エージェント:クリスタル 01
「次、クリストファー=ティンワース」
名前を呼ばれた俺は集団から抜け出ると、教師の横に並び立つ。
「1分だ。始めるぞ」
合図と共に砂時計がひっくり返され、俺は魔法の詠唱を始める。
クラスメイトと同じ初級魔法で、一つずつ的に当てていくのは面倒極まりない。
要は、全部当てれば良いのだから。
何より、隣の偉そうな教師がムカつくので、一泡吹かせてやりたかった。
それまで気の抜けた教師が、俺の詠唱を聴いて慌て出す。
しかしもう遅い。
「始め」と言ったのはそっちだ。今更後戻りは出来ない。
詠唱を終えた俺は右手を前方に突き出し、魔法名を口にする。
「フレアロード!」
右手から放たれた獄炎は、目の前の物全てを焼き尽くす。訓練場の半分が火の海と化した。
炎が音すら焼き尽くしたようだった。教師の慌てる声も、後ろで騒いでいたクラスメイトの声も消えていた。ただ炎が燃える音だけだった。
そして砂時計の砂が全て流れ落ちるのと同時に、俺は指を鳴らして魔法を消し去る。
「ジャスト1分です」
炎が消え去った跡は全て炭となっていた。そこには的の残骸すら残っていない、焦げた地面だけ。
さらに空間にヒビが走る。訓練場を覆っている魔法防護壁を傷つけてしまったらしい。
全力を出さなかったおかげで、防護壁は壊れることなく、ヒビはゆっくりと消えていった。
どうやら、全力で魔法を使ったらとんでもないことになりそうだ。
「な、な、な。なんてことしてんだッ!訓練場をこんなにして!どういうつもりだッ!?」
「どうもこうもないですよ。得意な魔法を使って良いと言ったのはワシントン先生ですよ。
俺は先生の言う通り、的に向かって得意な魔法を使っただけです」
「ふっ、巫山戯るなッ!非常識にも程があるッ!こんなことしてタダで済むと思ってるのかッ!」
「巫山戯てませんよ。得意な魔法を使った。制限時間の1分間魔法を使った。魔法を的に当てた。
全部、先生の言った通りですよ」
「くッ!
もう、良い!下がってろ!次ッ!
って、これじゃぁ・・・」
ワシントンが悔しそうにしているのを横目に、俺は言われた通りクラスメイトの元に戻る。
偉そうに俺達を見下していたヤツの悔しそうな姿を見て、俺は内心ほくそ笑む。
クラスメイトの元に戻ると、皆が呆然と俺を見ていた。全員が口を開けたまま放心していた。
「ちょっとバカっぽい」と思ったのは秘密だ。
「見た?ワシントンの顔。傑作じゃね?」
俺の言葉を皮切りに、訓練場が大声に包まれた。
「今の何?凄いってレベルじゃないだろ」
「なんって魔法使ってんだよ!」
「ヤバすぎだろ。こええよ」
俺の使った魔法に驚くクラスメイト達が、歓声を上げて取り囲む。
ヒーローになったみたいで、ちょっと嬉しい。
「魔法は小さい頃から好きで、人一倍訓練を積んできたから。
それに、偉そうにしているアイツがムカついて、つい・・・ね」
俺の言葉にみんなが湧く。楽しそうに笑う。
それが嬉しくて、俺も心から笑った。
「お前らッ、何を騒いでるッ!テスト中だぞ!」
せっかくの楽しい場にワシントンが水を差してきた。
相変わらず俺達を見下し、苛つかせるワシントンにムカつく。
「テストと言っても、この有様じゃもう無理でしょ。
あっ、こんな風にしたのは俺か。ワシントン先生の言いつけを守ったんだけどなぁ」
「ぐぐぐ。
もう良いッ!テストは終わりだ!まだのヤツは後日行う。解散ッ!」
ワシントンが背を向けて、逃げるように立ち去っていく。
その後ろ姿を、俺達はニヤニヤと嗤いながら見送った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の放課後、俺は下級部部長室に呼び出された。
「話はワシントンから聞いた。何でも訓練場の半分を焼き尽くしたそうじゃないか。魔法1発で。
しかも使ったのが『フレアロード』だとか。一学生が使えるものじゃない。どうやって身につけたのかね?」
「どうもこうもないですよ。小さい頃から学んで、努力しただけです」
「はぁ~。わかってないのかね?
『フレアロード』は努力した程度で身につけられる魔法じゃない。類い希な才能があって、初めて使えるものなんだ」
「そうなんですか?まぁ、多少は難しいかなと思いますけど」
「成程。自分には類い希な才能があったと言うわけだ?」
「それはわからないです。今まで人と比べたことがないので」
勿論嘘だ。15年も生きてきて、世界を知らないなんて馬鹿ではない。少なくとも、俺も前にテストを受けていたクラスメイトを見れば、自分が優れていることくらいわかって当然だ。
しかし、物事には様式美というものが存在する。
電話に出たら「もしもし」と応える。湯船に浸かったら「はぁ~」と大きく溜息をつく。
意味のないことかもしれないけど、それがなければ美しくない。
謙虚さを見せつつ、イキってみせる。ここはそれこそが美しい。
「そうか。よくわかった。
では、本題に入ろう。
冒険者ではなく、軍を目指す気はないかね?」
「軍・・・ですか?」
驚いた。
てっきり、訓練場を駄目にしたことを注意されるかと思っていた。
まぁ、全部ワシントンのせいにするつもりでいたのだが。
「そうだ。冒険者という不安定なものより、軍に入れば安定もする。それだけの実力があれば、身分以上の待遇も得られるだろう。望むなら私が推薦状を書くが、どうだろう?」
「そうですね・・・。少し考えさせてください」
「もちろんだ。卒業まで1年ある。とは言え、待てるのは半年だ。先方にも都合がある。それまでに結論を出してくれ。それと、この事は誰にも言わないように。
話は以上だ」
「わかりました。失礼します」
部長室を出ると、俺は日射しが僅かに入り込む古い廊下を出口へと向かって歩き出した。
部長のデトロイトの提案は魅力的なものだ。俺達、底辺の5級貴族の長男以外は真面な仕事に就くことができない。身分こそ貴族ではあるが、就ける仕事は平民と変わらない。
だからこそ、軍に入隊というのは、普通の者ならばとても魅力的なものだったろう。普通の貴族ならば。
「せっかくチート能力をもらえて転生出来たんだ。楽しまなきゃ、損でしょ」
誰もいない廊下で、俺は一人呟いた。
そう。俺、クリストファー=ティンワースは転生者である。
前世では周りの環境が最低で、碌な人生を送れず、終いには車にぶつかって死んでしまった。
死んだ直後、俺は何もない真っ白い空間にいた。
そこで神を名乗る存在から、俺が本来違う世界の人間であることを知らされた。勇者と魔王の戦いの影響で、魂が別の世界に飛ばされたとか。そして俺が死んだことで、ようやくその魂を元の世界、いわゆる剣と魔法が存在する世界に戻せるらしい。
俺が本来とは違う世界で生きることになったお詫びとして、神は俺の願いを三つ叶えてくれた。
一つ目は、魔法の才能を。前世では物語の中にしかなかった魔法は憧れる。
二つ目は、高い身体能力を。俺がなりたいのは魔導師の冒険者だが、前世の時みたいにヒョロガリでは命を落とす危険が高い。イザという時は走って逃げられるだけの運動能力は必須だ。
三つ目は、可愛い彼女を。だが、これは駄目だった。相手の意識や思考を変えることは出来ないと。代わりに、整った容姿を与えられた。最初は絶世の美貌をと提案されたけど、それはさすがに断った。前世では非モテの俺が、女を惑わす美貌を手に入れても扱いきれない。そこそこで十分だ。
こうしてこの世界に転生したわけだが、やはり異世界といえば冒険者だろう。
己の実力で一攫千金を狙う。正しく物語の主人公になれる。
それだけの実力が俺にはあるのだ。わざわざ人に仕える意味がない。
古びた校舎から外に出ると、強い日射しが降り注いだ。
俺は太陽に向かって拳を突き上げた。
「部長の手前「考えてみます」って言ったけど、答えは最初から決まってるっつうの。
夢を追いかけて、摑んでこそ男ってもんだろ」