これまでわかったことを改めて確認します。

 潜伏を開始して3日後、深夜に誰かが寮内を歩いていることに気づきました。後をつけたところ、ミネソタ=ブルーミントンの部屋に戻ったことから、翌日、オードリーが彼女の部屋を捜索しました。結果、花弁が数枚入った封筒が隠されていました。この花弁は、アーノルド王子に調べていただき、問題の麻薬であることが確認されています。

 その後引き続き潜伏調査を継続、前回の取引から5日後、プリマス=ロチェスターとミネトンカ=ウッドベリーの部屋の扉の隙間に、封筒がはみ出ていることを確認しました。廊下で隠れ待って、しばらくするとミネソタが現れて、持って来た封筒と置いてあった封筒を交換しました。

 取引については、5日ごとに部屋の扉の隙間から行っているようです」

「ミネソタについてですけど、ツーソン領とオースティン領の間にある3級貴族ブルーミントン領の者ですね。直系ではなく傍系、現当主夫人の妹の長女です。従姉妹のアイオワには直系傍系の関係から、頭が上がらないようです。そしてブルーミントン家はオースティン家の援助を受けています。ですので、ミネソタはアイオワを通じて、ルイジアナの指示で動いている可能性が高いと思われます。

 昼間にミネソタを監視したところ、ルイジアナの護衛を務めるイーガン=マンケイトと数回接触しました。2人に接点はありませんので、取引に関することかと」

「普通に考えれば、ルイジアナが主犯かと。でも、ツーソン家かフォートワース家がオースティン家を貶めるために、ミネソタを唆しているという線は?それとイーガンがルイジアナを裏切っている可能性は?」

「ミネソタもブルーミントン家もオースティン家を裏切るとは思えません。他領に唆されても得るものがありませんし。実行したとしても、自分たちが見捨てられて終わりでしょうから。

 それと、イーガンはルイジアナのお気に入りです。本人もそれなりに良い目に合っていますから、裏切るとは思えません」

「わかりました。これまでのことをお兄様に報告しておきます。

 監視は継続して行うとして、ターゲットはルイジアナとイーガンに絞っても良いでしょう」

「それでしたら、放課後にルイジアナは私が、イーガンはクリスティーナが監視します。ターゲットが寮に戻ったら、夜中までここで待機。後はこれまで通り女子寮で監視。2人の部屋は、学生が登校した後に私が確認します。

 シャーリーン様、男子寮に話を通しておいていただけますか」

「わかりました。

 必ず、彼女たちが犯人である確証や物証を見つけてください」


 調査を開始してから多少の進展は見られたけど、真犯人を決定づける確証は得られないでいた。

 メリーランドは過労で倒れて療養中という理由で欠席している。あまり長引くと、犯人が警戒して証拠を隠滅してしまう恐れがある。多少強引でも、犯人を絞り行動を起こす必要があった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 シャーリーン様の命令に従い、私達はルイジアナとイーガンの身辺を徹底的に調べた。リラとアリスも友人を通じて、2人のことを色々調べてくれていた。

 そして再びアーノルド王子から手紙が届いたことで、私達は館の応接室に集まっていた。


「お兄様から、近日中に結果を出せなければ捜査を中止するようにと指示がありました。

 今日は、中止することも考慮して話し合いたいと思います」


 どうやら諜報局は、これ以上の捜査は危険と判断したようです。ただここ数日、思い切って行動を起こしたおかげで、私達は犯人を突き止めるめることが出来ていた。証拠の隠し場所も把握している。

 しかし、麻薬売買をどのように止めるかで、次の行動を起こせないでいた。


「麻薬売買の犯人がルイジアナなのは間違いありません。ただ少し気になることがあります。

 どうやら、ルイジアナは麻薬の販売をイーガンに中止させているようです。倒れた学生が過労ではなく、本当は麻薬中毒で倒れたのではないか?それがはっきりするまでは、大人しく身を潜めるようにと。

 これに対して、イーガンはルイジアナの指示通りに、今は取引していないと答えていました。それから、勝手に続けている者がいるのかもしれません。調べてみますと」

「しかし昨日私がイーガンを尾行した際、ミネソタに封筒を数枚渡しているのを見ています。それに女子寮での取引は継続されています」

「私からも。最近のイーガンは羽振りが良いそうです。それも突然。理由を聞いても話さないそうです」

「あの、私も。プリマスとミネトンカですけど、最近お金に困っているようです。友人達にお金を貸して欲しいと頼んでいると聞きました」

「つまり、イーガンはルイジアナの言いつけを守らず取引を続けている。そういうことでしょうか?」

「おそらく。それから、値段をつり上げているようですね。羽振りが良いのは、そのせいでしょう」

「良くない状況ですね。おそらくイーガンはミネソタをスケープゴートにして、ルイジアナに差し出すつもりでしょう。そうなってしまっては手遅れです。早急に行動を起こす必要がありますね」

「シャーリーン様。イーガンはおそらく次の取引を最後に、ミネソタを犯人に仕立てると思います。お金欲しさに主人の言いつけを破るような者です。ここであっさりと手を引くとは思えません」

「それでは次の取引、3日後の夜までに何とかしないといけませんね。何か良い案はありますか?」

「アーノルド様から、王家が動いていたことを悟られないようにとの指示もある。それを前提に作戦を立てる必要がある」

「寮監がイーガンとミネソタの部屋から麻薬を発見するというのは?」

「難しいですね。隠し場所は突き止めましたけど、偶然発見したというのは不自然になってしまいます」

「それでしたら、ミネソタを現行犯で捕まえるのは?」

「それではミネソタだけで、ルイジアナまで辿り着かない」

「ミネソタはルイジアナと直接関わってないから。少なくともイーガンを関わらせる必要があるの」

「ただ次が最後の取引になるのでしたら、イーガンも一層慎重になってしまいますね。ルイジアナにも気づかれないようにしないといけないわけですし。目立つことなく、普段通り過ごすのではないですか?」

「はい、その通りかと。これまで通り動かれると、こちらとしても罠をかけにくいですね。違和感を察知して逃げられるかもしれません。むしろ人との接触を避けて、部屋に籠もってしまうかも」

「普段と違うことなら、2日後のお茶会はどうでしょうか?ビリングス=ツーソンとスタンフォード=フォートワースとお茶会を開きます。表向きオースティン家、ツーソン家、フォートワース家それとウィチタ家は、アウグストゥス連合国に対しての防波堤ですから。もっとも、裏ではそれぞれ連合国と繋がっていますけど。

 それで情報交換を兼ねた親睦会という名目で、お茶会を定期的に行っているみたいですね」

「それなら、私に良い案があるのですけど」


 ついに私達は麻薬売買を止めるべく、最後の行動を起こすことにした。

 ただお茶会は2日後なので、実質今夜と明日で準備を整えなければならない。はっきり言って時間がない。

 そうは言っても、これが最後のチャンス。シャーリーン様の期待を裏切らないためにも、成功させるしかない。私達は主人のためにと気合いを入れた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 誰もいなくなった男子寮の中、私はイーガンの部屋にいた。

 オードリーに教えてもらった通り、サイドチェストの一番上の引き出しを開ける。中には分厚い本が1冊だけ入っている。手に取ると見た目と違ってとても軽い。本を開くと中がくり抜かれていて、封筒がいくつか入っている。

 はっきり言ってありふれた隠し場所である。中をくり抜いた分軽くなっているのに、重りをいれずそのままにしている。本気で隠す気があるのか疑わしい。この部屋の持ち主は間抜けかと思ってしまうでしょう。でもこれは囮。本命はこの引き出しの底。

 オードリーに教えてもらった通り、ベッドの上で引き出しを逆さまにすると、二重底が外れて隠してあった封筒が落ちる。封筒の中には、それぞれに花弁が5枚入っている。花弁を1枚ずつ抜き出して、匂いを嗅いでいく。

 オードリーがミネソタの部屋から取ってきた物と同じ匂いを確認すると、オードリーの指示通り、袋に入れてポケットにしまい込んだ。数合わせのために、できるだけ似た色と形の違う花の花弁を入れておく。よく見れば全く違うことはすぐわかってしまうけど、一瞥しただけではわからないはず。取りあえず明日の決行まで誤魔化せれば良い。

 すべきことを終わらせると、元あったように二重底に隠して、本を置いて元に戻す。

 最後に扉の前に立ち、来た時と部屋の様子が変わっていないことを確かめると部屋を後にした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 シャーリーン様の館に戻ると、オードリーがすでに台所で準備を終えて待っていた。

 オードリーも私と同じくミネソタの部屋に侵入していた。ここからは女子寮の方が近いとは言え、大差はない。それにもかかわらず、すでに待っていることから、オードリーの手際が良いことがよくわかる。同時に力の差を思い知らされる。

 女子寮への潜伏中に、化粧以外にも隠密行動などの技術も教えてもらってそれなりに技術を身につけたつもりだけど、オードリーの足元にすら及ばないことを突きつけられた感じだった。


「それでは、取ってきた物を頂戴」


 オードリーは持っていた花弁と、私が渡した花弁を布巾で包み込む。布巾が開かないようにしっかりと結ぶと、お湯を入れた密閉容器の中に入れる。布巾から赤いものが滲み出てきた。おそらく、あれが麻薬の成分なのでしょう。

 オードリー曰く、この麻薬は飲み物に花弁を浮かべるだけで摂取できるらしい。手軽だし、見た目が優雅なので、特に女性に受け入れやすいらしい。

 1枚で爽快感。2枚で高揚感。3枚で意識が混沌として、4枚入れると過剰摂取で死ぬ危険がある。毒性が高いので、手軽にファッション感覚で使用していると、すぐに中毒患者になってしまう危険なものである。


「1日漬け置く必要があるから、今日はお終いね。お疲れ様」

「オードリーもお疲れ様でした。

 それにしてもギリギリでしたね」

「そうね。でも運は良いわ。お茶会のホストがルイジアナなのですから」

「そうですね。もし違ってたら、中止せざるを得なかったかもしれないですし」

「本当に。

 それじゃあ、学校に行きましょうか」


 麻薬の花弁が入った容器を冷暗室に隠すと、私達は授業を受けるために学校へと向かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アリスが戻り、いつもの席に座る。


「それで、寮の方はどうでしたか?」


 シャーリーン様が興味深そうに尋ねる。表情にこそ出さないけど、私も気になっている。おそらくリラもオードリーも。


「はい。衛兵が大勢訪れ、学生は寮への立ち入りがまだ禁止されていました。部屋の捜索がまだ終わらないのでしょう。それと諜報局と思われる者の姿もありました。

 イーガンとミネソタは部屋から麻薬が発見されて、諜報局の人に拘束されて連れて行かれました」


 ここまでは狙い通りだけど、まだ重要なことがある。今回の作戦では、運任せの不確定要素であった点。


「それで、王族への疑惑はどうでしたか?」

「これも成功です。こちらの思惑通り、それぞれがお茶会に参加した他の派閥が罠に嵌めようとしたと疑っています。叫ぶように罵り合っていました。今のところ、王族への疑惑は持たれていません。表面上は協定を結んでいましたけど、3家とも出し抜こうと画策していたようですから。今回の件で、仮初めの協定は崩れたと言って良いと思います」


 アリスの返答に、私はようやく達成感を味わうことが出来た。それはシャーリーン様も他のみんなも同じだったようで、笑顔が先程よりも柔らかいように見えた。


「今回の最大の功労はオードリーでしたね。ご苦労様でした」

「勿体ないお言葉です。ありがとうございます」

「クリスティーナもサポートご苦労様でした」

「ありがとうございます」

「2人とも限られた時間と状況の中、よく働いてくれました」

「「お役に立てたようで何よりです」」

「ルイジアナも一命を取り留めたようですから。結果としては、これ以上ないと言って良いのではないでしょうか。お兄様もきっと満足されることでしょう。

 それでは、皆さんご苦労様でした」



 シャーリーン様の労いの言葉を受け、私達は祝杯の紅茶をいただく。

 今回の任務では、オードリーの活躍が目覚ましかったことで、特別にナスカ産の紅茶をシャーリーン様が提供してくださった。私の乏しい語彙力では上手く表現できないけど、いつも飲んでいるものとは明らかに味が違った。とても美味しいのでしょう。オードリーが嬉しそうに紅茶を飲んでいる。一口飲む度にうっとりと至福の表情を浮かべていた。


「ところで、オードリーは今回どれくらい勝算があったのですか?ルイジアナが死んでしまったた可能性もあったのですよね?」

「その点に関しましては、本当に運任せでした。下調べする時間がありませんでしたから。ルイジアナの礼官が優秀で助かりました。それに毒の量も性格ではありませんでしたから、どこまで効果があるのかも確認できませんでしたし」


 お茶会の日、午前中に私とオードリーは、漬け込んだ麻薬を持ってルイジアナの部屋に忍び込んだ。

 今回のお茶会はルイジアナがホストであったので、茶器に麻薬を仕込むことをオードリーが提案していた。

 お茶会の作法として、ホストが毒味のために、紅茶や菓子を最初に一口食してみせる。これを利用して、一晩漬け込んだ麻薬液を、2人でルイジアナの茶器に塗り込んだのだった。どれを使うかわからないので、全ての茶器に塗り込むという手間のかかる作業を。

 もっとも一番大変だったのは、茶器を元に戻す作業だ。礼官は非常に細やかな気配りを求められるため、僅かな変化にも敏感であることが求められている。それ故ルイジアナの礼官に不審に思われないためには、茶器の位置を寸分違わず戻す必要があり、これは同じ礼官であるオードリーでしか対応出来ないことであった。

 それにしても、致死濃度の麻薬液であったので、もし側近が簡易式でお茶を淹れていたら、ルイジアナは死んでいたでしょう。私達もルイジアナも運が良い。殺してしまうと問題が深刻になりすぎて、収拾がつかない状況になっていた恐れがあったのですから。諜報局に伺いを立てていたら、却下されていたかもしれません。シャーリーン様の思い切った判断が功を奏しました。


「あの、今回の件ですけど、学生達の間ではどのような噂話になっているのでしょうか?下手なことを口漏らして、敵に気づかれては元も子もないかと」

「リラの言う通りですね。アリス、どのような感じでしたか?」

「はい。毒味で紅茶を飲んだルイジアナが、すぐに泡を吹いて倒れたそうです。激しく痙攣して、穏やかなはずのお茶会が、一瞬で悲鳴と怒号が飛び交う惨状へと変わったと聞きました。

 すぐに医者が呼ばれ、すぐに処置をしたので一命を取り留めたと言っていました。

 その後、1級貴族令嬢が毒殺されかけたと衛兵が呼ばれ、お茶会の関係者全員の部屋を調べ始めたそうです。結果、イーガンと側近の男子生徒2人、そしてミネソタが連行されました。

 寮の前で生徒達が噂していたのは、このくらいでした」

「ルイジアナの部屋にオードリーが仕込んだ麻薬は見つからなかったのでしょうか?」

「どうでしょう?見つけにくい場所に隠しましたけど、諜報局の人が見逃すとは考えにくいですね」

「おそらくルイジアナが被害者であること、1級貴族であることから、その場では伏せられていたのでしょう。その辺はお兄様に確認することにしましょう」

「イーガン達が連行されたことに対しては、どのような感じでしたか?」

「それについては、憶測であったり根拠のない噂が飛び交っていました。ルイジアナが側近達から恨みを買っていたとか、痴情のもつれだったり、ツーソン家とフォートワース家が共謀したなど。いくつもの噂話が混ざり合って意味不明になったものありました」

「明日には、さらに増えていそうですね」

「アリス、他に何か気をつけておくべきことはありますか?」

「いいえ」

「それでしたら、これで解散としましょう。皆さんご苦労様でした。

 それとオードリーは、明日中に報告書を提出してください」


 シャーリーン様が立ち上がり自室に向かわれたのを見届けると、私も部屋に戻ることにする。調査が始まってから、久しぶりに自分のベッドで寝られる。ベッドは寮の物と同じなのだけど、自分の部屋と空き部屋では落ち着きが全く違ってくる。交代で監視していたので睡眠時間も少なかったし、今日は早めに寝ることにしましょう。オードリーの授業もないのだから。

 そう思って歩き出そうとしたところ、手首を摑まれた。突然のことに驚き見ると、オードリーが私の手首を摑んでいる。


「え~っと、オードリー?どうしたのですか?」

「言いにくいのですけど、お願いがありまして」


 いつも通り雰囲気も言葉遣いも柔らかいオードリーだけど、私を摑む手は力強く、不穏な気配がする。何を頼むつもりなのでしょうか?


「何でしょう?私でお役に立てることでしたら・・・」

「本当!?ありがとう。良かった。クリスティーナなら手伝ってくれると思ってましたわ」


 まだ返事をしていないのに、勝手に手伝うことを約束させられてしまっていた。そのことを指摘しようとするも、オードリーは途切れることなく話し続けて、私に喋らせるタイミングを作らせなかった。

どうやら断ることは無理なようです。まぁ、オードリーには化粧や隠密行動のことなど教えてもらいましたから、そのくらい構わないでしょう。


「わかりました。それで、何を手伝えばよいのでしょう?」

「ありがとうクリスティーナ。実はね、報告書を書くのを手伝って欲しいの」

「報告書――ですか?それは構いませんけど、手伝うようなことありましたでしょうか?作戦の立案も実行もオードリーが中心でしたし。オードリーが一番詳しいではないですか」

「それかね、私文章を書くのが苦手なの」


 オードリーの言っていることが理解出来なかった。文章も何も、詩や物語を書くわけではない。報告書は起こったことをありのまま書くだけ。文章を書くのが苦手でも、報告書は問題なく書けるはずでは?


「すみません。よく理解でなかったのですが、任務でしたこと、起きた結果をそのまま書けば良いのではないでしょうか?」

「もちろんそれはわかってるの。わかってるんだけど、必要以上に書いてしまうようなの」

「どういうことですか?」

「私は大事な事とおもってるんだけど、先生に『オードリーはもっと簡潔に結果だけを書くようにしなさい。本筋に関係ないことを必要以上に書く必要はありません。特に個人的な感想や描写は余計です』って言われるの。毎回、レポートをやり直させられるの」

「それでしたら、書かないように気をつければ良いだけではないのですか?」

「それがわからないの。私にはどれも必要で、どれが余計なのか判断つかないの。養成所(ファーム)では教えてくれなかったし・・・」


 オードリーのいた養成所(ファーム)がどのようだったかわからないけど、私のいた所では、確かにレポートの書き方を教えてもらったことはなかった。そうは言っても、他人の報告書を見れば覚えると思うのだけど。

 オードリーの意外な弱点に驚きはしたけど、内心嬉しく、安堵していた。これまでオードリーには教わる一方で、少し遠い存在のように感じていた。けれどオードリーにも苦手なことがあることで、近い存在に感じることが出来た。そして私を頼ってくれたことが嬉しかった。


「わかりました。それでは、後ほどオードリーの部屋に行きますね」


 しばらく後、約束通りオードリーの部屋で一緒に報告書を書き始めたのだけど、すぐに後悔した。なぜ気軽に受けてしまったのでしょうか。

 認識が甘かった。本当に余計なものを書きたがった。ルイジアナの持っているカップの模様や作りの説明は必要ないです。ミネソタに似合う髪型なんて、オードリーが気にすることではありません。イーガンの服の趣味が良いなんて関係ありません。ルイジアナの紅茶の好みは、――情報としては有益ですけど、今回は書かなくて大丈夫です。

 何度も何度も書き直して、ようやく署名の欄にオードリーの名前とコードネームの“アズライト”を署名して報告書が出来上がった。窓の外がまだ暗いのが救いだった。

ようやく終わった。ようやく寝られる。気力を使い果たした私は自室に戻ろうと扉に手をかけた。


「クリスティーナ、本当にありがとうね。おかげで助かったわ。

 それじゃあ、ゴミを片付けてしまいましょう」


 オードリーが指差す床には、書き損じた報告書の紙が何十枚も散らばっている。

 何というか、色んな意味でオードリーに勝てる気がしなかった。

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