第94話 闇カジノを取り締まれ
天井が高く、柱は綺麗に装飾が、施されて床もピカピカに磨かれている。椅子に座って視線を上に向け、天井を見つめながら、リックは幼馴染のアイリスはいつもこんなところを利用しているのかとうらやましく思うのだった。
リックは勇ましい騎士の像が入り口にたってグラント王国の旗がなびく五階建ての建物の中にいる。ここは彼が所属する、第四防衛隊の詰め所の隣の建物だ。初めて第四防衛隊に来た時に、リックはここが詰め所だと勘違いしたのは懐かしい思い出である。
騎士団の支所であるこの建物は、会議室や勇者の宿泊施設などに利用されている。騎士団専用の施設ではあるが、一部は許可をもらえば防衛隊でも借りられる。今日はここの一階の第八会議室で、作戦会議が行われていて、第四防衛隊は全員その会議に参加していた。
「あーあ、早く会議終わらないかな……」
誰にも聞こえないように小さな声で、つまらなそうにつぶやくリック。普段は会議には出席するのは隊長のカルロスのみだが、依頼をしてきた騎士団と第六防衛隊の隊長から、全員出席するように言われたので第四防衛隊総出で来ている。大規模作戦で場所も市街地で行われるため、直接話を聞いてもらって連携を取りたいということらしいが……
会議の出席者は、騎士団の団長ジックザイルと副団長ロバート、騎士団第二黒竜小隊に、第六防衛隊とリック達第四防衛隊だ。広い会議室に椅子が並べられている。椅子は一列が十脚ずつ、真ん中を少し開け、左右に五脚ずつならんで十列ある。大規模作戦のためか出席者は百人以上いて、騎士団は前の方に陣取り、リック達兵士は後ろにおいやられていた。最後の方に来たリック達は座れないどころか壁にそって立っている状態だった。
「いた! 何するんですか!? 急に!」
メリッサに小突かれたリックが横を向く。
「クイっ! クイっ!」
「へっ!?」
リックに向かってメリッサは、顎を一生懸命クイックイッと動かし、何かを訴えていた。リックはメリッサが何を訴えてるのかわからない。考え込むリックに眉間にシワを寄せ渋い顔をしたメリッサは彼の耳元でささやく
「ソフィアをどうにかしな」
「えっ!?」
メリッサの反対隣にいるソフィアを見ると、目を閉じて後ろの壁に頭をつけてフラフラとしていた。会議がつまらすぎてソフィアは器用に立って寝ていたのだ。リックは慌ててソフィアの肩を優しくゆすって起こす。
「ソフィア! ダメだよ。早く起きて!」
「ふぇ!? 失礼な! 起きてますよ…… むにゃ」
「寝てるじゃん! もうダメだよ。騎士団とか他の隊の人もいるだから……」
周りの目を気にしながら、ソフィアを注意するリック、彼女は何とか、目を覚ましたようで、リックはふうと胸を撫でおろした。
「ふわああああああああああああ」
「ソフィア! せめて手で隠して……」
大きなあくびをするソフィア、慌てて彼女の口に両手を塞ぎながら、会議室の前に目を向けるリックだった。会議室の前に立ち作戦の説明してる男性が、リック達に視線を向けたような気がした。
「夜の鐘と同時に騎士団が担当する第一班は正面から突入。第二班は裏口から突入です。第二班は我々第六防衛隊と応援できていただいた第四防衛隊の方々で行います。よろしいですか?」
リック達と同じ制服を着用し、小太りで白髪が混じった眼鏡をかけた、第六防衛隊の隊長が、会議室の前方の壁に張られた見取り図の前で話していた。壁にはられた見取り図は、王都北東に位置する第四区画にある酒場のものだ。
リック達が参加する作戦は闇カジノ殲滅。王都北東に位置する第四区画のある、酒場の地下で無許可で営業を続ける闇カジノの摘発である。グラント王国ではカジノは許可制であり、無許可でカジノを経営することは違反だ。通常であれば区画担当の防衛隊で、対処するのだが、この闇カジノは特に悪質で荒稼ぎしたお金で武装したり、腕の立つ用心棒を雇ったりしてかなり強力だった。そのため騎士団とリック達防衛隊が、共同で大規模な摘発作戦を実施することになった。
「お前さん達。大丈夫かい? 質問とかあるかい?」
一通り作戦の説明が終わって、リック達の前で唯一確保できた椅子に座っている、カルロスがこちらに振り向きみんなに尋ねる。
「あたしは大丈夫だよ」
「僕も平気です」
「俺も大丈夫です」
「私も特に質問はないです」
「はいよ。じゃあこれで終わりになるだろうから、もう少し待っててな」
確認が終わるとカルロスはまた前を向く。リック達以外の兵士や騎士団の人が手を上げて質問を始めた。この質疑応答が終わると作戦会議は終了だ。
会議が終わりリック達は順次退席をはじめる。全員で建物の入り口に向かって歩いていると、リック達は後ろから声をかけられた。
「第四防衛隊のみんな。すまん。ちょっと良いかな?」
「おぉ。ロバートさん。大丈夫ですよ。お前さん達。こっちに来てくれ」
リック達に声をあっけて来たのはロバートだ。振り向きカルロスがロバートさんに答えた。現在の彼は騎士団の副団長とエルザさんが作った女性騎士団のビーエルナイツの副団長を兼務している。兼務というがアナスタシア王女であるエルザさんと一緒にスノーウォール砦にいることが多く、たまに騎士団の副団長の仕事と王都の様子を探りに戻って来ていた。
リック達はロバートさんに連れられて一階のロビーの端へとやって来た。
「申し訳ありません。もうお帰りになるところなのに」
「いいんですよ。詰め所は隣ですから」
「話ってのはなんだい? 今回の作戦のことかい?」
「あぁ。実は…… アナスタシア様から情報提供があってな。今回の作戦でジックザイルが何かを企んでいるらしいから気をつけてくれと……」
ロバートは周囲を気にしながら、少し話しづらそうにしていた。
「気を付けろって…… ロバート。その企みが僕たちに関係しているのかい!?」
「そうなんだ、ジックザイルがこの作戦に君達を指名したんだ……」
「ジックザイルが? 僕たちを? まさかイーノフのことを……」
「いや。それはないです。ただ…… 王都で一番の精鋭を部隊を作戦に参加させると言い出して、実績から君達をジックザイルが選んだんだ」
リック達は王都で一番の精鋭としてジックザイルに指名されたという。リックは実感がないが、メリッサとイーノフさんを見る限り、王都で第四防衛隊は一番の精鋭だと納得する。しかし、なぜ一番強い部隊が必要なのか引っかかる。
「何いってんだい!? 公式の王国精鋭部隊は騎士団だろうに」
「ははっ。メリッサは厳しいな。残念だがジックザイルが今のところ何をしたいのかはわからない。気を付けてほしい」
「わかったよ。ありがとう」
話が終わってメリッサがロバートに礼を言うと、彼はさっそうと建物の奥へと去っていった。
闇カジノ摘発作戦当日の昼。詰め所に全員が居ることを確認してから、カルロスはリック達に机の前に並ぶように指示をした。
「今日は夜の作戦だ。特に変更がなければそれまで待機になる。メリッサはナオミちゃんもいるし近いから夜まで帰ってもいいぞ」
「ありがとう、じゃあ、夜にまた戻ってくるね」
「ふぇ! お疲れ様です」
メリッサさんは一旦自宅に戻りリック達は詰め所で待機をする。彼らは詰め所の奥のベッドで、順番に仮眠をとったりして夜に備えたのであった。夜になりリックたちは作戦の集合場所へと向かう。第四区画は王都北東に位置する区画で、商業が盛んな区画で夜でも賑やかだ。区画のメインストリートから外れ奥まったところに、建物が密集した区画の中でも比較的貧民が住んでいる地区がある。そこに今回の作戦目標の酒場「ラッキーゴールド」がある。表向きは大衆向けの大きな酒場で、安価な酒と料理を提供するとうたっているが、実態は地下に違法カジノをする無法の者たまり場だ。
第六防衛隊と第四防衛隊は、酒場の裏口から近い広場に集合し、二人の偵察隊が酒場の裏口に近い路地で様子をうかがっていた。リック達は待機しながら酒場の見取り図と作戦の確認を行っている。
「みんな配置についたな。お前さん達! 頼んだぞ」
真夜中を知らせる鐘と共に酒場に突撃して、一気に地下までなだれ込んで現場を確保するのが今回の作戦である。第六防衛隊の隊長は同行して指揮をするが、第四防衛隊のカルロスは広場で待機である。
「時間だ。みんな行くぞ」
真夜中を知らせる鐘が鳴った。第六防衛隊の隊長の指示に静かに頷き、広場にいた全員が武器を準備して店に向かって歩きだす。同時に偵察していた二人が裏口の扉の前へと移動し、リック達は並んだまま裏口の前へとやってきた。
ドアを叩く音が響く。中から酒場の関係者が出てきて驚いた顔をする。
「なっなんですか!?」
「兵士だ! この店に違法カジノ経営の疑惑が…… 待て! こら!」
ここに来た理由をつげた、瞬間に逃げ出そうとする酒場の人間を、偵察隊が取り押さえた。その姿を見た第六防衛隊の隊長から号令がかかるのであった。
「突撃だ! 全員逮捕しろ!!!」
「「「「「「「「「「うぉぉぉ---ーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
店の開いた扉からリック達は酒場の中へとなだれ込んだ。酒場の表の方から怒号が聞こえる、前面に展開していた騎士団も突撃を開始したのだ。裏口は厨房で肉や魚が床に散乱し、抵抗してきた料理人を兵士が拘束していく。
「地下への階段を確保しろ! 階段にむかえ! うわーー!」
山賊みたいな風貌の人間五名ほどが、厨房の奥から出てきて、第六防衛隊の隊長に斬りかかった。
「クソ! こうなったら先にあいつらを……」
リックは第六防衛隊の隊長を助けようするが、メリッサにすぐに止められた。
「リック! ソフィア! ここはあたしらに任せてあんた達は先に階段を確保しな」
「えっ!? でも!?」
「リック、階段を確保しないと地下の人間がみんな逃げてしまう。早くするんだ」
「わかりました! 行くよ。ソフィア」
「はい!」
メリッサとイーノフに厨房の制圧を任せてリック達は廊下にでる。ソフィアとリックの二人は、地下の闇カジノに通じる階段へと向かうのだった。
「えっと…… 確か…… 見取り図には階段は表と裏に一つずつ……」
突入前に確認した、見取り図の記憶を頼りに階段を探すリック。見取り図では正面から入った、酒場のホールの脇にある廊下と裏口からキッチンと酒場ホールの間に地下への階段があったはずだ。正面と裏に部隊が分かれたのは、ホールをはさんで地下にある階段が二つあって同時に確保して地下から逃げる客や従業員を止めるためだった。
「ソフィア! あの廊下の角を曲がった先に階段があるよ」
「はい」
リックとソフィアが廊下の角を曲がった。十メートルほど先に地下へ階段が見えた。地下へと向かう階段をリックが指さした。二人は急いで階段へ向かう。しかし、階段から二人の人間が上がって来た。階段を上がった来た二人は、ハンカチのような布で口を覆って、覆面をして全身が黒い格好をしており見た目で性別はわからない。二人はともに動きやすそうなピッチリした黒いズボンと上着を着ていた。二人は闇カジノの用心棒だろう。
「おわ…… のっ伸びた!?」
リックに気づいたにか階段の前にいた、二人のうちの一人が背中の棒を引き抜いた。リックに向かって振り下すと持ってる棒が伸びてきた。
「あれは!? 棒じゃない!? 刃がついてる! 鎌か…… でもこの鎌って……
伸びてながら振り下ろされる、鎌にリックは見覚えがあった…… この鎌を使っているのは……
「おっと!」
縦に振り下ろされた、鎌を横にかわしたリックは、右手をひいて突きの構えをして、相手の懐へと飛び込む。伸びた鎌の柄の横を駆け抜け一気に距離を詰めて覆面をした用心棒の前へと来た。リックは右腕を前に突き出した、用心棒は、目を見開いて必死にリックの剣をかわす。首を大きく横に動かした、用心棒の覆面の横をリックの剣が通過していく。
「あっーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!! やばっ!!!!!!!!!!!!」
視線を向けリックを見た用心棒が驚きの声をあげた驚きの声をあげた。声からして伸びる鎌を持った用心棒は女性のようだ。リックは声と目元と伸びる鎌でこの用心棒が誰なのかわかった。
「どうしよう…… 逃げないと!」
「何を慌ててるのか? 顔を見せてくれよ」
動揺して固まる用心棒がつぶやく、リックは突き出した剣を横に素早く動かした。剣は用心棒の覆面に触れる、同時にリックは剣をいきおいよく引いた。リックの剣の動きに驚いた用心棒は、バランスを崩し尻もちをつく。ひらりと彼女が顔を覆っていた布が床に落ちた。リックはその顔を見てあきれた表情をする。
「やっやぁ。リックさん!」
「ミャンミャン…… はぁ」
覆面がはがれたミャンミャンが、気まずそうにリックの顔を見ている。
「じゃあもう一人は? ソフィア! そっちの覆面も取って!」
「はい!」
もう一人に向けてソフィアが矢を放つ。彼女の見事な腕前で、口の部分の布だけ打ち抜かれ、布が壁につきささってヒラヒラとしている。
「ひぃ…… お姉ちゃん!」
矢がまったく見えなかった、もう一人の用心棒は固まって動かない。すぐにソフィアが近付いて顔を確認する。もう一人の用心棒は当然……
「リック! こっちはタンタンさんですよ」
用心棒はリックの友人で冒険者の姉弟、ミャンミャンとタンタンだった。リックは剣を下し、尻もちをついたままのミャンミャンに声をかける。
「ミャンミャン! タンタン! 君達はこんなところで何をしてるんだ?」
「へへ…… 用心棒をちょっと……」
ごまかしているような笑顔で、頭をかいているミャンミャン。リックは毅然とした表情で彼女を見つめている。ミャンミャンが静かに口を開く。
「私達……」
「闇カジノの用心棒は違法行為で逮捕だよ。覚悟するんだ」
「ですよね…… 見逃してください!」
両手を合わせて拝むようにするミャンミャン。リックは大きく首を横に振る。
「見逃せないよ。はい。大人しくて」
「はーい! ちょっと待って! 胸が…… 苦しい……」
縄を出そうとしたリックに、素直に手をあげ返事した、ミャンミャンが急に胸を押さえて苦しみだした。心配して近づこうとするリック、ミャンミャンは懐に手を入れにやりと笑った。
「えい!」
ミャンミャンが胸に手をいれ、何かを出したら急に白い光が発せられ、リック達の視界を奪った。ミャンミャンが出しのたのは、閃光石という道具で強烈な光で視界を一時的に奪う。
「しまった! 油断した! 待て!」
リックとソフィアの視界はすぐに戻ったが、ミャンミャンは二人の目がくらんだすきに、タンタンをかかえて逃げ出そうとしていた。
「まて! 誰か!」
「べぇだ! まともにぶつかっても倒せない相手には奇策ですよ。うわ!」
「それにしちゃ詰めが甘いね……」
ミャンミャンが逃げた、先の廊下のまがり角から、彼女の足元に槍の柄がスーッと出てくる。リック達を気にしていたミャンミャンは気付かずに足を引っかけて前のめりこけた。倒れたミャンミャンとタンタンの見下ろながら、曲がり角からゆっくりとメリッサが現れる。
「いったーい! わっわっ!」
「おっ、お姉ちゃん! 怖いよ! 高いよ!」
「うるさいよ! 静かにしな!」
「シュン……」
「うわーん!」
メリッサの一喝で、ミャンミャンはシュンとして、静かになってタンタンは泣いてしまった。声も体も大きいぱっと見熊のようなメリッサに怒られば怖いのは当然である。メリッサは二人の首根っこ掴んでこっちに連れ来た。
「はい。二人はココにお仕置きしてもらうからね」
「えぇー?! 助けてリックさん!」
ミャンミャンはリックに助けを求め手を伸ばす。リックは首を横に振る、ミャンミャンの顔は青ざめる。メリッサはリックに厳しい目を向ける。
「あと…… リック! ソフィア! まったく! あんた達は二人に逃げられるなんてたるんでるよ! あんた達も覚悟しなよ!」
「ふぇぇぇ!? シュン」
「はい…… すいません…… はああ」
油断したリック達を叱るメリッサ。リックはメリッサからのどんな罰訓練を課されるのかと、不安になりため息をつくのだった。二人の様子を見たミャンミャンは嬉しそうに笑った。
「やーい!」
「こらー! ミャンミャン! あんたはほんとに!」
「シュン……」
「ほら、二人を拘束したら地下に行くよ」
「はい!」
ミャンミャンは調子に乗って、余計なことしてメリッサからさらに怒られるのだった。
「(まさかミャンミャンとタンタンと縛ることになるなんてな……)」
自分の前にシュンとして座る、ミャンミャンとタンタンの二人を見て複雑な表情をするリック。第四防衛隊は、ミャンミャンとタンタンと拘束してから、地下の闇カジノへと向かう。