第252話 決戦前
リックの前にある、木製のカウンターの上には根元から、折れて柄の部分と別れた剣が置いてある。剣はリックが使っている黒精霊石でつくられた、黒い刀身の細身の片刃の剣だった。カウンター越しに少年ドワーフのエドガーが彼に申し訳なさそうに答える。
「ごめんね。リックおにーちゃん…… まだ修理できてないんだ」
「そうか…… やっぱり間に合わないよな。急がせてわるかったな。ありがとう」
しょんぼりとしているエドガーにリックが声をかける。魔獣ゾルデアスとの戦いで、折れたリックの剣を鍛冶屋のエドガーに修理を依頼した。リックは急な任務で、この後すぐに王都を発つことになっており、エドガーのところに剣の修理状況を確認しにきていたのだ。
「あの!? ここで使える武器があったら、代わりに持って行っていいから……」
「大丈夫だよ。予備があるし。鉄製の方もまだもってる。それに…… 他の剣じゃ俺にあわないからな」
少し寂し気にエドガーの店の商品を見つめるリックだった。黒精霊石の剣は以前の鉄製の剣に比べれば、はるかに丈夫で、一振りあれば十分なはずだ。しかし、リックは今回の任務にできれば予備を含めて二本持っていきたかった。なぜなら今回の任務は、かつてないほど辛く苦しいものになるのがわかっていからだった。
「そうか…… ごめんなさい。」
「親方さんは悪くないです。気にしないでください」
謝るエドガーにリックと一緒に、鍛冶屋に来ていたソフィアが声をかける。ソフィアの後ろからポロンが、顔をだし大きくうなずいてリックを指した。
「そうなのだ! エドガー悪いんじゃないのだ! 壊したリックが悪いのだ」
「ポロン…… ひどいな。俺だってわざと剣を折ったわけじゃないし…… 魔獣ゾルデアスの破壊光線のせいなの!」
悪いと言われた落ち込むリック。しょんぼりとしていたエドガーだったが、ポロンに悪くないと言われ表情がパアっと明るくなった。
「うん…… ありがとう。ポロンちゃん」
「ジー」
「あっ!? えっ……」
カウンターから飛び出すように、出て来たエドガーは、ポロンの両手をがっしりと握った。リックは目の前でポロンの手を握るエドガーを睨みつける。睨まれたエドガーはそっとポロンから手を離したのだった。
ソフィアがリックの袖を引っ張る。
「リック…… そろそろ」
「あぁ。そうか。ポロン…… 詰め所に帰るよ」
「わかったのだ」
うなずいてソフィアとポロンと顔を合わせるリック。三人は少し寂しそうに
「まっまた来てね!」
リックが出口に手をかけると、エドガーが大きな声で叫んだ。リックは笑顔でエドガーにうなずく。
「あぁ。また来るよ」
「来るのだ」
「はい。三人そろって来ますね」
三人はにっこりと微笑んで出口から外へ出た。エドガーはだまってその目は涙で潤んでいた。
リック達は詰め所に戻る。ソフィアとポロンが手をつなぎ、前を歩きリックは少し後ろを歩く。
「あれは…… ナオミちゃんか」
詰め所からナオミが出てきて、嬉しそうに手を振りながらポロンの前までやってきた。
「ポロン! よかった。行く前に会えたね」
「ナオミなのだ! どうしたのだ?」
「へへ、みんなにお弁当届けにきたんだよ」
ナオミがポロンの両手をしっかりと握って笑う。リックはナオミに声をかける。
「珍しいね。お弁当を俺達に届けるなんて……」
「今回は大事な戦いだから、おばあちゃんが持って行けってさ!」
「そうか…… ありがとうね」
「ううん…… リックおにーちゃん、ソフィアおねえちゃん…… ママとポロンをお願いね……」
顔をあげリックをジッと見つめるナオミ、彼女の目は不安と悲しみであふれ、徐々に涙でうるんでいる。リックは笑顔でうなずいた。
「大丈夫。きっとみんな一緒に帰って来るから」
「任せてください!」
「帰ったらまたみんなで冒険するのだ!」
ポロンがナオミの頭を覗き込んで微笑む。ナオミは涙をぬぐって笑顔でうなずいた。彼女はいつものように元気に手を振って戻っていった。
「大丈夫。メリッサさんと俺達は必ず帰って来る。そして平和になったここでいっぱいポロンと冒険をすればいいさ」
走って戻るナオミ背中にリックは声をかけるのだった。
三人は詰め所の扉を開いて中に入った。カルロスとイーノフは出かけているのか不在だった。自分の席に座っていたメリッサが、リック達に手をあげて声をかける。
「おっ!? 帰ってきたね? どうだい?」
「やっぱり間に合いませんでした」
「そうかい…… まぁ急に出撃がきまったからね。じゃあ、準備をしな! ヘビーアーマーを装備しての出撃だよ」
「はい!」
リックは真面目な顔で返事をした。メリッサは返事をするリックを見て笑った。
「アイリスさんが魔王討伐…… なんか少し不思議です」
メリッサの二つ隣の席に座るゴーンライトがつぶやいた。ついにアイリスが魔王城へと攻め込む。リック達はアイリスを助けるために出撃する。アイリスは現在魔王城の近くに潜伏しており、リック達が到着すると同時に魔王討伐を開始する。援軍であるリック達は正面から魔王軍を引きつけアイリスへと向かう魔王軍の数を減らす。そして彼にはもう一つ役目があった。
リックは深くくうなずいて窓の外へと目を向ける。
「そうですね。俺もアイリスがまさか魔王と対決するまでになるなんて思ってなかったですよ」
リックの言葉にゴーンライトが笑う。二人の会話を聞いた、メリッサが口を開く。
「何を言ってるんだい。あの子は才能があるS1級の勇者だろ? 当たり前だよ」
「確かに昔から異常に強かったから才能があるのはわかるんですけど…… あいつの行動がね…… 伝説の勇者アレックスさんの方がすごい印象がありますね」
「そうかい? でもアレックスには勇者の才能なんかなかったんだよ」
「えぇ!? 何をいってるんですか? だって王国の伝説の勇者じゃないですか?」
「ははっ。でもね。あいつが勇者の適正審査を受けた時に本当に勇者の才能はなかったんだよ。今でも覚えてるよ教会で神官がアレックス・グーズマノフは勇者適性なしって言った時のあいつの顔……」
懐かしそうに笑いながら亡夫アレックスの話をするメリッサ。リックはアレックスは、アイリスより才能があると思っており、メリッサから語られる事実に驚いていた。ちなみにアレックスが死亡するまで、勇者の適正審査は以前は強制ではなく、希望者制だった。才能の格付けもアレックスが魔王に殺されたから始まった。
「でもね。小さい頃から勇者に憧れてたあいつは抜いたんだよ。勇者じゃないのに大地破壊剣をね。それで無理矢理勇者になったんだよ」
どこか自慢げにアレックスのことを語るメリッサだった。話が終わると彼女は何かに気付いてハッとした顔をする。
「おっと! 時間があまりなかったんだ。みんな準備をしな」
メリッサが準備をするように指示をだした。リック達はヘビーアーマーへと装備を変えた。
着替えが終わると、次は戦場へと持ち込む、道具の準備を始める。傷用のポーションや魔力を回復するポーションなどの支給品を道具袋に入る最大まで用意する。
「メリッサ! ロバート達も集合できたみたいだよ」
詰め所の扉が開いてイーノフとカルロスが入ってきた。すでにイーノフはヘビーアーマーへと装備を変えており、普段は制服を着てるだけのカルロスも今日は制服の上にライトアーマーを装備していた。
「よし! じゃあ。みんな行くよ」
「はい!」
座っていたメリッサが立ちあがり号令をだした。リック達は立ち上がり、メリッサの後に続いてついて詰め所を出ていく。全員が詰め所を出た後いん、最後カルロスが詰め所から飛び出して来た。
「待ってー! お前さん達! 僕もいくよ!」
「へぇ!? 隊長? あんたも付いてくるのかい?」
「もちろんだよ。最後くらいは付きあわせてくれよう」
「はぁ…… 足を引っ張らないでくれよ」
「後方部隊だから大丈夫だよ」
今回の戦いにカルロスも参加するという。第四防衛隊は全員で王都西門から出た平原へと向かった。
西門から出てすぐのところに、大きな丸い円形のアーチが、地面に設置されていた。アーチは金属製で、城門よりも巨大で一気に何百人と同時に通れそうだ。
アーチの中は青くうっすらと光っている。このアーチはテレポートゲートという魔法道具で、同じアーチを任意の場所に置くと転送魔法でつながり、くぐるだけでアーチ同士を行き来できる、大人数で移動する時に便利な道具だった。テレポートゲートはエルザが率いるビーイングエルザ騎士団、通称ビーエルナイツの持ち物だ。なお、テレポートゲートはかなりの高額な道具であるが、エルザ達はテレポートゲートを複数所持して、王国のいたるところに配置してあり、異常事態があれば即座にビーエルナイツを展開できるようになっている。
テレポートゲートの前でリーナとエルザとロバートの三人が第四防衛隊を迎える。エルザがリック達の前に来て声をかける。
「来たわね。みんな向こうに行ってるわ。行きましょう」
後ろにあるテレポートゲートをエルザが指す。リックはうなずいてエルザに口を開く。
「エルザさん、リーナさん、ロバートさん、アイリスの為にありがとうございます」
「あら!? いいんですわよ。リック…… リックとアイリスが危険を乗り越えて…… ぐへへ!」
にやけながらよだれをたらし、妄想の世界へと飛び来んだエルザ。リックは彼女の姿にどんびきして後ずさりする。
「はぁ…… リーナ、エルザはダメみたいだ。おいて行こう」
「そうですね。これはひどいです。先に行きましょう。こちらですよ」
ロバートとリーナは首を横に振り、リック達をてテレポートへと先導をする。リック達はロバートに導かれ、エルザを置いてテレポートゲートをくぐるのだった。
「ちょっと!? みんなひどい! 私も行く! もう向こうでみんな集合してるんだから! あれ!? ねぇ! 置いてかないで! 私が団長よーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
皆が居ないことに気付いたエルザは、泣きそうになりながら必死に追いかけるのだった。