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エージェント:アズライト 01

「皆さん、お兄様から手紙が届きました」


 夕食後、応接室に集められた私達にシャーリーン様が手紙を見せた。

 受け取ったオードリーが手紙を読み上げる。


「愛しい妹 シャーリーンへ

 お前が最後に私の元に訪れてから、幾日経っただろう?

 星を見上げる度、お前に会えなかったことに、宵闇の中を私の心は彷徨う。

 日が昇る度、今日こそはお前に会いたいと、朝日の中で私の心は光を灯す――。

 え~と。しばらくは、シャーリーン様への挨拶が続いてますので飛ばしますね」

「お兄様にしては割合気の利いた良い文章でしたので、皆にも聞いて欲しかったのですけど・・・。

 まぁ、良いでしょう。オードリー、本題をお願いします。3枚目からです」

「はい」


 先日恋愛小説を読み終えたせいか、最近シャーリーン様の恋愛話への熱が高まっている。

 シャーリーン様には笑顔でいて欲しいと願う私達ではあるけど、シャーリーン様の熱量についていくことが出来ず、少し食傷気味であった。

 シャーリーン様曰く、恋愛小説は異世界の方が、ヒロインの繊細で揺れ動く心理描写が秀逸だとか。育ってきた環境が違うせいでしょうか?私だけでなく、他の護衛のみんなも恋愛小説の良さがわからないでいた。


「先日1人の女子学生が薬物中毒で運ばれた。事情聴取したところ「頭がスッキリして勉強がはかどる」と麻薬であることは認識していなかったようだ。

 ある日部屋の扉の隙間に、手紙と一緒にソレが置いてあったらしい。成績に悩んでいたことで、試しにと使ったところ、手紙に書いてあった通り頭がスッキリして勉強が捗ったらしい。そして、いつの間にかソレなしではいられなくなったと。

 その学生の部屋の中にあった薬を調べたところ、最近王都で出回っている物と同じで、アウグストゥス連合国の物である可能性が高い。隣国とは言え、麻薬を持ち込むには我が国の貴族の協力が必要となる。連合国に近いツーソン家、オースティン家、フォートワース家、ウィチタ家のいずれかが関わっていると思われる。しかし、現在学校にウィチタ家の者は在籍していないことから、初めの三家いずれかが協力者であると考えている。

 幸い、自室で倒れているのを寮監が発見したため、彼女のことは誰にもには知られていない。諜報局が動いていることが知られると、証拠が隠蔽される危険があるので秘密裏に行動すること。

必ず犯人を見つけ出し、連合国の企てを阻止するように」


 読み終えると、オードリーは手紙を綺麗に畳んでシャーリーン様に戻す。


「5日前にメリーランド=タウソンが自室で倒れているのを、アリゾナ寮監が見回りの際に発見したそうです。表向きは勉強のしすぎによる過労と言うことになっています。

 どうやら、学校内に麻薬が蔓延っているようです。誰が麻薬をどのように流通させているのかを確認して、阻止する必要があります。被害者がメリーランド1人とは考えられません。他の犠牲者が出る前に、急いで犯人を突き止める必要があります。細心の注意を払って、確実に国賊を見つけ出してください」

「「はい」」

「まずは、寮内で暮らす必要がありますね。シャーリーン様、部屋を手配していただけますか?」

「わかりました。アリゾナ寮監に話を通しておきましょう。他に必要な物がありますか?」

「相手がいつ動くかわかりませんので、魔道具の『静寂の間』を10個用意していただけますか」

「わかりました」

「取りあえずはそれで十分です。それから、今回は私とクリスティーナが張り込むことになります。

 アリス、シャーリーン様のお世話をお願いします」

「わかりました」


 オードリーの主導で任務の準備が進んでいく。私達はオードリーの考えを基に、それぞれの役割や行動を話し合い決めていった。

 オードリーは隠密や暗殺を得意としていて、この任務には適任であった。だから彼女が色々と決めていくのはわかるけど、私をパートナーに選んだ理由がわからない。後で聞いてみましょう。


「何か確認しておきたいことはあります?」

「張り込むのは女子寮だけ?男子寮はどうする?」

「確かにアリスの言う通り、男子寮の方も確認したいところですけど。人手が足りませんから。まずは女子寮だけで進めていきましょう」

「わかった」

「あの。それでしたら、男子生徒の側近を養成所(ファーム)に依頼するのはどうでしょうか?」

「貴女達が訓練を受けて、私の側近となったことは秘密です。貴女達はあくまで普通の学生で、かつて王族の側近を務めた者達の親族という経緯で私の側近になりました。ですからそれなりの身分です。それにもかかわらず、入学からすでに1ヶ月以上経ってから学校に通い出すのは、不自然さが目立つと思います。一度クリスティーナを怪我で療養させていますから、似たような手は控えた方が良いでしょう。

 もし男子学生を護衛兼側近として養成所(ファーム)からつかせるのでしたら、来年からにしましょう。

 貴女達の存在、陰で動いていることを気づかれたくありません」

「わかりました」

「他にはありませんか?

 ないようでしたら、話は一旦終わりにしましょう」


 オードリーは作戦会議を終わらせると、シャーリーン様の入浴の準備へと取りかかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「オードリー、クリスティーナです。少しよろしいでしょうか?」


 任務のことで聞きたいことがあった私は、寝る前にオードリーの部屋を訪れた。

「どうぞ」と返事をもらうと、扉を開けて部屋の中に入る。

 最初に目についたのは豪華で、私達養成所(ファーム)出身には不釣り合いな家具達だった。確かに1階の部屋は使用人用で、2階のオードリーの部屋は家族用として誂えられたものなので、部屋の大きさが違うのはわかる。使用人部屋より、家族用の部屋が豪華なのもわかる。元々孤児で、養成所(ファーム)に入る前は養護施設で貧しい生活をしていたし、養成所(ファーム)では必要最低限の物しか与えられてこなかった。だから、今の環境に不満があるわけではない。シャーリーン様のお側で直接仕えること以上の幸せはないと思ってもいる。

 それでも、思わず羨んでしまった。


「豪華な部屋ですね」

「家族用の部屋ですからね。

 私が卒業したら、クリスティーナがこの部屋を使うと良いわ」


 オードリーに笑われてしまった。つい顔に感情が出てしまったらしい。諜報員として未熟なところと子供っぽい感情をごまかすように、私はオードーリーの言葉を否定してしまう。むしろ、それが子供っぽかったと気づいたけど、すでに遅い。


「私ではなく、リラが使うかも」

「武官は1階と2階に分かれて配置するから、アリスが卒業するまでリラは1階よ。だからこの部屋は、クリスティーナが使うことになるはずよ」

「そう――なんですか?

 それにしても、化粧道具の数が多いですね。私なんて、必要最低限しか持っていません」

「礼官ですからね。シャーリーン様を飾るのに、どのような物があるのか、似合うのかと揃えてたら増えていく一方で。もし気になる物があるなら、持っていくと良いわ」

「いえ。支給品がありますから」

「ダメよ。局の支給品は男の人が適当に選んでるのよ。値段だけ見て適当に。人それぞれ合う合わないがあるのに、男の人はわからないの。ううん、わかろうとしないの。

 だから、自分の物は自分でしっかり選ぶとこと。良いわね?」

「いえ、そこまでしなくても・・・」

「ダメ。私達はシャーリーン様、王女様の側近なのよ。最低限ではなく、シャーリーン様に相応しい姿をすべきでしょ?恥を掻くのはシャーリーン様よ。

 それに、化粧によって雰囲気が全然変わってくるから、任務でも役に立つわよ。相手の好みになって色仕掛けとか、変装とか」


 オードリーの言い分は正しく、私は言い返すことが出来なかった。化粧は養成所(ファーム)で教わっているので技術がないわけではない。ただ、何が似合うのか、どうやって選んで良いのかがわからなかった。むしろ、おかしくなければ上出来という気持ちだった。


「まだやる気にならない?

 それじゃあ、言わないでって言われてたけど。

 あのね、この前リラが化粧のことで相談に来たわよ」


 私はオードリーの言葉が、一瞬理解出来なかった。言葉は聞こえていたけど、頭がそれを受け入れようとしなかった。


「えッ!?リラが?なんで?」

「それ、リラに失礼よ。気をつけなさい。

 ほら、リラは決闘で人気者になったじゃない?それで、クラスメイトから「化粧品は何を使ってる?」とか「こんな風にしたら、もっと可愛くなるんじゃない?」とか言われたそうよ。

 それで仲良くるために、化粧品について教えて欲しいって」


 養成所(ファーム)時代は「武官に化粧は必要ないでしょ」とか「私、色仕掛けとか出来ないから必要ないし」と私以上に化粧に無関心だったのに。

 リラが遠くに行ってしまったような、置いて行かれてしまったような感覚に襲われる。

 いつまでも一緒と思っていたけど、友人のことといい、化粧のことといいリラは苦手なことも克服しようと頑張っている。このままでは本当に置いてかれてしまう。リラが隣にいない。そんなことを想像しただけでも目の前が揺れてしまう。

 そんなの無理!


「オードリー、私にも教えてください!」

「良かったわ。やる気になってくれて」


 それから日付が変わるまで、オードリーに化粧について教えてもらった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌日、私とオードリーは早速女子寮で張り込みを始めた。

 就寝時間後に寮監の手引きで寮に入る。寮内の明かりは点いたままだけど、皆部屋にいるので辺りは静寂に包まれている。寮監の後を、オードリーと一緒に潜伏部屋まで気配を消して進んでいく。階段を上り部屋の前に着くと、薄く話し声が聞こえてくる。私達が部屋に入ると、寮監は監督官としての仕事すべく、声のする部屋へと向かった。

 部屋は元々空き部屋で、階段の近くなので人気がないけど、人の移動を察知しやすいから張り込みには向いている。幸い隣も空き部屋のため、多少の会話や物音を立てても問題はない。とは言っても、先程のように声や音が漏れてしまう恐れもあるので一応魔道具の『静寂の間』で補強をしておく。秘密裏に任務を遂行するためには、私達の存在は隠す必要がある。

 準備が終わると、もう一度張り込みの役割を確認する。

 私とオードリーが2時間交代で張り込みをしていく。動きがあったときは単独で動かず、必ず相手を起こして2人で対応する。朝は、皆が起きる前に私は寮を出て、シャーリーン様の側近として共に行動する。オードリーは全員いなくなった後に、各部屋を探ってから寮から出る。

 いつ犯人が動くのか、証拠をつかめるのかわからないけど、大事なのは気取られないこと。忍耐と慎重さが要である。

 確認が終わると、私は昨日聞きそびれてしまったことを尋ねた。


「ところで、オードリーは今回の任務に、何故私を選んだのですか?」

「え~っとね。1つは、館でのシャーリーン様の護衛に、アリスを残して置きたかったから。アリスは機転が利くから、何かあった時にシャーリーン様を守るのに、一番頼りになるから」

「はい」

「2つ目は、リラではよりクリスティーナの方がこの任務に向いているから」

「あぁ。確かにそうですね」


 2つ目の理由で、なぜオードリーが私を選んだかがよくわかった。おそらく養成所(ファーム)での成績を見たのでしょう。リラが全く隠密行動が出来ないわけではない。尾行なら十分技術を身につけている。ただ潜伏となると少し不安が残る。

 そして何より、リラは学校中で一番注目を浴びている人ということ。万が一誰かに姿を見られても、私なら誤魔化せる。でも、リラは間違いなくバレてしまう。

 つまり、オードリーの相手は私しかいなかったとも言える。


「わかりました。

 それで、どうしますか?もう順番に休憩を取りますか?」

「え~っとね。寝るにはまだ早いから、少しお勉強をしようかなって」

「勉強って、また化粧のことですか?」

「それも良いんだけど、今日は隠密行動を教えようかなって」


 正直なところ、また化粧について学ぶのかと内心焦った。

 化粧品の知識や化粧の技術を昨夜色々と教わって、それなりに身につけることは出来たつもりだけど、問題は答えがないということ。可愛くするのか色っぽくするのか、幼く見せるのか大人っぽく見せるのかなど、目的によって化粧の仕方は変わってくる。もちろんある程度のパターンは存在するけど、それが人によって似合う似合わないかは違ってくる。場所や状況によってもそう。貴族街なのか王宮なのか。令嬢としてパーティー会場に溶け込むのかメイドとして屋敷に潜入するのかなど。

 知識よりも感覚を磨く必要があった。オードリーは慣れれば大丈夫と言っていたけど、不安しかない。

 だって同じ色なのに、メーカーによって肌に合う合わないとか。使ってみないとわからないとか。パターンが無限にありすぎて、覚えきれる自信がない。


「化粧は明日教えてあげる。連日だと大変そうだしね」


 からかう様に言われてしまった。表情は隠したつもりだったのですけど、また顔に出てしまったのでしょうか?

 なんか、もうオードリーには一切隠し事が出来なさそうです。

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