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第9話 死闘の果てに刻まれた因縁 ショウタ編

ところ変わって南の渓谷。

訓練班長率いる新兵部隊は、救難地点への道を歩んでいた。


場所は南の渓谷沿いの密林地帯。

鬱蒼とした木々が視界を塞ぐが、轟々と流れる激流の音が崖下の川の存在を知らせてくる。

総勢50名もの大所帯、しかも負傷者を引き連れての歩みは遅い。


どうしてこうなってしまったのだろうと、一際大柄な赤毛の新兵は思う。

幸いにして彼に深手の傷はない。

しかしここに至るまでの道中負った、数多くの軽傷や打撲の痛みが、彼の足取りから力強さを奪っている。

実戦を前にした行軍訓練、ただひたすらに歩くだけのそれは、しかし周囲からいつモンスターが襲ってくるかわからない緊張感の中にあっては全く別の色を帯びる。

一人、また一人と音を上げる他の新兵達の中にあって、故郷の村で一番体が大きく頑丈だった彼は、遅れることなく班長の歩みに食らいついていた。


日々の農作業のみで一日が終わる小さな村。

時たま訪れる行商人の護衛ハンターが語る武勇伝は、幼い彼の冒険心をおおいに刺激し、その道を歩ませるには十分な輝きに満ちていた。

その輝きへの憧れのままに、ようやくハンターの世界に踏み込んだ彼は、未来への期待と希望に満ち溢れていた。


しかし現実はどうだ。

グリードは故郷の村でも見たことがあった。

囲んで棒で叩いて退治したこともある。

しかしここで遭遇したグリードは故郷のそれよりも大きく、凶暴で、しかも群れをなして襲い掛かってきた。

訓練班長の指揮の元、どうにか追い返すことは出来たが、慣れていない者たち―――その中には勿論自分自身も含む―――を抱えての戦闘は散々なものだった。

むせかえるような緑の臭いにまぎれて、鉄さびた赤い臭いが紛れてくる。

前方でまとめて歩く負傷者から漂う血の臭いだ。

故郷で家畜の血の臭いは飽きるほどに接してきたが、こんなにも鮮明な人間の血の臭いは、赤毛の新兵にとっては初めての経験だった。


「止まれ!」


うつむいていた赤毛の新兵の視線が、訓練班長の声によって前へと戻される。

グリードだ。

地を這うトカゲのようなフォルムをしているが、問題はそのサイズだ。

大柄な成人男性が四つん這いになっているようなもので、地を踏みしめる爪は大きく鋭く、緑色の全身を覆うまだら模様がその筋肉の隆起を強調している。


「動ける者、前へ!」


訓練班長の声に緊張が滲んでいる。

グリードの数は10匹ほど。

それらがじりじりと距離を詰めつつ、哀れな獲物を囲い込もうと迫る。

赤毛の新兵は己の武装である槍を握りしめようとしたが、汗で滑って二度三度まごついた。

その隙をついたわけではないのだろうが、先頭のグリードがぐっと身を沈め、飛び掛か―――らなかった。

首を高く伸ばし、周囲をきょろきょろと見渡し始める。


()()()()だ。


そして周囲に、これまでに嗅いだことのないような強烈な獣臭がむっ、と漂う。

グリードが不安げな嘶き声を上げる。

その場にいる人間の全身が、一斉に総毛だつ。

濃厚な死の気配。

そのことに気づくより先に一瞬、静寂が訪れ―――そしてそれは現れた。

グリードの群れをそのまま圧し潰すような大質量。

瞬きする間もなく頭上から降り立ったそれは、哀れなグリードの上に着地しその全身の骨を粉々に打ち砕く。

見上げるような巨体。

猫科動物のごときしなやかさと隆起する筋肉の巨大さを併せ持つ漆黒の毛並みは、木々に隙間から差し込む陽光に照らされて、はっとするほど美しい。

しかし獰猛さに溢れたその獣の顔と、口端から突き出た子供の身の丈ほどもある巨大な牙は、目にする者たちの戦意を喪失させるに十分なものだ。


「グオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!」


ブラックファング。

食物連鎖の頂点であることを誇るかのような遠吠えに、今度こそ赤毛の新兵の手から槍がこぼれ落ちる。

これまで己を支えていた、冒険への憧れは消え失せようとしていた。

訓練班長が腰を落とし、背後の新兵を守ろうと盾を構える。

ブラックファングが身を低く沈める。

獣の四肢に力が漲り、死をもたらす一撃の前の刹那の時間。

死を間近にして、限界まで引き延ばされた時間の中。


だからこそ赤毛の新兵は視認した。

ブラックファングの向こう側、地走竜に跨りこちらに疾走する者の姿を。

地走竜を停めることなく、その勢いのままにブラックファングに到達した者はあぶみを足がかりに―――跳んだ。


「!?」


それは誰の驚愕だったのか。

背中にバルカンブレードを背負った者―――ショウタがブラックファングの鬣にしがみつくと、ブラックファングの上半身が大きく持ち上がり意識が新兵達から反れる。

その隙を逃さず、訓練班長は腰を抜かす赤毛の新兵や負傷者を抱えて戦線から大きく間合いを取る。


「救援感謝する! だが君は一体・・・!?」


盾を構え直しながら、訓練班長はショウタに問いかける。


「それはまたあとで! 本隊が今こちらに向かっています!! ここは僕が食い止めるので、新兵達を連れて早く合流地点へ!!」


「食い止める!? たった一人で何を・・・」


驚きの声を上げる班長に対して、ショウタは言葉で応答しない。

しがみついたブラックファングの不安定な頭部を足掛かりに跳躍、大きく振りかぶったバルカンブレードの切っ先が獣の黒い額を切り裂こうとして、首をさらに振り上げたブラックファングの牙によって阻まれる。

金属同士がぶつかる重い音を立てて激突した両者は、その勢いのままに跳び退り、必殺の間合いを計りあう。


じり、じりと。


刃を向けあう両者の視線には、もはや他の者など入っていない。


「いいから早く!!」


「あ、ああ・・・」


ショウタの叫びに一瞬の逡巡を見せる班長。

だがそれよりも新兵達の安全を優先したのか、一度ショウタを振り返ってから班長達はその場をあとにした。

そしてその場には、お互いに一歩も譲らぬ闘志が二つ残される。


ブラックファングは、ギガントハンターズでの人気モンスターの一つだ。

別名牙刀獣とも呼ばれる彼の特徴は、なんといってもその巨大な牙だ。

上質な武器の材料ともなるそれは、研ぎ澄まされた鉄の刃よりもなお鋭い。

頭を振り回して繰り出されるその牙の一撃は、まるで達人の繰り出す名刀の一撃と対面した者に錯覚させる。

熟練者でも油断ならないその刃とも、ショウタはゲーム内で何度も対峙してきた。


ゲームとは、違う。


離れていても感じる、巨大な獣の体温と息遣い。体から発せられる熱量。生命力に満ち溢れた獣臭。

人間などおよびもつかない、生き物としての圧倒的な強者はしかし、油断なくショウタの隙を伺っている。

目の前の獣は、ショウタだけを見ている。

なぜかそのことにショウタは、得体の知れない喜びを覚える。


「いいぜ・・・」


知らず、口調が普段とは違う乱暴なものに変わっていき。


「徹底的にやりあおうぜ・・・!」


口端が、凶暴に吊り上がることをショウタは自覚する。

両手で握っていた柄から片手が離れ、突きつけた切っ先の腹を支えるような構えに切り替わる。

圧倒的運動量を誇るブラックファングに、内蔵された銃弾を叩きこむ隙などはない。

それよりは小回りの利く、剣先を中心とした立ち回りが要求される。

人と獣の違いはあれど、ここに二振りの剣による一騎打ちが始まった。

先に間合いを詰めたのはどちらだったのか。

ほぼ同時に、爆発的に踏み込んだ両者は、お互いの首筋を抉ろうと剣先を一閃する。

激突する刃はしかし、単純な質量差からショウタが後退する。

ショウタはその勢いを受け止めきることはなく、刀身を寝かせるようにして受け流すと、そのままブラックファングの側面に転がり込む。

そこはブラックファングの死角だ。

狙うは獣の頸動脈。

下半身のバネを使った一撃は、しかしまさしく野生の勘によってブラックファングの牙に阻まれる。

大きく弾かれるショウタの体。

その隙を逃すブラックファングではない。

体勢を崩しがら空きになったショウタの背中に、逃れることの出来ない死の牙が迫る。

しかしその瞬間をこそ、ショウタは待ち構えていた。

体勢を崩す勢いを殺さぬまま回転するショウタ、その頬をブラックファングの牙が深く切り裂く。

しかし回転と共に繰り出されたショウタの一撃もまた、ブラックファングの額を深く切り裂いていた。

血のたなびきを置き去りに、飛びずさって距離を取る手負いの両者。

濃密な死のやり取りから一転、渓谷を静寂が支配した。

思い出したかのように、川の激流が鼓膜を打つ。


「グルル・・・」


低く唸り声を上げるブラックファング。

その額からはどくどくと血が流れ、黒い毛並みをさらにドス黒く染め上げている。

ショウタは、傷を負ったブラックファングがぶわっと一回り大きくなったような感覚を覚えた。

流れ出る血が涙のようにブラックファングの顔を伝うが、そこに弱弱しさなど微塵もない。

ただひたすらに、生き物として強者としてショウタの前に立ちふさがっている。

全く関係ないはずなのに、なぜかショウタはラキアの姿を思い出した。

ブラックファングは流れ出る血を一度舐めとってから、踵を返す。

ショウタはその後を追うことは出来なかった。

ぬぐうことのない頬は熱く火照り、頬を伝うぬるりとした感触が遠いことのように思い起こされる。

ブラックファングは一度だけ振り返り、ショウタの全身を眺めてから森の奥へと消えていく。


お前の顔、覚えたぞ。


その視線はショウタへと、雄弁に語り掛けていた。

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