第44話 女騎士エルザ登場
男は短剣を水平にして突き出した。短剣はリックが剣を抜かさないように、ライトアーマーの右の肩当の下を正確に狙っている。鋭く正確に伸びてくる突きは一般的な王都民の動きではない。
「チッ!」
リックは後ろのけぞって、かろうじて短剣を回避した。男は舌打ちをして短剣をすぐに引き戻し、リックは体を起こして剣に伸ばす。
男は短剣を戻してすぐにまた突いてくる。狙いは同じくリックの右腕だ。
「させるかよ!」
「チッ」
リックはとっさに右手で男の短剣を持つ手首をつかんで止めた。すぐに手首を掴まれた男が左足を引く。今度はリックを蹴り飛ばそうとしているようだ。男の動きにリックは即座に気付いた。
「ほらよ」
腕を伸ばしてつかんでいた男の手首を離すリック、男は押されたようになってバランスを崩す。リックは右足を前にだして男の腹を軽く蹴った。蹴られた男は後ろに後ずさりしてリックとの距離が一メートルほど開く。距離を取ったリックは剣に手をかけた。すぐに体制を立てなおした男が素早く短剣を突いてきた。リックに剣を抜かせないつもりらしい。
「うっ!」
だが、青白く光り稲妻が、リック背後からが飛んできて男の足元に落ちた。彼の後ろには右手を男に向けてソフィアが立っていた。
「リック! 今です」
「ありがとう。ソフィア」
ソフィアが電撃魔法で作ってくれた間を利用しリックは剣を抜いて構える。男は悔しそうに剣を抜いたリックを見つめていた。
「くそ! たかが、兵士のくせに…… 俺の邪魔をするな」
けん制するように短剣を持った右手を前にだし、体を斜めにして男は構えた、直後にリックの心臓をめがけて短剣を水平にしてつきだした。
「無駄だよ」
突きだされた短剣をリックは、ギリギリまで引き付け素早く右足を引き、半身にして短剣をかわす。リックの横の男の右腕が伸びていく。
リックは刃のない刀身を上にして右手を振り上げる。鈍い音がして男の伸びた肘が、逆の方向に曲がった。リックの目の前で短剣が男の手から滑り落ちるようゆっくりと離れていく。
リックは剣を振りぬいて、少し前に出て男の背後に回り、手首を返し今度は背中に振り下す。音がして背中を叩かれた男は、勢いを保ったまま通りの脇にある民家の壁にたたきつけられる。
「ぎゃああーーー!」
「騒ぐな! こっちへ来い!」
壁に叩きつけた男の首を左手で、つかんでリックは通りの真ん中へと引きずっていく。リックは首をつかんで男を強引に膝をつかせた。苦痛にゆがんだ表情で男は、叫びながら膝をついて左手てで肘を押さえている。
「ぐわあああ。腕が…… 腕が……」
「黙れ! 後で治療してやる。動くなよ」
リックは奴の首に剣を突き付けソフィアに声をかける。
「ソフィア! 縄を!」
「ふぇぇぇぇぇぇ!? リック! 男が……」
慌てたソフィアが男を指して声をあげた。リックは慌てて男に視線を向けた。
「えっ!?」
リックが見たのは座ったまま男が、口から血を流している姿だった。
「おい!? どうした?」
声をかけたリック、だが男はそのまま後ろに倒れてしまった。リックは男のそばに行ってしゃがみ状況を確認する。男は目を見開いて口の横から大量に血が垂れして息が止まっていた。
「死んでる…… 待て…… 俺は……」
リックは男に制止するために攻撃したが、殺すほどのことはしていない。動揺するリックに、彼の肩越しから男を見ていたソフィアが声をかける。
「リック…… これは多分毒ですね……」
「毒?」
「はい。さっきリックが私を呼んだ時に何か口の中で噛んだようにみえました…… 恐らく歯に毒を仕込んでいたんですよ……」
男は仕込んでいた毒で自ら死を選んだ。リックは悔しそうに男を見つめる。
「うわぁ!?」
男の顔が人間から変わっていく…… 人間の青年だった男は皮膚が、鱗のようになり目がギョロッとしたリザードマンに変わった。
「これは変身魔法……」
「はい。でも……」
「どうしたの?」
「いえ、変身魔法で顔の形や種族まで変えるのって難しいんですよ。普通は簡単な髪形とか耳の形とか髭を伸ばすとか少しの変化だけさせるんです」
リザードマンは人間の言葉を理解し、エルフやドワーフと同様グラント王国では人間と同列に扱われており、グラディアでも数は少ないがちらほらと目にする種族だ。高度な変身魔法と使い人間と偽って、町を徘徊していたのはそれなりの理由がありそうだ。
「リック。とりあえず報告に戻りましょう」
「あっ! そうだね」
巡回を中断したリックとソフィアは、第四区画の担当の防衛隊に報告しに戻った。リザードマンが自殺した時と尋問した時の状況を、報告書にして死体と持ち物を、担当の第四区画担当の防衛隊に渡して引き継いだ。
路上で質問した人間が毒を飲んで自殺し、なんとも後味の悪い巡回となってしまった。
その後、夜勤を終えた二人は詰め所には戻らず直接寮へと帰宅した。寮へと戻った時はまだ薄暗く早朝だった、二人は明日の朝まで丸一日の休日となる。二人は寮に戻ると疲れていたのかすぐに眠りについた。ただ、寝る前にリックは起きたらお菓子屋さんに行くですよって、ソフィアに念を押されたので、昼過ぎ頃に起きる予定だった。
「うるさいな…… こちとら夜勤明けだぞ…… しかもこの後は菓子屋に行くんだ……」
寝ぼけた様子でベッドから体を起こすリック、昼前くらいに寮の扉が激しくノックされ、起こされたのだった。
「はーい。いま出ますよー。待ってくださいね」
リックが部屋から出ると、ソフィアが玄関に向かって小走りで向かって行くのが見えた。彼女が玄関の扉を開ける。
「あれ?! メリッサさん。どうしたんですか? 今日はリックと私は非番ですよ?」
「まだ居るね。よかった。間に合ったみたいだね。ごめんね。今日のデートは中止だよ! 隊長がすぐに二人に来てほしいってさ!」
「えぇ!? デートじゃないですよ。リックと二人でお菓子屋さんに食べに行くだけです」
「はいはい。いいから二人とも早くおいで」
玄関の扉を開けるとメリッサが慌てた様子で立っていた。ソフィアの受け答えに若干あきれ顔で適当な感じで、リック達に詰め所に来るように言うメリッサだった。休日の二人をわざわざ呼び出すということは緊急の要件なのだろう。リックはすぐにソフィアに声をかける。
「しょうがない。ソフィア! お菓子屋さんはまた今度の休みだね」
「ふぇぇぇ…… ぜったいですよ!」
「うん。行こうね」
リック達はすぐに着替え第四防衛隊の詰め所に向かう。到着した詰め所にはカルロスとメリッサ、イーノフが居て二人の到着を待っていた。
「あっ! 悪いね、お前さんたち! 休日なのに来てもらって。実はね……」
カルロスは手招きしてリック達を自分の机の前に呼ぶ。四人がカルロスの前に並ぶと彼は話を始めた。
「昨日リック達が夜間警備の時に見つけたリザードマンの所持品から、毒や侵入の用のピッキング道具などが出てきてね。多分、そのリザードマンは雇われた暗殺者だろうということなんだ」
「暗殺者ですか」
第四区画に住むのは貴族や富豪などで、私怨や陰謀などで命を狙われる危険がある者達ばかりだ。暗殺者の一人が住民に紛れこんでいても別に不思議ではない。
「それで俺達が呼び出されたのは何でですか?」
「これはまだ推測なんだが、暗殺者の狙いがアナスタシア王女様じゃないかと……」
カルロスの口からアナスタシア王女の名前が出て来た。次期国王の暗殺となれば王都、いや国を揺るがす大事件である。
「でも! アナスタシア様は城にいて第四区画には居ないのにどうして?」
リックが思わず声を出した。カルロスは冷静な表情でリックをチラッと見てから再び口を開く。
「第四区画になぜ暗殺者いたか…… おそらくは…… これは内密な話なんだがな……」
カルロスがリック達に答える。王女アナスタシアは定期的にお忍びで町の視察に出ている。三日後にそのお忍び視察をする予定があったのだが、その場所が第四区画と第五区画であるという。リックが質問したリザードマンは視察に王女暗殺計画で視察に来ていたのではないかということだ。
話を聞いたリックはホッと胸をなでおろす。
「じゃあこれで暗殺は未然に防がれたんですね」
「いや。それがな……」
首を小さく横に振って、カルロスは話を続ける。暗殺者が一人だという保証はなく、王女の視察中止の要請をしたが、国民とのふれあいを楽しみにしている王女様は中止を拒否。
急遽対策を協議した結果、騎士団と防衛隊で護衛を強化して視察にあたることになったとのことだった。
「それでね。騎士団から護衛強化に第四防衛隊へ協力要請があったんだよ」
「えっ!? それじゃあ俺達が暗殺者から王女様を守るんですか?」
「そうだ」
「やった!」
王女の護衛と聞いてリックの顔が明るくなって嬉しそうに拳を握った。彼は王女を守る騎士になるために防衛隊に入ったのだ。その王女の護衛任務となれば、王女様に会えるかも知れない。
「うん!?」
ソフィアが不満げな顔でリックを見つめている。ハッという顔でリックは自分の頬を軽くたたく、彼は王女様に会えるかも知れないからって嬉しそうな顔をしてしまったことを後悔した。暗殺者が王女を狙ってるのだから明るい話ではないのだ。リックの様子を見てカルロスが少し申し訳なさそうに口を開く。
「後一つ言っておくぞ。僕たちはあくまで騎士団のサポートだからね」
「えっ? サポートって…… まさか!?」
「王女の様の周辺は騎士団が守るから。僕たちは騎士団と王女様が視察する直前の道に先回りして調べたりとか、詰め所を休憩所として貸出したりとか! あと食事の手配と毒見役かな?」
リック達の役割は直接王女を護衛することでなく、騎士団が護衛しやすくするために働くいつもの兵士の任務だった。それでもリックは王女の役に立てると胸をときめかすのだった。そんなリックの顔をソフィアは悲しそうに見つめている。リックはソフィアの視線にすぐに気づく。
「ソフィア、どうした?」
「リックはやっぱり王女様のところに行っちゃいます?」
「えっ!? 行かないよ! 今回も任務だから! どこにも行かないよ…… そっそれにソフィアとは約束してるし」
「ならよかったです!」
明るく嬉しそうにうなずくソフィアだった。ソフィアの横でイーノフとメリッサはにやにやしていた。
「それで早速なんだが、今から騎士団から護衛を担当する騎士が来て打合せを行う。よろしくな」
「みんな優しくするんだよ!」
「メリッサ! 君が一番危ないよ!」
騎士と聞いて浮かない顔をするリック。騎士にはなりたいが、彼は入団試験やこの間の盗賊団の件もあり、騎士自体にあんまり良いイメージをもっていなかったからだ。
少しして詰め所の扉が開いて人が入って来た。
「失礼いたします! お久しぶりです。カルロス隊長。騎士団よりまいりました。ロバートです」
「こんにちはロバートさん。すいません。狭い詰め所ですがどうぞ中へ……」
白い騎士用の鎧を着た背の高い、金髪の端正な顔立ちの騎士が入って来た。騎士は盗賊団と討伐の時にリック達と挨拶をかわしたロバートだった。もう一人、鎧を来た小柄な女性がロバートに続いて入って来る。
「みんなこっちに来てくれ!」
隊長に呼ばれてみんな集合する。ロバートと女性が一緒に並んでいる。
「えっと! メリッサとイーノフは知ってるかも知れないが、こちらは騎士団の副団長ロバートさんと…… 申し訳ありません。こちらの女性は?」
「この者はエルザと言います。まだ若い騎士ですが腕は確かなので今回は私とともに護衛に参加させます」
「カルロス様。第四防衛隊の皆さま。エルザと申しますよろしくお願いいたしますわ」
丁寧な口調で挨拶をするエルザ。水色の長いストレートの髪に綺麗な青の色の瞳、スラッと高い鼻が特徴的な上品で綺麗な女性だった。
「(あれ…… エルザさんって会ったことないはずだけど…… どこかで…… 巡回ですれ違ったかな……)」
リックは首をかしげてエルザを見た。会ったはずのない彼女に見覚えがあったからだ。リックの視線に気づいたエルザは優しく微笑む、彼は慌てて目をそらすのだった。
カルロスの紹介が終わると、ロバートとエルザが、一人一人の前に立って挨拶をしはじめた。
「やぁ、あなたが担当だなんて光栄です。ロバート副団長!」
「ははっ。からかうなよイーノフ。一緒に仕事するのは久しぶりだな」
イーノフとロバートが握手をして挨拶をしてる。二人とも綺麗な顔立ちに上品な雰囲気を持って絵になる。
「うん!?」
エルザが二人の横に行って、なんか期待したキラキラした目で、二人のことを見ている。
「はい! ロバートさんはそこでしっかりとイーノフさんを抱きしめて! 二人でいろいろささやきあって……」
「えっ!? エルザ! ちょっとやめてくだ…… やめなさい!」
「ロバート…… この子は何を言ってるの?」
「すまんイーノフ。なんでもない! ほらこっちに来い」
ロバートが無理矢理にエルザの腕を引っ張ってイーノフから引き離してる。リックは美人のエルザの奇行に驚いている。続いてロバートがエルザを連れてメリッサさんとソフィアに紹介した。次にリックの前にやってくる。
「エルザ! こちらがリックさんだよ……」
「ふーん」
リックの前に立ったエルザは、下から上へとなめるような視線で彼を見た。
「あんたが…… こんな頼りなさそうなのが…… でも…… 受けとしては使える……」
「はっはぁ!? 頼りないだと!? あと受けって?」
「ううん…… なんでもないの…… こっちの話よ」
「ちょっちょっとロバートさん! この人なんか変ですけど!?」
ロバートが慌ててエルザの前に体をいれリックに謝罪する。上品な挨拶をした時と違い、イーノフとリックに対する言葉遣いや態度が下品なエルザ、おそらくだが今の彼女がいわゆる素のエルザなのだろう。
「ごめんな。リック! エルザ! あなたは…… 今は騎士なんだから!」
「何よ! 私は素材に飢えてるのよ! 悪い?」
「いいから! こっちに来なさい」
ロバートさんがリックからエルザを遠ざけていく。不満そうに口をとがらせるエルザだった。
「もう…… ほんとに騎士はろくなのがいないな」
リックは心底あきれた様子でつぶやくのだった。女騎士エルザとリック、この出会いがグラント王国の歴史を変えることになるとは、この時は誰も気づかないのであった。




