第251話 代償
「さっき下りるときに抜いときゃよかったな…… ちょっとカッコ悪い」
ぼやきながらリックは魔獣ゾルデアスの上あごに手をかけて上った。彼は自分の剣を抜こうとしているのだ。上あごに乗った額の前に歩き、リックは剣を握ると、ゆっくりと魔獣ゾルデアスの額にさした剣を抜こうと……
「えっ!? うそ!?」
甲高い音が響いた。リックが剣を引き抜ことした瞬間に、パキーンという良い音を立て、剣は折れてしまった。リックの剣は刀身の根元から十五センチほどの長できれいに斜めに折れていた。
「あーあ…… 剣が折れちゃったよ。黒精霊石の硬い剣なのに……」
折れた剣を見つめつぶやくリック。以前に使っていた鉄製の剣は強敵に対峙した際によく折れていたが、黒精霊石になってからは折れたことはない。
「普段から無理な使い方してるけどまさか折れるなんてな…… それとも破壊光線を斬ったりしたからかな…… まぁ、しょうがない。予備はもう一本あるし。鍛冶屋のエドガーに治してももらおう」
リックは折れた剣を鞘におさめると、砦に戻ろうと上あごから飛び下りた。
「おわ!? あぁ武器の素材とか売れる部位とかあるからな……」
冒険者たちが一気に駆けて来たリックの横を通りすぎ、魔獣ゾルデアスの体に群がって解体を始めた。彼らの動きの素早さにリックは呆れると同時に感心するのだった。
「そうだ! 頭の解体した時に出て来る刀身は防衛隊に返却してくれ」
「へい! 任せてくだせえ! リックさん!」
リックの言葉ん威勢よく返事する頭に頭髪がない冒険者。ちなみに彼は以前王都の冒険者ギルドにリックが言った際に絡んできた一人だ城門をくぐり砦のへと戻るリックだった。
「わっ!? もう危ないよ……」
「ふふふ」
門をくぐたリックにソフィアが真っ先に駆けて来て抱き着いた。彼女は少し腕を伸ばし、抱き着かれ驚くリックの顔を見つめ、いたずらに微笑む。
「リックが無事でよかったです」
「ソフィアも…… えっ!?」
微笑み返したリックにいきなりソフィアは顔を近づけ唇を重ねる。不意をつかれたリックだったが、彼女を受けれた。熱く唇を重ねる二人の脇を通る冒険者や兵士がからかう。
「えっ!? あっ…… ちょっと! 何をしてるんですか!!!」
口づけをする二人の背後から声がした。二人が振り返るとミャンミャンが驚いた顔を立っていた。わなわなと肩を震わせソフィアとリックに近づくミャンミャン。
「もう…… まさかイチャイチャしてるだけだと思ったのにAまで…… もしかしてもっと二人はどこまで進んでるですか? Bですか? まさかCまで!?」
「なっなんだよ。別に何にも進んでねえよ」
「そっそうですよ!」
顔を真っ赤にして二人は離れ、ミャンミャンに向かって首を横に振った。ミャンミャンは目を細めて疑り深く二人の顔を見つめている。二人の関係はミャンミャンが思う以上に進んでいるが……
「ふーん…… まぁ別にいいですけど…… リックさんのことなんか気にしてませんしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
負け惜しみのような言葉を吐き、不満そうに口をとがらせ二人に背中を見せ、走っていくミャンミャンだった。二人は呆然とミャンミャンを見つめていた。すぐにポロンがリック達の元へと駆けきて抱き着いた。
「リックなのだ!」
「わっ!? ポロンもか!」
顔をあげうれしそうに、リックの腰にしがみつくポロンだった。リックは笑顔でポロンの頭を撫でる。
「よかったのだ。みんなで一緒に帰るのだ!」
「ははっ。そうだね。報告して帰ろうか。ここの修理に駆り出される前に……」
「ふふふ。そうですね。急ぎましょう」
破壊光線で壊れた城壁を見ながら、気まずそうに話すリックだった。三人は一緒に砦でココを探す。
「あっ! いた。あれ…… 何をしているんだ?」
ミャンミャンとタンタンが光の聖杯が置かれた台の前にいて、ミャンミャンは腕を組んでうなっているように見えた。ココとシーリカも近くにいて、二人と何か話している。シーリカは両手で石に戻ったブラックタートルを持っている。
リック達が近づいて声をかける。
「どうしたの? タンタン、ミャンミャン?」
「あっ!? いや、この光の聖杯は教会や魔女から狙われたり、事件を起こしたり、魔獣を閉じ込めたり、いろいろあるなぁと思って」
「あぁ。それは俺も思ってた」
あきれた顔をしてミャンミャンは、片手で光の聖杯を持って空に掲げた。その場にいた全員がミャンミャンの行動に驚いた。リックはすぐに光の聖杯に手を伸ばした。
「えっ!? あぶない! こら! 見た目はただの汚い地味な盃でも王国の宝だぞ。落としたらどうするの!」
「あっ!? もう……」
リックが注意ミャンミャンから、光の聖杯を奪い取る。光の聖杯をミャンミャンは不満そうにしている。
「もうちょっと見せてくださいよ」
「ダメ! もし壊したりしたら怒られるよ!? まったく……」
光の聖杯を両手で持って抱えるようにするリック、彼はミャンミャンから王国の宝を守とうとしている。ホッとした表情をした、シーリカが近づいて来て口を開く。
「あゎゎゎ、リリィのお母さんジャイルさんが調べてくれただけも伝説や逸話は五十以上ありましたよ」
「五十? すごいわね。光の聖杯一つに伝説多すぎでしょ……」
「でも、なんで伝説や逸話や役割がたくさんあるんだろう」
タンタンの言葉にうなずくリック。確かに、なぜ光の聖杯に伝説や逸話が多いだろう。シーリカが持っていたブラックタートルが光り出してリック達に話しかける。
「きっと僕が作った時に魔獣ゾルデアスを倒したいと願ったからかも知れません。守り神の肉体で作った聖杯ですから、きっと守り神の肉体に残っていた意志が聖杯の役割は願いをかなえる物だと思ったんでしょう」
「なるほど…… 持ち主が代わるたびに願いをかなえてきたから、いろんな伝説があるって訳か……」
リックは光の聖杯を両手で上にあげ、まじましととみつめた。光の聖杯の威力を目の前で見たリックだが、持っているのはただの汚い盃にしか見えなかった。
「さぁ、リックぅ光の聖杯を渡すんだよぅ。王家の墓に戻すからね」
「あぁ。わかった…… あっ!? こら!」
リックがココに光の盃を渡そうとすると、どこからか手が伸びて光の聖杯を奪っていった。
「ミャンミャン!? 何してるんだよぅ」
「ちょっと! 貸して!」
「えっ!? 何言ってるんだよぅ。ダメだよぅ!」
「じゃあ、逃げろー!」
ミャンミャンが光の聖杯を奪い走って逃げていく。彼女のすぐ後ろに一緒にタンタンもついていく。ココが両手をあげ、ミャンミャン達を追いかける。
「こら! ミャンミャン! 光の聖杯を返すんだよぅ」
「へへへ! いやよ! これで私の料理の腕をあげてもらってリックさんをソフィアさんから取り返すんだから!!!」
「えっ!? 僕の願いは? ココ姉ちゃんとナオミお姉ちゃんとポロンちゃんと仲良く……」
「はぁ!? そんな願いはお姉ちゃんの後よ」
「なっ!? お姉ちゃんの嘘つき! この!」
タンタンがミャンミャンから光の聖杯を奪おうと手をかける。ミャンミャンがタンタンの顔を手で押して引き離そうとして、タンタンがミャンミャンの腕にかみついたりしている。光の聖杯を奪い合う姉弟の醜い争いが続く。見かねたリックはソフィアに顔を向けた。
「はぁ…… ソフィア。一番弱いやつを」
「えっ!? でも……」
「いいの。だって奪い合ってるの王国の宝だよ。あの二人は盗人だからね」
「わかりました。お仕置きです!!」
うなずいたソフィアが空に手をかざす。彼女の手から電撃魔法が姉弟へとはなたれた。
「「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」」
ミャンミャンとタンタンは青白い光に包ま、て瞬きながら叫び声をあげていた。
「まったくこれくらいでしびれて情けないな。俺なんかいつも普通の威力のやつだぞ!? 前なんか効果が薄いって言われて強力なやつくらったんだからな…… あっ!」
電撃を受けたミャンミャン達の手から、光の聖杯がこぼれてゆっくりと地面をこがっていく。
「あゎゎゎ!? 来ました」
光の聖杯がシーリカの足元に転がった。にっこりといやらしく笑い、シーリカは拾い上げようと光の聖杯へと手を伸ばす。
「あゎゎゎ、これはわたくしが…… ふふふ」
「ダメだよぅ。私が返しとくからね」
シーリカが光の聖杯に手をかける前に、スッとココが横から光の聖杯を拾ってしまった。慌ててシーリカがココから光の聖杯を奪おうと手を伸ばす。
「あゎゎゎ! 返してください。それを使ってリックを守護者にするんです」
「こら! シーリカまで! やめなさい」
「そうだよぅ。あんた聖女なのに……」
「あゎゎゎ! 私は聖女でも冒険者でもあるんです。お宝はうばいます」
「なんてこと言うんだよぅ!?」
「いいから返してください」
ココはシーリカの腕をかわしたが、またシーリカはココに飛びかかろうとする。
「もう…… はいはい。ダメだよ。まったく」
「えっ!? きゃっ…… あはん……」
リックはシーリカの背後に回り込んで脇から手を入れて押さえ込む。シーリカは悲鳴のような吐息を漏らし、必死に身をよじって、抜けようとする。彼女が逃げようとしていると思ったリックは手に力を込める。彼の手には不自然に柔らかく、気持ちい感触が伝わる。
「こら。暴れるな!」
「あゎゎゎ!? あっあの…… リックさん…… 胸をつかんでます……」
「あっ!? ごめん……」
リックは慌てて手を離す、シーリカも顔を赤くし、恥ずかしそうにうつむいている。
「(そうか…… なんか変に柔らかいなと思ったらシーリカの胸だったのか…… ぐへへ、シーリカの胸はソフィアよりは小さいけど結構大きいんだな)」
両手の感触を思い出しにやけるリック。快楽に溺れるリックは近づく二人に気付かなかった……
「いやらしいゆるゆるリックが出たのだ!」
「リック…… みましたよ!」
「あぅ!? ソフィア? これは違う!」
「リックもお仕置きです!」
「ぎゃー! ビリビリする! なんで!? 俺の時は普通に強いやつなんだよ!?」
「フン!!!」
強烈な電撃にリックは倒れ、仰向けに寝ているとシーリカが、心配そうにのぞき込んでくる。
「そういえばリックさんの指の指輪も懐かしいですね? どうしたんですか?」
シーリカの手に持っていた、黒い宝石のブラックタートルが、リックに声をかけてくる。
「指輪!? あぁ! 俺の左手にはめてるやつか…」
リックは左手に、四邪神将軍のジオールを倒した時に、手に入れた金色の指輪をしている。
「これ? この指輪はそう魔王軍の将軍が持ってたんだよ。元はこの地方にいた伝説の勇者のものだけど……」
ブラックタートルの近くにリックは左手を広げてみせた。
「そうですか…… 指輪は四つありませんでしたか?」
「えっ!? あぁ! そうだよ。四つあるよ。俺が二つ持ってて、残りの二つはポロンとソフィアがそれぞれ持ってるよ」
「そうなんですね。なるべく一人で四つ装備していた方がいいですよ」
「えっ!? なんで?」
「四つそろうと光の力の影響を避ける物なんですよ」
「光の力の影響って?」
「えっと…… 例えばあの光の聖杯ですけど、力が発動すると光の強力な力で聖女さんのような光の加護ある人間にしか触れないはずです」
「あぁ、確かに最初に飛び出してきたとき俺は弾かれちゃったよ」
「そうですよね。その指輪を四つ付けてる手であれば触ることができるですよ。まぁ手が届かない場所にあったら意味はないですけどね」
ブラックタートルとの話を聞いてうなずたリックだった。彼は二人に指輪を返してもらおうと決意した。万が一二人が渋る場合は王都の菓子を手配すれば良い。ブラックタートルは話を続ける。
「えぇ、その指輪は僕が作ったものでアーロン・グーズマノフって人に預けたんです。懐かしいな…… 彼が魔獣ゾルデアスを大地破壊剣で貫いたんです」
懐かしそうに話すブラックタートル、彼は人と協力してはるか昔に魔獣ゾルデアスを封印した。その時に協力した人間に指輪を預け、大地破壊剣を使用したようだ。光の力が強い大地破壊剣はリックのような一般人には使えない。
「アーロン・グーズマノフ…… うん!? あれ!? グーズマノフってどこかで…… いや…… グラント王国ができる前の話だぞ…… 俺がしるわけないよな……」
リックは腕を組んで、しばらくグーズマノフについて、思い出そうとしたがわからなかった。
復活した魔獣ゾルデアスは防衛隊と冒険者の活躍によって討伐された。ジャイルから始まった光の聖杯をめぐる一連の事件はこれで本当に解決したのだった。
王都へとリック達が帰還して一週間後…… 彼らの元にアイリスから、魔王城へと出立したとの連絡が届いた。第四防衛隊とリックの最後の戦いが始まる。