第249話 彼女の匂いを漂わせ
リックは飛び去った魔獣ゾルデアスを呆然と眺めていた。
「リック! さぼっちゃだめのだ!」
「えっ!? ポロン!? どうしたの?」
ポロンが片腕を失った、冒険者を背負って運びながらリックに叫んでる。
「そうか…… まだ終わりじゃなかった」
周囲を見て首を横に振ったリック。屋上には冒険者の体が無数に散らばっていた。リックには兵士として、彼らをできる限り救助する、義務があるのだ。
「重傷の方から治療します。リック! 軽傷の人にはポーションを渡してください」
「あゎゎゎ! ミャンミャンさん怪我人はこっちに並べてください」
シーリカとソフィアが怪我人を寝かせ、回復魔法を唱え治療する。ミャンミャンとタンタンとココとポロンが負傷者を運んでいる。屋上にいた冒険者達は半分以上が食い殺され、生き残った冒険者達もボロボロの状態だった。リックは自分の道具袋から支給品のポーションを軽傷の冒険者に渡す。ハクハクとエメエメも口にポーションを咥え、冒険者に渡しすのを手伝ってくれる。リックはしゃがんで二匹の頭を撫でて労う。
「あゎゎゎ! リックさんこっちにもポーションをください! ココ! その人はこっちへ!」
「わかった」
シーリカがリックに向かって、手を振っていたポーションを要求する、彼女の横でココが怪我人を運んでいた。リックは返事をしてポーションを持って、シーリカの隣に行き、三個ほどポーションに渡すと彼女は一つは目の前に寝てる冒険者にポーションを与える。
残りニ個のポーションをシーリカは、道具袋の口を開き中へとしまった。シーリカが開いた道具袋の口から、ブラックタートルの黒い宝石がリックに見えた。
「ちょっと待って! シーリカ!?」
リックは傷薬をしまい、道具袋の閉めようとするシーリカを止めて、黒い宝石に話しかけた。
「ブラックタートル! 魔獣ゾルデアスの頭を切っても復活するって知ったのか?」
「いえ…… 僕と戦った時はそんなことありませんでした」
「そうか……」
「きっと封印されている間に新しい能力を持ったのかもしれません……」
「ちょっと、待って!? あの再生は魔獣ゾルデアスの新しい能力なのかい?」
リックの後ろで怪我人を運んでいた、ココがリックとブラックタートルの会話に入ってきた。
「はい。魔獣ゾルデアスに再生能力はありませんでした。長年眠っている間に新しい能力を身に着けたに違いありません」
「でも、封印されて体は地中を徘徊してたんだろう? どうやって手にいれたんだよぅ?」
「いえ…… 魔獣ゾルデアスの源は魔力です。おそらく光の聖杯の中にいて身に着けたものでしょう」
「そうか…… 光の聖杯ねぇ……」
ココは難しい顔をして考えこんでいる。ブラックタートルも知らない、魔獣ゾルデアス新しい能力、倒してもすぐに復活する、あの能力をなんとかしないと討伐は難しい。この後、冒険者の怪我人の治療と、遺体の処理を終えたリック達は、塔を下り王都へと戻った。
「もうすぐ夜が明ける。とりあえずここで解散だ。ソフィア、俺達は詰め所に……」
「待ってあたいも行くよう」
王都へと戻ったリック達は、一旦解散しリックとソフィアとポロン三人は詰め所へと向かった。夜通しの任務で、ポロンは寝てしまい、リックがが背負う。ココもリック達について一緒に詰め所に向かう。
「お帰り。どうだった?」
「すいません。取り逃がしました……」
「魔獣さんすぐに首が再生して倒しても倒しても生き返るです」
「そうか…… まぁ、相手は伝説の魔獣だそう簡単にはいかないか」
詰め所に戻ったリック達をカルロスが笑顔で迎える。ポロンをベッドに寝かせリック達は一息つく。ココとカルロスは二人で今後について話している。
「そうか…… 二日後か…… 王都に侵入させるわけにはいかないよな」
「わかってるよぅ。冒険者も出すから兵士を出してほしいんだよぅ」
「わかった。防衛隊の兵士を出すように手配するよ」
ココはカルロスに兵士を出すように依頼し、カルロスは快く引き受けて手配すると答える。
「ありがとう。後、光の聖杯を借りたいんだよぅ」
「光の聖杯!? そんなもの一体…… えっ!?」
顔を近づけるように手招きするココ、カルロスが彼女に顔を近づけると耳元でココが何かを伝える。終わるとカルロスは、ココから顔をはなし少し考えてから口をひらく。
「わかった。すぐに手配する」
自宅に戻り少し体を休めた、リック達はその日の夕方に再度出勤した。すぐに三人はカルロスに呼ばれ、彼の机の前にリックとソフィアとココの三人は並ぶ。
「リック、ソフィア、ポロン、お前さん達は知ってるだろうが、破滅の魔獣ゾルデアスが王の元へとやってくると宣言した。王の殺害、および王都の破壊が目的と思われる。我が防衛隊と冒険者ギルドは破滅の魔獣ゾルデアスを王都の南の砦で迎え撃つと決めた」
「南の砦ですね。わかりました」
「わかったのだ」
「後、お前さん達はココの希望でココの指揮下だからな。砦ではココに従ってくれ!」
「わかりました。ではさっそく南の砦に向かいます」
「お前さん達、頼むよ。本当ならメリッサ達も呼び戻したいんだが……」
「大丈夫ですよ。留守を守るのが俺達の役目です」
リックとソフィアとポロンの三人は、テレポートボールを使って南の砦へと向かう。王都のグラディアは平原に囲まれ。敵国が大軍で攻めてこんださいに、簡単に王都に近づけさせないように、王都から一定の距離で東西南北にそれぞれ砦を配置してある。各砦はほぼ同じ作りで、石造りの大きな城壁に囲まれて小さな城のようになっていた。
砦に到着したリック達、中ではすでに兵士達と冒険者が、何人も集まっていた。
「あゎゎゎ、リックさん!」
「こっちだよぅ!」
砦に入るとすぐにココとシーリカがリック達に声をかけてきた。リック達は二人に連れられ、砦の一室に入った。ここで魔獣ゾルデアスを迎え撃つ話し合いをするという。
部屋の中には大きなテーブルと椅子があり、すでにミャンミャンとタンタンが座り、リック達が入って来ると二人は嬉しそうに笑う。ミャンミャンが膝の上にはエメエメが、タンタンの膝の上にはハクハクも乗っていた。
「ハクハクさんなのだ!」
「おぉポロンか!」
「ポロンちゃんは僕の隣に座るといいよ」
呼ばれたポロンは、タンタンの隣に座り、ハクハクを撫でてる。
「(ポロンが嬉しそうなのはいいんだけど…… タンタンが緩い顔してるのが少し嫌だな)」
リックは少し不服そうにして、ポロンの隣に座ったソフィアの隣に座る。リックの向かいの席で、シーリカはブラックタートルの黒い宝石を抱えているのが見え、彼女の横にはココが座っている。全員が席につくとココがゆっくりと口を開く。ココは寝ていないのか少し眠そうな感じに話を始めた。
「ふわぁ、ごめんね。あたいの部下に探させたところ、魔獣ゾルデアスは現在ゆらめきの塔から北東にある洞窟に身を隠してるよぅ」
魔獣ゾルデアスの居場所をすでにココはつかんでいた。魔獣ゾルデアスは洞窟に身を隠しおそらく力を蓄えているのだろう。
「砦に魔獣ゾルデアスが来たら、首をまとめて相手にするのは難しいよぅ。ゆらめきの塔の時みたいに個別で戦うんだよぅ」
「ちょっと待って!? また頭を一つずつ倒しても、すぐに復活しちゃうよね? 一気に殲滅した方が可能性があるんじゃない?」
「対策を考えてあるよぅ。ただ…… 準備には少し時間がかかるよぅ。シーリカとあたいで準備をするからできるだけ時間を稼いでほしいよぅ」
「えぇ!? 対策って? なんかわかったの?」
ココが席を立ちシーリカの後ろに回って話をはじめる。
「多分、魔獣ゾルデアスが再生されるのは光の聖杯の癒しの力のおかげだよぅ」
「癒しの力って確か……」
「あゎゎゎ、リリィやジャイルさん達が求めていたケガを治し、永遠に近い命を得られるという光の聖杯の力ですよ」
「それを魔獣ゾルデアスが使ってるっていうのか?」
「そうだよぅ。きっと封印されている時に影響を受けたんだろうねぇ。でも、打ち消す方法を思いついたよぅ」
「打ち消す? どうするの?」
「あゎゎゎ、聖杯の癒しの力は正しい手順で聖杯に水を注ぎ飲むんです。でも、逆に正しくない方法で水を飲むと…… 罰がくだります」
「そう。だから魔獣ゾルデアスに間違った手順で入れた聖杯の水を飲ますんだよぅ!」
「どうやるの!?」
「任せておくんだよぅ」
シーリカとココは顔を見合わせて自信ありげに笑うのだった。
「リック達の持ち場は南門だよ。頼んだよぅ!」
ココの号令により話し合いは終わった。リックは魔獣ゾルデアスに、どのように聖杯の水を飲ませるのか疑問だったが、自身ありげなココを信じることにした。リックとソフィアとポロンの三人は、準備の為に砦の一階へと向かう。
「うん!? なんだ? この臭いは? 酒か……」
砦の一階にはいつの間にか、酒樽がずらっと並んでいた。並んだ樽から漂う酒臭さにポロンが鼻をつまむ。
「メリッサ臭いのだ!」
「違いますよ。これはお酒のにおいですよ」
「ははは。確かにメリッサさんはお酒好きだからね。メリッサさんのにおいで間違いないけど……」
まだ、次々と冒険者が意気揚々と酒ダルを砦に運び込んでいる。
「(今夜は宴会でもする気なのかな。いいなぁ。冒険者は気楽で…… 彼らは魔獣ゾルデアスを倒して名を上げることしか考えてないのかな)」
寂しそうにリックは運び込まれる酒樽を見つめている。樽を見ながらポロンが、鼻をヒクヒクさせてまた臭いを嗅いでる。
「メリッサのお家に泊まるとメリッサからあのにおいがして、ナオミとわたしにくさいって言われるのに顔を近づけてくるのだ」
「もう…… メリッサさんは何を…… まったく……」
「ほら。二人とも行きますよ」
酒樽の前で話しをするポロンとリックにソフィアが声をかける。リック達は一階から南門へ向かう。魔獣ゾルデアスに襲来に備え、準備を終えたリック達は砦に宿泊した。
翌日、早朝からリックは南門の前に立って積み上げられた物資を見つめている。
「矢の補充も済んだし、投石機用の石も運んである。ポーションや治療の準備も終わった。も…… いつ魔獣ゾルデアスが来ても迎え撃つ準備はできてるな」
指さしながら物資を一つずつ確認するリック。ポロンとソフィアは南門に築かれた、櫓に居て平原を監視している。昼過ぎになり、雲が出てきて辺りがうすぐらくなる。雷がなり雨がぽつりぽつりと振り出した。
「うわああ!」
「でかいぞ!」
櫓から下をのぞくと、慌てた様子の冒険者達が、門の中へ駆けこん来た。直後に勢いよく城門が閉じられる音がした。
「リックゥ! 来たみたいだよぅ!」
ココとブラックタートルの石を持ったシーリカが櫓に駆け上がって来た。
「来たか……」
リックは前を向き、城門の上にある櫓から目をこらして平原を見つめる。平原のはるか先に、大きな五つの首がある黒い塊が、ゆらゆらと近づいてくるの見える。黒い塊は魔獣ゾルデアスだ。ゆっくりと近づく魔獣ゾルデアスの姿がリックにはっきりと見えて来る。
「あれ!? ゆらめきの塔であった時よりも少し大きくなってない。しかも頭に角が生えて首にも棘みたいのがついてるし…… しかも尻尾が三つに分かれて」
「リックさん、あれが破滅の魔獣ゾルデアスの本当の姿ですよ」
「よし! みんな頼んだよぅ!」
「ソフィアは弓で攻撃して! タンタンとポロンは俺と一緒にこっちへ来て! ミャンミャンは反対側の兵士や冒険者にも攻撃の準備をさせて!」
「わかりました。頑張るです」
「わかったのだ! タンタン一緒に行くのだ」
「うん。ポロンちゃん」
「わかりました…… ポロンちゃん。タンタンをお願いね」
城壁に並んだ冒険者や兵士が弓を構えた、リックはタンタンとポロンと連れ、並んだ弓兵の後ろを通り、城壁を歩いていく。櫓から二十メートルほど離れた場所に木でつくられた大きな投石機の前にリックは二人を連れ来た。
「タンタンとポロンは二人でこれを使って!」
「おぉ! これを使って良いのだ?」
「ポロンは使い方知ってるね?」
「大丈夫なのだ! エルザさん達から教わってるのだ。タンタン! ハンドルを回すのだ」
ポロンが石を持って準備しながら、タンタンに指示をだしてる。力持ちのポロンなら石を絶えずに運んで投石をしてくれるだろう。リックはうなずいて城壁を櫓へと戻る。
「じゃあ、俺は戻るから攻撃の合図がきたら、魔獣ゾルデアスに発射して!」
「わかったのだ」
リックは城壁を駆け、櫓に戻りながら、ココに向かって手を振って、準備完了の合図を送る。
「じゃあみんないくよぅ! 死ぬんじゃないよぅ! 攻撃開始だよぅ!」
砦に置いてある銅鑼を音が響く。銅鑼の音が攻撃の合図だ。合図と同時に城壁の上に並んだ、兵士と冒険者で構成された弓兵が、一斉に矢をはなつのだった。魔獣ゾルデアス討伐戦が開始された。