第90話 これが一番早い
メリッサがリックを連れ、船乗りの洞窟に向かう砦の兵士に声をかける。
「あんた達ちょっと待ってくれるかい。悪いけどうちのリックも一緒に連れて行ってくれるかい」
「はっはい! 大丈夫です! こちらこそぜひ」
兵士達はリックを加えることを了承し、彼は砦の兵士と一緒に船乗りの洞窟に向かうのだった。
「保護対象は勇者が五人と神官です」
「わかりました」
走りながら兵士からリックは状況を詳しく教えてもらった。船乗りの洞窟に向かったの勇者はアイリスの他にもいるようだ。リック達は街道を東へ進む。シーリカが巡礼の時にきたブロッサム平原の、首吊りの木の分かれ道が見えてきた。巡礼の時とは、逆に分かれ道を左へ向かうと、船乗りの洞窟へとつながっている。
しばらくいくと船乗りの洞窟が見えて来た。船乗りの洞窟は平原の真ん中に、穴が空いて地中深くまで縦に伸びている。洞窟の壁にそってらせん状に通路が整備されて、一番深い底に泉がありその泉の真ん中に石碑が建てられている。
勇者は神官と一緒に、洞窟の底までいき洗礼を行う。洗礼の方法は石碑の前で、神官が祈りを捧げた銀貨を勇者が泉に投げいれる。この儀式は航海の安全祈願の為に、船乗り達が航海前に泉に銀貨を投げ入れてたことの名残だ。なお、以前は儀式で投げ込まれた銀貨は放置されていたが、泉に入って銀貨を盗む人間が多発したため、儀式後に回収されるようになった。
「おわ!」
リックの前を歩いていた砦の兵士が足を止めた。彼の足元には人ぐらいの大きさで、白い茎に手足が生え、青色のかさに黒色の水玉模様の槍をもったキノコの魔物が倒れていた。目は体の上の方に小さいのが、二つ付いてその少し下に口がついてる。
「こっこいつは!?」
「ブルーデビルキノコですね…… こいつら魔王軍の兵士ですよ。リックさん」
「まずいな。急ぎましょう! みなさん!」
「はい」
リック達は壁にそってできた階段を、洞窟の底に向かって急いでかけていく。らせん状に大きく円を描きながら、下に向かっていくと通路とそこの様子が見えて来た。洞窟の底にある泉の周りで複数の影が動いているのがわかる。
「リックさん! 通路をブルーデビルキノコが封鎖してます」
「クソ!」
階段を下りていたリック達の前に、ブルーデビルキノコの集団が、槍を持って通路をふさいた。洞窟の底までは距離があってリックは悔しそうにする。
「突破する! みんな行くぞ」
「「「「「おぉーーー!」」」」」
砦の兵士達が武器を構えて、ブルーデビルキノコの軍団に斬りかかり戦闘が始まった。
「うん!? あれは!? アイリスか……」
洞窟の底で、戦う勇者がリックの目に止まった。勇者は頭の上に緑のスライムを、乗っけてるから多分アイリスで間違いない。
「あれ!? キラ君はどこだ? 居ないぞ? 居た!」
ブルーデビルキノコが、十匹ほどアイリスが前にいて、キラ君はそこから少し離れたところで、別のブルーデビルキノコの集団と戦っている。キラ君の近くにはしゃがんだ人達がいる。どうやらキラ君は別の勇者と神官を守っているようだ。今のところアイリス達は、ブルーデビルキノコと互角に戦っているが、いつまで持つかはわからない
「よし! 待ってろよ! アイリス! すぐに助けに行くからな」
リックは前に出て、ブルーデビルキノコを蹴散らそうと、右手で剣に手をかけた……
「うん!? 待てよ?!」
リックは通路から洞窟の底を見て、剣にかけていた手を戻し剣を抜くのを止めた。彼の行動に気づいた、兵士の一人が少し驚いた表情をした。
「リックさん! 何をしてるんですか!? 早くこちらにきて一緒に戦って……」
「すいません。俺は先に行きます。後はお任せしました」
「えっ!? 先にって…… ちょっと、何を!?」
兵士が驚いた顔をしてリックに叫ぶ。
「少し高いけど……」
リックは通路の脇にある柵に、足をかけて上に登って下を覗いていた。小さく見えるアイリス達に、下から吹き抜けて来る風に彼の股間がキュッとなる。
「ふぅ…… 大丈夫。ガーゴイルと落下したところより全然低いし…… まぁあれはソフィアが防御魔法かけてくれけど…… 大事な友達のためだ!!!」
リックは意を決して地面を見ないように顔を少しあげる。彼の体がゆっくりと斜めになっていく。
「今行くぞ!!!!!!!! アイリーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーース!!!!!!!!!!!」
「リックさん!?」
叫び声をあげリックは策を蹴って洞窟の底に飛び降りた。強い風がリックの頬にあたり、耳に激しい風切り音が響く。落下していく先に水面が見える。見えているのは、真ん中に小さな石碑が建つ、勇者が銀貨を投げ入れる泉だ。
バシャアアアアアアアアアという、激しい音がして、水しぶきが上がり、リックの両足に大きな衝撃が伝わる。
「ふぃ……」
着地したというより、両足を叩きつけられた状態のリックは、両足に響いた衝撃に思わず声をあげた。
「いってーーーー!!!!!!」
少し時間をおいてリックの足の衝撃は、痛に代わった。彼は叫びながらぴょこぴょこと水面を歩くのだった。歩きながらリックは、腰にぶら下げた道具袋からポーションを取り出して、口で瓶の蓋を開けて足にかける。
「くうううう!!! しみる!! まぁ、あの高さから飛んだら当たり前か…… はっ! そんなことよりアイリスを!?」
ポーションの瓶を投げすてリックは、首を振ってアイリスを必死に探す。
「リック!? あなた何をしてるのよ!?」
泉の前で騒ぐリックを見つめ、アイリスは驚き目を大きく見開いていた。何をしているというアイリスの言葉にリックは少しムッする。
「はぁ? 決まってるだろ。お前を助けに来たんだよ」
「えっ!? ありがとう……」
眉間にシワを寄せ答えるリックに、嬉しそうに笑うアイリスだった。リックの方に気を取られたアイリスにブルーデビルキノコ達が向かってくるのがリックに見えた。
「下がってろ! アイリス!」
泉から飛び出したリックは、アイリスの前に立って、彼の左手をだし、下がるように指示し剣を抜く。
「うん、ごめんね」
リックにうなずいて彼の背中に隠れるアイリスだった。リックはアイリスが隠れると、いつものように剣先を下に構え、ブルーデビルキノコと対峙するのだった。
「キキャキャーーー!」
叫び声をあげ、五匹のブルーデビルキノコ達が、槍で一斉にリックを突いてくる。
「遅い……」
向かって来た槍を見つめ右斜め前に出るリック。五本の槍は彼の背中で交差する。目の前にあった槍の柄を掴み前に引っ張るリック。強引に前に出された、ブルーデビルキノコはバランスを崩し前かがみになった。青色のかさがリックの前に無防備にさらけ出される。リックは右手をあげ剣を振りかざすと、すぐにかさに向かって振り下した。
綺麗に茎から切られた、かさが地面に落ち、ブルーデビルキノコ動きが止まった。
「さぁ! 来いよ」
リックの右から槍が突かれた。彼は体を右に向け、槍をなんなくかわすと、腰を落とし体制を低くして剣を水平にして前に突きだした。
「キキャキャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
突き出されたリックの剣は、ブルーデビルキノコの目の間に突き刺さり、叫び声が洞窟にこだまする。剣を引き抜くと静かにブルーデビルキノコが地面に崩れるように倒れた。
「後、何匹いやがる!!! いくらでも片付けてやる!!!」
リックは眉間にシワを寄せ吠えた。ブルーデビルキノコたちは後ずさりしていく。数分後…… リックは何度目かの、槍攻撃をかわして、ブルーデビルキノコの真っ二つにした。
「さぁ、次は!? ふん。もう終わりか……」
鼻で笑うリックの周りには、二十匹ほどのブルーデビルキノコが横たわっていた。離れたところにブルーデビルキノコの集団がいるが、鬼神のように戦うリックを見て、戦意を失っているようで、キラ君と通路のブルーデビルキノコを突破した兵士たちが次々と倒していた。
「リックー!」
声がして振り返るとリックの後ろから、パタパタと手を横に振りながら、アイリスが駆け寄ってくる。
「アイリス!? 大丈夫か?」
「うん! 私は平気よ……」
アイリスは恥ずかしそうに頬を赤くし目を潤ませている。リックの前に立つとうれしそうに笑って目を拭う。リックはアイリスの様子に声をかける。
「どうした!? ほら、まだ魔物がいるから危ないぞ!?」
「ごめん、リックが私のこと心配してくれたし…… 来てくれて、うれしくて…… やっぱり私のこと!?」
リックの前で上目遣いで、小刻み震えるアイリスは瞳から涙がこぼれていく。リックはいつの間にか、背を追い越した幼馴染に向かって優しく微笑む。
「俺達は友達なんだから! 助けにくるのは当たり前だろ」
「えっ!? ちょっと! 何よ!?」
「なっなんだよ!?」
泣いていたアイリスが、今度は頬を膨らまして、手を腰についてリックを睨みつける。
「ちょっと! 私と友達ってどういうことよ!?」
「はぁ? 俺達は幼馴染で友達だろ!? 他にあるか? そうだな、同じ村出身とか…… 兵士と勇者とか……」
「えっ?! 違うわよ! 私達は恋人でしょ!?」
自分を指さして叫ぶアイリスに、リックは大きく何度も首を横に振った。
「いーーーーや。友達だ! 今までも友達で、これからもずっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーと友達だ! 同郷友人絶対不滅!!!」
「なによ! リック嫌い!! 河原で愛を誓いあったの忘れたの!?」
「あれは子供の頃にした結婚式ごっこの話だろうが!!!」
「なによ! 二人の大事な思い出でしょ!」
「その話はやめろ! 俺の黒歴史なんだからな!」
「なっ!? もういい!!」
アイリスはリックに背中を向けて歩き出した。彼が向かった先には、戦意を失ったとはいえ、まだブルーデビルキノコが居て危険だ。リックは慌てて声をかけてアイリスを止める。
「おい。待てよ。アイリス! まだそっちには……」
「うるさいわよ! リックなんか嫌いなんだから! もう! 何なのよ! 私はリックのこと…… なのに…… ずっとって言ってくれたのは少しうれしいけどさ」
アイリスはぶつぶつ言いながら早足でリックから離れていく。距離が十メートルほど開き、リックは急いでアイリスを連れ戻そうする。直後にアイリスの頭の上にいるスラムンが飛び跳ねた。
「ズラ! 気を付けるズラよ! 何か別の魔物の気配がするズラ」
「えっ!? わかったわ…… キャッ!!!」
「アイリス!!」
アイリス歩いている地面の下から、ボコボコと彼の周りにいくつもの植物の茎が生えてきた。




