第93話 勇者は船を手に入れた
船乗りの洞窟でリックがエミリオを撃退した翌日。
リック達は港町ルプアナで小舟に乗って警備についていた。リックとソフィアとメリッサとイーノフは、小舟に乗ってグラントフローレンス号の横につけている。
遠巻きにリック達とグラントフローレンス号を、囲むようにルプアナの町の兵士が乗った船が陣取っていた。
「ふわぁ……」
「リック起きてください。寝ちゃダメですよ」
「だって…… 昨日は洞窟で戦った後、交代でクラーケンの見張りをしたから寝不足なんだよね」
ザパパン村か眠らせて移送した、クラーケンは移送後にすぐに港に放された。港から海への出口は封鎖済みで、元々養殖でおとなしいが、リック達は街に上陸したり、逃げ出さないように交代で夜通し見張っていたのだ。
「はーい! 頑張りまーす!」
グラントフローレンス号から、アイリスの元気な声が、かすかに聞こえる。船上では船の譲渡儀式が行われていた。儀式が終わると、いよいよ初戦闘儀式が開始される。譲渡儀式には、リーナがアナスタシアとして参加していた。港は儀式を見たい、地元の人間や観光客でにぎわている。
「お願いします」
神官の声がして、グラントフローレンス号に、船が横づけされ、樽を持った兵士が乗り込んでいく。樽の中にはクラーケンの好物が入っている。
「よし! アイリスがグラントフローレンス号での儀式を終えたみたいだね」
「ソフィア、リック。そろそろクラーケンの誘導が開始するから海面をしっかりと見張っててね」
「うん。神官達が下りる前にクラーケンが上がって来ないかしっかりと見張ってるんだよ」
「はい。わかりました」
アイリスをグラントフローレンス号に残し、王族や神官などが船を降りて小舟に乗り換えて港に戻っていく。水面を監視するリック達の上から、縄にくくられた魔物の肉や魚が次々に海に投げ込まれる。
「おい! 早くしろ!!! みんな待ってるだぞ」
餌を投げ込む兵士達に向かって怒鳴り声が聞こえた。リックが不思議そうに周囲を見渡しメリッサにたずねる。
「今の声は……」
「町長のグレーデンだよ」
グラント王国の海の玄関口であるルプアナは、王都の東に広がるブロッサム平原を超えた先にある。穏やかな海に面した港町で、茶色いレンガで作られた街並みがあり、王国の海の玄関口で、外国との交易の中心地として栄えている。町長はグレーデンという男性で、初戦闘儀式を見世物にし、観光客を呼び込むことに成功し町をさらに発展させた優秀な人物である。その功績でルプアナでの権力は強く防衛隊の隊長も彼の言いなりになっていた。
「おっ! 来たよ」
海中に大きな影が現れ、ゆっくりと浮上してきたクラーケン、船上の兵士たちが縄で餌を引き寄せ、クラーケンをグラントフローレンス号に引き寄せる。リック達はその様子を小舟に乗りグラントフローレンス号から少し離れた場所で監視する。
餌がグラントフローレンス号の壁を上ると、クラーケンの触腕が餌をつかもうと、グラントフローレンス号にぶつかる。グラントフローレンス号は大きく揺れる。
「うわわ! 大きいね。船にくっついただけでグラグラゆれるよ。すごーい! スラムン。さすがクラーケンね!」
「こいつは養殖ズラ! だから…… アイリス!?」
揺れている船でアイリスは、笑顔でクラーケンが餌をつかんで食べてるのを見てる。
「何してるズラか!?」
「だってー。目がクリクリして一所懸命ごはん食べるのかわいい!」
「かわいいって?! ダメズラよ!」
「ほら脚を手みたいに使って! タカタカ鳴いて食べるんだね」
アイリスは船のへりに、頬杖をついて愛おしそうにクラーケンを見てる。のんびりしているアイリスをリックは心配そうに見つめている。
「何をしておるのだ! 勇者よ。さっさとクラーケンを倒さぬか!」
兵士を乗せた一艘の船が、グラントフローレンス号に近づいてくる。船の先頭でアイリスに叫んでいるのは、高級そうな黒い服を着て黒い帽子をかぶり、赤い蝶ネクタイをした少しおしゃれな中年男性だ。中年男性は白髪混じった黒髪が灰色で顎髭を生やした目がやや細い。この男性がルプアナの町長グレーデンである。
「何って…… まだこの子はご飯を食べてるんだから! 食べ終わるまで待つくらい良いじゃない!」
「うるさい! さっさとせんか! 逆らうなら!」
町長が手を挙げると兵士が弓を一斉にクラーケンに向けた。
「えっ!? ちょっと! やめて…… わかったわよ!」
アイリスは渋々クラーケン退治を開始する。船上でアイリスはチャクラムを構え、厳しい表情をしてクラーケンを見つめていた。
クラーケンは必死に魔物の肉を美味しそうに食べている。アイリスの目の前で触腕を一生懸命に脚を動かし、食べるクラーケンの姿は少し可愛く見える。厳しい表情のアイリスが息を吐いて緊張を解く。
「はぁ…… やっぱり…… 無理だよ! この子は悪い子じゃないもん。私にはできないよ……」
アイリスは静かに両手を降ろす。その表情はどこかすがすがしく少し笑っている。リックはその様子を見てアイリスらしいと笑う。
「リックーーー! ちょっと来て! 私にはこの子を……」
チャクラムを腰に戻したアイリスは、船から身を乗り出してリックに向かって手を振っている。
「キャっ!」
「アイリス!!」
船体に手をかけていたアイリスの近くに矢が突き刺さった。ルプアナの兵隊が弓をアイリスに向けていた。小さい船が何艘もグラントフローレンス号を取り囲み、町長のグレーデンがいらついた表情をしていた。
「いい加減にしろ! 勇者よ。さっさとクラーケンを倒すのだ」
「いやよ! この子は何もしてないじゃない!」
「貴様! グラント王国の勇者のくせに儀式をないがしろにする気か。アレックスの道をなぞるのが習わしだろうが!」
「なによ。別にアレックスだってクラーケンが大人しくしてたら倒さなかったでしょ」
「うるさい! こっちはこのイベントで観光客を呼んでるんだ! とっとと倒せ! かまわん! お前らクラーケンを倒せ!」
兵士が一斉にクラーケンに向けて弓を構える。町長の合図でクラーケンに向けて兵士が矢を放った。
「ちょっとやめなさいよ…… やめてーー!」
アイリスの悲痛な叫び声が港にこだました。
「えっ!? 魔法障壁……」
驚いて声をあげるアイリス、白い光の壁がクラーケンを包み込み矢から守った。
「アイリス! 今のうちズラ! あいつと一緒に逃げるズラ!」
「スラムン…… ありがとう!」
アイリスの頭の上に乗ったスラムンの体が光っていた。スラムンが魔法障壁を出してクラーケンを助けたのだ。
「貴様! 魔物に味方するか!? ええい! 勇者も逮捕しろ」
「えっ!? キラ君! 急いで船を出して!」
クラーケンをくっつけたまま、グラントフローレンス号が動き出す。
だが、町長の乗った船が逃げようとした、グラントフローレンス号に突っ込み、体当たりをして動きを鈍くする。
素早く別の船がグラントフローレンス号の前に回り込み足止めてして、船が次々にグラントフローレンス号に横付けされて兵士が乗り込んで行く。
「アイリス…… えっ!? 何をするんですか?」
腕を組みジッとその様子を見ていた、メリッサは厳しい表情で、胸のペンダントから槍を出すとイーノフの方を向く。
「行くよ! イーノフ!」
「えっ!? ちょっと! メリッサ! 行くって? アイリスを助けにだろ。ダメだよ! そんなことしたら……」
「フン! 兵士が王国の勇者のピンチに出て行って何が悪い!」
槍で船を指してイーノフに向かって興奮したようにメリッサが叫ぶ。イーノフさんは冷静な顔し、メリッサに向かって口を開いた。
「もしこれでメリッサが捕まったらナオミちゃんが悲しむだろ」
「見損なうんじゃないよ。ナオミはねぇ。あたしが目の前で勇者を見捨てた方が悲しむよ」
グラントフローレンス号を見つめて、メリッサは槍を握りしめ肩を震わせている。
「メリッサ…… わかった。僕は君についていくよ」
「じゃあ行くよ。ソフィアとリックは別の船で帰りな。隊長に聞かれたらあたしらが勝手に行ったって言っときな」
後輩二人を、巻き込まないようにするメリッサだった。リックは即座に、メリッサの言葉に反応する。
「俺も行きますよ! 俺はアイリスの友達です…… それに俺達は仲間です」
「私もリックと…… みんなと一緒です」
「あんた達…… よし! もし減俸になったら、その分は私の家で奢るからね」
小さくうなずいたメリッサは、ゆっくり槍で船の床を軽く叩く。イーノフは船をグラントフローレンス号へと向かわせるのであった。兵士達が乗った船が横付けされた、グラントフローレンス号の逆側にリック達はやってきた。
「先行くね! あんた達もついてきな!」
「あっ! ちょっと待ってメリッサ!」
ヒョイっと飛び上がり、船体のへりに手をかけると、メリッサはさっと船に上って行ってしまった。大きな体をしているが、身軽動けるメリッサにリックは感心する。イーノフはへりに手が届かないので、縄をつたって上がっていく。
「早いな…… もう上から兵士のギャーとか声がするんだけど……」
船に残ったリック達に兵士たちの悲鳴が聞こえる。ソフィアが慌ててリックに声をかける。
「二人とも行っちゃいました!」
「俺達も行くよ」
リックとソフィアも縄をつたってグラントフローレンス号の甲板に上がる。兵士の一人が上がって来るリックに気付いた。
「おい! 何をしてる!?」
リックに向かって甲板から槍と突き出してくる。
「あぶねえな! この!」
「うわあああああああああああああああああ!!!」
体をひねって俺は槍をかわす。突き出された槍の柄を掴んだリックは、そのままひっぱって相手を海に落とす。リックはまた攻撃されると面倒なので急いで縄をつたい、グラントフローレンス号へと乗り込んだ。
「はい」
「ありがとうございます」
リックは縄をつたってまだ上っていた、ソフィアに手をだして引き上げる。
「うわぁ! もう…… メリッサさん気をつけてください」
ソフィアの手を引くリックの横を、一人の兵士が飛んでいき海面に叩きつけられた。兵士が飛んで来た方にリックが、目を向けると彼の予想通りメリッサがいて槍を構えていた。彼女の周りにはルプアナの兵士が何人も倒れている。その前に数人の兵士と町長グレーデンが立っている。
イーノフはメリッサさんの少し後ろで、アイリスとクラーケンの前を守るように立っていた。リック達に気づいたメリッサさんが叫ぶ。
「遅いよ。リック。もうほとんど片付いてるから早くしないと楽しみが終わっちゃうよ」
声は笑っているが真顔で前をむくメリッサ、グレーデンと兵士たちが怯えた表情に変わる。リックとソフィアは、走ってメリッサの横に立った。自分の前にいるリック達にアイリスが驚いていた。
「リック…… なんで…… あなた達は防衛隊なのに……」
振り向いたメリッサがアイリスに笑顔を向ける。
「あたし達は兵士は勇者の味方だからね!」
「あっありがとう…… 私…… うれしい……」
アイリスは嬉しそうに微笑んでいた。アイリスの様子を見たグレーデンが悔しそうに叫ぶ。
「裏切り者め!!! クソ! ええい! 全員逮捕だ!」
グレーデンが合図をした。遠巻きに見えていたルプアナの兵士を乗せた船が、次々にグラントフローレンス号に横づけされて、さらに兵士達が乗り込んで来んで来た。数十人の兵士に取り囲まれるリック達、勝ち誇ったようにグレーデンは笑う。
「どうだ! いくらお前たちでもこの人数は!?」
「なんだい? 雑魚がいくら増えようが変わらないよ。行くよ! リック!」
「はい!」
「いいかい? 後でやっかいだから兵士は殺さない程度にしなよ!」
メリッサが槍を構えて、素振りをすると怖がって兵士が後退りをする。リックは頷いて剣先を下にして構える。グレーデンは引かないリック達を見て少し慌てているようだった。
「おっ! お前たち! そんなことして? 反逆罪で……」
「反逆罪くらいなんだ! 覚悟の上だよ。たとえ罪に問われようとも俺は友達のアイリスを守る!」
「だそうだ」
ニヤリと笑いメリッサはグレーデンを睨みつける。槍を構えるメリッサの放つ殺気に、グレーデンと兵士たちの足がすくむ。
「おやめなさい!」
騒然とした雰囲気の中に、海原の先まで届きそうに、大きく澄んだ水のように、きれいな声が響く。
「アナスタシア様!」
グラントフローレンス号に一艘の小舟が近づいてくる。小舟には気品のあるリーナが乗っていた。リーナはお付きの人に付き添われながらグラントフローレンス号に乗り込んだ来た。リーナは綺麗な長い金髪に、綺羅びやかなピンク色のドレスを着て、頭には銀色のティアラを付けていた。リーナはグレーデンに厳しい表情を向ける。
「いい加減しなさい。あなたは勇者に武器を向けておりますが、我が国の勇者の旅を助けるという方針に背くおつもりですか?」
「いえ…‥ こっこれは伝説の勇者の旅をなぞる、大事な儀式をないがしろにした勇者に制裁を……」
「儀式が大切なのはわかります。でも、勇者の意思を尊重すべきではないですか!?」
「ですが! クラーケンを倒さないと町の人達が納得しません。彼らは魔物に苦しめられて来たんです」
大きな声でグレーデンが叫ぶ。グレーデンの言うことはもっともだが、このクラーケンは人々を苦しめた魔物じゃない。食用で卵から人間に育てられた大人しい養殖の魔物だ。リーナは静かに首を横に振って港を手で指し示した。
「あの声を聞いてもそのように申すのですね…… あなたは町の人の声を聞かない町長なのですか?」
「なっ!?」
毅然とした態度で、落ち着いた表情をした、リーナがグレーデンに問いかけた。グラントフローレンス号の全員が町に目を向ける。
「勇者を魔物がかばってる…… アイリス様は人にも魔物にも優しいから慕われてるんだな」
「あんな強いスライム見たことなーい。お母さん僕もスライムさんとお友達になる!」
「魔物が船の運転をするなんて…… すごい!」
「クラーケンもアイリス様の側ではあんなに穏やかに…… かわいい!」
大きな声で町の人々が、アイリスに喝采を浴びせていた。リック達は任務に集中していたので喝采には気づかなった。
「我が国は才能ある勇者の保護を最優先します。あなたがこれ以上、勇者に危害を加える場合は、王国への反逆者とみなします!」
「はっ! ははぁ! おい、お前ら…… 引け!」
グレーデンは苦々しい表情で、リーナの前で膝をついて兵士を引かせる。アイリスは安心したようにへたりこんでいる。リック達は兵隊が引き上げるのを待って武器をしまう。
リック達の前でリーナさんはゆっくりと膝を少しまげて挨拶をした。みんなに挨拶を終え、船に戻ろうとする彼女を、リックは呼びとめて耳元で話しかける。
「あの…… リーナさんですよね?」
「はい。お久しぶりですね。リックさん」
「助けてくれてありがとうございます。でも…… エルザさんに黙ってこんなことしていいんですか?」
「大丈夫ですよ。アナスタシア様も同じことをしたはずです。でも、どあんまり目立つことしたら怒られるので…… エルザさんには内緒にしてくださいね」
ニコッと笑って上品なしぐさで口に手をあててリックに頭を下げたリーナ。彼女の仕草とかわいさにリックは見とれて……
「いた!」
足を押さえるリック、リーナに見とれていた彼は、ソフィアにすねを思いっきり蹴られたのだ。
「なっ何するの!? ソフィア!」
「フンだ!」
「どうしたの? ソフィア? あー! リックがまた! 王女様に見とれたの!? ほんとひどいよねぇ!?」
「そうなんです。いつも他の女の子に!」
「わかる! 私の時もそうだもん。嫌になるよね」
「嫌になります! だいたい……」
なぜか、ソフィアとアイリスが意気投合し、二人はリックがひどいとか、すぐに別の女がとかいろいろ言い始めるのだった。後が怖いのでリックはアイリスがあまりソフィアを煽らないように祈るのだった。この後、周りを無視し、盛り上がる二人を、メリッサが怒鳴って止めるだった。
リック達は兵士が引き上げた、グラントフローレンス号の片づけを始めた。
「あれ!? なんで…… まぁ。いいか。何か忘れ物でしたのだろう」
片付けをしていたリックは、船室から出てくるのをリーナを目撃した。元々王族の持ち物だった船なので、彼は特に気にすることなく片付けに戻るのだった。
「見てみてー! リック! この子すごいよ!」
アイリスに呼ばれたリックが、グラントフローレンス号の船首に向かう。
「お前はなにしてんだ?」
「だってー。せっかく大きくて泳げるから船を引っ張ってもらうのよ。あははー! お馬さんみたいだー!」
養殖クラーケンに紐をつけ、馬の手綱のようにして、アイリスは船を引かせている。
「こいつがいれば風がなくても早く進むズラね!」
「こら! スラムン! こいつじゃないよ。タカクラ君だよ」
「なっ!? タカクラ君って…… もう名前つけたのか?」
「うん。餌を食べるときにタカタカ鳴くクラーケン。略してタカクラ君なの」
餌を食べるときにタカタカと鳴くクラーケン略してタカクラ君。アイリスらしい名づけで、新たな仲間が加わった。タカクラ君の役割はグラントフローレンス号を引っ張ることになりそうだ。
「じゃあリック。またね!」
「あぁ! 気を付けて行けよ」
「またご飯食べに来てくださいね」
「えっ!? 今度は泊まる! リックと一緒に寝る」
「来るな!」
「なっなによ!」
舌を出すソフィアにアイリスが両手を上げて怒る。最後に喧嘩する二人にあきれた顔をするリックだった。リックはソフィアの脇に手を入れ、引き離し、アイリスに向かって振り向いて微笑む。
「これから気を付けてな。外国に行ったら俺達はすぐに駆けつけなくなるんだからな」
「うん。ありがとう」
アイリスは元気に微笑みリックに向かってうなずくのだった。アイリスは無事にタカクラ君が引っ張る、グラントフローレンス号に乗って旅立っていった。リックは小舟に乗って、見えなくなるまで手を振っていた。
数日後…… リックに丸い文字をしたアイリスからの手紙が届いた。グラント王国から東の大陸を目指しているようだ。タカクラ君も一所懸命に船を引っ張り、キラ君やスラムンとの仲も良く、時々キラ君を頭にのせたりしているらしい。
手紙を見ながら微笑むリックに手紙の最後にまだ文が残っているのに気づく。
「(追伸…… ルプアナを出てから気付いたのですが、私の下着が入った箱が無くなりました。予備があるから平気だけど黙って持ってたら困るよー! 愛おしいのはわかるけど今度はちゃんと言ってね! 私のかわいい下着をあ・げ・る! だと? 何言ってんだ!? こいつ!? 俺が盗るわけないだろ。俺は兵士だ。泥棒はしない!)」
あらぬ下着泥棒の疑いをかけられ、首を大きく横に振って不機嫌な表情をするリックだった。
「アイリス元気そうですね! 下着…… リック!」
「うわ! ノッソフィア! 俺じゃないって! アイリスの下着なんかいらないし! だいたい俺に今隠す場所ないでしょ。今は部屋を使えないんだから」
ソフィアがリックの肩ごしに、手紙を覗きこみ不機嫌な顔で、彼を見つめてくる。
「ほんとだよ! 信じてよ!」
「じっー!」
疑った目をずっと向けられるリック、彼はソフィアを懐柔できる最善の手をうつ。
「もう、わかったよ! 菓子を買ってあげるから!」
「私はお菓子でいつも懐柔される訳じゃ …… いいですよ信じましょう!」
リックの顔の横で、不機嫌だった表情をすぐに、笑顔へとかえたソフィアだった。
「それと俺の肩から顔出して人の手紙覗かないでね」
「うぅ…… だって……」
「アイリスからの手紙だったら見ていいから読みたければ声をかけてよ」
「はーい」
注意されて少し悲しげに返事をするソフィアだった。
「わっ!?」
詰め所の扉が勢いよく開いた。リックは肩からソフィアが顔を置いたまま目線だけを扉に向けた。
「あっ! またそんなことして! だから! ちげーよ!」
「えっ!? エルザさん!? どうしたんだすか!?」
眉間にシワを寄せエルザが、詰め所の入り口に立っていた。ゆっくりとリック達に近づくエルザ、彼女の目には涙が徐々にたまっていき、悲しげな表情をする。リックの机の前に来た時にはエルザは泣いていた。
「リック! 大変なの。私ね。グラントフローレンス号から荷物を…… 荷物を一つ運び忘れてしまいましたの!」
「えっ!? この間でも全部運びだしだんじゃ!?」
「重要な箱の一つを運び出すのを忘れたんですの! だからリーナに…… 初戦闘儀式の時にうまく運びだしてって頼んだのに! でも、彼女…… 間違えてこれを!」
エルザの話を聞いてリーナが船室から出て来たことに合点がいったリックだった。
「あれ!? こっこれは?」
泣きながらエルザが、リックの机の上に箱を置く。箱の中を開けてエルザは中身をつかんだ。その中身は……
「下着…… まっまさか!? これって…… アイリスの!?」
手紙に書いてあったなくなった下着はリーナが間違って持ち出したのだ。泣きながらアイリスの下着を掴むエルザがリックにたずねる。
「ねぇ!? リック! あなたはアイリスと同じ村の出身ですわよね!? アイリスはどこにいるかわかります?」
「えっと…… 今日来た手紙によるともう王国を出るみたいですけど……」
「えっ!? そんな? 一番過激なのに…… あれが万が一に他国の目に触れたら……」
エルザは悔しそうな表情をしてうつむいていた。しかし、すぐに何かを決意したような顔をしてリックの前に立つ。
「リック! お願い! アイリスに連絡を! 早く!」
「はぁ…… じゃあすぐに手紙をアイリスに送りますよ。なんて連絡をしますか…… うわ!!」
怖い顔をしてエルザが、リックに近づいてくる。鬼気迫った表情にリックは思わず声をあげる。
「つっ積み荷を…… 積み荷を燃やして! 燃やしてーー! でも!!! ほんとは燃やしたらやー!!!!!!」
リックの肩に縋りついたエルザの叫び声が、詰め所にいつまでも響いていた。リックはエルザのことを心底面倒だと思うのだった。