第248話 満月の訪問者
魔獣ゾルデアスは満月の夜に月を経由して魔力を回復させる…… 次の満月の夜は三日後。リック達は三日後に再び集合し、ゆらめきの塔へと向かう。
ゆらめきの塔は王都の南、レイクフォルトの南西、ローズガーデンから、東にある荒野の中央からやや東にある。リック達はソフィアの転送魔法で、ゆらめきの塔の近くまでやってきた。道の先に荒野に立つ黄色を帯びた、茶色の石で築かれた高い塔が見える。
塔の足元には同じく色をした石造りの村があり、この村は塔の名前を取ってゆらめきの村と呼ばれていた。
「シーリカさん。みなさんもちょっといいですか?」
村の手前で黒い宝石となった、ブラックタートルが声をかけてきた。ローブの胸元に手を入れシーリカは両手で石となったブラックタートルを取り出した。
「あゎゎゎ、なんですか?」
「いいですか? 相手は破滅の魔獣ゾルデアスは守り神を倒すほど強力です。みなさんの命を落とすこともあるかもしれません。覚悟はいいですか?」
真剣な声でブラックタートルがリック達に問いかけた。リック達は黙って静かにブラックタートルの言葉をかみしめて考えていた。
「覚悟か…… うん!?」
ソフィアはリックの手を不安そうな顔で握って来た。
「大丈夫だよ。俺がソフィアを絶対に守るから……」
微笑んでリックはソフィアの手を握り返す、彼女は少し安心したように微笑んだ。第四防衛隊に入った時からリックには覚悟がある。それは祖国を守るとか大きなことではない。目の前にいる大事な人や友人を守るという小さくだが強力な覚悟だった。強大な魔獣が相手でもその覚悟は揺らぐことはない。リックはソフィアと握った手を離さないように力を強める……
「こら! そこ! どさくさに紛れて手を握らないでください」
「リック! ミャンミャンさんが!?」
「こら! ミャンミャン! やめなさい」
急に叫びながら、リックとソフィアに間に手をいれ、ミャンミャンが顔をだして来た。リックはミャンミャンの額に手を当て押し返す。プクッと顔を膨らまして腕を組んでミャンミャンはそっぽむく。三人のやり取りを見てブラックタートルが怒り出す。
「何してるんですか? 僕は真剣なんですよ! あなた達は魔獣ゾルデアスの怖さはわかってないんですよ」
「あら!? 私達だって真剣よ。それに大丈夫よ。ねぇ!? シーリカ?」
「あゎゎゎ! はい! 大丈夫ですよ。」
自信満々な顔で、ミャンミャンがブラックタートルに答え、シーリカは笑顔で頷いた。
「大丈夫って!? みなさん、破滅の魔獣ですよ? 怖くないんですか?」
「まぁ私達だけなら不安かもしれないけど。リックさん達やココがいるしね」
「そうだよぅ。あたい達はまけないよぅ」
「それにリックさん達は魔王軍とか厄災の地竜とか異世界の人とも戦ってるんだから、いまさら伝説の魔獣くらいじゃ怖気づかないですよね?」
ミャンミャンはリックに顔を見て微笑む。ミャンミャンの言う通りだ、第四防衛隊は常に強力な敵と対峙し、打ち破って来た今更伝説の魔獣程度で怖気つくことはない。リックはソフィアから手を離し、頭の後ろに手を回し答える。
「まぁな。今はメリッサさん達がいないから少し不安だけどな」
「すこしって…… あなた達……」
あきれたような声で、ブラックタートルはつぶやいた。リックは笑いながらブラックタートルに視線を向けた。
「それに…… いつの魔獣だが知らねえが、ここはもうグラント王国の領土だ。防衛隊としては復活したからって明け渡すわけにはいかねえな」
「そうなのだ。私たちは鉄壁の防壁! グラント王国兵士なのだ! 簡単に負けないのだ!」
「ですねえ」
胸を叩くリックに、両手を上げてポロンが答え、うなずいたソフィアはポロンの頭を優しく撫でる。
「ははっ…… わかりました。あなた達にお任せますよ」
ブラックタートルの口調が明るくなり話は終わった。リック達は皆でゆらめきの村へと入るのだった。
「(はぁ…… 本当は少し不安なんだ。メリッサさんの留守に魔獣と戦ったバレた後の方が…… なんであたしを呼ばなかったとか言ってくるよ絶対…… もし負けたら…… 魔獣ゾルデアスになんかに負けやがって怒るだろうな。うっ…… 怒ったメリッサさん想像したら怖くなってきた)」
顔を青くしてリックはゆらめきの塔を見ながら村を歩く。
「おなかすいたのだ!」
「そうですね。朝から何も食べてないですしそろそろ休憩を取りましょう」
「そうだね。」
「あたいが案内するよぅ! こっちだよぅ。おいしい食堂があるよぅ!」
ゆらめきの村に入って歩き出すと、ポロンが腹が減ってた騒ぎだした。よく訪れているのだろう、ゆらめき村に詳しいココの案内で、村の中心にある大きな食堂へとリック達はむかった。
「うわぁ。すごい混んでるな」
食堂は満席で、たくさんの冒険者風の人々が、座って食事をとっていた。にぎやかな雰囲気に、威勢良い会話ややる気が満ち溢れている。この人達はみなゆらめきの塔に向かうみたいだ。リック達は席があくまで少しの間食堂の入り口で待っていた。
席について落ち着くと、ミャンミャンがココにたずねる。
「ふぅ…… ココ、すごい混んでるね。いつもこんななの?」
「違うよぅ。普段は塔の探索の人くらいしかいないのに……」
「あゎゎゎ!? じゃあ、この人達は?」
「これは多分魔獣ゾルデアスを倒して名を挙げようっていう冒険者だよぅ」
「もう…… 本当に冒険者って情報が早いし…… すぐに群がって来るだからやーねぇ」
食堂にいる冒険者をみて、口を尖らせてミャンミャンが不満をもらす。
「いやいや、やーねぇって…… ミャンミャン…… 君も冒険者だよね?」
「あはは」
リックの指摘にミャンミャンは気まずそうに頭をかく仕草をした。すぐに目を大きく見開いたミャンミャンは何かに気付いた。
「はっ!?、それなら早く行かなきゃ! 私は魔獣ゾルデアスを倒した美人冒険者って称号を手に入れるんだから!」
「僕も魔獣ゾルデアスを倒した少年冒険者って称号ほしいよ。行こうお姉ちゃん」
「あゎゎゎ! 二人とも!?」
「美人冒険者って? ミャンミャンは確かにかわいいけどさ。そういうこと自分で言うもんじゃないよ!」
「ひどいです! リックさん!」
慌てたミャンミャンとタンタンが立ち上がってすぐに出発しようとする。なぜか二人に釣られてポロンとソフィアも慌て始める。
「ミャンミャンさんの言う通り、早く行かなきゃ! 魔獣ゾルデアス取られちゃいますよ」
「そうなのだ! わたし達の分がなくなるのだ」
「あっあの、二人とも!? 別に早い者勝ちじゃないんだしさ…… それに兵士の俺達としては王国の脅威が回避できるんだから、他の冒険者が倒してもいいのでは…… それにさ。みんな悪いんだけど、まださ……」
リックがポロンとソフィアを止める。ココは落ち着きながら皆に向かってゆっくり口を開く。
「みんな慌てないんだよぅ。大丈夫だよぅ。とにかくまずは腹ごしらえだよぅ」
「ココ!? でも倒されたら……」
「魔獣ゾルデアスが出現するのは夜だよぅ!? まだお昼を少し過ぎただけだよぅ」
「そうだ。ココの言う通りだ。夜までまだ時間があるんだからあわてないで飯にしよう。あっでも…… ソフィアが先に行くならソフィアの飯は俺が」
「ダメです! はい! ポロン! 大人しく座るです」
ポロンの両肩に手を置いてソフィアが座らせる。リックは彼女を見て微笑む。ココの言葉でミャンミャンとタンタンも落ち着いたのか、座って料理が運ばれてくるのを待っていた。シーリカとココは顔を見合せて笑う。
食事が終わり、食堂からでたリック達はゆらめき塔の最上階を目指す。塔にはココが何度も上っていて、塔の最上階までの魔物に遭遇せずに最短で行けるルートで案内してくれた。なぜかミャンミャンは少しつまらなそうにしていた。どうやら魔獣退治ついでにゆらめきの塔の攻略もしたかったようだ。
「最上階は空が見えないから屋上に行くよぅ」
「ありがとう。助かったよ。日が暮れるまではまだ時間があるな。魔獣ゾルデアス来るまで屋上で少し休もう」
「そうだね」
ココが先導されて最上階に来たリック達は、さらに屋上に行く階段を上り、屋上へのとびらを開けた。
「なっ!? なんだこれ?」
塔の屋上は丸い形をした広い場所で、柱が数本立っているだけのひらけた空間になっていた。すでにそこには三十人くらいの冒険者が、武器を持って集まっていた。
「おい……」
「チッ……」
数人の冒険者が屋上にきたリック達に気づいて近づいてくる。彼らはリック達を屋上の奥に入れないように横に並び、一人の男が前にでて俺達に声をかける。話しかけてきた冒険者は、屈強な体に動きやすい、軽装の金属の胸当て装備し、背中に大きな大剣を背負ってた男だった。
「お前たちも魔獣ゾルデアスを狙ってきた冒険者だな。残念だったなやつは俺達の獲物だ。こっから出ていけ!」
「なっなんですって!? あなた達こそ出ていきなさいよ!」
ミャンミャンが男を睨み付けて鎌に手をかける。彼女の動きに反応し、男も背中の大剣に手をかける。すぐにココが前にでて男とミャンミャンの間に入って叫ぶ。
「やめるんだよぅ!」
「なんだ!? ガキが!」
「やめろよ。この人は王都の冒険者ギルドのギルドマスターだぞ!?」
ココの姿をみて、男の後ろに並んでいていた、一人の冒険者が男に声をかける。
「はぁ!? お前が? 王都のギルドマスターだと?」
ギルドマスターと言われたココは静かに頷き、彼女のギルドカードを絡んできた男に見せた。
「本当にギルドマスター…… でっでもいくらギルドマスターだからって討伐目標を命令できないだろ!? 俺たちは自由にやるんだ」
「あたいは実力が足りないからやめなって言ってるんだよぅ!」
「うるせえ。とにかくここは今俺達が使ってる外に出ろ!」
「はぁ…… しょうがないね。みんな。出ていくよぅ」
ココはリック達に塔の屋上から降りて一つ下の階層に下りるように指示をした。降りる階段でミャンミャンが不満そうに声をあげた。
「ちょっと、なんで降りてきちゃうのよ!?」
「ミャンミャン、しょうがないけどさ。最初にいたあいつらが魔獣ゾルデアスに挑戦する権利はあるよぅ。残っても喧嘩になるだけだよ」
「それはわかるけど…… でもあの人達に先をこされたら……」
「ははっ。それは無理だよぅ…… まぁ…… あたいは一緒に戦いましょうって言ってほしかったけどね。どうせ無駄死にになるくらいならあたい達の盾くらいにはなったのに……」
「えっ!? ココ!?」
「いいの! いいの! 行くよぅ」
ココがうっすらと怪しく笑う。リックはその笑顔が不気味で少し怖かった。塔の頂上からリック達は一階下にある、冒険者ギルドが管理してる休憩室へと向かった。ここは冒険者ギルドが作った、ダンジョンの休憩所で、結界が張ってあり魔物は入れず、ベッドや椅子とテーブルが置いてあって休める。リック達は休憩室の椅子に腰かけたりベッドで横になったりして体を休める。
夜が更けていく休憩室、部屋の窓からも満月がのぞく頃。
「うん!?」
何か気づいたリック、かすかに振動を感じた。振動は大きくなっていき異様な殺気を感じる。これは塔の下の階から何かが壁を伝って上へ上ってきていることを意味した。近づく異様な殺気にリックはじんわりと背中に汗をかく。
「みんな静かにするんだよぅ! これはまずいね…… 結界なんかいみなさそうだよぅ」
「ココ!? どうしたの?」
「ミャンミャン! 静かにするだよぅ。みんな窓から見えないようにして身を隠して大人しくして動かないんだよぅ」
真剣な表情をしてココが指示をだす。すぐにリックとソフィアとポロンは窓際の壁に張り付き、ミャンミャンはタンタンをつれてベッドの下に、シーリカはハクハクとエメエメと一緒にテーブルの下に隠れた。ココは全員が隠れるのを確認し、リック達と窓をはさんで反対がわの壁にはりついて、こっそりと窓の外を覗き込む。
窓の外から入って来ていた月の光がなくなって、部屋が少し薄暗くなった。外を見ていたココの顔は真剣で彼女の喉がごくりと動いてつばを飲んだみたいだった。
チラッとリックも窓をみると黒く大きなうろこが上と動いてるのがみえていた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
悲鳴が聞こえて部屋が激しく揺れた。
「なんだ!?」
「始まったね。いくよぅ。みんな! 準備はいいね!?」
リック達は休憩室を飛び出して、すぐに塔の屋上へと駆け上がって扉を開けた。
「あれが…… 魔獣ゾルデアス……」
扉を開けたリックの目に、屋上の中央で、黒く輝く鱗を持ち、尻尾の先端に長い棘が無数についた、大きな五つの頭をもった大蛇が、冒険者達に襲いかかる様子が飛び込んで来た。この頭を五つ持つ大蛇が魔獣ゾルデアスだった。
「あっ!? あれは!?」
さっき俺達を追い出した冒険者が、大剣を構えて魔獣ゾルデアスの首の間にたっていた。大剣で何度か斬りかかるが、魔獣ゾルデアスの首にはじかれて吹き飛ばされた。放物線を描いてリック達の手前に男は吹き飛ばされてきた。
「クックソ! はっ!」
両手をついて立ち上がった冒険者がリック達に気付いた。よく見ると激しい戦闘で彼の装備はぼろぼろになり、体には小さな細かい傷があり血だらけだった。
「たっ助けてくれー! ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
「クッ! あぁ……」
手を前にだしてリック達に助けを求めた、冒険者の上半身に、魔獣ゾルデアスの五つの蛇頭の一つがかぶりついた。ぐちゃと音がして噛み千切られて、男の下半身が無造作に転がった。内臓が床に飛び散り、むき出しの背骨がリック達を指していた。
「ひでえな…… 他のやつらもか……」
屋上には同じようなかみちぎられた死体が転がっていた。
「よし! いくぞ! ソフィアとシーリカは遠目から援護を! 逃げてくる冒険者もできるだけ助けて! 俺とココとミャンミャンとポロンで別れてそれぞれ一つずつ頭を叩くよ」
「えっ!? 僕は?」
「タンタンはシーリカとソフィアの近くにいて二人の護衛をして」
「わかったよ。リックおにーちゃん!」
リック、ポロン、ココ、ミャンミャンの四人は三方向に、分かれて飛び出していった。リックとポロンは単独で、ミャンミャンはココと一緒だ。
「あゎゎゎ! まずは私の番です! いけー」
シーリカが上空に向かって、白い液体が入った瓶を投げた。瓶は空中で割れて光を放つと、魔獣ゾルデアスに無数の小さい光の矢が、飛んで行く。
無数の小さいが矢が魔獣ゾルデアスに突き刺さると、五つある蛇の頭の一つが苦しそうな顔をして地面の上に倒れた。
「ソフィアー! 矢をこの一体に集中して!」
「わかりました! このこの!」
矢を持ったソフィアの手を上にかかげ、電撃魔法を放ち、彼女は矢に電撃魔法をまとわせた。電撃を帯びたソフィアの矢が、蛇の頭の額に突き刺さる。続けて何本もの電撃魔法をおびた矢が発射されて、地面の上に倒れた魔獣ゾルデアスの頭の一つは動かなくなった。これで五つの頭の内一つの動きは止めた。
「どっかーんなのだ!」
ポロンが飛び上がり、魔獣ゾルデアスの頭の一つに、ドングリ型のハンマーでたたきつけた。額にハンマーが当たると、魔獣ゾルデアスの頭は、グチャッと音を立てつぶれ、同時に顔から目が飛び出し口や鼻から血が噴き出る。
「ミャンミャン、あたいが気を引くから! あんたがやるんだよぅ」
「わかったわ」
ココが飛び上がって、短剣を頭の一つにに投げつけた。着地したところと狙って、魔獣ゾルデアスの頭は、ココにかみつこうとするが、ココはすぐにまた飛んでかみつきをかわし頭の上に乗った。
「こいつぅ! えい!」
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
頭の上で短剣で斬りつけるココ、鳴き声をあげ首を、激しく左右に振る魔獣ゾルデアス。バランスをとりながらココは、頭から目の前にジャンプして落ちて行きながら、目の上や鼻の穴に正確に短剣をつきさした。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
鳴き声をあげ苦しそうに魔獣ゾルデアスの頭が上をむく。
「ミャンミャン、いまだよぅ!」
「もらったーーー!」
ミャンミャンが鎌を伸ばしして横から、魔獣ゾルデアスの首を斬りつけた。顎の下あたりから大量に血を流して、魔獣ゾルデアスの頭は地面に倒れてうごかなくなった。
「ほら! こっちだよ」
リックは魔獣ゾルデアスの、首の一つにむかって駆けだして、手に持った剣を振りながら、相手の注意をひく。リックの顔を見つめて蛇頭の一つがかみつこうと口を開いて向かってきた。リックの手前で頭をさらにあげ、頭の上からかみつこうとする。
「この!」
右腕を曲げて肩の後ろまで剣をひいたリックは、かみつこうとした魔獣ゾルデアスの頭に向かって、タイミングを合わせて飛び上がった。大きな口がリックを捕食しようとむかってくる。リックは狙いをすまして、大きく開いた口の牙と牙の間を剣で斬り裂いた。
鈍くてすれるような音がして、牙と牙の間から目の間を剣が通っていき、頭を半分に切り裂いていく。リックに斬られた魔獣ゾルデアスの頭は力なく落ちていった。
着地したリックが、魔獣ゾルデアスに視線を送ると、一つだけ残った魔獣ゾルデアスの頭が、寂しそうにたたずんでいる。
「よし! ミャンミャン、ココ、ポロン、首は後一つだ!」
「リック! 気を付けてください」
「えっ!? うわ! あぶねえな」
俺の後ろから魔獣ゾルデアスの頭がかみついてきた。なんとかリックは横に飛び込んでかみつきをかわして、立ち上がって距離をとって魔獣ゾルデアスの頭と対峙した。
「矢がささってる…… こいつは!?」
リックを背後から襲ったのは、ソフィアの矢を何本も受けた魔獣ゾルデアスの頭だ。そう噛みついて来たのは、ソフィアの矢で倒したはずの魔獣ゾルデアスの頭だった。
「リックぅ!? 大丈夫かい?」
「なんとか……」
魔獣ゾルデアスの頭は、リックにめがけてもう一度かみつこうと向かってくる。
「こうなったら…… こいつめ!」
俺は噛みつこうした魔獣ゾルデアスの口をかわし、首の横へとぬけながら首に剣を振り上げて斬りつける。ブシュッと音がして血が噴き出た。太い大きな首の半分くらいまでリックの剣はとどき深くえぐっていく。リックは手首をかえし、今度はななめに下にむけ剣を振り下ろした。再び魔獣ゾルデアスの首が斬りつけられ血が噴き出した。
首は肉が半分えぐられ、プラプラとした状態になり、そののまま倒れ魔獣ゾルデアスの頭は、再び屋上の床に落ちて行った。
「はぁはぁ、これで今度こそ一つ……」
「あゎゎゎ!? リックさん!? ダメです!」
「えっ!?」
「「「「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」
リックが振り返ると、そこには魔獣ゾルデアスが四つの頭が起き上がって、先の割れた舌を出してリック達を威嚇していた。
「うそだろ!? 確かに倒したはずなのに!? 復活した!? なっなんで!?」
「見てください!」
ソフィアがゆび指した先に視線を向けるリック。そこには彼が倒した魔獣ゾルデアスが転がっていた。魔獣ゾルデアスの首は、傷口から吹き出していた血はすでに止まり、斬られた場所の肉が盛り上がってふさがろうとしていた。どうやら魔獣ゾルデアスは再生する能力があるようだ。
「なんだよ…… これじゃ何度もやっても…… クソ! ポロン、ミャンミャン、ココ、いったんソフィア達のところまでひくよ」
「わかったのだ」
「わかったよぅ」
「シーリカ! ブラックタートルを呼んでくれ!?」
「あゎゎゎ! わかりました」
リックはシーリカに叫ぶ。シーリカは道具袋から黒い宝石を取り出して祈りだす。かかってこようと身構える魔獣ゾルデアスを、牽制しながらリック達は屋上の入り口近くにいるソフィア達のところまでひいた。
「あゎゎゎ! ブラックタートルさん! 助けてください!」
シーリカが祈りをささげると、黒い石はブラックタートルへと変わった。
「おや!? なんだブラックタートルか…… 久しぶりだな」
ブラックタートルを見た魔獣ゾルデアスの中央の頭が、目を大きく開けて驚いた表情をしてゆっくりと話を始めた。魔獣ゾルデアスが人間の言葉を話すことにリックは少し驚く。
「魔獣ゾルデアス…… 話せるってことはもう魔力の復活は……」
「当たり前じゃ。月の光を浴びれば我が身に魔力は補充される。ここまでくればもう地表で月の光をあびてもわが身に魔力は満たされるぞ……」
「どっどうして!? そんなに早く?」
「我が魔力に多くの者が捧げられたからじゃよ。その者達はお主の新しい仲間か!?」
「あぁ、そうだお前を倒すための仲間だ!」
「ははは! そうか…… せっかくできた仲間なのに残念だな。いまここで全員ぶち殺してやる!」
「させない!」
威嚇するように口を大きく開けた魔獣ゾルデアス。ブラックタートルはリック達を守ると前へ出て魔獣ゾルデアスに立ちふさがった。しかし、魔獣ゾルデアスの動きが止まった。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
魔獣ゾルデアスは苦しそうに声をあげた。五つの、頭すべてで目がわずかしか開けず、口が半開きで苦しそうだ。
「チッ…… さっきの戦闘と魔力の復活に体が…… ええい命拾いしたのう……」
「あっ待て!」
悔しそうな魔獣ゾルデアスの体が、うっすらと光りスーっと浮かび上がっていく。ブラックタートルが炎の球を放つが、魔獣ゾルデアスは簡単に炎の球をかわす。
「下りてこい! 決着をつけるぞ!」
「心配せずとも…… 二日後、我の復活を祝い。この地を治める王の元へと参ろう! 楽しみにしておれ! では!」
ブラックタートルに向けて叫ぶと、魔獣ゾルデアスはそのまま南の方角へと飛び去って行った。