第41話 横槍
姿を現したモンゴソルジャーは一体だけだったが、二メートルを超える巨体になっていた。さらに巨大化して厚みが増した背中から、左右に三本ずつ腕が生え、両肩から生えた腕を含め八本の腕を持っている。
「モンゴソルジャーさんが大きくなって腕がいっぱい生えてますよ。リック!」
「どっどういうことだ」
「それがモンゴソルジャーが合体したスーパーモンゴソルジャーズラ!」
スーパーモンゴソルジャー、八匹のモンゴソルジャーが魔法で合体した魔物で、知性、パワー、スピード、魔力とも大幅に強化されていた。にやりと笑ってモンゴソルジャーが、肩から生えた右手を顔の前に持ってきて拳を握ったりする。
「へっへっ! 久しぶりだぜこの体!」
「うわぁ!? なんか急にしゃべったぞ!?」
「スラムンさんと一緒です」
リック達がしゃべったスーパーモンゴソルジャーに驚く。モンゴソルジャーは人の言葉をしゃべれないが、合体したことにより知性が上がった、スーパーモンゴソルジャーは人の言葉をしゃべれるのだ。会話を聞いていたスーパーモンゴソルジャーは真っ赤な顔を、さらに赤くしてリック達を睨みつける。
「おい! そこの人間! 俺のすごさは言葉だけじゃないぜ!」
「気を付けるズラ! 見た目は手が増えて大きくなっただけズラが、モンゴソルジャー八匹分の能力があると言われているズラよ」
「うるせえんだよ! そこのスライム! 勇者と一緒に行動する裏切者め! まとめて叩き潰してやる」
スーパーモンゴソルジャーは、アイリスに向かって駆け出した。
「させるかよ」
リックは慌ててアイリス達に元へと駆け出した。モンゴソルジャーの八匹分の能力を持つ、と言われるスーパーモンゴソルジャー、リックは追いつこうと必死に走る……
「うん!?」
走り出してスピードをあげたリック、あっという間にスーパーモンゴソルジャーの背中が大きくなり、剣が届くほどに接近できた。スーパーモンゴソルジャーの左足のすぐ後ろまでリックは迫る。
「(簡単に追いついたけど…… こいつほんとに八倍のスピードになってるのか?)」
迫って来るリックの気配に気づいたのか、スーパーモンゴソルジャーが振り向いた。
「チッ! たかが兵士が邪魔するなーーー!」
舌打ちしたスーパーモンゴソルジャーは叫びながら、三つの左手の拳を握って、連続でリックを殴りつける。三つの拳が空気を切り裂きながら鋭くリックへと向かって来る。
「チッ! えっ!? あれ……」
迫る三つの拳をジッと見つめたリック、タイミングを計って左、右、左と移動して拳をかわす。すべての拳が簡単にかわせてリックの横を通り抜けていった。
「(あまりスピードとか変わってない気がするけど…… もしかしただ巨大化して腕が八本になってだけなんてことはないよな)」
地面に打ち込まれた拳から土煙が勢いよく上がる、スーパーモンゴソルジャーは目を見開いて驚いた顔をしていた。リックはスーパーモンゴソルジャーと目が合うとに余裕の笑みを浮かべ挑発する。
「舐めるなあああああああああああああ!!!」
挑発に乗ったスーパーモンゴソルジャーはまた何回もリックを殴りつける。リックは左右に動いたり体をそらして、スーパーモンゴソルジャーの拳をなんなくかわし続けた。
「クックソ! こっ、こいつ!? ただの兵士のくせに俺様の攻撃を簡単にかわせるなんて」
スーパーモンゴソルジャーの顔色が悪くなり余裕がなくなっていった。その様子を見ていたスラムンがつぶやく。
「あのアイリスの友達…… すごいズラ」
「そりゃあね。リックは小さい頃から勇者の私の攻撃を受けてるからね。その頃は泣き虫でかわいかったのよ。スラムン! あと…… 私の友達じゃないの! 未来の旦那様よ!」
「違う! ただの幼馴染だ! あと泣き虫とか余計なことは言うな!」
「ベーだ!」
笑って舌を出して、リックに向けるアイリスだった。
「(泣き虫…… そうだな。昔は全然アイリスにはかなわなかったんだよな。俺……)」
飛んできたスーパーモンゴソルジャーの拳をかわし、リックはふと思い出していた。幼い頃リックはアイリスよりもずっとずっと弱かった。二人で喧嘩したり剣術の真似事してもリックは全然アイリスにかなわなかった。アイリスにはS1級の勇者の才能があったのだから当然ではあるが……
ある日、リックはアイリスからそれじゃ王女様を守れないよって言われた。リックはとても悔しかった。しかし、彼が何よりも悔しかったのが…… リック達の戦いごっこで彼が負けると、アイリスが王女様役をやったことだった。憧れの王女をアイリスが演じる、その屈辱に小さい頃のリックはそれから必死に努力した。だが、どんなに努力しても力や魔法で、勇者の才能を持つアイリスにまともに戦ってもかなわなかった。リックはどうやったら勝てるか必死に考えた。そして一つの結論に達した。リックは騎士になって王女を守りたい、決して敵を傷つけたいわけではない、だったら攻撃をしないで、攻撃を受け止め防いだりよけたりすることに集中すればいいと……
何度も何度も失敗し、いつの間にかリックはアイリスの攻撃を見切れるようになった。そして彼は気づいた攻撃をはなった直後は大きなスキが生まれることも…… リックは幼い頃からのアイリスとの遊びで、反撃戦術を自然と身に着けたのだった。
攻撃の見切りと反撃、リックがそれを身に着けるとアイリスには、戦いごっこで負けることはなくなっていた。
「おぉっと! 昔の思い出にひたるには少し騒がしかったな」
思い出に浸るリックの動きが鈍った、スーパーモンゴソルジャーはそのスキを見逃さず、左側の真ん中の腕の拳を握って殴りかかった。目の前に迫る拳にリックはニヤリと笑った。右手に持っていた剣をリックは、素早く振り上げ拳の軌道に持っていく。
「ギャー!」
スーパーモンゴソルジャーの声がした。リックは向かって来る拳に剣で受け止めた。鋭く伸びたリックの剣は、スーパーモンゴソルジャーの腕を縦に裂いた。血が噴き出し地面を赤く染めていく。リックは返り血を浴びた頬を左手で拭う。
「腕が何本あろうが全ての動きを止めてしまえば良い! ソフィア! 腕の矢で射抜くんだ」
「わかりました。えーい!」
ソフィアの的確な射撃が、スーパーモンゴソルジャーの腕を射抜く。最初に放たれた矢が、スーパーモンゴソルジャーの背中に生えた、真ん中の腕に突き刺さった。
「クッ!」
スーパーモンゴソルジャーは飛んでくる矢の方に体を向け、背中に生えた左右の腕を二本ずつ前に出し手のひらを前に向けた。飛んできた矢が腕の手前で何かぶつかって落ちた。リックが目を凝らしてよく見ると、手を頂点にした四角い薄い黄色の光の壁が出来ていた。
「リック! あれは魔法障壁です!」
弓を下してリックに叫ぶソフィア、スーパーモンゴソルジャーは肩で息をして、彼女を見つめていた。
「はぁはぁ、正確に腕を狙ってきやがった…… あの女! どうやら、お前たち兵士の相手をするのは分が悪いみたいだな。でも、こっちの勇者はどうかな!」
リック達にかなわないと悟った、スーパーモンゴソルジャーはアイリスに向かってまた走り出した。リックはスーパーモンゴソルジャーの行動を読んでおり、素早くスーパーモンゴソルジャーの前に回り込んで立ちふさがる。
「近づかせるわけないだろ」
「邪魔だ!!!!」
「えっ?! しまった!! まぶしい!」
スーパーモンゴソルジャーの体が合体の時のように光った。強烈な光が周囲にはなたれ近くに居たリックだけではなくソフィアやアイリスも目がくらむほどだった。リックは強烈な光に目がくらみ手で顔を覆う。スーパーモンゴソルジャーはリックのスキをつき、彼の横からアイリスへと向かって行く。
「アイリス! 逃げろ!」
振りむいたリックはアイリスに叫ぶ。彼の視力はすぐに回復した、だが、すでにスーパーモンゴソルジャーがアイリスの前に立ち、七本の腕を振り上げている姿が見えていた。
「やめろーーー!」
アイリスに、スーパーモンゴソルジャーの拳が、いくつも降り注ぐ。リックのむなしい叫ぶが野原に響く。
「えっ!?」
スーパーモンゴソルジャーの腕二本が、肘から先辺りで、チャクラムに切り裂かれた。スーパーモンゴソルジャーの腕は、地面に転がる。
「うぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」
叫び声をあげるスーパーモンゴソルジャーの前で、アイリスはにやりと笑った。
「お前の攻撃パターンは知ってるズラよ! オラにはきかないズラ! アイリス! もう一回ズラ!」
スラムンが声をあげた。頭の上に居たスラムンはスーパーモンゴソルジャーが体を光らせる直前に、アイリスの目の前に移動していのだ。半透明のスラムンが目を保護してくれたため、アイリスは目がくらむことなく対処できたのだ。
「クソが! まだ別の腕が!」
スーパーモンゴソルジャーは、悔しそうに顔を歪ませ、すぐに別の腕を振り上げるが、チャクラムが戻って来て再度同じように腕を切り落とした。苦痛の表情を浮かべスーパーモンゴソルジャーは膝をついた。八本あった腕は両肩から生えた左右の腕を残し全て破壊された。アイリスはリックに向かって微笑んだ。
「へへ! リック! どう? 私も少しずつだけど強くなってるのよ。あなたにまた追いつきたいから……」
「うん。そうだな。アイリスはすごいよ!」
「じゃあ…… 私に頑張ったねのチューを! ちょーだい!」
「しない!!!!!」
口をすぼめて両手を広げるアイリスに、即答するリックだった。
「ソフィア! 違う。標的はそっちじゃない! スーパーモンゴソルジャーだよ」
リックはアイリスにソフィアが、矢を向けているのに気づき慌てて止める。
「クソが!? 勇者ダメだ…… やっぱり兵士の方を…… でも…… あいつも俺の攻撃が…… もうどうにでもなれ! うわぁぁぁぁぁーーー」
雄たけびを上げながら、スーパーモンゴソルジャーが今度はリックに向かってくる。追い詰められ冷静さを欠いてやけくそで突っ込んで来たようだ。リックは駆けて来るモンゴソルジャーを見つめ、右手に持った剣を地面に向け構える。ス
「しねえええええええええええええええええええええええええ!!!」
叫びながら殴りかかってくるスーパーモンゴソルジャー、リックは冷静な表情で先ほどと同じように、向かって来る拳を剣で迎え撃った。リックの剣と拳がぶつかる。細身の刀身が鋭く伸び、スーパーモンゴソルジャーの拳の指に食い込んでいき、じんわりと血が噴き出していく。
「うりゃああああああああああああああああああああ!!!」
リックは声をあげ右手に力を込め剣を勢いよく振りぬいた。スーパーモンゴソルジャーの右腕は上腕の半分くらいまで縦に裂けた。スーパーモンゴソルジャーは目を大きく見開き後ずさりする。
「ひぃ…… ばっ化け物だ!?」
「おいおい。化け物に化け物なんていわたくないぜ」
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!」
「おっおい。待てよ」
リックを恐怖に引きつった顔でみた、スーパーモンゴソルジャーは残った左手で、右肩をおさえ振り向いて走りだした。頂上へと続く道から森へと逃げようというつもりのようだ。リックはソフィアに視線を向けた。
「ソフィア! やつの足だ! お願い!」
「はーい。えーい!」
返事をしたソフィアは、弓を構えて素早く矢をはなつ。モンゴソルジャーの、右足太ももに矢が突き刺さった。
「ぎゃっ……」
バランスを崩して、前のめりに倒れるスーパーモンゴソルジャーに、リックは距離をつめていく。
「ーーーーー!! クソ!」
リックは何かが迫って来るのを感じ振り向いた。
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
振り向いたリックに向かって、後ろから棒のようなものが、頭をめがけた飛んできていた。リックは必死に頭を横にかすめた、棒のような物は彼の首をかすめていき、スーパーモンゴソルジャーの背中に突き刺さった。立ち止まってリックは首筋をさする。
「あれは槍か……」
スーパーモンゴソルジャーに赤い柄で、先に刃がついただけのシンプルな構造の槍が刺さっていた。
「リック! 大丈夫ですか?」
「ありがとう。大丈夫だよ。この槍は……」
ソフィアが心配そう駆け寄ってきた。リックは彼女に手をあげて大丈夫だと合図をした。スーパーモンゴソルジャーは胸を一突きで貫いた槍が刺さったままうつぶせに倒れていた。リックは投げられた槍を見て再び振り向いた。槍の射線にはリックも含まれていた、おそらくリックとスーパーモンゴソルジャーを同時に狙ったのだろう。
「わぁ! すごいね! あなたたち……」
嬉しそうに弾んだ女性の声がリック達の背後からした。リックが振り向くと、二人から二メートルほど離れ地面に、背が高くスレンダーな体に真っ青な髪をして、黒い皮素材のお腹が出た露出の多い恰好にマントを付けてる女性が立っていた。槍を投げたのは彼女のようだ。格好が違うが顔の形と目の鋭さといい……
「メリッサさん? どうしたんですか? その格好?」
女性はメリッサにそっくりだった。ソフィアは首をかしげて弓をしまって女性に近づいた。
「ソフィア! 違う! メリッサさんじゃない」
右手を軽く動かした女性の手に槍が戻り、彼女は近づこうとしたソフィアに向かって槍を突き出したのだった。リックは慌ててソフィアを突き飛ばした。
「クッ!」
リックの脇の下を槍がかすめていった。リックは腕をすぐにひっこめた。
「ソフィア! ごめんね。大丈夫?」
「ちょっと痛いです!」
「やっぱり、おもしろい人達ですわね。ほらほら、もっと私を楽しませてよ!」
槍を戻した女は笑顔をうかべてもう一度槍でリックを突いてくる。近くで見ると本当によく分かるが、髪の毛色以外はメリッサにそっくりだった。また、構えや攻撃の時の姿勢もメリッサと同じだった。リックは体をひねって槍をかわした。
「おっ、お前! 何者だ!?」
「ふふっ! 知りたい? 教えてあげない!」
笑いながら槍を戻す女性は、すぐにまた槍を突き出した。
「おりゃーーー!!」
鋭い突きがリックの横を何度もすり抜けていった。喉元や心臓やみぞおちなどの急所や、肩の付け根や関節などの運動機能を低下させる箇所、鎧の隙間や防御が薄く弱い部分を確実に狙って来る女性。攻撃方法までメリッサと同じだった。
しかもリックが反撃に出ようとすると、間合いに入れないよう素早く槍を突き出してくる。
「フフッ! どうしたのかしら? 反撃できないのかしら?」
「違うよ」
余裕に笑うリックに女性は不機嫌な顔をする。リックがいつも受けている本物の槍はもっと鋭く、それに比べれば今目の前にある槍はハエが止まるレベルだった。




