第6話 宿屋の夜と託された願い アキラ編
まるで強制イベントだ、とアキラは思う。
消灯された玄関からすぐの階段を昇り、案内された宿屋の一室。
ログハウスを思わせる木造の室内を、ゆらゆらと揺れるランプの光がオレンジ色に照らしている。
掃除は行き届いているようだが、いかんせん古いのか女将が歩くたびに木の床がギシギシと悲鳴を上げた。
「エイラのあんな元気な顔、久しぶりに見たよ」
椅子に座るアキラを余所に、口も手足も動かしながらテキパキとベッドメイキングしていく。
何か手伝おうか、とも思うがかえって邪魔になりそうで身動きが取れない。
「そうですか」
ほんの一瞬顔を合わせただけのように思うが。
「あんたのことをよっぽど気に入ったのかねぇ」
「いや・・・なし崩し的に彼女をモンスターから助けたもんで」
「そうなのかい?いったいどこで?」
「東の森です」
「東の森!?あの娘ったら一人で・・・」
「え、危ない場所なんすか?」
「危ないも何も、大の大人もあの森には一人で近づきゃしないよ。先月からモンスターのせいで村の物資が不足しててね。あの子のお店は村唯一の生活必需品の供給網だから、何とかしなきゃって頑張っちゃったんだろうねぇ」
「へぇ・・・ハンター用の物資だけじゃないんすね」
「そりゃそうさ。一昔前はハンター用アイテムの品ぞろえも多かったけど、今となっちゃあ出入りが少ないからね。あたしらの生活の生命線さ」
出来上がり! と勢いをつけて最後にシーツを引っ張ることで女将は作業を終えてこちらに向き直る。
「生命線なんて言うけどサ。親失っても一人で雑貨屋切り盛りしてるんだから、あの子はよくやってるよホント。何分人の少ない村だから、あたしらみんなの子だとは思ってるけどね。朗らかにしちゃあいるけど、実際どれだけの負担を背負っているか・・・」
やはり両親はいないのか。
ランプに照らされて複雑な陰影を形作る女将の顔を眺めながらアキラは思う。
「小さな肩に、あたしら大人でも投げ出すような負担をのせちゃってるのサ」
そう言って顔を上げた女将と、アキラは思いっきり目が合ってしまう。
「ねえ、あんたがここに現れたのも何かのご縁だと思わないかね?あの子のこと、助けてあげてくれないかしら」
くりくりとした丸い目で、女将はアキラを見つめてくる。
「あ、いや・・・元からそのつもりですよ。明日もなんか彼女からの頼まれごとするわけだし」
「そういうことじゃなくてサ。あの子にはもっと楽しい時間が必要なのよ、子どもらしく遊ぶ時間が、ね。何分あたしはこんなだし、村の人らも無駄に歳食ったのばっかりだしね。あんたみたいな若いのが来てくれるのは、本当に珍しいことなのサ」
「いやまあ、その・・・わかりました」
女将の勢いに呑まれるように、アキラは思わず承諾してしまう。
それを笑顔で見届けてから、女将は部屋を去った。
疲れてはいないが、荷を解きアキラはベッドに横たわる。
風呂やシャワーはなく、朝になってから井戸水を頭から被るらしい。
汗臭くはないが、体に付着した土や草の匂いが鼻を突いた。
「あ、そういや・・・」
森から帰ってきてから、埃も落とさずにここまで来た。
思い返してみれば、アキラの体から落ちる砂等を女将は文句も言わずに箒で掃除していた。
「・・・無茶振りすぎるだろ」
そんな気遣いも出来ない自分に、あんな自分以上に大人らしい子供の遊び相手になれと。
そんな器用なことが出来るなら、自分はもっと上手いこと生きているというのに。
頭の中に先ほどまでのことが駆け巡り、芋づる式に自身の過去の失敗を思い出して布団を頭まで被って悶絶しているうちに、アキラの思考は眠りの向こう側に溶けて消えた。