第91話 散らせない花
地中からでた茎のような物体は、ウネウネと揺れながらアイリスを取り囲んでいた。
「アイリス! 戦闘準備するズラ! こいつは魔王軍の食人草ズラ。この触手で獲物を攻撃してくるズラよ」
「うん。ありがとうスラムン」
取り囲む細長い茎の動きに注意しながら、アイリスは腰につけてるチャクラムを外し両手に持って構えた。
「アイリス。待ってろ。いま行くからな」
「リック」
リックはアイリスのそばへ向かおうと駆け出した。
「なっなんだよ?! クソ! 邪魔をするな!
アイリスに向かっていたリックの前に、ボコボコと地中から茎が生えて妨害する。三本の茎が、リックの前に壁のように、立ちはだかる。
「おわ!」
並んだ三本の茎のうち、リックから見て右の茎が、鞭のようにしなって向かってくる。
「遅い!」
右斜めからリックに向かってくる、茎の動きに合わせ彼は、剣を振り上げて斬りつけた。バシュという音がした。リックの鋭く伸びた剣は、茎を簡単に切り裂いた。切れた茎がリックの足元に落ちてバタバタと動いている。先端を切られて勢いを失った茎は地中に戻っていった。
「リック!? 大丈夫?」
「あぁ。大丈夫だよ。アイリス! 待ってろよ! すぐにそっちに行くからな」
「うん。待ってる」
リックの二本の茎が左右斜め上から、鞭のようにしなりながら、襲い掛かって来る。タイミングはほぼ同時だリックは視線を左右に動かす。
「いまだ!」
タイミングを見計らってリックは、真上に飛び上がった。リックのほぼ真横を二本茎が通過していき、交差して地面に叩きつけられた。
「もらった!」
リックは落下しながら剣を逆手に持ち替え、先を下に向け突き出した。交差した茎に真ん中に剣を突き刺す。
「チッ!」
下の茎に剣が届く前に茎はスッと地面をはって抜け出した。剣は上の茎を貫通して地面に突き刺さり、バタバタとしてすぐに茎は動きを止める。
「後ろ!」
リックが振り向くと剣から逃れた、下の茎がまた向かってきていた。
「俺に向かってくるとはいい度胸だ」
剣を持つ手に力を込めたリックは、タイミングを合わせて、体を回転させながら向かってくる茎に向かって剣を振り上げた。下から鋭く伸びるりっくの剣が茎を切り裂く、彼の柔らかい感触が手に伝わり茎は先端から一メートルほど下で切り落とされた。
斬られた茎から赤い血のような液体が吹き出し、切り落とされた茎の先端は地面に転がり、液体を吹き出しながら上下にうねっている。
「ふぅ!」
立ちはだかった茎を全て片付けたリックは、小さく息を吐いてアイリスの方に体を向けた。
「リックー!」
アイリスは両手を広げてリックに駆け寄るアイリスだった。駆け寄るアイリスの足の横の地面が拳くらいの盛り上がっていく。それに気づいたリックが慌てて声をあげる。
「アイリス! 下! 下!」
「えっ!? キャー!」
地面から茎が生え、走るアイリスの足首に巻き付いた。茎はアイリスに足に巻き付いたままどんどんと地中から伸びてきて彼を持ち上げる。足を上にした状態で、アイリスは茎に。逆さにぶら下げられた状態になってしまった。だが、アイリスにはチャクラムがある、彼の腕なら茎をチャクラムで攻撃して……
「アイリス! スカートなんか押さえてないで足を抑えてる茎を攻撃をしろ」
「だってー! この姿勢だとスカートがめくれて中が丸見えになっちゃうじゃん! 恥ずかしいでしょ!」
アイリスはチャクラムを握った手で、器用にスカートを押さえ、めくれないように必死になっている。
「大丈夫ずら! 誰もアイリスのスカートの中なんか興味ないズラ!」
「そうだ。誰も興味ないから早くしろ」
「なっ!? スラムンもリックもきらいーーー!」
首を横に振るリック、改めてアイリスのスカートの中身に興味があるかと、自問するがすぐに興味がないと答えが返って来たのだ。
「プイだ!」
リックの態度を見たアイリスは、頬を膨らませて、ぶつぶつ口を動かしながら顔を背けた。自分は怒っているアピールだ。リックは困った顔で適当にアイリスをなだめる。
「興味ないけど、見ないようにするから! なっ!? それでいいだろ?」
「そうズラ、おらも興味ないけど、見ないようにするズラ!」
「リック! きらい! きらい! だいきらいーーーー!」
「なっなんだよ!? 俺だけじゃないくてスラムンだって言ってただろ!?」
リック達にいくら言われても、アイリスはまだ必死にスカートを抑えている。スラムンはアイリスの、頭にくっついているのが精一杯で何もできない。リックは自分がアイリスを助けようと右手に力を込めた。
「えっ!?」
アイリスを茎が勢いよく投げるよう振り上げ、アイリスを地面に向かって叩きつけようとした。
「チっ! この!」
肘をまげて右手を背中に着くくらい引くリック、狙いを定めて剣をアイリスの足首を捕まえている茎に向かって投げた。回転しながらリックの剣は茎に命中し切り裂いていく。
「キャーーー!」
茎から離れたアイリスは投げらたように、回転しながら放物線を描き地面に向かっていく。リックはアイリスを受け止めようと走り出した。
「どうしよう……」
「任せろズラー!」
アイリスの頭の上に乗っていたスラムンが、体の形を変えて落下する、アイリスの下に自分の体を入れた。スラムンを下にしてアイリスは地面に落ちた。ポヨーンとスラムンの柔らかい体がクッションのようになって衝撃を受け止め、アイリスは滑るようにスラムン体がから地面に向かっていきそのまま地面に座りこんだ。何が起きたのかわからずにキョトンした表情で、地面にふくらはぎが体の横にくるように、膝を曲げて座っているアイリスに駆け寄るリック。
「うん!?」
アイリスは目に涙をためてウルウルして、リックの方をみて泣きそうな顔をしている。アイリスが怪我をしたのか、どこかを痛めたのかと心配した彼はすぐに声をかける。
「大丈夫か?」
「うっうん!? リック! ありがとう! んー!」
目をつむって上を向いて口をすぼませるアイリスだった。リックは元気そうなアイリスにホッと胸を撫でおろしスラムンに向かっていく。アイリスから少し離れた場所にスラムンは、いつものサイズに戻り平べったくなっていた。
「大丈夫か!? ありがとう、スラムン!」
「オラは平気ズラ」
声をかけると元気そうに飛び跳ねる。だが、アイリスを受け止めた際の衝撃は大きかった、リックは道具袋をベルトから外す。
「ちょっと待ってな」
リックは念のために道具袋から、ポーションを取り出しスラムンに渡す。
「ほら傷薬だ。体がどこかおかしくなってるかも知れないから使っておきなよ」
「ありがとうズラ!」
二人の声に反応し、目を開けたアイリスは、リックがスラムンに声をかけているのを見てまた頬を膨らます。
「ちょっと?! リック! 何してんのよ?! 私は?」
「いや、お前はスラムンが助けたのを見たから平気かなと」
「リック! 嫌い!」
腕を組んでそっぽを向くアイリス、リックはこの態度にムッとして彼に歩み寄る。
「おい! スラムンがかばってくれなかったら危なかっただろ。もう少し感謝しろよ!」
腕を組んで背中を向けてアイリスにリックは後ろから肩を叩く。ふてくされた表情で振り向くアイリス。
「なぁ。俺が気に入らないは良いよ。でも、スラムンはお前を助けてくれたんだから。ちゃんとお礼を言えよ」
「あっ……」
アイリスはうつむいて、スラムンに駆け寄り抱きかかえた。
「うぅ…… ありがとう…… スラムン」
「大丈夫ズラ! オラは絶対に仲間を守るズラ」
嬉しそうに答えるスラムン、彼を抱くアイリスの目から涙がこぼれる。
「下らねぇ…… 下らねえ…… 下らねええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
洞窟に誰かの叫び声が響く。直後にゴゴゴと大きな音がし、リック達の十メートルほど前方の地面が盛り上がり、地中からなにかが出て来た。地面から出て来たのは花の蕾だった。蕾の下にはリック達を襲った茎とは違い、太く短い茎が一本真ん中にあり、茎の下の方にはさっきの小さい茎が触手のように何十本をうごめいている。小さい茎は細かく動き足のような役割をしているようだ。
「蕾が……」
地面から生えた蕾が開き、赤くく綺麗な六枚の花びらを持つ花が咲いた。
「にっ人間!?」
開いた花を見たリックがつぶやく。花の真ん中には、人間の上半身が生え、手で顔を隠していた。花から生えた人間は、ゆっくりと顔を隠して手をどけてこちらを見てニヤッと笑った。
「魔物くせに人間なんかかばってんじゃねぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
花から生えた人間が叫び声をあげ、船乗りの洞窟に響く。リックは顔を見て驚きの表情をする、花から生えた人間は……
「あっあなた!? エミリオじゃない!?」
アイリスが思わず声をかけた。花の真ん中にいる人間は、王家の墓で、リック達を襲った勇者のエミリオだった。エミリオはアイリスを見ると眉間にシワを寄せて睨みつけた。
「アイリス! 死ねえええええええええええええええええ!」
叫び声をあげるエミリオ、茎がアイリスに向かって行く。アイリスと同じように茎がリックに向かってきた。しなった茎がリックに向かって叩きつけられる。リックは茎の攻撃をかわし、投げた剣の代わりの剣を出そうと道具袋に手をかけた。
「クソ! これじゃ予備の剣が……」
茎が繰り返しリックに向かってきて、彼はなかなか予備の剣をだせないでいた。
「キャーー!」
「アイリス!」
茎がアイリスの両手首と足首を捕まえた。そのままアイリスを上に持ち上げて縛り付ける。
「はは! アイリス…… S1級の勇者を捕まえてやったぞ」
「ちょっと! どういうつもりよ! 離しなさいよ」
「いやだね! 俺はお前を…… うん! そうだ! 面白いこと考えついたぜ」
「やめてー! 何するの!?」
無理矢理に両手両足を伸ばされ開かれるアイリス。エミリオが操っているのであろう茎が、アイリスの足元から膝、太ももとつたっていき、スカートの中にゆっくりと入っていく。エミリオは嫌がるアイリスをいやらしく見つめていた。
「エミリオの視線がアイリスに集中してる…… いまだ!」
リックは急いで予備の剣を取り出し腰にさした。
「イヤッ! やめてッ! やめてーーー!」
「やめるズラ! 後悔するズラよ」
「うるせぇ」
「ズラー!」
アイリスの頭の上にいたスラムンが叩かれた。叩かれて投げ出されたスラムンがリックの方に向かって飛んできた。慌ててリックは腕を広げて飛んでくるスラムンに向かって走る。
「ふぅ…… 危なかった」
リックは腕を伸ばして、飛んできたスラムンを何とかキャッチした。
「大丈夫か!?」
「クラクラするズラ!?」
「スラムン…… エミリオ! お前はもう許さん!」
リックはスラムンに、もう一度ポーションを使い、エミリオを睨みつけた。
「おっ!? お前はあの時の兵士…… リック!! チッ!」
リックは剣に手をかけようとする。エミリオが俺の動きに気付いて叫ぶ。
「おっと、動くな! 動くとこうだぞ!」
「くっ苦しい…… リ…… ック」
「おい! やめろ!」
アイリスの首に茎を巻き付えて締め上げた。リックの手が剣からはなれるとエミリオは勝ち誇って笑う。
「そうだ。お前が動いたらどうなるか、わかってるよな!? お前の大事なアイリスが俺のものになるところをそこでじっくりみてろ!」
エミリオはアイリスの首の絞めつけ、ゆるめて彼を自分の方へと引き寄せいく。リックは厳しい表情で黙ってその様子を見つめていた。
「あんた! わっ私をどうするきなの?」
「ははっ! どうだ!? お前を辱めてやるよ…… S1級の勇者のお前はここで俺に穢され俺の子を孕むんだ」
顔が触れるくらいの近くにアイリスを拘束して、エミリオはアイリスの耳元で喋っている。
「いやよ! そんなの! やめてー! やめてよ! エミリオ!」
どんどんと茎が、アイリスのスカートの中に入りこみ、スカードの裾が広がったり縮んだりを繰り返す。茎がアイリスのスカートの中でうごめいているようだ。
「あっ! ああん! ちょっとダメ! くすぐったい!」
エミリオの顔が青く変わり。すごい勢いで茎がスカートの中から撤収していく。どうやらアイリスのアイリスに茎が触れたようだ。
「だから後悔するっていったズラよ……」
ため息をつくスラムン、エミリオの反応から彼は、アイリスが男だって知らなかったようだ。
「おっお前…… 男だったのか!?」
「えっ!? ちょっと失礼ね! 私は女よ!」
「心はな」
「リック! うるさい! いいのよ! 魔王を倒したら体も女の子にしてもらうもん!」
小刻みにエミリオが震え眉間にシワを寄せた。
「アイリスが男? ふっざけんな! どうして!? なんで!?」
「なんでって!? 私が、私がなんでわざわざ教えるのよ!? 乙女の大事な秘密なのに!」
「じゃあ! どうして!? こいつは知ってるんだ!?」
エミリオはリックを指さしてアイリスを怒鳴りつける。
「そりゃあねぇ…… リックと私は将来を誓いあった仲だし…… ねぇ? リック」
「いや違うぞ! エミリオ! 俺とアイリスはただの幼馴染だ。だからアイリスが女の恰好をする前から知ってるってだけだ」
「リック! やっぱり嫌い!」
「そっそんな……」
目を見開き震えながらつぶやくエミリオ、彼にとってアイリスが男なのは相当ショックだったようだ。彼のすきをついて、アイリスが首に巻き付いていた茎にかみついた。
「フッフラフン! フック!」
茎にかみつきながらアイリスがリック達に向かって、何かを伝えようとしてる。
「アイリス! 貴様ぁ」
「リック! 何してるズラ! 今ズラよ」
「あっ! そうか!」
ハッとするリック、茎をアイリスが咥えている今なら、エミリオはアイリスの首は絞められない。リックは腰を落として体制を低くして、エミリオに向かって駆けて剣を抜く。
「あっ! てめぇ! クソが!」
「遅い!」
エミリオの茎が、いくつものリックに向かってくる。突き出される茎を右にかわし、叩きつける茎は左にとリックは次々にかわしていく。茎をかわして距離を一気に詰めて、拘束されているアイリスの後ろからリックは飛び上がった。
飛び上がったタイミングで、かみついていた茎をアイリスは吐き出した。
「アイリスーーー! 動くなよ!」
「うん! お願いね! リック!」
後ろを向きながらリックの名前を呼ぶアイリス。
「どりゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
リックはアイリスを拘束している茎を剣で斬りつけた。アイリスを拘束する茎はリックの剣に切り裂かれた。拘束が解けたアイリスは支えを無くして背中から落下する。リックは剣を投げ捨てアイリスに手を伸ばす。
「よっと!」
左手を伸ばして背中から落ちる、アイリスの腕を掴むと、リックは彼を自分の胸へと引き寄せる。リックはアイリスの足を持ち、抱きかかえるとそのまま着地して顔を覗き込んだ。
「大丈夫か!?」
「うん…… リックが助けてくれるって信じてたから平気だよ」
「もう…… 助けるのは当たり前だろ! 俺達は友達なんだからさ」
「嫌い!!!」
「なんだよ……」
リックの腕の中でアイリスは、顔を赤くしながら頬を膨らませそっぽ向くのだった。