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孤独に効く甘い毒

作者: 占波夜宵

人に好かれる人ってどんな人だろう?話が聞けるってどんなことだろう。寄り添う、愛する、恋するさまざまな愛の形と人間の持つ魅力や愛について考えて書いてみました。

 

 彼女と出会ってすぐに離れられた人間は幸運だ。



 あんなに中毒性のある女を探そうとしてもそう見つからない。彼女は恋愛という毒より、もっと強力な情を老若男女の区別なく与える。顔が特別きれいな女ではない。


 でも奇妙なオーラがあり、一度見たら忘れられない。名前は沙都子という。



 僕が出会った彼女が二十歳の頃から、もう彼女のまわりには人があふれていた。ライヴや個展に行けば必ずいる人だった。ライヴはスタッフ扱いで楽屋にまで入っていた。



 だからといって何を手伝うでもない。


 ただそこにいるだけだ。


 個展もオープニングやクロージングの集まりには必ず呼ばれている。



 カジュアルなパーティでもブランドの新作パーティでもよく見かけ、いつも誰かと一緒にいる。背中の空いた大胆なドレスを着ていたり、ジーンズの時もジャラジャラと大きなアクセサリーを着けて、いつも違う服を着ていて華やかだった。


 

 沙都子はアクセサリーを作ったり、服をデザインする作家だ。芸術の才能もないと思わないが、彼女の客は百%彼女と会うの目的として来て、会った代わりに作品を買ったり、彼女にとっておいしい話をしていく。




 彼女は人に話をさせるのが上手い。ニコニコして、ただ寄り添うように人といる。「自分」を極力出さず、誰かがひとつ話すと「それでどうなったの?」「へーえ!アタシ見たことない」など合いの手を入れていき、話している方は人に言ったことのないことまで話してしまう。



 噂好きというわけでもなく、打ち明け話も聞くようだがそれを触れ回ることもない。人を懐に入れるくせに自分のことはほとんど話さないで距離を持つ。人に親身になるがお節介でもない。



 関係性の測りかたが絶妙に上手い。話の聞き方もいいテンポで、「うん」「そお」など短いのだが好意的に受け取れる相槌をくれる。人の話を聞く時うれしそうだ。うれしそうではない時でさえ「好きな様にしていいよ」というムードがある。

 彼女に「気を遣われている」と一切感じさせない。そして「自分を受け入れて貰った」気持ちになる。さらに本当に辛い時には無言で寄り添ってくれる。寂しい人間や自己肯定感が低い人間はひとたまりもない。





 沙都子は今晩は株のトレーダーの男性と食事すると出かけていった。株になんて一ミリの興味もないはずだ。彼女は好奇心と商魂なのか誘われると出かけてゆく。


 僕は彼女と暮らしているが、彼女が何をしようと止めないことがふたりの関係を円満にする秘訣だと思っている。ありがたいことに彼女は性交渉や不倫には興味を示さない。


「ただいま。はあ、疲れたよ」


 夜十一時ごろ沙都子は玄関でロングブーツを脱いで上がってきた。今日もどこで買ったのか分からない派手な柄のワンピースを着ている。カジュアルな毛皮のショートジャケットを脱ぎながら、そのまま出迎えた僕とリビングに行く。



「おかえり。どうだった?」



 何をどうだったんだか自分に突っ込みたいほど、沙都子はいつも通り誰にでも愛想よくテキトーに話をしてくるはずだ。


「うん、今日は高い中華料理を個室でご馳走になって来たの。海老マヨがキライだって言えなかったから我慢して食べたのよ。美味しいから食べろっていうからさぁ。アタシの作ったブレスレットとマフラーを買ってくれた。四時間以上一緒にいたんだよ。アタシに株やれ株やれって言うのよ。株なんてめんどくさくてしたくないよ」



「株の話をずっとしてたの?」


「株と音楽と今夜会った人が最近始めたマネー講座の話?」


 軽く説明する程度には彼女は外であった話をする。


「あとね。アタシがお金がないから株は出来ないって言ったら『俺が三百万出すからやらないか』って。意味わかんないよぉ。アタシがお金増やしたり、溶かしたりするのをどうなったか年中喜んで連絡して来そうじゃない?そう言って、笑って帰って来ちゃった」


 今日の男はかなり重症だ。三百万で株をやらせても自分の世界に一緒にいてもらいたくなってしまったのかもしれない。



「彼が店に来るのは良いけど、もう外で会うの止めようっと」


 よその男がどう言われようといい。いっそ酷く言われていた方が僕はうれしい。でもも自分が「会うのをやめる」と言われると思うとゾッとする。



 沙都子は急に僕の膝の上に座ってきて足をぶらぶらさせた。僕が不安になるとと無言で擦り寄ってくる。僕はうしろから沙都子を抱きしめた。沙都子はテーブルに乗っていた僕のワインを飲む。


「お風呂入って寝よっかな。愁ちゃんと明日はご飯食べたいな。明日の仕事は昼だから昼に店行って夜帰って来るね。車で迎えに来てくれる?」



 沙都子は自分の作品を売る店を都心に持っている。そこで人をもてなして作品を売る。作品ばかりでなく輸入雑貨などもある。


「うん、迎えに行くよ。刺身でも買って帰る?」


「そーね」と一言いって沙都子は僕の膝から降り、風呂に直行した。〝カラスの行水〟と自分で言っているが、十分もしないうちに出てきてそのまま寝室に行きパタンと二秒で寝てしまった。

 僕は眠くもないけど隣に横たわってみる。沙都子の寝息がすうすうと聞こえ、仰向けになった胸が上下しているのを横向きに寝て眺める。僕よりふた回り小さい手をぎゅっと握りしめていたので、手を握った。沙都子がただいるだけで寂しくなかった。


 次の日、約束の時間より三十分ほど早く着くとまだ客がいた。


 時々、沙都子のインタビュー記事などを載せてくれている出版社の女だ。店は十坪ほどあり、奥まったところにソファが向かい合わせに置いてある。


 僕は店の商品棚の影にある会計の椅子に座った。聞くつもりはないが女の甲高い声が聞こえて来る。


「彼は私に毎日、自主的に連絡くれるの。『目が腫れた』だの『昨日はパーティだった』とか自撮りの写メだの動画だのたくさん送ってくれるから、ホントに私を好きで頼りにしてくれてるんだと思うの。私も彼が重くならないようにわがままは言わないようにしてるしね」


「まあ大変ねえ。エラいわねぇ」


 沙都子がやさしく相槌を打つ。


「こんなに耐えてるのに、半年に一度くらいしか会えないんだ。仕事が忙しいって言ってて」


「あら、あら」


「沙都子さん聞いてます?私の苦しみ分かって聞いてます?!私が何のために来てるとおもうんですか!」


「もちろん聞いてるわ」


「チキショウ!一体いつ会えるっていうんだよ!ハアーーークソ!一体いつまで待てば良いんだ!クソォ!クソッ!バカヤロー!チキショウ!」


 女が気がふれたように突然火がつき毒を吐く。


「ツラいわねぇ」


「ラインは来るけど、私が電話してもコールバックもないんですよ!あんまり会えないから他に女がいるかもしれないって考えちゃう。毎日連絡くれるのになぜこんなに会えないか沙都子さんに聞きたい!」


「連絡来るんなら大丈夫じゃない?」


「連絡ってマメなら十人でも出来ますよ!でも突つきたくない。私は理解のある女でいたいの!でも会いたいし、私だけだって思いたいんですよ!何で私の気持ちがわからないんだ!鈍すぎる!死ねばいいんですよ。みんな死ねばいい!鈍感な奴はみんな死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ねえええええ!死んでしまええええ!」


 女は手元にあるバッグを投げた。バッグは沙都子に当たった。沙都子は何事もなかったようにバッグを拾って彼女に返した。


「苦しいわねえ。こんな時に申し訳ないけど、今日はもうお迎えが来てしまったから、また今度ね?」


 女は急に焦り出し「まだ何にも買ってないから待ってほしい」と言ってソファのところから商品スペースに来た。僕は反対にソファの方に移動した。女はピアスを選び、揃いのペンダントも選び出す。


「彼に会いたいからパワーストーンで恋愛に効くものが欲しい」


 沙都子に選んでほしいというので沙都子が三点ほど選ぶと一瞥しただけで女は他のアクセサリーを選んだ。沙都子は全く気にせずにそよそよと話す。


「ステキね。パールとムーンストーンは女性性を癒してくれる効果があるそうよ。ご自分にピッタリなのを選ぶのね」


 女は気を良くして、ぶら下がっていた輸入雑貨の照明も購入した。沙都子がピアスとペンダント、照明などを包装していると女がまた話しかける。


「沙都子さん、私寂しいんです。今度泊まりがけで遊びに行きませんか?難しかったらお食事だけでも良いし」


「ありがとう。また連絡するわね。アタシはスケジュール管理が下手だから」


「そうですか。待ってます。沙都子さんといると楽なの」


 沙都子はアクセサリーを綺麗な箱に収めたあとお店のロゴの入った紙袋に入れ、照明は段ボールの箱に入れて大きい無地の茶色の紙袋に入れて渡した。女に会計を計算機で見せる。女はカードを渡したので沙都子は決算する。カードを機械に読み込みながら、沙都子は言った。


「アタシはね、恋愛と戦争は手段を選ばない人が勝てると思うのよ。誰かの名言だけど」


 三十代前半くらいの女は目を見開いて沙都子を見た。


「戦争ですか?恋愛も?」


「古いかもだけど、アタシの考えはそんな感じ」


 沙都子はうすく笑って女にカードと領収書を渡し深々と頭を下げた。


「ありがとうございました。ごめんなさいね。この後予定があるから、彼に来て貰ったの」


「沙都子さんの彼ですか?」


「ううん。旦那さんよ」


 僕を振り返って手のひらをひらひら振って言う。


「結婚してたんですか!知らなかった!そんな感じしませんもん」


 沙都子はあはははと笑って客を出口に誘った。「じゃあね」と客に手を振って見送る。相手がかなり遠くに行くまで見送って、店の立て看板をしまい鍵をかけて僕のところに来る。


「愁ちゃんお待たせ。お刺身買いに行こうか?」


「うん。車回してくる。今日は忙しかった?」


「五人。五人で六時間だった。十二点売れた」


 沙都子は金庫からお金を出して数え、売上表をつけた。僕は車を出す為に席を立ち店を出る。


 車を回してくると沙都子は店のロールスクリーンを閉め電気を消して、もう外に出ていた。彼女はササっと車に乗り込んで助手席にチンマリ収まる。魚屋には今日六時から六時半の間に刺し盛りを取りに行くと昼に電話したそうで、僕らは魚屋へ向かう。店から一キロほどの距離にある魚屋で沙都子を下ろすとすぐ刺身を受け取りお金を払って、ニコニコ笑って出てきた。



「これで夕飯はバッチリね。お刺身サービスしてくれたみたいよ。あそこはいつもオマケしてくれるの」


 刺身を後部座席に置き、沙都子はいつ買ったのか僕と自分に缶コーヒーを車のドリンクホルダーに置いた。彼女は自分の分を開けて飲み、大きく息を吐いた。


「今日は見られたくなかったよ〜。夕鶴が見られてしまったくらいの気持ち」


「早く着いちゃって悪かったよ。でもそんなこと言わないでくれよ。夕鶴なんて。居なくなるようなことをほんの少しでも聞きたくない」


「いつだって見られたくないわけじゃないけど、今日はやだったの。有閑マダムのティータイムみたいな時は愁ちゃんが来たらマダムたち喜びそう」


「行っていい日に都合よく着ける僕でありたいけどこればっかりはなあ」


「ウフフ。そうよねこちらの都合にいつも合ってたらおかしいわ。愁ちゃんはイケメンだし、品が良くて上背があるから喜ぶ女の人は多いわよ。アタシのトロフィーダーリンだから、人に見せびらかしたいときもあるわ」


 また沙都子に誑し込まれている気がした。


 僕は結婚しているにも関わらず、ずっと愛という戦争をしている。三百万払って沙都子と付き合いたい男よりも、雑誌に沙都子を載せて付き合ってもらう女よりはるかに僕は狂っている。



 二十年前プロポーズした時、僕は「東京都に大きな一軒家を持っているからそれを君にあげる」と言った。「車も付いていて運転手は僕だ」と「生活は僕が頑張るから不自由させない。沙都子は好きに暮らして欲しい」とも言った。僕は沙都子と一緒にいるために今まで繰り返し勇気を振り絞った。



 そのくらい彼女が欲しかった。



 僕は実家が裕福で働かなくても暮らしていける。けれど好きな会社をして働いている。僕も友達が多く、だからくりかえし沙都子とLIVEやパーティで会った。いわゆる三高で何も不自由はなく女にもモテた。



 それでも僕に沙都子という甘い毒は麻薬のように染み込んだ。沙都子に会うまで、自分が退屈していることも寂しいことにも気がつかなかった。


 両親は裕福で兄弟仲もいい。それでも沙都子といると今までが全く空虚だったような気がしてしまった。僕のまわりにいた人間は僕が本当はどんな人間か知っていたのだろうか。 




 僕の話を聞いてもらい、一緒にいるだけで、笑いかけて貰うだけで満たされた。

 かたわらで面白そうに話し、奇妙な商売をしている女。ちょっとでも目を伏せたら無言で寄り添ってくれる女。みんなが欲しがる女を僕が一番欲しかった。


 彼女がどこかに行ってしまいそうで怖いので、頼んで子供も産んでもらった。子供は一八才になる。




 人はただの恋愛だと笑うだろう。でも恋愛よりもっと切実で、失ったら生きていけない僕の生命維持装置。僕がこのまま、より深く多く彼女に関心を持ち続けたら、彼女はずっとここにいる。彼女は金も自分で稼げるし、たくさん支持者がいるから人を切るのはカンタンだ。




 でも、沙都子が「何を好きで何を思い何を考えている」のか僕も聞き続ける。彼女が望まないことはしないし、ツラいことがあったら寄り添う。膝に乗る彼女を甘やかし、いつだって2秒で眠れるほど安心していて欲しい。




 共に暮らして共に老いて行きたい。どんなに老いても容姿が衰えても僕にとってはたったひとりの人なのだ。彼女が安心していても僕は永遠に怖い。



 彼女がいつふらっと居なくなってしまうのか怖い。



 沙都子に出会わないで済めば僕はそれなりにしあわせと呼ばれる人生を過ごしていたに違いない。




 自分が不運なのか幸運なのか今でも僕にはわからない。それでも出会ってしまった以上これしか選びようがないのだ。


 《了》









 



これは続編を書くことなくこれで終わりにしようと思っています。恋を超えたものが描きたかった。

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